159 / 197
第二章:変わる、代わる
159.「一応、気になってたことを言っておくわね」
しおりを挟む部屋で食事をとるはずが花の間で食べるはめになってしまった。梓はパンをちぎって食べながらちらりと異様な面子を眺める。八重は熱々のステーキに舌鼓を打っていて、莉瀬はサラダを無言で食べている。もとから小食なのか知らないが、莉瀬はサラダの他には少しのスープしかない。
(最近よく千佳のことを思い出しちゃうなあ)
今回ステーキを食べているのは八重だが、もしかしたら莉瀬は千佳と同じように部屋で待つ人のことを考えて食事を選んでいるかもしれない。いや、もしテイルが待っているのなら花の間で食べず部屋で一緒に食べるだろう。
考えて、梓はごくりとパンを飲み込む。
いつまでも未練がましい。これではヴィラに強く言えないだろう。なにせ内に隠しているはずの女々しさが表情に滲み出ていたのか、莉瀬からの視線を感じた。鼻で笑って、ようやく顔を起こした梓を見ると笑みを歪める。
「知ってる?テイルは私を選んだの。私とずっと一緒にいてくれるって」
ずっと?
それはどういう意味だろう。結婚するということだろうか。それなら絶対に結婚するというはずだから……ああ、また余計なことを考えてしまった。
「そう、ですか」
「ええ」
満足そうに微笑み浮かべる莉瀬と違って、梓は唇を結び淡々としたものだ。
カチャリ、食器の音だけが響いて。
(どちらも可愛いわねえ)
穏やかでない光景を最前列で見ていた八重は緩む口元を悟られまいとへの字におさえつけて肩をすくめる。
以前、莉瀬と梓が衝突したとき莉瀬は梓をひっぱたいてしまったことをひどく後悔していた。怒りに身を任せて暴力をふるってしまった自分を恥じていて、どうしたら謝れるかと小さく悩みを打ち明けてきたのは何十日も前の話ではない。朝食を一緒にとるたび聞いてきたことだから、きっと今日も後悔を口にしていただろう。とはいえ、それでもテイルのことを傷つけたのは許せないと続けていたように、謝るチャンスが巡ってきても実行できないようだ。そのうえ莉瀬のように感情を表にだすことをしない梓の態度も火に油のようで、謝るどころか謝らせたい気持ちが強くなってしまったらしい。
(きっとショックを受けていたっていうテイルの姿でも思い浮かべて、憎らしい女も同じ目にあえばいいってところでしょうねえ。ああやだやだ、分かるわあ。ほんとに羨ましい)
八重は自分の料理をもって席を移動する。
そして気がついて困惑する莉瀬を宥めながら梓の前に座らせると、何事もなかったかのようにまた食事を再開した。向かい合って座る梓達を眺めながら座る八重はさならがらレフェリーのようだ。遠目に見えるメイドは直視を避けてはいるが、梓達と同じように戸惑いながら八重を見ている。
一緒にいるとこういうことはよくあるのか、八重の奇行から最初に立ち直ったのは莉瀬だ。自分の流れに戻そうと大きな溜息を吐く。
「お高くとまりすぎるのも考えものよね。折角テイルがあなたに会いに行ってあげたのに……まあ、あなたはさほど傷ついていないようだけど」
ちくちくした嫌味は赤いトマトを口にしてようやく消える。梓は返す言葉をすべて紅茶で流しこんだようだ。
2人ともどんどん食事を平らげていて、早くこの場から去りたいのだと見てとれる。
八重はおかわりを考えていたが止めることにした。楽しみたいし面白そうなことはかきまわしたいが、可愛い子たちを泣かせたいわけではない。過程で泣かせることはあってもそれは目的じゃない。
ずっと、ずっと興味があった。
ほとんど口を開かない梓を見て八重は呆れてしまう。
(どうみてもばっちり傷ついているわね。でもなにを言われてもだんまりかしら?)
残り時間は少ない。なにせ2人とももう食事を終えていて、八重が食べ終わるのを待っている。先に帰ればいいのに律儀なことだ。そう思いつつもステーキをナイフでゆっくりと切り分ける。耳障りな金属音。ステーキにフォークを突き刺して、ぱくり。
「私は最初からずっとテイルだけよ」
残りのステーキは大きな口を開けて一気に食べてしまう。耳障りな金属音はもう出せない。けれどナイフとフォークを置けばカチャリカチャリ音が鳴って、一瞬、莉瀬の視線が突き刺さる。後ろめたそうな表情をしていて、分かっているといいたげに眉をひそめる。
「あなたはたくさん欲しがるからこうなるのよ」
それでも言ってしまうのは今までの恨みがこもっているからだろう。ちょっとした優越感だったり正義感だったりするものをパラパラのせて、あとはまあ、感情に任せてしまっているだけ。可愛いものだ。ああでもこれまた可愛いことにもう1人はまだ口を閉じて一生懸命に我慢している。
ノイズは不愉快なものだが、なければ、不愉快を知りえない。
ごくりと喉を鳴らした八重は葡萄ジュースをワインのように揺らしながら2人の視線を受け止めた。
「でもヴィラは振ったみたいよねえ」
「……え?」
ようやくお開きになるのだと思っていた梓たちは話が続けられたことに驚くが、莉瀬は梓よりも驚く羽目になったらしい。疑うように八重を見たあと、困惑した様子で梓を見る。笑ったのは八重だ。
「莉瀬ってほんとに猪よね。もうちょっとテイル以外のことにもアンテナ広げたほうがいいわよ?」
「私は……テイルさえいればいいですから」
「またそんなこと言って」
以前も似たやりとりがあった。あのとき八重は莉瀬に自分のことなんだからしっかり考えなさいと苦言を呈していた。2人は美海や麗巳とはまた違った関係を築いているようだ。まるで姉妹のような親子のような──いいなあ。
そう思って、梓は視線を落とす。
八重は母に似ている。きっと友人に紹介したら梓よりもよほど似ているとお墨付きをもらうことだろう。言動もそうだが、浮かべる表情がよく似ている。
もう会えない大好きでたまらない母は、ことあるごとに梓に大きな影響を与えた。
いま梓の目の前にいる、母によく似た八重は赤い唇をつりあげて、面白そうに目を細める。
「そうねえ。ヴィラの話になったことだし、一応、気になってたことを言っておくわね。あなたがヴィラを振ったのって、召喚された日にあったことが原因?」
なぜだろう。
ふと思い出したのは、八重に気をつけろと忠告した美海と麗巳の声だった。
0
お気に入りに追加
292
あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。


【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる