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第二章:変わる、代わる

155.「シェントって絶対」

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「──んで女用の避妊薬は直接あそこに塗るやつで、これ女用ね。ゴムないって聞いたとき心配だったけど、めっちゃ気持ちいいし超便利だからマジでこれいいよ。あ、知ってるか」


あけすけな会話を続ける白那は梓に同意を求めて笑いかけるが、梓は顔を覆って俯いた。となりに座る美海は言葉にならない声をだしながら梓を見ているのだからもう顔をあげられない。
けれど返事がない梓に焦れたのか、美海が追い打ちをかけてくる。

「で、でもそのセッ……エッチなことをしたらこ、子供ができるものでしょう?」
「え?だからこれが避妊薬」

小さな声で話す美海の疑問に白那は純粋に不思議がって応えるが、傍で会話を聞いている梓はついに聞いていられなくなって完全に机に突っ伏してしまう。苦手な会話だ。
それでも腕に隠れなかった耳は2人の声をしっかり聞いている。

「私の親戚の人は避妊してても子供ができたって言っていたし、その、だから避妊なんてあてにならないって言っていたの……あなたたちはシテるから、その、子供ができるのだって承知のうえだったのかと思って。避妊する必要があったんだって」
「まあ、あっちの世界じゃゴムって完全に避妊するもんじゃないし、言いたいことは分かるけど……いや、分かるよ?どんなに対策しててもヤッたら子供出来る確率は少なからずあるもんね、うん……でもなるほど重い」
「重い……友達にも言われたわ……だから私はこの歳にもなって……ふふ」

暗く呟く美海に梓は思わず顔を起こしてしまう。
そして遠い目をして微笑む美海の肩に重々しく手をおいた。

「美海さん……痛いほど気持ちは分かります。セックスって女性のほうがリスク大きいですよね。避妊してても子供ができちゃう可能性もありますし、できたら人生大きく左右されるじゃないですか」
「そうよ……だからちょっといい感じだった人ともダメだったのよ……ソウイウのは結婚してからなんて古い考えだって分かってるわ……でも妊娠するとしたら私なのよ」
「分かります……」
「え、なんでこんな重い空気になってんの?ってか、樹はもうヤッてんじゃん」
「デリカシー。……こんなことになる前は、この世界に来るまでは美海さんとまったく同じこと考えてたもん」
「ふーん?樹ってやっぱりちょっと固すぎってか、考え方が一昔前の人みたいだよね」
「それって私みたいって言っているのかしら?」
「あ──ぎゃあ!痛い!」

腕をつねられた白那が叫び声をあげるが、謝りながらも失言を重ねているせいで許されるまで遠そうだ。
異世界や魔物なんてまるで縁のないような光景に、梓はふと似たような状況のことを思い出す。友達と言い争った楽しい時間。まったく同じ内容のことを話した記憶がある。

「でも樹はほんとうにしっかりものよね。私、ときどきあなたが年下だってことを忘れるもの」
「貞操観念もちゃんとあるし真面目だし?とにかく固いし?私としては恋ぐらいもーちょっと楽しくしたらいいんじゃねって思うけど」

まったく同じ内容だ。
あのときはどうしたかと考えて、梓はいまと同じように微笑んで流していたことを思い出す。それがまた「なんか他の人とは違うよね」と「大人」と笑われて、笑って返して──梓は微笑む。
けれどその時間は長く持たなかった。
我慢ができなくて、ぷつんと、張り詰めたなにかが切れてしまう。


「……あのね、私の両親って6歳のときに離婚してて、それからはずっとお母さんと2人で生きてきたんだ」
「え」
「あー、ね。わたし樹のお母さんと会いたいわー絶対話が合う。めっちゃ恋してる人だったんでしょ?」
「え」


母の話をしたことがあった白那は気を利かせて明るく相槌を打ったが、どちらにせよ美海は驚くことになったらしい。それに笑ってしまって、まだ余裕がある自分に梓はおかしくなってしまう。冷静だ。それなのに、こんな話をしたら盛り下げるだろうことは分かっていても、聞いてほしかった。
『傭兵でも雇えばいい』
冷え切った声が耳に木霊する。テイルには言えない懺悔かもしれない。

「そうそう。でもそうやって恋するようになったのは離婚してからでさ、お母さんは言わなかったけどお父さんのことすっごく好きだったみたい。今思えばお父さんを忘れるためにいろんな人と恋をしてたんだと思う。私はあの人のこと……お父さんの顔も覚えてないけどね」

