そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第1部

愛し子じゃなくても一人にしない?

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 布団をはがされたらどうしよう。

 また痛いことをされたらどうしよう。

 男の動く気配に梛央がますます恐怖に脅えて身を強張らせたとき、

 「王太子殿下の侍従ともあろう方が、なんという無礼で愚かな振る舞いでしょう」

 布団の中の梛央の耳にまだ年若い声が聞こえた。

 梛央と同じか、もう少し若いくらいの少年のものだろうその声は張りがあってもなお柔らかく、固まった梛央の心を救うものだった。




 「誰ですか、君は」

 気配を感じないうちに背後から声をかけられ、シモンが振り向く。

 そこには少年と、見知らぬ騎士たちがいた。その後ろには案内してきたであろうサミュエルが憮然とした表情でシモンを見つめている。

 気まずい顔をするシモンを無視して少年は静かに寝台に近づき、片膝をついて右手を胸にあてた。

 「私は国王陛下に愛し子様のお側に仕えるよう仰せつかってまいりましたテュコと申します。愛し子様、ご不自由はございませんでしたか? テュコが来たからにはもう大丈夫ですよ。ご安心ください。これからはテュコが誠心誠意愛し子様のお世話をいたします」

 「陛下に……?」

 シモンは呆然とつぶやく。

 「そうです。愛し子様といえば立場は国王陛下と同等かそれ以上の存在。王太子殿下の侍従ごときが愛し子様になんという言動。騎士の方、殿下の侍従をさがらせてください」

 テュコに言われて部屋の前を警護していた騎士がシモンをひきずるようにして連れ出す。

 「シモン」

 騒ぎを聞きつけて護衛たちと駆けつけたヴァレリラルドは、自分の侍従が連れ出されるのを驚きの目で見送る。

 「さあ、愛し子様。無礼な者は出ていきました。ここにいる者は決して愛し子様に害を与えることはありません。どうかお顔を見せてお名前を教えてくださいませんか?」

 柔らかくて感情豊かな口調は、なによりまだ年若そうな声は、梛央の固まった体と心を溶かしていく。

 梛央はゆっくりと布団から顔を出す。

 そこにいたのは思った通り梛央と同じくらいの年頃の少年だった。

 ビスク色の髪、ガーネット色の瞳をした、かわいい顔立ちの少年は驚いた顔で梛央を見ていた。

 ここに来て初めてほっとできて、梛央の瞳から新たな涙が零れ落ちる。

 「梛央……秋葉梛央……」

 「ナオ様」

 テュコが梛央の名前を呼ぶと、梛央は何度もうなずいた。

 「怖かった……」

 梛央は広いベッドを這ってテュコの側にいくと、自分と同じくらいの体格のテュコに抱き着く。

 思ったよりしっかりとした体格ではあったが、そのぬくもりはこの国に来て初めて安心できるもので、これまでの理不尽な出来事に翻弄されていた梛央は心が限界を迎えていて、心の欲するままに声をあげて泣いた。

 「怖かったですね。テュコが来るまで頑張りましたね」

 梛央の背中に手をまわし、優しいリズムで背中を叩く。

 ひとしきり泣くと、子供みたいに泣いたことが恥ずかしくなった梛央は、そっとテュコから離れて部屋を見回す。

 ほとんど初めて見る部屋は思ったより広い空間で、派手さはないがいかにも高級そうな瀟洒な調度品で揃えられ、品よくまとまっている。豪華だが落ち着く、ヨーロッパの三ツ星ホテルとはこんな部屋なのだろうか、と梛央は思った。

 そこに初めて見る者が、中世ヨーロッパの貴族や騎士のような恰好で梛央を注目しており、さっきの男に言われたからではないが、自分がお世話になっていながら今まで挨拶もしていなかったことに体を小さくした。

 実際は初めて梛央を見た者たちがこの世界では稀有な漆黒の髪と黒曜石の瞳、華奢でたおやかに美しい容姿に見惚れていたのだが、無作法をした心当たりがありすぎる梛央はまた泣きそうになった。

 「あの……ごはん、ありがとう。食べなくてごめんなさい」

 最初に一瞬見ただけのサミュエルの姿を見つけると、梛央は申し訳なさそうに頭をさげる。

 「ナオ様、お顔をお上げください。召し上がることのできないことがおありだったのでしょう。それを慮れなかったのは私のいたらなさです」

 サミュエルの言葉に、梛央の瞳からぽとりぽとりと涙が落ちる。

 それはあまりに美しい光景だった。

 梛央の顔は見ていたが、黒曜石の大きな瞳があって初めて完成される梛央の美しさに、ヴァレリラルドは魅入られていた。

  「ナオ様、陛下にナオ様のお側付きを任じられたのは私だけではありません。紹介させていただいてもよろしいでしょうか」

 テュコが言うと、梛央は小さくうなずく。

 「国王陛下はナオ様との謁見を希望されておいでです。すぐにでなくともいずれ王都へお越しいただくことになります。それまでの間のナオ様専属の護衛となるサリアンです。見た目は穏やかですが国を越えて活動する冒険者なんですよ」

 「初めまして、ナオ様。サリアンと申します。どうぞサリーとお呼びください。私は護衛ですので常にナオ様のお側におります。仲良くしていただけますか?」

 護衛というといかつい体つきの屈強な男性を思い浮かべるが、サリアンは男性ながらもローズグレイの長髪の中性的な美人で、茶色の瞳が優しげだった。
 
「ナオ様をお守りする護衛騎士も参っておりますが、お側に常に控えているのが第一騎士団のクランツとフォルシウスです。あとの騎士たちはナオ様がお部屋にいるときの扉の前の警護や、どこかに行かれるときの警護にあたりますので、おいおい紹介していきますね」

 テュコの言葉に、後ろに控えていた黒に近い灰色の髪の男が前に進み出て片膝をつき、右手を胸にあてる。

 「クランツです。陛下の信頼に応えられるよう、ナオ様に誠心誠意仕えさせていただきます」

 「フォルシウスです。ナオ様をお護りできることは光栄です」

 ベージュとグレーの混ざったような淡い色の長髪を低い位置で束ねた細身の男がクランツと同じく礼をとる。

 「ね、愛し子様って僕のこと? さっきの人は精霊の愛し子様って言ってたけど……? あの、もし僕が愛し子様じゃなかったら?」

 紹介された面々を見ながら戸惑う梛央に、

 「愛し子様の説明はあとでさせていただきますが、ナオ様は存在そのものが愛し子様ですよ。愛し子様じゃなくても私は一生ナオ様のお世話をいたします。今紹介したものたちはいつもナオ様のお側にいるチームと思っていただければ」

 安心させるように頷くテュコ。

 「本当に? 僕が愛し子じゃなくても一人にしない? みんな側にいてくれる?」

 心細そうに問いかける梛央が愛しくて。

 この者が精霊の愛し子ではなくてなんなのか、とこの場にいる者すべてが思った。

 「いますよ。もうナオ様に寂しい思いはさせません」

 自信をもって笑うテュコに、まだ瞳に涙を浮かべていた梛央は花がほころぶように微笑む。

 さっきまで孤独で絶望のどん底にいたが、安心できる人たちに囲まれて、梛央はようやく気持ちが楽になった。
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