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【ヴィラと過ごす時間】
06.梓の問題
しおりを挟む目が覚めて梓が最初に思ったことは眩しい、だった。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
そういえば魔法について書かれた本を夢中になって読んでいる時々の記憶で部屋の明るさが変わっていくのを見た気はする。
「お腹空いた。──?」
起き上がって次に気がついたのは酷くお腹が減っていることと、読み散らかした本が片付いていること、布団を被っていたことだ。一瞬自分がそうしたのかと梓は考えたがまったく記憶にない。そして思い至ったのがきっと昨日の夜にも来ただろうヴィラの存在だ。
恐らくヴィラが本を片付けて梓に布団までかけてくれたのだろう。
「なんか、ちょっと気持ち悪い」
ヴィラが聞いたら眉をよせるどころか口元をひきつらせそうな台詞を吐いて梓はベッドからおりる。梓からしたら警戒人物が夜中部屋に忍び込んできて、私物ではないが部屋の荷物を動かして知らぬ間に自分に布団をかけてくるのだ。好意的には受け止められなかった。
しかしほんの少し悪いことをしてしまった気になって、今日の夜改めて挨拶をしてみようと思う。
そういえば自己紹介もまともにしてない。……あんなことがあったし。
梓はヴィラと初めて顔を合わせた夜のことを思い出し、その流れで思い出したヴィラとのキスに眉を寄せる。
思えばあれがファーストキスだった。
嫌な事実に気がついた梓の顔がうっすらと赤く染まる。思わず口を拭いながらあれはもう終わったことだと自分に言い聞かせた。なにせもうそんなことは起こりえないのだから、ひきずればひきずるだけ損だ。
ちゃんと話そう。
梓は机に重なった本を一気にすべて持ち上げて心を決める。シェントにかけてもらった魔法のこと、自分自身の気持ち、ソウイウコトは嫌だという考え、でも協力はすること──シェントが全員に梓の意向を伝えると言っていたが、他人事ではないし自分の口で話すべきだろう。
これは梓なりのけじめで、自分では深く意識はしていなかったがこれからを始める儀式のようなものだった。
しかし──
「ぜんっぜん会わない」
意気込んだときに限ってヴィラと会うことはなかった。決意した夜どころかその次の日も会わない。もしや寝た頃を見計らって来るのかと思ったが、そもそも部屋に来た形跡がない。
魔力ってそんなに回復させなくても大丈夫なのかな?それともまた魔物討伐に行ってる?
よく分からなかったが、正直なところ顔を合わせることがないのは不安ではあるが安心のほうが大きい。それよりも数日この世界で暮らしたことで浮かびあがった新たな疑問のほうが不安をひきつれてくる。
ヴィラに限らず、メイド以外誰とも会わないのだ。梓と一緒に召喚された白那と千佳にも召喚された日から一度も会っていない。先の神子は美海だけだ。
生活リズムが違うのかな……?
元の世界での暮らしを思えば不規則な生活をしていると自覚する梓は首を傾げる。けれどそれにしては会わなさすぎる。他の神子たちに会わないことに気がついてから意識して時間をズラして花の間に行ってみはしたが、それでも会わないのだ。生活リズムの違いだけが理由ではないような気がする。
……やっぱりメイドさんに聞いてみようかな?
気が進まなかったが梓は食器を片付けながらきっと今も花の間で控えているだろうメイドのことを思い浮かべる。幼いながら大人びた彼女たちは聞けばすぐになんでも答えてくれる。
けれど梓は彼女たちに少し苦手意識を覚えていた。仕事だからといってしまえばそれで済むが、表情を浮かべず機械的に反応し動く彼女たちを見ていると薄気味悪い感情を抱いてしまう。幼い見た目と反する言動だからだろうか。
「聞いてみよう」
色々思うところはあるが、思っているだけでは何も変わらないのはよく身に染みて分かっている。
梓は食器を手に花の間へ移動した。
梓を突き動かすのは疑問を解決したいがためだけではない。白那や千佳と話したかった。同じ立場の人と話して安心したい気持ちもあるが、なにより人と話すことに飢えていたのだ。興味がある本を読み続ける生活は苦ではなかったが、梓が口を開くのはメイドにお願いをするときだけで人との関りはほぼ絶たれている。
今まで意識したことはなかったが、話せる誰かがいない空間が続くと変に息苦しいのだ。なにより独り言が増える。
一度梓はカナリアを見かけたとき思い切って雑談をふってみたが、淡々と返されいつの間にか話は終わってしまった。冷静に考えれば仕事中なのだからしょうがないのだが、このとき梓は話せる人が欲しいと心から思ってしまった。
花の間の扉を開ければ、最近ようやく見慣れてきた煌びやかな内装が目に飛び込んでくる。それとなく辺りを見渡すが、やはりメイド以外誰もいなかった。
「あの……」
「はい、樹様。こちらお預かりしますね」
「ありがとうございます。あとすみません、聞きたいことがあって」
メイドは声をかけた瞬間すぐに梓のもとへ歩み寄り梓の手にあった食器を受け取る。梓は困ったように微笑みながら聞きたかったことを口にした。
「他の人、神子って皆さんどうされてるんですか?」
「……どう?とは」
「私、美海さんしかお会いしたことがなくて。えっと……お話してみたいなと思ったんです」
