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6ようやく逢えた人魚の君
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アレックスに協力を要請してすぐに出ていったかと思うと、護衛騎士であるギルバートを連れて帰ってきた。
帰ってきてすぐ、開口一番にギルバートを連れていけとアレックスは言い放つ。
「俺の闇魔法で現地に送ってやるから、ギルバートの交代時間を目安に帰ってこい。俺はオスカーの部屋に残って見張りをする」
「良いのかアレックス!」
従者であるアレックスがオスカーの近くに居るのは自然なことだ。例え急用で王子に会いたいと言われたとしても、彼ならば誰にも怪しまれずに来訪者を待たせたままオスカーを迎えに来ることが出来る。
「良いも何もオスカーの我が儘を叶えるのが俺の仕事だからな」
「オスカー様と呼びなさい」
「うるせえな、堅物唐変木朴念仁。俺は公では忠実なイケメン従者の皮を被ってっから良いんだよ」
顔をつき合わせると必ず喧嘩になる二人を、オスカーは微笑ましく見ていた。彼らがオスカーを支えてくれるから厳しい局面を前にしても平静でいられる。
オスカーのために心を砕いてくれる彼らがとても心強かった。
「二人ともそれくらいにして、出かけても良いかな?」
「はい、畏まりました」
「いってら」
先日の砂浜についてから、オスカーは光魔法で辺りを照らし夜の海を潜りだした。冬を過ぎたとはいえ、朝晩は冷え込む中水に体を濡らすのは拷問のようだった。
それでも彼女に逢いたい心だけがオスカーに苦痛を忘れさせた。
(いないな)
昼間の美しさとは裏腹に、夜の闇が全てを飲み込んでいくように感じた。この底なしの黒さの中彼女は過ごしているのか。
オスカーが感じるこの恐怖を、彼女は何も感じていないのだろうか。
(……知りたい)
彼女が何を考え、どのように日々を過ごしているか。あの透き通る海のような瞳で何を見つめ、珊瑚色の唇がどんな音を紡ぎだすのか。
逢えない事実がオスカーの思いを深くしていった。
結局数時間泳いでいたが、何の成果もなかった。まだ一日目だ、落胆することもないだろう。そう思い浜に上がる。
海から出ると思ったよりも冷たい風が、オスカーを撫でていった。
「オスカー様、お体は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。このペンダントの難点は、海に入る時には効果を発揮しないという事だな」
結局は体が濡れてしまって寒いとオスカーは笑う。
水中でしか生活しない人魚にとって、濡れることに意味など無いのだ。だから水中で呼吸が出来る事しか想定されていない。
「早く帰ろう。今日は問題無かったみたいだけど、遅刻すればアレックスの頭に角が生える」
「勝手に怒らせておけばいいと思いますが」
そう言ってギルバートは火魔法でオスカーの体を丁寧に乾かしていく。
(大丈夫、まだ始まったばかりだ)
明日も二人に付き合ってもらおうと思いながら、オスカーは空に昇る自分色の月を見つめた。
◇
その日から朝な夕な海に潜り続けていたが、一向に自体は好転しなかった。
(……今日で一か月か)
十年の間で諦めを感じ始めたオスカーは、あの日漸く彼女に逢えた。その事実が十年の内のたった一ヶ月であるという事を感じさせなかった。
今まで彼女に逢いたいだけで毎日を耐えて来た。それなのに、一目彼女に逢っただけで十年前彼女に助けてもらった過去に戻ってしまったようで。一日がこんなにも長い。
「苦しい」
「何がだよ、月を見て黄昏んな。めんどくせーな」
紅茶を入れて持ってきたアレックスがつっこみを入れる。
「とっとと仕事を終えて海にでも行ってこい、この拗らせ変態野郎」
「相変わらず口が悪いなアレックスは」
「こりゃ死んでも治らねーよ。見張っててやるから早く行け」
しっしと手を振るアレックスに思わず笑って、オスカーは海に向かう。
先月よりも幾分か温かくなった海を、オスカーは泳ぎ始める。
今日は綺麗な満月だ。
(昔はまったく泳げなかったのに、もう手慣れたものだな)
時間切れギリギリになり始めたころ、オスカーの視界の端に輝く何かが映った。
(あれは!)
待ちに待った人魚が目の前にいたのだ。
満月に照らされた海面の光を浴びて煌めく白銀の髪を持つ彼女は、どうやら小魚と戯れていたようで嬉しそうに微笑んでいた。
時が止まったかのようにじっとその光景を見つめていたオスカーは、彼女と目が合ったことで我に返った。
(逃げ出してしまう!)
