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第1部
愛し子さま、起きた?
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シルヴマルク王国の当代の国王ベルンハルド・イルヴァ・シルヴマルクは37歳。
おおらかな性格で人の意見をよく聞くが、判断を人にゆだねることはない。国民が大事なのは当然だが王族の安寧が国民を守ると思っているため王族の絆を重視する。それすなわち賢王だとサミュエルは思う。
シルヴマルク王国には国の要所がいくつかあるが、その最たるものが国を加護する精霊の泉であり、それを有する聖域の森である。
聖域の森一帯は王国の管理下に置かれ、その管理の拠点となるのがシアンハウスだった。
当主は王弟であるエンゲルブレクト・イェイエル・シルヴマルク。二十代半ばだがまだ独り身のエンゲルブレクトは、王家特有の金髪碧眼の持ち主で細身の長身。眼鏡をかけて、いつも穏やかな微笑みを浮かべている人物である。
エンゲルブレクトは国王ベルンハルトの名代として当主を務めているが、聖域の森に隣接する領地を保有しており、領地にある城とシアンハウスを転移陣で行き来して執務を行っていた。
精霊の泉を護るのがシアンハウスの当主としての務めであるエンゲルブレクトにとって、精霊の愛し子の出現は一世一代の吉報だった。
歴史上、愛し子の出現は何度かあるが、それはあくまでも文献上でのこと。生きているうちにその存在に出会えるのは王国国民にとってもエンゲルブレクトにとっても幸運なことだった。
成人した王族であるエンゲルブレクトは表情を抑えてはいるが落ち着かないことが一目でわかり、その横に座るヴァレリラルドもそわそわしながら、談話室でサミュエルが報告に来るのを今か今かと待っている。
2人の様子を、それぞれの従者や護衛たちが離れたところから静かに見守っているが、彼らもやはりどこか落ち着かない心持ちだった。
やがてサミュエルが談話室に現れると、
「愛し子様は?」
「いつ対面できる?」
エンゲルブレクトもヴァレリラルドも、この時ばかりは王族の品位もどこへやらで勢いよくサミュエルに尋ねる。
「セルベル医師の見立てでは頭の傷は重篤ではないとのことです。さっき一瞬だけ目を覚まされましたが「愛し子さま、起きたの?」」
サミュエルの言葉にヴァレリラルドが食いつく。
「一瞬だけで、すぐにまた眠られました」
どことなく憂いを帯びるサミュエルだが、それに気づかないヴァレリラルドは落胆を隠せなかった。
一目見て心を奪われた愛し子様と早く話をしてみたいのだ。
「お怪我をされておられたことからも、恐ろしい思いをされたのではないかと推察します。当主様、陛下への一報はお済みだと思いますが、詳細について私から陛下にご報告してもよろしいでしょうか。愛し子様を手厚くもてなすために細かな配慮が必要かと思いますので」
「そうだな。世話に関してはサミュエルからの報告や要請が現状を的確に伝えられるだろう。任せるよ」
「ありがとうございます」
一礼するサミュエル。
「ねぇ、サミュエル。愛し子様のお見舞いに行ってはだめか?」
ヴァレリラルドはきらきらした瞳で言った。
「先ほども申しましたが、愛し子様は一瞬だけ目を覚まされて、またすぐにお休みになられました。頭の傷は重篤ではないようですが、これから痛みや熱が出るかもしれません。しばらく安静にしていただき、傷が回復して、お心も落ち着かれるまでは静かに見守ってさしあげるのがよろしいかと」
サミュエルの言葉に、精霊の泉のほとりに降りてきた少年の頭の怪我や乱れた着衣を思い出し、不謹慎ながらもヴァレリラルドの胸がドキドキした。
「そうか……」
「私も愛し子様に早くお会いしたい。だが今は愛し子様の回復を静かにお待ちしよう、ヴァレリラルド」
「はい、叔父上……」
それでも残念そうなヴァレリラルドに、
「殿下、愛し子様のことはサミュエル殿にお任せいたしましょう」
王太子付きの侍従であるシモンは、神経質そうな顔つきで、愛し子の出現に心を浮つかせているヴァレリラルドを諫めるように言った。
「……わかった」
シモンはスレートグレーの髪に赤みがかった茶色の瞳を持ち、二十をいくつも越えてはいないが年齢以上の落ち着きがある。何よりその視線の冷たさに、シモンに楯突くなんてとんでもないと思っているヴァレリラルドは素直にうなずく。
「サミュエルから見て、彼の方に愛し子様の資質のようなものは感じるか?」
愛し子にすぐに会えないのは残念だとは思うが、それよりも愛し子が出現したという事実がエンゲルブレクトの気持ちを高揚させていた。
「さようでございますね。見た目だけならまさしく精霊に愛されたお方でしょう。さきほど一瞬だけ見えた彼の方の瞳は黒曜石の瞳でした」
「黒曜石!」
あらたに得られた愛し子の情報にヴァレリラルドは胸を膨らませる。
「うん。確かに王家に伝わる文献には歴代の愛し子様は黒髪黒い瞳をしているという記述がある。さぞ美しい瞳だろうなぁ」
エンゲルブレクトはまだ見ぬ愛し子に思いをはせる。
「ええ、それはもう」
「黒い髪だけでも珍しいのに黒曜石の瞳まで兼ね備えていれば、出現の様子からしても愛し子様で間違いないだろう。早くお会いしたいものだ」
「わ、私も。サミュエル、愛し子様が目を覚まして、いいって言ってくれたら会ってもいいだろう?」
