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第二章:変わる、代わる

182.安全な場所

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目が覚めて気がついたのは重たい、だ。そして薄っすらと見えた見慣れない景色に疑問を抱きながら枕に顔を押し付けていたら、後ろからくぐもった声が聞こえてきた。もしかしたら寝息なのかもしれない。ふふふと微笑んでしまうのは、今日も先に起きることができたからだ。
そして、いつものように後ろにいる人を起こさないよう身体を動かして──見慣れない顔に、ドキリとする。

(ルトさん)

瞬間、昨夜過ごした時間を思い出す。
罪悪感と甘さに満ちた時間。
ドクドクと鳴る心臓の音を聞きながら、驚きが恥ずかしさに、罪悪感に、自分への嫌悪感へとコロコロ変わっていくのを感じる。それでも、泣くことはなかった。以前なら恥知らずな自分が嫌いだと思って自分に触れなくなっていたかもしれないが、そういう自分なのだと受け入れてしまえば、揺れはするものの、見失わないでいられた。自分を苦しめることに酔わなくていられるようになったのは、ちょっとした進歩かもしれない。

そのおかげで手に入れることが出来た人を眺めながら、梓はひとり静かに微笑んだ。

いま動いたら起きてしまいそうだ。
眉間にシワが寄って、唸り声のような寝息。日差しが目に当たっていることも眠りを妨げる大きな原因だろう。きっと起きるまで1分もかからない。
何秒後に起きるのか楽しみにしつつも、自分で起こしてしまいたい誘惑にかられてルトに手を伸ばす。
額にぺたりとはりついている髪が、見慣れない。興味があること以外はどうでもいいというような人が普段から清潔感のある恰好をしているだけで十分かもしれないが、ことヘアスタイルに至ってはなんの頓着もしていないらしく、いつも適当に髪を流しているか作業に邪魔だといわんばかりに髪を後ろに撫でつけている。それはそれで似合っているが、目を隠すほどの長さの前髪があるのも、どこか幼く見えて惹かれる。

(ワックスとかで遊んでみたい)

指先触れた髪を遊びながら想像して笑っていたら、いつの間にか黒い瞳が梓を映していた。驚いているのか、ルトは目を見開いて固まっている。そして先ほどの梓のように数秒したあと、理解したように肩の力を抜く。


「早いな」
「時間からすればもう遅い時間だと思いますよ。おはようございます」
「8時なら十分早い……?おはよう」
「ふふ、その顔」


寝ぼけた顔が不満そうに眉を寄せたあと、不思議そうに挨拶を言う。おはようというのが慣れないのか、眉は寄ったままだ。見慣れないものが続いて笑えば、しばらくして頭を撫でられて……不思議な時間。
視線をそらしたルトは先に起きると服を着始める。冷たい風が身体に触れた瞬間、裸だったことを思い出した梓も慌てて服を着始めた。身体にある名残も、少し悩んだものの魔法で消してしまえば、ルトが振り返る。断りをいれずルトもまとめて魔法をかけてしまったことで驚いたのだろう。シェントとよくしていたやりとりだったがルトには新鮮だったらしい。身体を清潔にする魔法といえば兵士の間でもときおり使われることもあると納得していたが、食事をとっている間もたくさんの話をするなか、梓が使う魔法についての質問が続く。



「──つまり、お前はどんな魔法でも使えるということか」
「どんな魔法でもってわけにはいかないです。知りたいってことに紐づければ使いやすくなって幅は広がりましたけど……例えば、元の世界に帰る魔法は使えません」
「だが他の神子は話を聞く限りお前と違って使える魔法が随分と限定的だ。神子の魔力量の違いは女のほうが多いのは間違いないが、女同士で比べたのならそれほど違いはないはずだ。使おうという意思がないのか?」
「少なくとも1人は魔法を使いたがっていますけど、1つしか使えてないですね」



魔法の話に食いついてきた白那は脱毛の魔法しか使えない。いや、髪を伸ばせるとも言っていた──身体を変えることができるといったら、大袈裟だろうか。けれど未だよく分からない魔法の力を考えれば、間違いではないのかもしれない。
ともあれ白那の好奇心を考えてみても、梓が使えて白那が使えないのは、なにか納得がいかない。

