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『は? 嘘でしょう?! なんなのよこれ!!』
空を裂くような声で叫んでいるのは猫だ。いや、正確には黒い毛並みの猫でヴァネッサ・ルーフェンと呼ばれる侯爵令嬢だ。
『なんで、ぷにぷにの肉球をしてるんですのよ!』
ヴァネッサは、どれほど多くの魔力を体内に宿し強い魔法が使えるのか否かがステータスの貴族達の中で、人並み以下の魔力しか持っていない。
それ故にルーフェン家の落ちこぼれと呼ばれる彼女は、自室で侍女が持ってきたドレスが気にくわないと癇癪をおこし、何の因果か足を滑らせ顔から地面に倒れてしまった。
そうして自分が怪我をする要因を作ったメイドをクビにしてやろうと頭を上げた時、眼前に広がる黒いフサフサに気がついたというわけだった。
『侯爵令嬢であるこの私が、獣になど! 夢……そうよ、夢なのよ!』
そう発狂したヴァネッサは、目の前に落ちていた木箱へと体当たりをする。
その行為は頭をズキズキと痛ませただけで、当然の事ながら夢でもなんでもなく、猫は猫のままだった。
『嘘でしょう? では私は? 私の体はどうなっているのよ!!』
顔を強打した己の体を思いだし、ヴァネッサは慣れない四足歩行を駆使してルーフェン邸へと走り出した。
◇
「あ? 人の体、だと?」
黒猫から抜け出た魂はヴァネッサの方へと入り込んでいた。獣の身にも拘わらず多くの魔力を有していたこの猫は、いつもよりも高い視界と見知らぬ場所に戸惑っていた。
ラベンダー色の腰まで届く長い髪に、若草色の釣り目の大きな瞳、誰もがうらやむほどの豊満な体に複数の視線が突き刺さる。
皆の羨望の眼差しを一心に受けるだろう整った顔の彼女に向けられたのは、恐怖と侮蔑の入り交じった視線だった。
察するに、どうやらこのメスは嫌われているらしい。もっと言えば周囲にいるメスはお仕着せを着ている事から、この体はどこぞの令嬢らしかった。
「今は帝国歴何年の、何月何日だ?」
「は? え、あの」
絶対に理不尽に罰せられると覚悟を決めていたメイドは、暴君のような主から出た言葉が信じられず、すっとんきょうな声を上げる。
「帝国歴……一九七六年の六月二十日です。あの、お嬢様?」
彼女が伝えてきた日付は、野良猫として生きてきた彼が記憶にある最新の日付と一致していた。
どうやら倒れてからそう時間は経っていないらしい。
(まずは人の生活になれること、知識を得ることだ。どこかで生きているだろう俺の体を見つけるのはその後だな)
慣れない二足歩行にふらつきながらも立ち上がり、ドレスを数度叩いた猫はメイドに向き直る。
「頭を打って一切合切の記憶がない。当主に報告してくれ」
伝えられた侍女はひゅっと息をのみ「は、はい!」と転がるようにして部屋から出て行った。
「君達は、簡単な絵本と筆記具を用意してくれ」
バタバタと退室していった彼女達を見送る。
そうして誰もいなくなった部屋のソファーへと座り込み、猫は一つ息を吐く。
「どうにか生き残っていてくれよ?」
空を裂くような声で叫んでいるのは猫だ。いや、正確には黒い毛並みの猫でヴァネッサ・ルーフェンと呼ばれる侯爵令嬢だ。
『なんで、ぷにぷにの肉球をしてるんですのよ!』
ヴァネッサは、どれほど多くの魔力を体内に宿し強い魔法が使えるのか否かがステータスの貴族達の中で、人並み以下の魔力しか持っていない。
それ故にルーフェン家の落ちこぼれと呼ばれる彼女は、自室で侍女が持ってきたドレスが気にくわないと癇癪をおこし、何の因果か足を滑らせ顔から地面に倒れてしまった。
そうして自分が怪我をする要因を作ったメイドをクビにしてやろうと頭を上げた時、眼前に広がる黒いフサフサに気がついたというわけだった。
『侯爵令嬢であるこの私が、獣になど! 夢……そうよ、夢なのよ!』
そう発狂したヴァネッサは、目の前に落ちていた木箱へと体当たりをする。
その行為は頭をズキズキと痛ませただけで、当然の事ながら夢でもなんでもなく、猫は猫のままだった。
『嘘でしょう? では私は? 私の体はどうなっているのよ!!』
顔を強打した己の体を思いだし、ヴァネッサは慣れない四足歩行を駆使してルーフェン邸へと走り出した。
◇
「あ? 人の体、だと?」
黒猫から抜け出た魂はヴァネッサの方へと入り込んでいた。獣の身にも拘わらず多くの魔力を有していたこの猫は、いつもよりも高い視界と見知らぬ場所に戸惑っていた。
ラベンダー色の腰まで届く長い髪に、若草色の釣り目の大きな瞳、誰もがうらやむほどの豊満な体に複数の視線が突き刺さる。
皆の羨望の眼差しを一心に受けるだろう整った顔の彼女に向けられたのは、恐怖と侮蔑の入り交じった視線だった。
察するに、どうやらこのメスは嫌われているらしい。もっと言えば周囲にいるメスはお仕着せを着ている事から、この体はどこぞの令嬢らしかった。
「今は帝国歴何年の、何月何日だ?」
「は? え、あの」
絶対に理不尽に罰せられると覚悟を決めていたメイドは、暴君のような主から出た言葉が信じられず、すっとんきょうな声を上げる。
「帝国歴……一九七六年の六月二十日です。あの、お嬢様?」
彼女が伝えてきた日付は、野良猫として生きてきた彼が記憶にある最新の日付と一致していた。
どうやら倒れてからそう時間は経っていないらしい。
(まずは人の生活になれること、知識を得ることだ。どこかで生きているだろう俺の体を見つけるのはその後だな)
慣れない二足歩行にふらつきながらも立ち上がり、ドレスを数度叩いた猫はメイドに向き直る。
「頭を打って一切合切の記憶がない。当主に報告してくれ」
伝えられた侍女はひゅっと息をのみ「は、はい!」と転がるようにして部屋から出て行った。
「君達は、簡単な絵本と筆記具を用意してくれ」
バタバタと退室していった彼女達を見送る。
そうして誰もいなくなった部屋のソファーへと座り込み、猫は一つ息を吐く。
「どうにか生き残っていてくれよ?」
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