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第三話 ―無情にも始まる殺人ゲーム― 1
しおりを挟む部屋がどれ程の広さなのか見た目では分かりにくいが、それでも相当の広さはあると言えよう。
上を見上げればそこには一目で高いと思える高さがあるのだ。
特殊な作り方をしてなければ部屋の広さも必然と高さに見合う広さになるはず。
それほどの広さならそう簡単に相手には見つからない──
しかし、その考えはすぐに否定される事となった。
「っつ!?」
「村山?」
頬に熱が走ったかと思えば追って微かな痛み、村山は反射的に手を伸ばした。
すると指先は濡れた感触を伝え、その手を見ればそこには血がついている。
「……え?」
突然の怪我は思考を停止させるには十分だった。
「お前血が──!」
瞬間、連続して乾いた音が耳に届く。
川下たちは思わず身を小さくし、それぞれが身を守った。
音に続いて木々や葉っぱの一部が欠けていく光景に警戒心を一気に引き上げ辺りを見回す。
どうやら相手校に見つかってしまったらしく、姿こそ見えないものの間違いなく狙われているのだ。
乾いた音に時々聞こえる壊れる音。
そして自分たちが先ほど見付けた物を思い出せば──もう、乾いた音の正体は簡単だった。
「嘘だろ……! あいつら本気で殺す気かよ……!」
そう、相手は見付けた銃で自分たちを殺そうとしている。
死ぬかも知れない恐怖に足が動かない。
このまま死ぬのを待つしかない──そんな状況を破ったのは武坂の叫び声だった。
「……っ、逃げるぞ! ここから離れるんだ!」
必死の叫びに逃げると言う選択肢を思い出し、それぞれが一目散に逃げ出した。
走り出した事で音は段々と小さくなるが止む事はない。
良くドラマや映画などで耳にする音より派手さはないが、それでも効果は充分だった。
実際にその音によって欠けた木々や葉を見て、川下たちは否が応でも認識せざるを得なかったのだ。
この殺し合いは文字通り人間同士の殺し合い。
相手は自分たちと同じように手に入れたであろう武器……銃を使って殺そうとしているのだ。
銃を使われ命を狙われ──
ここまでされて、川下たちはようやく実感し始めていた。
生きたければ相手を殺さなければならないのだと──
「はっ……! はぁっ! はっ……!」
下は柔らかい土で走る一歩踏み出す度に力が抜けていく感覚に襲われ、生い茂る葉によって皮膚が切れていく。
既に銃声は聞こえなくなっていたが一度走り出せば止まる事が出来ず、川下はただひたすら走り続けた。
「ぅわっ!?」
前ばかり見ていた為に足下が疎かになり、飛び出していた幹に足が引っ掛かる。
突然の事に視界はくるり。回転すると手で支える事も出来ずその場に転んでしまった。
「っつ……!」
柔らかい土がクッションとなったお陰で大した怪我はなかったが、近くなった土の臭いが鼻に広がる。
土臭い……そんな事を考えながら川下は何度も浅い呼吸を繰り返した。
今まで無理に走っていたからか心臓の鼓動も、血管が脈打つのも酷く早いし体だって熱い。
その熱は気持ち悪く、更には急激に酸素と血液が体内を回り頭はボーっとし始めた。
ツキツキと頭に痛みが走り、火照った体に冷たい土が気持ち良い。
このまま休みたい気持ちでいっぱいだったが、川下は気付いたように上体を起こした。
神経を研ぎ澄ませ、近くに誰か居ないか様子を伺う。
だが辺りに人の気配はなく、微かな音さえも聞こえない。
川下は大きく細く息を吐き出し、呼吸を整えた。
誰も居ないなら今の内に出来る限り状況整理した方が良い、川下は川下なりに今の状況を理解しようと近くにあった大木に寄りかかった。
(えーと……まず、本気で殺し合いをしてるんだよ、なぁ?)
信じる事は出来ないが、それでもいい加減現実を見なくてはいけない。
銃を使われた事と村山の頬に流れた血。
傷を負ったと言う事実は大きくすれば死ぬと言う事で、いい加減現実を認めないとそこに触れなくなってしまう。
夢の世界は触れるか?