あのころは母の姿を見て周りが何かを言う気持ちが分からなかった。
いまは、分かってしまう。
傍目に見るその光景は、本人の事情関係なく、ただその事実だけがその人の目に映っている。周りは、ただそれを思ったまま言葉にするだけなのだ。

「いろんな人がお母さんのことを陰で言ってて……近所の人とか親戚の人なんか特にそう。私もよく言われたの。梓ちゃんは可哀想ねえって。あんな人が母親でとか、悪い大人とか、あんな女が育てた子だから、片親だから……いろいろ言われて。頭にきたから……ぜんぶ笑うことにしたの」

私たちはこの人たちにとって攻撃しやすい存在なんだ。
そう気がついてからは特に気を付けるようになった。怖い人たちはいっぱいだ。気を抜いたら私をダシにしてお母さんを攻撃してくる人たちがいる。弱さを見せたらもっと攻撃される。
自立しなきゃ。1人で生きていくことになるんだから頑張らないと、なにを言われても大丈夫なようにしないと、今度は私の粗を探してくる。
できないことは少ないほうがいい。信じすぎないで、ああでも、1人は寂しい。
でも、生きていかないといけない。

「なにを言われてもこうやって表情を作っといたらだいたい勝手に相手が話を終わらせてくれるの。自分が満足するまで話して、自分のいいように解釈してくれるし、怒ったり否定したりするよりいいの。私も、聞いているあいだにどうすればいいか考えられるし。オススメです」
「……と、狸は言ってるけど美海さんはしなくていいからね。美海さんはそのままでいて」
「言いかた酷いけど同感」
「え、え」

美海の狼狽ぶりは気の毒なぐらいだ。ああそれでも、梓を気遣う表情は同情もあるがただただ心配していて、梓の手に触れる手も優しい。白那も呆れた顔で笑いながらも梓を馬鹿にせず続きを待ってくれている。


「わたし、全然大人じゃない」


声が震えてしまう。

「怖いことがいっぱいなんです。でも、大丈夫だって思わないと、笑ってでも流さないと……そうじゃないともっと怖いから、ただそれだけ」
「どうしたの樹……?」
「樹?」
「私、ちゃんとした人でもいい人でもないし、そう見せようとしてるだけで……違うんです。こんな話をしようとしたんじゃなくて」

もっとちゃんと話さなきゃいけないのに、どう話せばいいのか分からない。
脈絡ない話に戸惑いが伝わってくるのに、焦りばかり募って声の出し方さえ忘れてしまった。


「もっとちゃんとした大人になりたかった」


それこそ誰も傷つけないような、良い人になれたらいい。誰にも嫌われない、傷つけることも傷つけられることもないような、そんな人になりたい。
ちゃんとした良い人だったら、もっと自立した人だったら、大人だったら──
『話は済んだだろ』


──未練がましい。


梓は俯いて歪んだ口元を隠す。
今朝あったことが随分と昔のように感じる。そのくせ非難をこめた表情も触れた感触もすぐに思い出せてしまって、現実が曖昧でバラバラで……ただ、泣きたい。気を抜けば違うと泣いて今以上に周りの迷惑も考えずにあたり散らかしてしまうだろう。自分が悪いと分かってても止められない。

(千佳もそうだったのかな)

泣いてばかりの顔を思い出して罪悪感に胸が痛くなる。傷ついた顔、泣いた顔。笑った顔は……この城でアラストの話をしていたときが、最後だ。

(いま、2人はどう過ごしているのだろう)

自分で選んだ結果を生きている2人。境遇に同情はするけれど責任はとるべきで、だから、離れられない。
『……俺だけ見ろよ』
テイルだけを見ることはできないから、もう手に入らない。
無責任に叫んだ自分の言葉に傷ついてると知ったらどんな顔をするだろう。

(ほら、やっぱり私いい子ちゃんじゃないよ)

そう千佳に呟くが、なんの慰めにもならないことは想像に難くない。
そんなものはいらないのだ。
ただもう、諦めるしかない。
何度も言い聞かせて微笑み作って、あとは時間が過ぎるのを待つしかない。
それでも、もっとちゃんとした人だったらと後悔がぐるぐるまわって息苦しい。浅ましい自分に嫌気がさして人任せに助けてほしくなって──でも関わってほしくなくて──でも、そんなことない大丈夫だって言ってほしくて──その人のせいにして、だからしょうがないって諦めたい。


