そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第1部

修学旅行、行きたかった

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 梛央に言われてアイナが持ってきたのは、薄い衣装箱に入れられた、梛央が落ちてきた時に着ていた服だった。

 高校の制服であるスクールワイシャツ、黒のスラックス。見るとまだ涙が出そうになるのでなるべく見ないようにして、梛央はその下にあったインナーとボクサーパンツを取り出した。
 
「これが前にいたところで着ていたインナー。シャツの下に着る下着のことだよ。で、こっちがボクサーパンツ。こっちでいう下穿きのことだけど。えぇと、あんまり見ないんでほしいんだけど……」

 見せておいて見るなと言うのもおかしいが、アルテアンがインナーとボクサーパンツの両方を手に取って興奮した鼻息で手で触りまくっているのを見ると、恥ずかしさに気が遠くなりそうだった。

 「ナオ様、ちょっと目を閉じて」

 サリアンに言われて、梛央は素直に目を閉じる。

 念のためにアイナが梛央を目隠ししている間にサリアンの瞬殺の張り手がアルテアンの頬に炸裂し、素早く梛央の下着を奪い返した。

 「ナオ様、もういいですよー」

 軽く言われて目を開けると、サリアンが梛央の下着を差し出していた。

 「ありがと……アルテアン?」

 なぜかアルテアンの頬が赤く腫れあがっていたが、それでもまだ鼻息が荒いままだった。

 「あの布地はどうやって作ったの? もうすっごぉい。私すっごい興奮しちゃった。あんなに伸縮性があって肌なじみがよくて、しかも汗を吸ってすぐに乾く? 汗を吸うから肌がべたべたしない? もう魔法の布地だわぁ」

 興奮しているせいか言葉がナチュラルな女性口調に戻っているアルテアンが身をくねらせる。

 「布地の織り方まではわからないけど、こっちにはこういう布地はないの?」

 「伸縮性と吸汗性はないわねぇ」

 「タオルとかバズローブはあるよね? タオル布地を平たく織るとかは? それと別の布地をあわせて防寒性を高めるとか、伸縮性を強めるとか」

 「うんうん、そう言われると私の中でもイメージが湧いてきたわ。今すぐに、とはいかないけど、必ず試行錯誤しながらナオ様のほしいものを作ってみせるわ。デザインはもう決まっているのかしら?」

 「ほしいのはビッグシルエットのTシャツとスウェットのズボン。あとパーカーがあるといいなぁ。デザインはこういうの」

 梛央は紙にTシャツとスウェットのズボンのイラストを描き、それを着た人物像を描いた。その横にパーカーのイラストも添えておく。

 「あら、うまいわねぇナオ様。これがスウェットなのね」

 「うん。布地ができたらこれを作ってほしい」

 「ナオ様はこの服を着て運動をされるんですか?」

 アイナに聞かれて、

 「前いたところではパジャマ代りにしていたり、体操服だったり、ダンスのレッスンにも使っていたよ」

 ちょっとだけ懐かしそうに梛央は答える。

 「どのようなダンスなんですか?」

 ドリーンに訊かれて、梛央は可愛く唇を尖らせる。

 「だって」

 「だって?」

 「だって、だいたいわかるよ。こういう国のダンスって社交ダンスみたいなものなんでしょう? そういうダンスしか知らない人が僕のダンスをみたら、そんなダンスは踊り子が踊るものです、とか、頭大丈夫?とか言われるんだよ」

 拗ねたように言う梛央に、

 「言いませんよ」

 「ちょっとだけでいいですから」

 「見たいですぅ」

 テュコ、アイナ、ドリーンに言われて、梛央は立ち上がる。

 「ちょっとだけだよ? 前のところでは、これはちゃんとしたダンスだったんだからね?」

 前置きをして、スペースのある部屋の中央に行く。

 あーあーあーあー

 音程を確かめるように軽く発声すると、日本で流行っていた男性グループの歌の、サビを歌いながらダンスのステップを踏む。

 激しいステップだが指の先までの動きが優雅で、動きが軽くて、空気を感じさせないようなステップ。梛央が言うようにシルヴマルク王国の夜会で踊るダンスとはまったく違うものだが、踊り子のような異性を引き付けるものでもない、まるで風の精霊がそこで戯れているような神聖なものに思えた。

 それをさらに特別なものにしている歌声。

 リズムを取るためだけに歌っているため声は小さかったが、それでも梛央の歌声は耳に心地よく、いつまでも聞いていたいと思わせるものだった。

 梛央の作り出す空間に、壁際で待機しているクランツとフォルシウスも飲み込まれており、フォルシウスは「キラキラ」と呟いた。

 「こういう感じだけど……」

 サビの部分だけなので短い時間だったが、歌とダンスが終わっても部屋の中にいた者たちはポカンとしていて、

 「やっぱりおかしかった?」

 心細くなる梛央。

 「はぁぁぁぁぁん、すばらしぃぃぃ。もう私、死じゃうぅ」

 沈黙を破ったのはアルテアンの雄たけびのような歓声だった。

 「これ以上余韻を壊すなら、今すぐそうしてやるよ?」

 怖い顔でアルテアンを黙らせるサリアン。

 「ナオ様のダンスも歌も、とても感動しました。上手という言葉では足りません」

 テュコが言うと、アイナもドリーンも胸の前で手を組み合わせてコクコクと頷く。

 「一つ言わせていただければ、あのような素晴らしい歌とダンスにこの衣装は頷けません。上半身はもっと体のラインのでる衣装にして、その上から薄い布のショールかボレロにするのがよろしいですわ」

 死にたくないアルテアンは、キリリとした顔で梛央がデザインしたビッグシルエットのTシャツとスウェットを指さして言った。

 「精霊神殿の奉納の舞として披露していただきたいです」

 フォルシウスも思わず要望を口にする。

 「これはあくまでもレッスン着とか、ルームウェアとかパジャマとかにするものだから」

 デザインした紙をアルテアンから受け取る梛央。

 「とてもよいものを見せていただきました。また見せてくださいね」

 アイナは言いながらサリアンが奪い返したインナーとボクサーパンツを持ってきた衣装箱の、制服の下にしまう。

 梛央の目線が制服に向けられる。

 制服を見ると、高校生活のことが思い出されて、もう戻れないことを突き付けられて、胸が痛んだ。

 「ナオ様?」

 「うん……。その服は僕の通ってた高校の制服で、ブレザーは家に置いてきちゃったんだけど、他校に自慢できる制服だったんだ。この制服で学校に通うのがすごく楽しくて」

 梛央は紙の余白に制服のブレザーの絵を描いた。

 「色は白で、襟も裾も黒の縁取りがあって、胸にエンブレムがあってポケットになってて、ボタンはシルバーで、袖にもボタンが二つずつで、ここにラインがあって……もっとこの制服を着たかった……」

 イラストを描きながら梛央の瞳から涙が零れ落ちる。

 優人と通った学校。孤立しがちな梛央を優人がフォローして前へ出してくれて、いつの間にか友達がたくさんできて、毎日が楽しかった。

 修学旅行、行きたかった。

 優人や友達ともっとたくさん話したかった。

 そう思うと涙はとめどなく流れ続けていて、ドリーンは食卓の椅子からリングダールを連れてきて、いつでも梛央にもふらせる準備をしていた。





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