『ズルくない??』

あの言葉を、ふいに思い出すのは。


「神が関わっているのかもしれんな。お前を気に入っているんだろう?」
「……かもしれませんね」
「胡散臭いな……お前はあまり魔法を使わないほうがいいだろう」
「え?」
「よく分からんものは余り使用しないほうがいい。今回ここに来るために使った魔法もそうだが、普段から使わないようにすべきだ」
「……ルトさんは魔法を使うじゃないですか。魔法がどんなものか知ってるんですか?」
「知らん。もっともらしいことを言うのなら神からの贈り物、奇跡だろうな。だが俺は魔法具を作っていて、いつもこれはおかしいと思っている」
「それは、どういう……?」
「俺にとって魔法はないものをあるようにするものだ。ないものはあるはずがないのに、あるようにできる」


言っていることは分かるものの、謎かけのようだ。


「ルトさんって魔法具を作るときどうやって作っているんですか?」


魔法という道具の使い方が分からないのに、それを前提とした魔法具を作り上げるのなんてそれこそおかしい。そう思うのに、ルトにとって難しいものではないらしい。
食事を終えて珈琲をいれるルトは、眉を寄せる梓を見て口元を緩めている。


「作りたい道具の完成図を想像したあと、そうなるように組み立てていけばいい」
「完成図があってもパーツがなかったら作れないですし、そういう……回路というか、まえに作ってもらった魔法具でも魔力を流して使えるけど、その仕組みを作るのも魔法なら、魔法のことが分かってなかったら作れないものじゃないんですか?」
「魔力を流す道は魔法を使わず手作業だな」


携帯電話の代わりのようなものとして作られた指輪の通信機は、同じものを持つ者同士を魔力で繋げる役割を持ち、携帯していても問題ない形を考慮して作られたものだったらしい。指輪に魔力を通すことで、もう片方に残された魔力に繋がるとのことだ。
元の世界でいうところの電気が魔力みたいなものとして魔法具は作られているのだろうか。


「あれ?それじゃあ私が持っている指輪にはルトさんの魔力が残ってるんですか」
「そうだ。正確には俺とお前のだな。俺が持っている指輪も同様だ」
「私が持っている指輪に魔力を流すことで、ルトさんが持っている指輪に残った私の魔力と繋がって……会話ができるようになる……この、会話ができるようになるというところがよく分からないです」
「それが魔法たる所以だ」


ファンタジーと片づけてしまえることかもしれないが、気になるところだ。
元の世界でも電気について詳しく知らなくとも日常でその恩恵に預かっていた。使えるのだから問題ないとするのもいいだろうが、魔法はそれで片づけられないのは、神という存在のせいだろうか。


「俺の解釈だが……魔力というものに違いはないと考えている。自分のものではない魔力を魔法として使うこともできるからな。魔力を使う者に合わせて使いやすい魔法が決まるといった変化はあるがな」
「でも指輪の仕組みだとそれぞれの魔力に違いがあるからできることですよね」
「そうだ。それも魔力を使うものに合わせて変化した結果だ……俺は憶測を重ねるのは嫌いだが、魔力は神が作ったものだと思っている。もともとは1つで、世界にあるそれを使う技が魔法だ」
「あの人が作ったもの……」


酷い状況を見ても変わらない調子で質問をしてしまえる存在を思い出せば、少し納得してしまう。ほんの出来心で魔力というものを作って広め、その影響を眺めている姿が思い浮かぶ。

ジャムの店主も魔法のことを神なる技と言っていたし、ルトのような考えを持つ人は他にもいそうだ。けれどもともと1つということに納得できないのは、指輪の仕組みを聞いているせいだろう。指輪に通した自分の魔力が、なぜ、遠く離れた場所にある指輪に残した魔力に反応するかと考えれば、ちゃんと梓の魔力であるといった違いがあるせいだろう。使うものに合わせて変化するというのなら、魔力を残した指輪は時間が経つにつれて消えていきそうだ。


「魔力っていつ消えるんだろう……あれ」


指輪のことを考えて、ふと思い出したのは、鍵だった。花の間に続くひとつだけのドア。梓の部屋に、それぞれの神子の部屋に繋げて、一月を過ごす聖騎士の部屋とも繋げる古びたドア。

