そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第1部

さらに可愛く見せるためなのは間違いない(奇襲)

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 「殿下、そろそろナオ様を休ませてさしあげましょう」

 ヴァレリラルドがどけたリングダールの毛並みを整えながらテュコが進言する。

 「……わかった。ナオ、またあとで」

 名残り惜しそうに梛央の体を離すヴァレリラルド。

 「めまいの症状が残るかもしれないとお医者様が言っておいででした。ナオ様、このまま少しお眠りください」

 セルベル医師を玄関まで見送ったアイナに言われ、梛央は頷いて横になる。

 「カーテンを引いて暗くしますね。用があれば枕元の紐を引いてお呼びください」

 リングダールを梛央の横に添い寝させてテュコは天蓋カーテンを閉ざした。
 
 


 「ナオとリングダールの組み合わせは可愛すぎる」

 梛央の部屋を出て、自分に割り当てられた部屋に戻りながら、ヴァレリラルドはリングダールにしがみついていた梛央を思い出して言った。

 「危険すぎる組み合わせですね。油断すると思い出してふわふわしそうです」

 真面目なクルームはふわふわする自分を想像して、あり得る、と確信していた。

 「ナオ様を見るサミュエル殿の目が気味悪いくらいに優しいですね」

 ヴァレリラルドだけではなくサミュエルまでも骨抜きにさせる梛央が恐ろしいイクセルだった。

 「そういえば殿下もお小さい頃はリングダールのぬいぐるみをいつもお持ちでしたね」

 第一騎士団にいた頃に見かけたヴァレリラルドの姿を思い出してケイレブが言った。

 「リングダールには私も小さい頃に護ってもらった。ナオの持っているのも父上が贈ってくださったものだろう」

 愛情を受けて育った者特有の穏やかさでヴァレリラルドが答える。

 「陛下は人の心を思いやるのに優れていらっしゃる。それは以前から存じ上げていましたが、あらためてナオ様の護衛と護衛騎士、ひいては侍従を鑑みてそう思いました」

 梛央の侍従であるテュコは異例の若さだった。若いを越えて幼いと言われても仕方がない年齢である。アイナとドリーンも梛央とあまり変わらないくらいの年齢。護衛のサリアンは年は上だが、中性的な美人で、男らしさとは無縁の人物。第一騎士団から選抜されたのもクランツ以外は癒し手のフォルシウスを初め雰囲気の柔らかい者たちばかり。

 「護るためとはいえ、クランツに押し倒されたナオ様の様子から見ても、ナオ様の周りに男性を意識させる人間をほとんど配置していないのはこういうことを考えてのことだったのでしょう」

 さすがです、と国王を称賛するクルーム。

 「だからサリーだったのか」

 ケイレブもその人選に納得する。

 「話を戻しますが、あのリングダールはナオ様をさらに可愛く見せるためのものではないのですか?」

 イクセルが聞き逃せなかったことを尋ねる。

 「いや、さらに可愛く見せるためなのは間違いない」

 強めに肯定するヴァレリラルド。

 何か引っかかるものを感じながらも、確かにさらに可愛く見えるのは間違いないので、イクセルも一緒に頷いておいた。




 天蓋カーテンが閉められ、まだ陽が高い時間帯だがその中は薄明るい程度だった。

 過呼吸の症状はなくなっていたが、心身の疲労は残っていて、目を閉じると梛央はゆっくりと眠りに落ちていった。

 体は眠っているのに意識がある。

 夢の中にいるのか、そもそも眠っていないのか。そんな奇妙な感覚に梛央はたゆたっていた。

 にげ…………おき……て……なんで……のよ……

 いつか、どこかで聞いたことのあるような声がして、ふわっ、と梛央の意識が浮かび上がる。

 目を開けた梛央は目の前に顔があることに気が付いて目を見開く。

 そこにいたのは王城に帰ったはずのシモンだった。

 「見ていましたよ。よくも殿下を誑かしてくださいましたね。この国にとって何より大事なのは次代の王であるヴァレリラルド殿下。あなたの存在は邪魔だ。邪魔。邪魔。殿下のためにも排除しなければ」

 憎しみとも恨みともとれる血走った目つきをしたシモンの両手が梛央の首元にのびる。

 動かないと、逃げないと、助けを呼ばないと。

 そう思っても梛央の体は動かず、声もでなかった。
 
 「あなたは危険だ。あなたに何かあれば殿下の立場が悪くなる。ヴァレリラルド殿下のために私が……。今ならまだ私は正気の中で使命を果たすことができる。」

 さっきとは変わって苦悩するような表情になったシモンは、声を出すことができない梛央の細い首に手をかけた。

 その手に力が籠められると梛央の気道が圧迫され、息ができなくなり、目の前が暗くなる。

 苦しい。痛い。このまま何もできないずに死んでしまうんだ。ごめんね、ヴァレリラルド。やっぱり僕はだめだった……。

 抵抗できないまま意識が掠れていく梛央の横で強烈な光が放たれた。

 目が焼き切れるような強い光にシモンの手が緩むと同時にその体が吹き飛び、天蓋カーテンを孕ませる。

 シモンに開放された梛央は体を起こすと、めまいを起こしながらも枕元の紐を思いっきり引いた。




 主人が用を告げるための呼び鈴が鳴った。

 その瞬間、テュコは突然強い焦燥感に襲われた。

 鳴り方が非常事態を告げるように強かったのもあるが、同じ部屋にいながら呼び鈴がなるまで、梛央のいる寝台の存在感がなくなっていた、という奇妙な感覚があったのだ。

 「サリアン!」

 テュコが呼ぶまでもなく、テュコと同じような感覚に襲われていたサリアンも天蓋カーテンが引かれた寝台を目指す。

 部屋のドアが開き、待機していたクランツとフォルシウスも駆けつけてきた。

 引きちぎるような勢いで天蓋カーテンを開けると、紐を掴んだまま気を失っている梛央を抱き起すテュコ。

 「シモン!」

 寝台と天蓋カーテンの間に倒れていたシモンを見つけて取り押さえるサリアンとクランツ。フォルシウスはテュコから梛央を奪い取り寝台に横にさせる。扉の外で警護していたファルク、ハンメルトも駆けつける。

 「アイナ、サミュエル殿に知らせを。ドリーン、ヴァレリラルド殿下に知らせを」

 「はい」

 「はい」

 2人は返事しながら駆け出していた。
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