でも、できない。


結局そんな自分を許せない。どんなに後悔しても結局生きるしかないのに、結局、死ぬまで私は私のままなのに、そんなことできない。
私が、決めたことだ。
『馬鹿ですね。あなたがいいんです』
そんな自分を許してくれる人がいることも、知っている。


「もう私、ちゃんとした大人になんてならない……私、悪い女になるんです」
「え?」
「ん?」


気軽に割り込めない重い空気のなか、最後に梓が吐き出した決意に美海と白那がたまらず声をだしてしまう。梓は真剣だ。再び顔をあげた梓は笑ってはいるが、涙が滲んだあとのある目はさきほどまで傷つき塞ぎこんでいた名残をもっている。なんともちぐはぐで混乱してしまうのに、梓はさらに宣言した。

「見ててください。開き直った私は強いんですから」
「待って。待って?落ち込んでたことと、私はちゃんとした大人じゃないって悩んでたことも分かったけれど、なんで最後に悪い女になるのが目標になったのかしら?」
「自己完結しててウケるけど、ついてけなさが凄い。さすが樹」
「な、なんだか真面目な子が真面目に突拍子もないことに突き進んで痛い目にあいそうな未来が見えるわ」

真面目な子ほど思い悩んだどきどこかズレてしまうのだ。
美海は顔を青くするが、白那のいうように自己完結してしまったらしい梓を説得するのは難しそうだ。しっかりしているからこそ、梓はちゃんと悪い女に向けて頑張ることだろう。悪い女がどういうものなのか分からない美海からしたらこれほど見ていて怖いものはない。

「私が言うのもなんだけど、樹は甘えるのが下手ね……」
「う」
「ほんとそれ。悩んでるんだったらなんでも相談してみたらいーのに。手始めに悪い女になるための方法とか?」
「それは私が自分で決めたことだから、自分でしないと」
「ずいぶん真面目な悪い女なのね……」
「樹、気がついてる?アンタ気が抜けてると敬語が消えるけど、武装するときはだいたい敬語じゃん?悪い女宣言してるときも武装してるんだけど」
「う」
「あら、そういえばそうね」

翻訳づくりで顔を合わせることが増えたおかげで打ち解けた実感がある美海は深く頷く。確かに、梓はふだんから丁寧に話すものだから見逃しがちだが、距離をとろうとするときは必ず敬語を使っている。
『あ……はい。私は樹と申します。宜しくお願いします』
初めて会ったときなんてなおさらで、だからこそ最近はその違いがよく分かる。きっとそれは梓たちも同じだろう。それが分かって、妙に気恥しくなった美海は咳ばらいをする。白那も梓も、最初のころに約束した呼び方は守りつつも砕けた話し方をするようになって、内心嬉しかったのだ。元の世界では話せなかったようなことも話せて、奇妙な現状を共有できて、話下手な自分のことを笑わず尊重もしてくれる。ときどき行き過ぎるからかいは見逃せないが、この関係はとても大切なものだった。

『もっとちゃんとした大人になりたかった』

掠れた泣き声がまだ耳に残っている。昔と同じ関係であったなら絶対に言ってくれなかっただろう内心の吐露に戸惑いは残るが、嬉しくなる。
これが梓にできる精一杯の甘え方なのかもしれないと思えば、可愛らしい子供に見えてくるのだから不思議だ。

「……本当に、甘えるのが下手ね」
「いや、でも、なんの話か分からないことでも聞いてくれてるので、私としてはすごく嬉しくて」
「こっちとしてはついでになんの話か分かるように説明してくれてもいいんだけどねー。よく分かんない話って消化不良起こすし」
「それはしたくないから、よけいに有難いなあって」

頑なに言おうとしないのだから、どうしても自分で解決したいのだろう。
美海は懐かしさに口元を緩ませる。
きっと梓も年を重ねれば、馬鹿なことで悩んでいたと思える日がくるだろう。それがどんなに自分を揺らがす大きな問題だとしても──そう思っていただけのことに過ぎなかったのだと、知るのだ。

(それに、私はあのときしてもらいたかったことを知ってる)