ヴァレリラルドの言葉にサミュエルは優しく微笑むが、傍に控えるシモンは冷ややかな視線を向けていた。
おおらかな性格で人の意見をよく聞くが、判断を人にゆだねることはない。国民が大事なのは当然だが王族の安寧が国民を守ると思っているため王族の絆を重視する。それすなわち賢王だとサミュエルは思う。
シルヴマルク王国には国の要所がいくつかあるが、その最たるものが国を加護する精霊の泉であり、それを有する聖域の森である。
聖域の森一帯は王国の管理下に置かれ、その管理の拠点となるのがシアンハウスだった。
当主は王弟であるエンゲルブレクト・イェイエル・シルヴマルク。二十代半ばだがまだ独り身のエンゲルブレクトは、王家特有の金髪碧眼の持ち主で細身の長身。眼鏡をかけて、いつも穏やかな微笑みを浮かべている人物である。
エンゲルブレクトは国王ベルンハルトの名代として当主を務めているが、聖域の森に隣接する領地を保有しており、領地にある城とシアンハウスを転移陣で行き来して執務を行っていた。
精霊の泉を護るのがシアンハウスの当主としての務めであるエンゲルブレクトにとって、精霊の愛し子の出現は一世一代の吉報だった。
歴史上、愛し子の出現は何度かあるが、それはあくまでも文献上でのこと。生きているうちにその存在に出会えるのは王国国民にとってもエンゲルブレクトにとっても幸運なことだった。
成人した王族であるエンゲルブレクトは表情を抑えてはいるが落ち着かないことが一目でわかり、その横に座るヴァレリラルドもそわそわしながら、談話室でサミュエルが報告に来るのを今か今かと待っている。
2人の様子を、それぞれの従者や護衛たちが離れたところから静かに見守っているが、彼らもやはりどこか落ち着かない心持ちだった。
やがてサミュエルが談話室に現れると、
「愛し子様は?」
「いつ対面できる?」
エンゲルブレクトもヴァレリラルドも、この時ばかりは王族の品位もどこへやらで勢いよくサミュエルに尋ねる。
「セルベル医師の見立てでは頭の傷は重篤ではないとのことです。さっき一瞬だけ目を覚まされましたが「愛し子さま、起きたの?」」
サミュエルの言葉にヴァレリラルドが食いつく。
「一瞬だけで、すぐにまた眠られました」
どことなく憂いを帯びるサミュエルだが、それに気づかないヴァレリラルドは落胆を隠せなかった。
一目見て心を奪われた愛し子様と早く話をしてみたいのだ。
「お怪我をされておられたことからも、恐ろしい思いをされたのではないかと推察します。当主様、陛下への一報はお済みだと思いますが、詳細について私から陛下にご報告してもよろしいでしょうか。愛し子様を手厚くもてなすために細かな配慮が必要かと思いますので」
「そうだな。世話に関してはサミュエルからの報告や要請が現状を的確に伝えられるだろう。任せるよ」
「ありがとうございます」
一礼するサミュエル。
「ねぇ、サミュエル。愛し子様のお見舞いに行ってはだめか?」
ヴァレリラルドはきらきらした瞳で言った。
「先ほども申しましたが、愛し子様は一瞬だけ目を覚まされて、またすぐにお休みになられました。頭の傷は重篤ではないようですが、これから痛みや熱が出るかもしれません。しばらく安静にしていただき、傷が回復して、お心も落ち着かれるまでは静かに見守ってさしあげるのがよろしいかと」
サミュエルの言葉に、精霊の泉のほとりに降りてきた少年の頭の怪我や乱れた着衣を思い出し、不謹慎ながらもヴァレリラルドの胸がドキドキした。
「そうか……」
「私も愛し子様に早くお会いしたい。だが今は愛し子様の回復を静かにお待ちしよう、ヴァレリラルド」
「はい、叔父上……」
それでも残念そうなヴァレリラルドに、
「殿下、愛し子様のことはサミュエル殿にお任せいたしましょう」
王太子付きの侍従であるシモンは、神経質そうな顔つきで、愛し子の出現に心を浮つかせているヴァレリラルドを諫めるように言った。
「……わかった」
シモンはスレートグレーの髪に赤みがかった茶色の瞳を持ち、二十をいくつも越えてはいないが年齢以上の落ち着きがある。何よりその視線の冷たさに、シモンに楯突くなんてとんでもないと思っているヴァレリラルドは素直にうなずく。
「サミュエルから見て、彼の方に愛し子様の資質のようなものは感じるか?」
愛し子にすぐに会えないのは残念だとは思うが、それよりも愛し子が出現したという事実がエンゲルブレクトの気持ちを高揚させていた。
「さようでございますね。見た目だけならまさしく精霊に愛されたお方でしょう。さきほど一瞬だけ見えた彼の方の瞳は黒曜石の瞳でした」
「黒曜石!」
あらたに得られた愛し子の情報にヴァレリラルドは胸を膨らませる。
「うん。確かに王家に伝わる文献には歴代の愛し子様は黒髪黒い瞳をしているという記述がある。さぞ美しい瞳だろうなぁ」
エンゲルブレクトはまだ見ぬ愛し子に思いをはせる。
「ええ、それはもう」
「黒い髪だけでも珍しいのに黒曜石の瞳まで兼ね備えていれば、出現の様子からしても愛し子様で間違いないだろう。早くお会いしたいものだ」
「わ、私も。サミュエル、愛し子様が目を覚まして、いいって言ってくれたら会ってもいいだろう?」
ヴァレリラルドの言葉にサミュエルは優しく微笑むが、傍に控えるシモンは冷ややかな視線を向けていた。
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