上 下
40 / 54

37、女狐観察日記

しおりを挟む
 今日も今日とて家から抜け出したヒルダは、陽だまりの猫亭にたどり着いた。勿論二人にはヒルダ・サンドリアだとバレてはいけない。
 輝くような金の髪を隠して、ウィッグを被って来た。帽子を被って顔を見せにくくすることも忘れてはいない。

 絶世の美女と呼ばれた姉には到底敵わないが、ヒルダだってそこそこの美人なのだ。姉が特上なら、ヒルダは上の下といったところだが。
 姉との差は、父親の遺伝子が若干ヒルダの方が濃いかったからだろうと思う。

「さーて、あんたの悪事を暴いてやるんだから」

 店に入ってすぐに料理を注文する。どうせうちの屋敷より美味しいものは出ないだろうとほくそ笑む。

「お、美味しい……ですって?」

 出されたスープは玉ねぎしか入っていないのにも関わらず、肉や野菜の複雑な味がして驚きに目を見開いてしまった。
 驚いたのはそれだけではなくて、硬くて食べられたものではないパンは、手で軽く千切れる程に柔らかい。

 肉も素敵で、ホロホロとほどけていくほどに柔らかく、トマトの酸味が肉の脂っこさを和らげていた。
 野菜にかかっている爽やかな酸味のソースが肉の油で重たくなった口の中をさっぱりとさせていく。土臭いから野菜なんか嫌いだったが、これなら食べられる。

「おいしい!美味しいわ!!」

 貴族令嬢とは思えないほどの食いつきを見せたヒルダは、ユキの事など頭から飛んでいってしまっていた。

「すみません」
「はい、どうかされましたか?」

 ヒルダに近寄って来た銀髪の少女は、姉に負けずども劣らないほどの美人であった。

(……ま、負けた。違う違う負けてないんだから!)
「あ、あの?」

 ヒルダを心配そうに見つめる少女の声にはっと我に返る。そうだ、シェフに感謝の意を述べるところだったのだ。
 本来の目的をすっかり忘れているヒルダは一つ咳払いをして、いつもよりもほんの少し良い声で言った。

「シェフの方を呼んでいただけないかしら」
「はい、少々お待ちください」

 深々と礼をして少女は去って行った。なかなか美しい姿だった、大衆食堂にしては教育が行き届いているらしい。
 これだけ美味しいのだから、また来ても良いかもしれない。そんな風に思っていたヒルダのもとにシェフがやってくる。

「私がこの料理を作りましたが」
(げっ、女狐!なんであんたがここに居るのよ!いやいや違う、居るのは確定していたのだったわ。この料理を、この女が!?)

 首を少し傾けるユキをじっと見つめる。早く何か言わなくては。

「あ。あ、貴女がシェフですか。料理美味しかったです。御馳走さまでしたわ」
「お気にめしていただけたのなら、幸いです。また来てくださいね」

 ユキは深く礼をした。

(凛とした綺麗なお辞儀だこと。華やかさはないけれど、殿方のような凛々しさがあるわ)

 思わず感嘆の息を漏らしたヒルダは、体を起こしたユキの胸がたゆんと揺れたのが目に映った。

(この、女――――――!!私に喧嘩を売っているのね!買う、買うわ!!)

 つるんとした起伏の無いお子様体系なこの胸に喧嘩を売っているとしか思えない。たかだか十数歳の女に負けるなんて。首を絞めてやる、締めてやるんだから。

(私はもう十七なのよ!?社交界デビューも果たした立派なレディーなんだから)

 顔にはおくびも出さずに心の中で般若の顔をするヒルダは、何かに気が付いたような顔をする。

(もしかして、アレクも?アレクも胸の大きい女が好きなの!?こんな頭への栄養が全て胸にいっているような女が好きなの!!)
「では、これで私は失礼します」

 何も言わなくなったヒルダに首を傾げたユキは、頭を下げて仕事に戻って行った。

(アレクが、乳の大きい女が好きだったなんて……)