懐かしい記憶を思い出して美海は幸せに目尻をさげる。
教えてもらった大切な時間は、いまもなお色褪せることなく覚えている。

「……いいわよ。多少のモヤモヤぐらい我慢するわ。ただ悪い女って……変に突っ走っちゃ駄目よ」
「……ありがとうございます、美海さん」
「ええー!美海さん受け入れちゃうのー?私マジで意味わかんなかったんだけど」
「大事なのは梓が自分の悩みを解決できたってことでしょ。だったら私たちは喜ぶべきじゃない?」

扇子を広げて顔を隠した美海は鼻を鳴らす。これで話は終わりだとも続けているが、梓と白那はもう聞いていないようだ。仲良く顔を見合わせたかと思うと、にんまりと表情をつりあげる。

「梓?いま樹のこと梓って呼んだよね美海さん」
「な」
「嬉しいです美海さん」
「あ……っ、ああもう顔が鬱陶しい!だいたいねえ、私も言いたいこと好きに言わせてもらうけれど、ちゃんとした大人なんて幻想よ?!良い人だとか良い大人とかみんな勝手に理想で見ているだけで、実際はこんなものよ!?私を見なさい!?」
「あーもうほんと美海さんにお嫁にきてほしい」
「同感……でも、はい。だから私は皆のいう悪い女になろうと思います」
「だからどういうことなのよ……っ」

地団駄ふむ美海に梓は幸せそうにへらりと笑った。嬉しそうで、きっと本心からの笑顔だろう。白那は安心して、けれど微笑を口元に作りながら視線を落とした。

(私も梓にいろいろ言えた口じゃないよなあ)

なんでも相談なんて出来るわけがないと、白那が一番よく分かっている。
小さく溜め息吐いた白那は一度瞬くと、にいっと笑みを吊り上げた。

(樹が悪い女なら、私は明るくて何も考えてない調子いい、ちょうどいい奴、ってね)

自分の役割はちゃんと分かっているし、それを相手が望んで見ていることも知っている。だったらそれをうまく使っていけばいいだけの話だ。


「んじゃ、きりもいいし改めてこれどーぞ」
「へ?ありがとう……?」


楽しそうな梓と美海の間に割り込んだ白那は自分が渡したプレゼントを梓の手に持たせる。そして急にどうしたのかと訝しむ梓おかまいなしに一気に話しだす。

「ちなみに避妊薬の豆知識だけど、男用のは種なしにする飲み薬で、まあ、女用でも男用でもどっちか使っとけば避妊は間違いない感じだって。少なくとも、どっちか使ってるのに妊娠したって記録はまだないらしいよ。使いかた間違ってたら意味ないみたいだけど凄くない?」
「……めちゃくちゃ詳しいじゃん」
「めちゃくちゃ聞いたもん。いや、このファンタジー要素の凄さ分かんない?」
「言いたいことは分かるけど」

どちらかの避妊薬を使っておけば確立を下げるという話ではなく、必ず避妊ができるというのは不思議な話だ。避妊薬があること自体不思議なのに、絶対的な効果を持つものにしているのはどうしてだろう。そもそも、この国というよりこの世界の現状を考えれば、妊娠しやすくさせるための薬を開発するものじゃないだろうか。
美海も突然の話に首を傾げている。

「絶対なんてあるのかしら?」
「さあ?でも今ドアをノックしてるのは絶対にシェントだと思うけどなあ?」
「え?」
「え!」

思わぬ発言に梓と美海は仲良く口を閉じてドアを見守る。すると、しばらくしてコンコンとノック音が聞こえてきた。すぐに梓は立ち上がったが、手に持っているものに気がつくと顔を真っ赤にして物置に向かった。避妊薬を隠しに行ったのだろう。物置からでてきた梓はすぐにドアに向かって走っていく。美海はその場で立ったり座ったりしながら身なりを整えていたが、結局、座ることを選んだらしい。扇子で顔を隠しながら微動だにしなくなった。
実に面白い光景だ。

(シェントもいま必死に表情を繕ってるだろうなあ)

白那は緩みそうになる口元を必死に押さえつけながら、さきほどドアを開けて現れたシェントの顔を思い出す。あんなにずっと微笑みを貼り付けている人でも驚くことはあるのだ。そのうえ予想外の顔ぶれに気後れしてドアの向こうに隠れようとしたぐらいだ。手を振って引き止めなければ帰ってしまっていただろう。
面白くてしょうがない。
『あのときも言ったはずだ。私は頼んではいないし、これは私が決めたことだ。お前の思い込みに私を使うな』
冷たく吐き捨てることだってするのに、ああ、甘い顔しちゃって。