いいや、現実だから掴む事も退ける事も出来るのだ。
つまりそれは現実だから「生」を掴む事も、「死」を退ける事も出来るという事だ。
(……んで、俺たちはもう殺されそうになってるわけで……だったら俺も相手を殺す気でやらなきゃいけないん……だよなぁ……)
単純明快な事実は理解するのは簡単だった。
だが人を殺す。
そう想像しただけでも怖いのにこんな状態で実際に殺せるのだろうか。
(大体武器なんてねーし……そもそも運動神経ねぇ俺が真正面からいけるか! かと言って俺には頭もない。……っつーかその前に問題があんだろうがよ……)
そこまで考えて川下は乾いた笑いを浮かべた。
それはどこか自嘲にも似た笑い。
(……例え武器を持ってたとしても。俺が、殺せるのかっつー話だよなぁ……)
何度問いかけても答えは「いいえ」。
殺さなければ殺される、そんな理解が出来ても行動に移せるかどうかと言ったらそれは別問題なのだ。
「……あり……?」
ふと頬を流れる一筋の雫。
……泣いてる──
そう自覚すると止まる事を知らないように涙は零れ出し、川下は嗚咽を漏らした。
「……なんで……なんでこんな事に巻き込まれにゃーなんないんだよ……っ!」
両手で膝を抱えると小さくうずくまった。
休み時間にはトランプをして遊んだり、授業中にふざけて教師に怒られたり、放課後は帰りに色んな所に寄ったり教室で長く喋りあったり……
そんな平凡な日常。
けれども、何物にも代え難い大切な日常。
そんな日常がいきなり崩されるだなんて誰が予想出来る?
この殺し合いに参加してる人数の内、何人がこんな事に巻き込まれると予想出来ると言うのだ。
これが事故や病気だと言うのならまだ納得は出来る。
いや、なんなら「たまたま」居合わせたコンビニで「たまたま」事件が起きて「たまたま」巻き込まれてしまった。
そんな理由でも良い。
理不尽や怒りは残るがよほどそっちの方が現実味がある。
こんな──こんな殺し合いに巻き込まれるだなんて、そんな予兆はどこにもないのだ。
そもそもこの殺し合い自体意味がない。
何故わざわざそんな事をさせる?
例え主催者たちの暇潰しだとしても、そこに自分たちが巻き込まれる理由はないのに。
「……作為的なのか、或いは運なのか……」
鼻を啜りながら川下はボソリと呟いた。
恐らくどちらかと言うなら後者。
作為的だとしたら自分たちが選ばれる理由が全くわからないのだから。
特に自分なんて運動神経とか頭が良いとかそんな事はなく、むしろ逆の立場にいる人間。
それでも無理矢理位置付けるなら普通の位置にいるのだから、ますます作為的なものは感じられなかった。
「……そーだ……あいつ等は……」
段々落ち着いてきた川下は涙を袖口で拭うと村山たちの事を思い出した。
無我夢中で逃げた為に離れ離れになった五人の行方が分からない。
全員がバラバラに逃げたかも知れないし、誰かは二人でいるかも知れない。
とにかく一人でいるのは心細い、川下はまず五人を探そうとするが、不意に離れた所から聞こえる音に神経を尖らせた。
敵か、味方か……
味方なら大歓迎、ただの風なら安心はできる。
だが、敵だったなら……?