『へえ、分かってたのか』

シェントと過ごす一月のときに現れたテイルを思い出す。あのときテイルはかまをかけていたようだった。そうだ。あのときテイルは何故部屋に入ってこなかったのだろう。ドアを開けて、梓が来るのを待っていた。シェントがいたときの予防線だろうか。そもそも、テイルの部屋と梓の部屋が繋がったのは。


「魔力は使えばなくなるが、残した魔力は消えない……残したというのではなく、移したというほうが正しいように思う」
「……魔力も近くにいれば勝手に移るっていいますしね。移っていく魔力を留める場所を作ってそれを繋げる──ルトさんが鍵を作ったんですか?」


メイドや相馬が持っていた通信機よりも高性能な指輪と同じように、神子たちを繋げるあのドアも、他ではみない。なによりもあの事件の日まで城にいて、現在に至るまでずっと魔法具を作って来た人だ。


「神子たちの部屋に繋がる鍵のことです」
「……分かっている。そうだ、俺が作った。神が現れた日より少し前だった。彼女たちがいる部屋に誰も辿りつけないようにするため作ったものだが……それからしばらくして神子の1人が死に、彼女は復讐を果たした」
「ルトさん……」
「俺はなにも考えず他人が言うことを妄信する奴が嫌いだ。あのとき俺は愚かなうえに無力だった……もう同じ轍は踏まない」


ルトが今まで言ってきたことを思い返して、苦しくなる。
けれどもう後悔に浸るだけの時間はいらないのだ。


「梓、情報共有をしよう。お前のことも祈りのことも魔物のことも神のことも……すべて、片を付けるぞ」
「……っ!はい、ルトさん」


ルールや誤魔化しに遠慮を重ねた時間を取り戻すようにお互いが知っていることを話し続ける。許された時間は、残酷に思えるほど短い。
けれど。





「──指輪でも連絡はとれるが、次来るときはこれを使え」





シンプルな飾りがついた鍵を手渡され、梓は感じる重さに俯いたあと、ハッとして顔をあげる。頷くルトが視線をドアにやれば、もうやることはひとつだ。
花の間とは違うドア。けれどドアを閉めた状態で鍵を回して開けてみれば──そこには、見慣れた部屋があった。


「なん、で」


初めて魔法の鍵だとカナリアから渡され、使ったときとは違う感情が生まれる。おかしい。そういえばあのときもよくよく考えてみればおかしい話だ。


「いま、私がこの鍵を使って部屋が繋がったのは……私の部屋に私の魔力があってそれに引き合わされたとか、そういうことなんですか?それだったら私が最初に召喚されたときなんであの部屋に繋がったんでしょう」
「その鍵はお前の魔力がもっともある場所へと移動するようになっている。だから次にお前の部屋から鍵を使えばお前以外の魔力……俺の魔力を辿って、俺の部屋に繋がる。お前が既に持っている鍵も今はそういう役割になっているだろう。だが、もともとあの鍵は……誰も辿りつけないようにする場所を作るための鍵だった。その場所に繋げることができるのが、その鍵だ」


同じことを辛抱強く話しているのは、なにか理由があるのだろう。事件の日の話を思い出せば、また疑問も生まれてきて──けれど大きな可能性に目が眩む。


「これは、あの人に繋がる鍵に、なる?」
「お前の魔法で接触したとき、その鍵が使える可能性はある」


あの存在が気まぐれに現れてから2度と姿を現さないことは大きな懸念だった。
それに対処できるかもしれない。これは大きな武器になる。だが。


「……ルトさん。この鍵、もうひとつ余っていませんか?」
「余ってはいるが……何故だ?」
「あなたに会う鍵は残しておきたいんです」


あの存在に使えば、鍵はルトに繋がらなくなる。
もっともな理由のつもりだったが、瞬くルトには予想外だったらしい。ルトは眉を寄せたあと、無言で鍵を取りに行く。不愛想な後ろ姿を可愛く思うのは、見えた表情のせいだ。

新しい鍵を受け取った梓の感謝は口づけに消される。抱きしめられて少し浮いた足先。応えながら感じる心臓の音に酔いながら、今だけはと甘い時間に浸る。


ドアの向こうでは目を背けたくなる時間が待っている。










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