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第二章:変わる、代わる
192.夫
しおりを挟む思わぬ形で始まった隼人とトアと梓3人での魔法の訓練は、女子会に負けず劣らずお喋りの場になった。魔法の訓練は片手間にトアの憧れの人が誰なのかという話題に集中した結果になったが、日が暮れるまで語れた時間は意味のあることだったはずだ。
そう思えたのは日を改めて訓練をしようとした約束が実現したおかげだ。別日に集まることにしたときは隼人が参加するかどうが不安だったが、隼人は約束の日時間ぴったりに現れて、前回と同じような文句を言いながらもトアの指示通り魔法の訓練をこなした。厭う魔法を覚えたいからなのだろうが、トアと軽口を叩きあっている姿は楽しそうだった。
そのときの光景を思い出して梓は顔を緩ませる。
隼人と2人だけの厭う魔法の訓練はきっと暗い時間になるだろうと思っていたから、トアの協力というイレギュラーは喜ばしいことだった。
思い出すのは、厭う魔法を使えたときの状況を説明したときのことだ。
『なに、その……想いは叶うてきな……それで出来たら苦労しねえよ』
隼人は顔を歪めて苦く吐き出していた。
そうなのだからしょうがないとしか言えなくても、2人だけの訓練のときにそう言われれば途方に暮れていただろう。
(フランさんたちの気持ちが分かるなあ)
どうやって魔法を使うのか聞いたときのことを思い出して、梓は笑う。初めて風の魔法を見た日。
(フランさんは)
天気はあの日と変わらず晴れやかだが、広場には誰もいない。
(いま、考えてもしょうがない)
梓は気持ちを切り替えて回廊を進んだ。
約束の時間にはまだ早いが、きっともうシェントはいる気がした。きっと、黒い服で全身を固めて髪をうしろでひとつくくりにしている。そして名前を呼べば黒い瞳を緩ませて、同じように名前を呼んでくれる。
想像を現実にしたがった足がどんどん早く動き出す。途中、階段からおりてきた兵士が立ち止まり目礼するのが見えて、梓は挨拶をした。
そろそろ交代の時間なのかもしれない。
兵士はふだん出入り口に繋がる門や、立ち入りに制限がある場所に立っている。思い返せば門の近くに行くときは必ず兵士か聖騎士が傍にいた。もし1人で近くをうろついていたら理由を聞かれるのかもしれないが、逆をいえばそれぐらいしか警備がされていないのかと思えば随分不用心に思える。神によってぺーリッシュが魔物に襲われた日、魔物は城下町だけでなく城にも現れた。その名残が未だに残っていることを考えれば警備体制を強固にしていてもおかしくないはずなのに、どうしてだろう。
「──魔物対策のためですね。守りの魔法はこの城を軸に作られていて女性はその柱となっているのですが、男がいれば魔物が現れる可能性もそのぶん増します。ですから城の守り手は最小限にしているんです。そのぶん城下町から外へでる門やこの城につながる門は警備をあつくしていますので安心してください」
予想通り早く来ていたシェントと合流したあと訊ねてみれば、いつだったかルトに聞いた話を思いだした。
『女が動き回ろうが別に問題はないが動かないほうがその地域は安全だろうな』
女性自身が守りの魔法の役割を果たしているという話だ。
おかしな話だ。
初めて話を聞いたときとは違う違和感を覚えてしまった。
『あの日はとても楽しかったわ。聖騎士はどんどん死んだし城下町の奴らもメイドも、たっくさん死んだわ』
守りの魔法を補強する役割を持つ女性が1番多く集まるこの城にまで魔物が現れたあの日。神によって魔物が呼ばれた。
魔物。
「シェントさんはあの日……神が姿を現したときその場にいなかったって言っていましたよね。もしかして魔物と戦っていたんですか?」
「……ええ、そうです。なにか気になることがあるんですか?」
「魔物と神と神子の関係……それに、魔物が女性と男性に対して違う行動をとる理由も気になるんです。あの日魔物は外から城に入ってきたんじゃなくて地面から這い出してきたんですか?」
「魔物の多くは外からやってきたものですが、城に辿り着いた魔物は数匹ほどです。城を襲ったほとんどの魔物は地面から這い出してきたものですね」
魔物が城を襲ったと聞いたとき、ここまで魔物は現れるのだということばかりに気をとられていたことに歯痒くなる。
地面から這い出てくる魔物。