川下は全神経を音のした方へと集中させ、動く事も忘れてただじっと目を凝らしていた。
「はっ……! っつ……!」
「南波っさん大丈夫!?」
南波と本町は木を挟むように互いに背を向けて辺りを確認する。
逃げた事で銃を持っているであろう人物からは逃げられた。
が、今度はボウガンから避けなければいけなくなってしまった。
運プラス反射神経を活かしてなんとか一本目は避けれた。
しかし運が良かったのか悪かったのか、続けざまに放たれた二本目の矢が南波の腕を掠める。
堪えられない痛みではないが痛いのは事実、南波は傷を抑えながら走り今に至るというわけだ。
「なんとかな……向こうは本気で俺等を殺すつもりかよ……!」
「そりゃそうだ……じゃなきゃ、ボウガンなんて撃ってこないって」
完全に殺意を持って武器を向けてきた。
まだそんなに時間が経ってないのにこうも簡単に人を殺そうとする事も信じられなかったが、それよりも信じられないのはやはり今の現状だ。
だがこのままでいれば間違いなく殺される、その悔しさから南波は強く手を握りしめた。
「くそ……! 向こうは武器ありなのにこっちは武器無し……! 早くなんとかしなきゃ殺されるだけじゃんか!」
怒りで後ろの木を殴りつけるとその振動で上から何かが落ちてきた。
ふと落ちてきた物に視線を移すと、そこにあったのは黒く楕円を描き上部には安全ピンらしきモノがついている──つまり、手榴弾。
「これ……」
実物を見るのは始めてだが良く漫画などで目にはした。
下手に扱えば暴発するかも知れない、南波は震える手で恐る恐る拾い上げ軽いとも重いとも言えぬそれに息を呑む。
「……本町、武器」
「え?」
南波は後ろを向いたまま本町の方に手を伸ばし、本町は前方に意識を向けながらもその差し出された手の位置を一瞬だけ確認する。
そして、それを受け取る為に南波の手の下に自分の手を広げた。
「……落とすなよ。落としたら死ぬかも知れないぞ」
何も答えなかったが言葉の意味はしっかり受け取る。
本町はゆっくりと南波の手から受け取り、自分の視界へと持ってきた。
「……手榴弾……」
掌に納まる小さな物。
しかし、こんな小さな物でも人一人簡単に殺せる道具なのだ。
「良かったよ、銃とかじゃなくて……武坂さんや国見だったら使えるかも知れないけど俺等じゃそうはいかないもんな」
「……でもよ、どっちにしろ人殺しの道具って事に変わりは……」
「けどさ……けどさ本町。俺たちも生き残りたいって言うなら……相手を殺すしかないんじゃないか?」
驚くしかなかった。
それは、思わず自分の耳を疑う程信じたくない言葉だ。
「南波っさん何を……!」
「っ……しょうがないだろ!? じゃなきゃ俺たちが殺されるんだぞ!?」
その叫びに本町は何も言えなかったし、南波も自分が何を言っているか理解していた。
しかし──そうでもしないと殺されてしまうのだ。
そして本町もまた同じように、心のどこかでは考えていた。
南波の言う通り、今は迷ってる時ではないのかも知れない。
それでも、だからと言ってそう簡単に決められるようなものでもないのだ。
「しゃがめ!」
突然の事に本町は無意識に足を縮め、それとほぼ同時にガッ!と言う音が聞こえてくる。
視線を向けると見えたのは一本の矢、それは先ほどまで頭があった位置にあり、深々と刺さったその矢に本町は体を震わせた。
もししゃがんでなかったら矢は確実に頭を貫き、絶命していたのだから。
「本町! ボーっとすんなよ!」
余りの驚きに意識がない本町の腕を掴み再び走り出そうとする……が、それよりも一瞬早く相手の姿が視界へ飛び込んで来た。
「……っ!?」
無言で縮まっていく距離。
片手にはボウガンを持ってる事から二人を狙っていた人物で間違いなかった。
「くそ……! 本町! いいから目を覚ませ!」
南波は思い切り、本町の頭を殴った。
「……ぇ? あ、ぅわぁっ!?」
意識が戻ったのだろう、本町は目前まで迫っている相手を見て反射的に足を伸ばす。
「ぐっ!?」
足は見事相手の鳩尾へと当たり、予想外だった本町の蹴りと自身が走っていた速度分の威力をその身に受けてしまったのだ。
蹴られた箇所を押さえながら相手はその場にうずくまった。
「なっ……! 南波っさん!?」
「……とりあえず、意識は戻ってきたな」
そのままチラリと相手を見れば未だ鳩尾部分を押さえてうずくまっている姿。
南波は手から離れているボウガンを奪おうと手を伸ばす。
……が、それに気付いたのだろう、相手はふらつく足に力を込めながらもそのまま体当たりをしてきた。
「っつ!」
「南波っさん!?」
まさか反撃を喰らうとは思ってなかった、南波は急いで体勢を立て直そうとする。
しかし顔を上げたと同時に飛び込んでくるのは鈍く光る矢の先端。
それは相手にボウガンを取られ、そして凶器を向けられてる事を示していた。
「コレは奪わせねぇ……! 俺は……! 俺は生き残るんだ……!」
目の前で繰り広げられている光景に本町は息を呑み、ただじっと二人を見てる事しか出来なかった。
ボウガンが親友に向けられ今にも殺されようとしている。
今の自分に何が出来る?