 もはや胸と丁寧にいう事すらも忘れたヒルダは、ふらつく足を堪えながら席をたった。
 誰もつるぺたが悪いとも、アレクが胸の大きな女性が好きだとも言っていないのだが。人の話を聞かず思い込みの激しさはピカイチなヒルダは、一人で敗北感を味わっていた。
 家に帰りついたヒルダは、勢いよく厨房へと駆け込む。

「ねえ、料理長!明日からは牛乳を毎食出して頂戴!!」
「毎食、ですか?」
「そうよ、毎食よ!私には大きな使命があるんだから!!頼んだからね!」

 これでボンキュッボンも夢じゃないのだ。

「ヒルダ、何を大きな声を出しているのよ」

 大声を聞きつけて厨房まで母が入ってくる。腕を組んでいる母の胸が、腕の上に乗っていた。

(よっこらしょ……)
「ヒルダ、聞いているの?」
「お母様には私の気持ちなんかわかりっこないんですよ、お母様だから」

 持っている者には持たざる者の気持ちは分かりはしないのだ。
 まあいい。この母の血が流れているのだから、すぐにボンキュッボンだ。

「打倒、女狐!!!」
「ヒルダ、煩いわよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。

夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。 陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。 「お父様!助けてください! 私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません! お父様ッ!!!!!」 ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。 ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。 しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…? 娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)

王太子妃が我慢しなさい ~姉妹差別を受けていた姉がもっとひどい兄弟差別を受けていた王太子に嫁ぎました~

玄未マオ
ファンタジー
メディア王家に伝わる古い呪いで第一王子は家族からも畏怖されていた。 その王子の元に姉妹差別を受けていたメルが嫁ぐことになるが、その事情とは? ヒロインは姉妹差別され育っていますが、言いたいことはきっちりいう子です。

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

男爵令嬢が『無能』だなんて一体誰か言ったのか。 〜誰も無視できない小国を作りましょう。〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「たかが一男爵家の分際で、一々口を挟むなよ?」  そんな言葉を皮切りに、王太子殿下から色々と言われました。  曰く、「我が家は王族の温情で、辛うじて貴族をやれている」のだとか。  当然の事を言っただけだと思いますが、どうやら『でしゃばるな』という事らしいです。  そうですか。  ならばそのような温情、賜らなくとも結構ですよ?  私達、『領』から『国』になりますね?  これは、そんな感じで始まった異世界領地改革……ならぬ、建国&急成長物語。 ※現在、3日に一回更新です。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

幼女からスタートした侯爵令嬢は騎士団参謀に溺愛される~神獣は私を選んだようです~

桜もふ
恋愛
家族を事故で亡くしたルルナ・エメルロ侯爵令嬢は男爵家である叔父家族に引き取られたが、何をするにも平手打ちやムチ打ち、物を投げつけられる暴力・暴言の【虐待】だ。衣服も与えて貰えず、食事は食べ残しの少ないスープと一欠片のパンだけだった。私の味方はお兄様の従魔であった女神様の眷属の【マロン】だけだが、そのマロンは私の従魔に。 そして5歳になり、スキル鑑定でゴミ以下のスキルだと判断された私は王宮の広間で大勢の貴族連中に笑われ罵倒の嵐の中、男爵家の叔父夫婦に【侯爵家】を乗っ取られ私は、縁切りされ平民へと堕とされた。 頭空っぽアホ第2王子には婚約破棄された挙句に、国王に【無一文】で国外追放を命じられ、放り出された後、頭を打った衝撃で前世(地球)の記憶が蘇り【賢者】【草集め】【特殊想像生成】のスキルを使い国境を目指すが、ある日たどり着いた街で、優しい人達に出会い。ギルマスの養女になり、私が3人組に誘拐された時に神獣のスオウに再開することに! そして、今日も周りのみんなから溺愛されながら、日銭を稼ぐ為に頑張ります! エメルロ一族には重大な秘密があり……。 そして、隣国の騎士団参謀(元ローバル国の第1王子)との甘々な恋愛は至福のひとときなのです。ギルマス(パパ)に邪魔されながら楽しい日々を過ごします。

処理中です...