窓の向こうの暗い森や城門を超えた先だけでなく、魔物はどこにでも現れるのだ。
『魔物はこの星から生まれた人にとってのゴミだ』
テイルは生物として生き残るために魔物と戦っていると言っていて、魔物はこの星にいつから存在しだしたのか分からないぐらい当たり前にいる動物の一種だと言っていた。
『彼が亡くなった場所を起点に女性がいない場所から、魔物が生まれました。地面より這い出した魔物は、彼が私たちに約束したように私たちを襲わず、ペーリッシュへ向かっていきました』
そんな魔物は、異世界から召喚された神子から生まれることもある。神子が恨みを持ったまま死ねば、その想いをくんだように魔物は恨みの対象であるぺーリッシュという国を襲った。
『攻撃されてない』
そして魔物は神子の隼人を攻撃しなかった。
魔物が神と神子の意思を組むのは、なぜだろう。神子は自分で魔力を生み魔法が使えるし、神はいうまでもない。魔力が苦手で人間の女性を避けるというのであれば、魔物の行動に違和感を覚える。持っている魔力の違いで、例えば、恐れを抱くほどの魔力を持つ存在だから命令を効いているということだろうか。
「神子の一宮さんが、魔物と戦いに行ったとき魔物は目の前にいたけど攻撃してこなかったって言ってました。魔物が神子を襲わないんだとしたら理由が気になります。それに……なんで魔物って魔力が苦手なんでしょう?ルトさんが魔物は魔法が苦手だから魔力を持つ女性も苦手だって言っていましたけど、なんでそれだけは断言できるんだろうって」
「ああ、それは魔法の効きが目に見えるほどあるからですね。せっかくですから本人に聞きましょう」
そっと背中に触れた手に気がついて顔をあげると、黒い瞳がやわからく微笑んだ。そして視線を前に移す。つられて見れば、見慣れた店が目に飛び込んできた。
会話に夢中になっている間に着いたようだ。
相変わらず人通りの多い道なのに、店に訪れる人はほとんどいない。人目を気にする話をするにはいいのだろうが、大丈夫なのかと心配してしまうぐらいだ。
(今度、聞いてみよ)
きっと眉をよせて溜息吐きながら教えてくれるに違いない。
想像に笑って、梓はシェントと顔を見合わせる。そしてついに訪れたこの瞬間に眉を下げた。
2人の夫の顔合わせ。
昔は想像だにしなかったことだ。愛しているとさえ口にできる相手ができたことも結婚したことも夢のようなのに、2人目の夫。そのうえ最終的には夫を5人にするつもりだということも考えれば、笑うしかないだろう。
2人目の夫という事実に躓いている場合ではない。
柔らかく微笑む顔を見上げながら、梓は微笑んだ。
「シェントさんはルトさんと会うのは久しぶりなんですか?」
「ええ。あの日に別れて以来です」
「……シェントさん嬉しそう。前も思ったんですが、ルトさんと親しい間柄だったんですね」
「親しい……まあ、そうですね。魔法具を作り続ける聖騎士という存在は私たちにとって興味深かったものですから、ルトが部屋から出てくるたび話をせがみました」
「ふふっ。ちょっと見てみたいです。ウィドさんとフランさんも一緒にですか?」
「ええ。あいつらも何かにつけてルトに絡んでいたようですね。ルトは面倒そうにあしらっていましたよ」
笑みがこぼれるシェントの表情は普段とも2人きりのときとも少し違う。そのうえ普段シェントから聞かない物言いに、なにか嬉しいような羨ましいような気持ちを抱いて、そんな自分に笑えてしまう。
1人で生きようと思っていたときと違ってずいぶんと欲張りになってしまった。興味さえ抱かなかった違いに気がつくようになっただけでなく、すべてほしくなってしまう子供じみた嫉妬は、憧れてやまなかった自立して生きる姿とはかけ離れているように思う。
けれどそんな自分が以前の自分より好ましく思えるのだから、人生なにが起きるか分からない。
梓はシェントと一緒に歩きだす。
店は薄暗いが、ルトがどこにいるかは分かっていた。梓は店の奥を覗き──そしてすぐに視線が合う。読んでいた本を片手に開いたままで、視線は梓からシェントに移った。
遠くではっきりとは分からないが笑みを浮かべたように思うのは、シェントが笑みを浮かべたからだ。お互いに歩き出し、目の前に。
「早いな」
そして呟かれたルトの第一声に、梓とルトは目を瞬かせると笑った。
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