愛がない異世界でも生きるしかない

夕露

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第二章:変わる、代わる

159.「一応、気になってたことを言っておくわね」

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部屋で食事をとるはずが花の間で食べるはめになってしまった。梓はパンをちぎって食べながらちらりと異様な面子を眺める。八重は熱々のステーキに舌鼓を打っていて、莉瀬はサラダを無言で食べている。もとから小食なのか知らないが、莉瀬はサラダの他には少しのスープしかない。

(最近よく千佳のことを思い出しちゃうなあ)

今回ステーキを食べているのは八重だが、もしかしたら莉瀬は千佳と同じように部屋で待つ人のことを考えて食事を選んでいるかもしれない。いや、もしテイルが待っているのなら花の間で食べず部屋で一緒に食べるだろう。
考えて、梓はごくりとパンを飲み込む。
いつまでも未練がましい。これではヴィラに強く言えないだろう。なにせ内に隠しているはずの女々しさが表情に滲み出ていたのか、莉瀬からの視線を感じた。鼻で笑って、ようやく顔を起こした梓を見ると笑みを歪める。



「知ってる?テイルは私を選んだの。私とずっと一緒にいてくれるって」



ずっと?
それはどういう意味だろう。結婚するということだろうか。それなら絶対に結婚するというはずだから……ああ、また余計なことを考えてしまった。

「そう、ですか」
「ええ」

満足そうに微笑み浮かべる莉瀬と違って、梓は唇を結び淡々としたものだ。
カチャリ、食器の音だけが響いて。

(どちらも可愛いわねえ)

穏やかでない光景を最前列で見ていた八重は緩む口元を悟られまいとへの字におさえつけて肩をすくめる。
以前、莉瀬と梓が衝突したとき莉瀬は梓をひっぱたいてしまったことをひどく後悔していた。怒りに身を任せて暴力をふるってしまった自分を恥じていて、どうしたら謝れるかと小さく悩みを打ち明けてきたのは何十日も前の話ではない。朝食を一緒にとるたび聞いてきたことだから、きっと今日も後悔を口にしていただろう。とはいえ、それでもテイルのことを傷つけたのは許せないと続けていたように、謝るチャンスが巡ってきても実行できないようだ。そのうえ莉瀬のように感情を表にだすことをしない梓の態度も火に油のようで、謝るどころか謝らせたい気持ちが強くなってしまったらしい。

(きっとショックを受けていたっていうテイルの姿でも思い浮かべて、憎らしい女も同じ目にあえばいいってところでしょうねえ。ああやだやだ、分かるわあ。ほんとに羨ましい)

八重は自分の料理をもって席を移動する。
そして気がついて困惑する莉瀬を宥めながら梓の前に座らせると、何事もなかったかのようにまた食事を再開した。向かい合って座る梓達を眺めながら座る八重はさならがらレフェリーのようだ。遠目に見えるメイドは直視を避けてはいるが、梓達と同じように戸惑いながら八重を見ている。
一緒にいるとこういうことはよくあるのか、八重の奇行から最初に立ち直ったのは莉瀬だ。自分の流れに戻そうと大きな溜息を吐く。


「お高くとまりすぎるのも考えものよね。折角テイルがあなたに会いに行ってあげたのに……まあ、あなたはさほど傷ついていないようだけど」


ちくちくした嫌味は赤いトマトを口にしてようやく消える。梓は返す言葉をすべて紅茶で流しこんだようだ。
2人ともどんどん食事を平らげていて、早くこの場から去りたいのだと見てとれる。
八重はおかわりを考えていたが止めることにした。楽しみたいし面白そうなことはかきまわしたいが、可愛い子たちを泣かせたいわけではない。過程で泣かせることはあってもそれは目的じゃない。
ずっと、ずっと興味があった。
ほとんど口を開かない梓を見て八重は呆れてしまう。

(どうみてもばっちり傷ついているわね。でもなにを言われてもだんまりかしら?)

残り時間は少ない。なにせ2人とももう食事を終えていて、八重が食べ終わるのを待っている。先に帰ればいいのに律儀なことだ。そう思いつつもステーキをナイフでゆっくりと切り分ける。耳障りな金属音。ステーキにフォークを突き刺して、ぱくり。


「私は最初からずっとテイルだけよ」


残りのステーキは大きな口を開けて一気に食べてしまう。耳障りな金属音はもう出せない。けれどナイフとフォークを置けばカチャリカチャリ音が鳴って、一瞬、莉瀬の視線が突き刺さる。後ろめたそうな表情をしていて、分かっているといいたげに眉をひそめる。

「あなたはたくさん欲しがるからこうなるのよ」

それでも言ってしまうのは今までの恨みがこもっているからだろう。ちょっとした優越感だったり正義感だったりするものをパラパラのせて、あとはまあ、感情に任せてしまっているだけ。可愛いものだ。ああでもこれまた可愛いことにもう1人はまだ口を閉じて一生懸命に我慢している。
ノイズは不愉快なものだが、なければ、不愉快を知りえない。
ごくりと喉を鳴らした八重は葡萄ジュースをワインのように揺らしながら2人の視線を受け止めた。


「でもヴィラは振ったみたいよねえ」
「……え?」


ようやくお開きになるのだと思っていた梓たちは話が続けられたことに驚くが、莉瀬は梓よりも驚く羽目になったらしい。疑うように八重を見たあと、困惑した様子で梓を見る。笑ったのは八重だ。

「莉瀬ってほんとに猪よね。もうちょっとテイル以外のことにもアンテナ広げたほうがいいわよ?」
「私は……テイルさえいればいいですから」
「またそんなこと言って」

以前も似たやりとりがあった。あのとき八重は莉瀬に自分のことなんだからしっかり考えなさいと苦言を呈していた。2人は美海や麗巳とはまた違った関係を築いているようだ。まるで姉妹のような親子のような──いいなあ。
そう思って、梓は視線を落とす。
八重は母に似ている。きっと友人に紹介したら梓よりもよほど似ているとお墨付きをもらうことだろう。言動もそうだが、浮かべる表情がよく似ている。
もう会えない大好きでたまらない母は、ことあるごとに梓に大きな影響を与えた。
いま梓の目の前にいる、母によく似た八重は赤い唇をつりあげて、面白そうに目を細める。



「そうねえ。ヴィラの話になったことだし、一応、気になってたことを言っておくわね。あなたがヴィラを振ったのって、召喚された日にあったことが原因?」



なぜだろう。
ふと思い出したのは、八重に気をつけろと忠告した美海と麗巳の声だった。








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