寂しいから誰かと話したいなんて言えるはずもなく言葉を濁してしまう。
これじゃあ私のほうがよっぽど子供だ。
梓はたどたどしい自分の言葉に恥ずかしくなる。熱を持つ顔はきっと赤くなっているだろう。梓は情けないなと思いながらメイドを見れば、予想外なことに好意的に微笑む少女の顔が見えた。彼女が被っている帽子からのぞく茶色の髪はくるりと巻き髪で、蒼い瞳を可愛らしく飾っている。その瞳が感情をのせて動くのを梓は見たことがあった。
あ……確か、リリアさん。
確実に梓よりも年下だが今まで見せてきた自分の失態やリリアの大人びた言動に、梓は思わずリリアをさんづけしてしまう。
リリアは梓に微笑んだ。
「いまのお時間ですとお休みになっている神子様が多いですよ。よろしければ樹様がお会いになりたい神子様に私が伝言を承ります。……すれ違うことも多いと思いますので、こういったときには私たちをお使い下さい」
リリアの物言いにはやはりひっかかるが、梓はそれには言葉を飲みこんで、厚意に甘えることにした。
「では白那さんと千佳さんによければ会って話がしたいと樹が言っていたと伝えて頂けますか?私は大体朝でも夜でも7時から9時の時間は花の間にいることも付け加えてお願いします」
「かしこまりました」
「ありがとうございます。リリアさん、それと運動できる場所ってありますか?城下町に出るときは伝えたほうがいいことは聞いていますが、どこまでなら自由に出入りしていいのか分からなくって」
「……そうですね。基本的に神子様はこのお城の中でしたらどこでも自由に過ごすことができます。謁見の間や王室など出入りが制限されている箇所は兵士がそのように申し上げますのでご協力お願いします。城下町に出るときはおっしゃったように私共にお申し付けください。最後に運動が出来る場所ですが、聖騎士様がたの訓練場近くある広場がいいかと思います」
リリアの話に梓はなるほどと頷きながら、リリアにその場所まで案内してもらえないかと思いつく。他のメイドと違って彼女には親近感がわく。もしかしたら道中、夢見た雑談がリリアとなら出来るかもしれない。
そう思って提案しようとしたところで、声がかかった。もう1人いたメイドだ。
「樹様。広場まで私がご案内させて頂きます」
メイドはそう言うと頭をさげて梓の返事を待つ。梓がえっと戸惑うあいだにリリアも頭を下げたかと思うと食器を手に退出してしまった。梓はまた苦笑いを浮かべるはめになる。
そして申し出てくれたメイドに「お願いします」と言った瞬間予感はしていたが、広場までの道中梓が夢見た雑談は実現しなかった。
「思うようにいかない……」
梓は広場にあったベンチに座りながら青い空を見上げる。他の神子に会えていないし、リリアとの雑談も実現せず、広場で試したかったことは結局成功しなかった。
案内された広場は学校にあるグラウンドの少し規模が小さいバージョン、というのが梓の印象だ。メイドに聞いたところ梓のように運動したいと思った神子によって作られたところらしく、元の世界でみた健康器具が一通りそろっている。芝生が敷き詰められていて整備されている違いはあるが、走るところは砂地で運動するには申し分ない。
だが梓は走ることもしなければ健康器具を試すことなくベンチに座っている。
この世界に来てから引きこもり生活が続いたため運動したかったのは本当だが、梓は運動よりも魔法の練習をしたかった。部屋でするには万が一のことを思って不安にかられ広い場所を求めたのだが、心配は杞憂だったらしい。魔法は使えなかった。
「そもそも魔法の使い方って、そんな詳しいこと書いてなかったし……」
梓は数日読みふけった本のことを考える。寝る暇も惜しんで読んできた本は数冊ではなく数十冊にもなる。しかしどの本にも梓が望んだ魔法の使いかたというものは詳しく載ってはいなかった。長々と注釈が続いて書かれてはいたが、要約すれば使える者は使える。ただし男に限る。それだけが魔法の使いかたではっきりしていることだった。
けれど漫画や小説で見たようなことをしてみたらどうにかなるのではと思ったのだ。例えば念じてみたり、イメージしてみたり、口にしてみたり──けれど実際にしてみると顔から火が出る恥ずかしさと黒歴史が出来ただけで魔法なんてものは欠片も見出せなかった。
だったら運動でもして気を晴らそうかと思っても、神子によって作られたこの運動広場で運動器具を使い一人で運動するのもなかなか気が引ける。
ああ、なんだか──寂しい。
結局、梓の心を悩ませる大きな問題はそれだった。1人で心細いのだ。色々と考えて悩み、寂しさを紛らわせようとしているが、ふと気がつけば1人だと実感してしまう。心の底から頼りにできる人はいなくて何気ない雑談さえできない。気軽に相談できる人も、馬鹿な話ができる人も、愚痴を言える人もいない。
「ねえ、ちょっといいかな?──俺はフランって言うんだ」
だから梓は人気のなかった広場に突然現れた男に恐怖よりも驚きが勝ったのだろう。そして、男がきっと魔法が使える7人のうちの1人だと予想がついても敵意に眉をひそめず彼を見てほんの少し表情を緩めたのだ。
蒼い瞳が梓を映す。
疑問に瞬いた瞳は、梓が疑問を覚える前に柔らに弧を描いた。
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