「おかえりなさいシェントさん。今日は早かったんですね」
「ええ。今日は早くに終わらせて帰ってきましたが、もうすこし時間をおいてからまたきますね」
「ええ?大丈夫です」
「そうよ私たちのことは気になさらないで」
「ほら、美海さんもこう言っていますし、座ってください」
「す、すわっ!?え?い、いえ?私たちはそろそろお暇するわよ」

美海はお開きにするつもりだったらしいが、梓はシェントを混ぜて続けるつもりだったらしい。思わぬ展開に美海は早速化けの皮が剥がれているが、シェントのことだから誰かに言うことはないだろう。
『お前は周りが見えなくなるところがある。強い意思を持っていると言えば聞こえはいいが、それで相手を──彼女を苦しめるのなら私は許さない』
口にするとしたら、自分の大事なものに関わるときぐらいだろう。

(シェントと梓ってよく似てる。本当に、麗巳さんのいうとおりお似合い)

梓は空いている席がないから自分の隣に座ってとシェントに声をかけてベッドの端をぽんぽんと叩いている。もちろんシェントが断るわけもなく、梓の隣に腰かけていた。そればかりかベッドを叩いていた手を掴まえると指を絡めて、まるでこの場所に梓以外誰もいないかのように微笑む。
ベッドに並んで座りながら微笑み合う2人になにを想像したのか、扇子に隠されていない美海の顔は真っ赤だ。けれど見つめ合う2人から漂う甘い雰囲気にそれも無理からぬことだろう。
白那は冷たい視線を思い出して笑顔を浮かべる。


「シェントって絶対独占欲強いでしょ。大丈夫なの?これから他の夫とかできたら」


廊下で立っていた姿。
窓から外を見下ろして、冷え切った表情をしていた。

「ちょっ、白那?!あなた急になにを言ってるの!?」
「白那」
「ほら、独り占めとかしたくならないの?」

困りきって梓は眉をさげているが、少し気になりもするらしい。

(可愛いなあ。あいつならどう思うだろう。やっぱり可愛いって思う?だろうなあ。それで、シェントがいうように……なるだろうなあ)

美海の予言じゃないが、突き進んで痛い目にあいそうな未来が見えてしまって、今度こそ作り笑顔は失敗してしまった。


「……そうですね。独占欲は、強いですよ」
「え」
「っ」


シェントと一瞬だけ目が合う。
広場を見ていたときと似た表情で、けれどそれは数秒で──梓を見たときには影すら残さない甘い顔に変わっていた。

「私だけのことを考えてほしい。私だけのことを見てほしいと、そう思います……ですが、他の男もそうでしょう。だからこそ同じ時間を過ごすあいだは私だけのことを見てほしい──見てもらう。そう約束しましたし、そもそも過ごすあいだに他の男のことを考えさせたのなら、そうさせた男が悪い」

軋むベッドの音に梓の身体がはねる。心臓の音が聞こえてきそうなほど赤く混乱に染まった顔だ。壁になりたい消えたいと呟く美海のか細い悲鳴は聞こえてもいないだろう。白那も熱にあてられて顔が火照るぐらいだから、真正面で想いを告げられる梓はシェントの望むがままだろう。



「私は、考えさせません」



はっきりと言い切ったシェントは最初から最後まで梓を見ていて、梓もシェントしか見ていない。
完全にお手上げだ。
傍から見て完全に分かってしまう光景に、アイツはなにを思うだろう。


「はい!ご馳走様でしたー!」
「ご、ごっちそう、さま!」


敬礼した白那は美海の手をとるとそのままドアに向かって走っていく。震えた熱い手が救いだった。おかげで言わなくてもいいことを言わずに済んだと、白那は安心してしまう。
ああでも、忌々しい耳が言葉を聞いてしまって。


「ヴィラがあなたに会いたいそうです」


ヴィラ。
素直にこの光景を受け入れられる物分かりのいい男なら、最初から、なにも問題はなかったのだ。

『お互いただの意地だったのかもしれないな……ヴィラ』

シェントにそういわれたヴィラの顔は見ものだった。分かりやすく不機嫌に眉を寄せて、混乱して、いつもどおり真正面からぶつかって馬鹿で可愛いことをして。




「私だってちゃんとした人でいたいんだけどなあ」




性分だもんね。
白那は同じ相槌を打ってくれるだろう梓に手を振って、部屋を出た。








 
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