当然のことながら逃げ出し始めた人魚を、オスカーは必死に追いかけた。
帰ってきてすぐ、開口一番にギルバートを連れていけとアレックスは言い放つ。
「俺の闇魔法で現地に送ってやるから、ギルバートの交代時間を目安に帰ってこい。俺はオスカーの部屋に残って見張りをする」
「良いのかアレックス!」
従者であるアレックスがオスカーの近くに居るのは自然なことだ。例え急用で王子に会いたいと言われたとしても、彼ならば誰にも怪しまれずに来訪者を待たせたままオスカーを迎えに来ることが出来る。
「良いも何もオスカーの我が儘を叶えるのが俺の仕事だからな」
「オスカー様と呼びなさい」
「うるせえな、堅物唐変木朴念仁。俺は公では忠実なイケメン従者の皮を被ってっから良いんだよ」
顔をつき合わせると必ず喧嘩になる二人を、オスカーは微笑ましく見ていた。彼らがオスカーを支えてくれるから厳しい局面を前にしても平静でいられる。
オスカーのために心を砕いてくれる彼らがとても心強かった。
「二人ともそれくらいにして、出かけても良いかな?」
「はい、畏まりました」
「いってら」
先日の砂浜についてから、オスカーは光魔法で辺りを照らし夜の海を潜りだした。冬を過ぎたとはいえ、朝晩は冷え込む中水に体を濡らすのは拷問のようだった。
それでも彼女に逢いたい心だけがオスカーに苦痛を忘れさせた。
(いないな)
昼間の美しさとは裏腹に、夜の闇が全てを飲み込んでいくように感じた。この底なしの黒さの中彼女は過ごしているのか。
オスカーが感じるこの恐怖を、彼女は何も感じていないのだろうか。
(……知りたい)
彼女が何を考え、どのように日々を過ごしているか。あの透き通る海のような瞳で何を見つめ、珊瑚色の唇がどんな音を紡ぎだすのか。
逢えない事実がオスカーの思いを深くしていった。
結局数時間泳いでいたが、何の成果もなかった。まだ一日目だ、落胆することもないだろう。そう思い浜に上がる。
海から出ると思ったよりも冷たい風が、オスカーを撫でていった。
「オスカー様、お体は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。このペンダントの難点は、海に入る時には効果を発揮しないという事だな」
結局は体が濡れてしまって寒いとオスカーは笑う。
水中でしか生活しない人魚にとって、濡れることに意味など無いのだ。だから水中で呼吸が出来る事しか想定されていない。
「早く帰ろう。今日は問題無かったみたいだけど、遅刻すればアレックスの頭に角が生える」
「勝手に怒らせておけばいいと思いますが」
そう言ってギルバートは火魔法でオスカーの体を丁寧に乾かしていく。
(大丈夫、まだ始まったばかりだ)
明日も二人に付き合ってもらおうと思いながら、オスカーは空に昇る自分色の月を見つめた。
◇
その日から朝な夕な海に潜り続けていたが、一向に自体は好転しなかった。
(……今日で一か月か)
十年の間で諦めを感じ始めたオスカーは、あの日漸く彼女に逢えた。その事実が十年の内のたった一ヶ月であるという事を感じさせなかった。
今まで彼女に逢いたいだけで毎日を耐えて来た。それなのに、一目彼女に逢っただけで十年前彼女に助けてもらった過去に戻ってしまったようで。一日がこんなにも長い。
「苦しい」
「何がだよ、月を見て黄昏んな。めんどくせーな」
紅茶を入れて持ってきたアレックスがつっこみを入れる。
「とっとと仕事を終えて海にでも行ってこい、この拗らせ変態野郎」
「相変わらず口が悪いなアレックスは」
「こりゃ死んでも治らねーよ。見張っててやるから早く行け」
しっしと手を振るアレックスに思わず笑って、オスカーは海に向かう。
先月よりも幾分か温かくなった海を、オスカーは泳ぎ始める。
今日は綺麗な満月だ。
(昔はまったく泳げなかったのに、もう手慣れたものだな)
時間切れギリギリになり始めたころ、オスカーの視界の端に輝く何かが映った。
(あれは!)
待ちに待った人魚が目の前にいたのだ。
満月に照らされた海面の光を浴びて煌めく白銀の髪を持つ彼女は、どうやら小魚と戯れていたようで嬉しそうに微笑んでいた。
時が止まったかのようにじっとその光景を見つめていたオスカーは、彼女と目が合ったことで我に返った。
(逃げ出してしまう!)
当然のことながら逃げ出し始めた人魚を、オスカーは必死に追いかけた。
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