海よりも清澄な青

雨夜りょう

文字の大きさ
上 下
2 / 13

2人魚の彼女にもう一度恋をした

しおりを挟む
「……い、おい。おい!オスカー!」

 体を揺さぶられ耳元で叫ばれる。感じる不快感にオスカーと呼ばれた男性は目を覚ました。

「やっと起きたか。何やってんだ?こんなところで寝たりして」

(……夢?)

 今まで喉から手が出るほど欲しかった最愛の彼女が目の前にいた。海の中に揺蕩う白銀の長い髪に、気の強さがうかがえるつり上がった瞳はとても綺麗な青は、以前と何一つ変わってはいなかった。
 人魚は長命な種族だ、容姿も簡単に衰えはしないのだろう。

 ガラス玉のように輝き透き通る瞳が、自分を映した時は二十歳も過ぎた良い年をした大人のくせに込み上げてくる思いを感じた。
 ああ、やっぱり自分は昔と変わらず彼女が好きで。自分は今もう一度恋に落ちたのだと。

「なあ!ここに白銀の髪をした綺麗な女性が居なかったか?!」

 オスカーは勢いよく体を起こし訊ねる。

「はあ?知らんよ。いつまでたっても帰ってこないから探し回ってたら、浜辺で眠りこけるお前を見つけたから声をかけただけだ」

 女なんて見ていないと、乳兄弟であり腹心でもあるアレックスは答える。第一そんな人を見つけていたら俺が声をかけているとも。アレックスは軽薄さを滲ませた顔で笑う。

「お前は夢でも見たんだ、さもなければ妖精にでも化かされたか。第一勝手に抜け出すなよ、一言声をかけろ」

(夢?そんなはず無い)

 オスカーは忙しい時間の隙間を縫って海に出かけていた。当然王太子である自分には護衛が付くものであるが、最近出かけすぎたためか周りに口うるさく言われたため、こっそりと出かけていたのだ。
 オスカーにとって海に出かける事は、日課と言って差し支えない。

 幼少期、夜の船で行われた海上パーティーに参加した時に誤って船から落ちてしまった事があった。その頃のオスカーは剣術も帝王学も出来ないことは無いのではないかと言われたほどの神童であったが、どうにも金づちであった。

 焦ってしまい余計に溺れていく自分を、白銀の髪に深い海の色をした目の人魚が助けてくれたのだ。一度見れば一生忘れられない容貌の彼女に、オスカーは一目で恋に落ちた。

 それからのオスカーはすさまじかった。海に住む彼女に逢いたい一心で金づちを矯正し、授業の合間に海へと足を運びゴミ掃除を行った。
 彼女が住みやすい環境になるようにと、種の保存のためと銘打って漁業を行う時期や場所を取り決めるようにと父王に提案した。もし彼女が陸に上がってこれるなら、このフランシア王国は貴女が住む海と同じくらい美しい国だと言ってもらいたいと国の政策へも進言した。

 どれほど婚約者を選ぶように言われても頑として首を縦に振らなかった。彼女以外は欲しくないと思えるような衝撃的な一目ぼれで、十年以上の片思いを拗らせている。
 そんな彼女が、逢いたいと思っても会えなかった彼女が目の前に現れたのだ。
 もう二度と会えないのかもしれない、自分は彼女以外の女性を選らばなければいけない、そんな風に諦めかけていたのに。

「……逢いたい」

 もう一度彼女に逢いたい。諦めようとしていた自分に、これ以上は限界だと冷静に判断する頭に、心が反論を唱えるのが分かった。

「……もう諦められない」

 オスカーは、人魚の彼女にもう一度恋をした。

(何か方法を考えないと)

 もっと何か手をうたなければ。そうしなけらば望んだ思いは生涯手に入らない、そんな予感がした。
 それでも海を活動域にしている彼女にはそう簡単に会えはしないだろう。アレックスの不審げな視線を無視して暫く考えてみたが、ついぞ良案は浮かばなかった。
 いつまでもこんなところに居ても仕方がない、やっと立ち上がったオスカーのポケットでカチャリと何かが音をたてた。

(……ペンダント?)

 取り出されたのは、銀のチェーンに青く光る石がつけられた女性用のペンダントだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。

Nao*
恋愛
結婚し一年が経った頃……私、エリザベスの元を一人の女性が訪ねて来る。 彼女は夫ダミアンの元婚約者で、ミラージュと名乗った。 そして彼女は戸惑う私に対し、夫と別れるよう要求する。 この事を夫に話せば、彼女とはもう終わって居る……俺の妻はこの先もお前だけだと言ってくれるが、私の心は大きく乱れたままだった。 その後、この件で自身の身を案じた私は護衛を付ける事にするが……これによって夫と彼女、それぞれの思いを知る事となり──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません  

たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。 何もしていないのに冤罪で…… 死んだと思ったら6歳に戻った。 さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。 絶対に許さない! 今更わたしに優しくしても遅い! 恨みしかない、父親と殿下! 絶対に復讐してやる! ★設定はかなりゆるめです ★あまりシリアスではありません ★よくある話を書いてみたかったんです!!

処理中です...