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次の日の夜もその次も、またその次も二人は花畑へと向かう。
決して会う約束をしたわけではなかったが、初めて出会った時間に二人は来て、他愛もない話をしていたが、いつしか邸へとセインが迎えに来るようになった。
「セシリア、今日はミューン湖に行ってみないか?」
「ミューン湖? い、いく! 行くわ!!」
外を簡単に出歩けないセシリアにとって、この提案は渇望ものだった。一も二も無く頷いた姿にセインは思わずと言った様子で噴き出すと、セシリアに自分の上着を掛けると抱えて湖へと向かう。
「わぁ! 空に浮いてるわ!」
「はしゃぐな、落ちるぞ」
眼前には満天の星が煌めいていた。いつも以上に星が近くなって、セシリアは夜空に手を伸ばす。
幼子のようにはしゃぐセシリアに、セインの苦笑するのが聞こえた。どうしたのかと頭を上げると、困った子供を見るかのような瞳があった。
「あぅ。も、もうすぐ着くの?」
「ああ、着いたぞ」
途端に恥ずかしさを覚えたセシリアは話を逸らすように言うと、着いたと返事が返ってくる。
空を見渡していると、また隣で笑う声が聞こえてきて、セシリアは恥ずかしいような嬉しいような変な気持ちになった。
「こっちだ」
そう言ってセインは下を指差す。眼下には大きな湖が広がっていた。地面に降りたセシリアは、湖の淵へと駆けだした。
「こけるなよ」
「はーい」
セシリアは幾分か速度を落としたが、走ったまま靴を脱いだ。等間隔に脱がれた靴を拾い上げながら、セインは後を追う。
「わぁ、冷たい! ふふっ」
腿まで水につけた足をばたつかせると、月光に照らされた星のような飛沫が闇に溶けていく。
「ふふっ、ふ、ふふふ」
「セシリア、立って」
「ん? 分かったわ」
湖の端で楽しんでいたセシリアを暫く眺めていたセインは、手を差し出してセシリアを草の上に立たせる。
持っていたハンカチで丁寧に足を拭かれると、セシリアはくすぐったそうに身動ぎした。
「さ、行くか」
「……うん」
もう帰るのだろうかと俯くセシリアの手を引いて、セインは湖の中央に向かう。
「…………綺麗」
辺りには、海と錯覚を起こすほどの見渡す限りの水と、二人を照らす皓月があった。
「そうだな」
ああ、この明月が朝に沈んでしまわなければいいのに。この夜夜中がずっと続いていればいいのに。
誰にも経験できない空間にいる贅沢の中、セシリアの知らない、焦がすような一欠片が湧き上がってくる。
(ああ……私)
皆に愛され大事にされていても、大事にされているからこそ寂しかった。しかし、彼は違う。セシリアと自分を同じだと言って寄り添って、外出すらままならないセシリアのためにこうして外に連れ出してくれる。
「貴方が好きだわ」
まるで彗星のようにやって来て、どんどんとセシリアの世界を広げていく彼を、どうして好きにならずにいられようか。
熱情に満ちる深緑と吃驚した金が交わると、玉兎よりも美しい瞳が瞼の裏に隠される。
「…………そう。寒くなって来たし、そろそろ帰ろうか」
「……分かったわ」
セインに連れられて夜が明ける前に邸へと戻ると、そっとテラスへと降ろされる。
「おやすみ、セシリア」
セシリアの髪を撫ぜるように一掬して去って行くのを見送って、セシリアは深い息をつく。愛を伝えた時に見た彼の揺らいだ瞳が脳裏に焼き付いて離れなかった、喜色と哀傷の混じる瞳が彼女を不安にさせる。
何故かを問おうとして出来ずに明けた朝は、セシリアに一抹の不安を残した。
決して会う約束をしたわけではなかったが、初めて出会った時間に二人は来て、他愛もない話をしていたが、いつしか邸へとセインが迎えに来るようになった。
「セシリア、今日はミューン湖に行ってみないか?」
「ミューン湖? い、いく! 行くわ!!」
外を簡単に出歩けないセシリアにとって、この提案は渇望ものだった。一も二も無く頷いた姿にセインは思わずと言った様子で噴き出すと、セシリアに自分の上着を掛けると抱えて湖へと向かう。
「わぁ! 空に浮いてるわ!」
「はしゃぐな、落ちるぞ」
眼前には満天の星が煌めいていた。いつも以上に星が近くなって、セシリアは夜空に手を伸ばす。
幼子のようにはしゃぐセシリアに、セインの苦笑するのが聞こえた。どうしたのかと頭を上げると、困った子供を見るかのような瞳があった。
「あぅ。も、もうすぐ着くの?」
「ああ、着いたぞ」
途端に恥ずかしさを覚えたセシリアは話を逸らすように言うと、着いたと返事が返ってくる。
空を見渡していると、また隣で笑う声が聞こえてきて、セシリアは恥ずかしいような嬉しいような変な気持ちになった。
「こっちだ」
そう言ってセインは下を指差す。眼下には大きな湖が広がっていた。地面に降りたセシリアは、湖の淵へと駆けだした。
「こけるなよ」
「はーい」
セシリアは幾分か速度を落としたが、走ったまま靴を脱いだ。等間隔に脱がれた靴を拾い上げながら、セインは後を追う。
「わぁ、冷たい! ふふっ」
腿まで水につけた足をばたつかせると、月光に照らされた星のような飛沫が闇に溶けていく。
「ふふっ、ふ、ふふふ」
「セシリア、立って」
「ん? 分かったわ」
湖の端で楽しんでいたセシリアを暫く眺めていたセインは、手を差し出してセシリアを草の上に立たせる。
持っていたハンカチで丁寧に足を拭かれると、セシリアはくすぐったそうに身動ぎした。
「さ、行くか」
「……うん」
もう帰るのだろうかと俯くセシリアの手を引いて、セインは湖の中央に向かう。
「…………綺麗」
辺りには、海と錯覚を起こすほどの見渡す限りの水と、二人を照らす皓月があった。
「そうだな」
ああ、この明月が朝に沈んでしまわなければいいのに。この夜夜中がずっと続いていればいいのに。
誰にも経験できない空間にいる贅沢の中、セシリアの知らない、焦がすような一欠片が湧き上がってくる。
(ああ……私)
皆に愛され大事にされていても、大事にされているからこそ寂しかった。しかし、彼は違う。セシリアと自分を同じだと言って寄り添って、外出すらままならないセシリアのためにこうして外に連れ出してくれる。
「貴方が好きだわ」
まるで彗星のようにやって来て、どんどんとセシリアの世界を広げていく彼を、どうして好きにならずにいられようか。
熱情に満ちる深緑と吃驚した金が交わると、玉兎よりも美しい瞳が瞼の裏に隠される。
「…………そう。寒くなって来たし、そろそろ帰ろうか」
「……分かったわ」
セインに連れられて夜が明ける前に邸へと戻ると、そっとテラスへと降ろされる。
「おやすみ、セシリア」
セシリアの髪を撫ぜるように一掬して去って行くのを見送って、セシリアは深い息をつく。愛を伝えた時に見た彼の揺らいだ瞳が脳裏に焼き付いて離れなかった、喜色と哀傷の混じる瞳が彼女を不安にさせる。
何故かを問おうとして出来ずに明けた朝は、セシリアに一抹の不安を残した。
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