どうすれば二人とも助かる道がある?
そう考えた時、本町はふと手に持っている物へ視線を落とした。
それを使えば南波を助ける事が出来る。
──そして、それがどう言う事かも。
それでも助けたいならやるしかない。
本町は手に持っていた手榴弾を強く握り締め、そして南波たちへと視線を向けた。
「ふ……ぐっ……!」
カタカタとボウガンを持つ手は小さく震え、中々引き金にかけた指に力を伝える事が出来ない。
引き金を引けば確実に目の前の人を殺す。
その事実を受け止められるかどうか、命を奪う度胸があるのか……これで、終わりなのかどうか。
様々な葛藤がぐるぐるとまるで出口のない迷路のように頭の中を回っていた。
「うゎっ!?」
だが、その考えも後ろから引っ張られた事によりふと途切れた。
引っ張られたと言っても転ぶほどではない、せいぜい服を軽く引っ張られた程度。
しかし同時に服の中に何かが入れられる。
急いで後ろを振り返るとそこには何も見えない……が、視線を戻すとそこには南波の腕を引っ張って走り去っていく本町の姿。
全力で走ったのだろう、既にその距離はかなり開いていた。
「なっ……テメェっ! 待ちやが……っ!」
言葉は途中で途切れ、代わりに眩い光が走ったかと思えば次に響いたのは鼓膜が破れたかと錯覚したほどの爆発音。
それは本町が服の中に入れた手榴弾が爆発した音だった。
「っ……!」
余りの音の大きさ。
今までに聞いた事がないほどの大きな爆発音で、本町たちは衝撃と驚きのあまりその場に倒れるように転んでしまう。
爆発音の影響で耳の中には一枚幕を通されたかのような違和感を感じるし耳鳴りも酷い。
二人は頭を振ったりしてその違和感を取り去ると、やがて体を起こしてゆっくりと後ろを振り返った。
飛び込んできた光景にすぐ顔を前に戻す。
錯覚でなければ見えたのはおぞましいもの。
だが、出来れば夢であって欲しいと言う願いが再び二人に後ろを向かせた。
そこに見えたのは上半身と下半身が分かれ、地面に横たわっている物言わぬ死体と辺りに飛び散る大量の内臓や赤い液体。
内臓や腸などの臓器は僅かではあるが辺りの木々に引っ掛かり、飛び散った血が手榴弾の威力を伝えていた。
「ぅ……ぐっ……!」
しばらくすると風に乗って血の臭いが飛び込んでくる。
「っ……! う!」
飛び散る赤い液体。
飛び散る内臓。
吸い込んだ独特の臭いが口の中で味を再現し、より現実となって襲ってくる。
その余りにも異様で凄惨な光景に、二人はこみ上げてくる嘔吐感を堪える事も出来ず地面へと吐いた。
「げぇっ……! ぅぇっ……!」
ドラマや映画などで見る光景とは全然違う、演出などが一切ない本物の死体。
その光景に体は体内にある物全てを吐き出そうとするように嘔吐感も吐瀉物も止まる事がなく、治まってきたのはしばらくしての事だった。
改めて視線を前に戻し、何度見ても変わらぬ景色と現実に本町は力なくその場に膝をつくと震える手で自分の頭を抱えた。
「違っ……! 俺……! 俺は……!」
助ける為に手榴弾を使った。
そして奪った人の命──
「人を殺した」という現実は本町の背中に重くのしかかる。
ぐるぐると頭の中を回るのは後悔。
だが、いくら後悔しても過去に戻るなんて事は出来ないのだ。
「俺、なんで……! 殺した……人を殺した……!」
分かっていた、手榴弾を使えば簡単に死ぬ事を。
分かっていた、手榴弾を使わなければ南波を助ける事が出来ず、また終わらなかった事を。
だが……それでも、自分のした事が酷く悲しかった。辛かった。恐ろしかった。
「本町……」
本町は叫び、そして泣いた。
人を殺した罪悪感に、後悔。
このゲームへの理不尽さに、これからも殺していかなくてはならないという現実にただ泣く以外の抵抗が出来なかった──
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