愛がない異世界でも生きるしかない

夕露

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第二章:変わる、代わる

146.「言っとくけどさー」

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「あー私よく我慢したわー!樹アンタなんかいろいろ動き出したね!もーメッチャ話したかったんだからっ!」
「動き出したって、ああ、この教本のこと?」
「それもだけど私らに会う前に千佳にひとりで会いに行ったんでしょ?あー……見たかった……」

野次馬根性丸出しで悔し気に語る白那いわく、麗巳と話して別れたあと梓がそのまま千佳のところに行ったことは周知の事実らしい。というのも以前一週間ほど部屋にひきこもって花の間にこなかったことが梓らしくないと噂になっていて、その梓が花の間に姿を現してから数日後に麗巳と会って衝撃的な会話をしたうえ、女の神子だけでなく男の神子ぜんいんに会いたいとメイドに伝言をし、神子から外された千佳のもとへひとり向かったのだ。邪推をしないわけがない。白那もそのひとりで女の神子だけで集まりたいという話を聞いたときから梓と二人きりで話せるための準備をしていたのだ。
とはいってもポテトサラダの作り方を教えてもらいたいのは本当らしく、キッチンに材料を広げ始めている。梓も相槌をうちながら準備を手伝う。
──確かにルトさんに命令したあとひきこもってたけど……私、一週間もひきこもってたんだ。ああでも、それならヤトラさんとのひと月が終わって数日でシェントさんに会って……え?
そういえばと数えてみて気がついた衝撃の事実に梓はフライパンを落としかける。シェントとのひと月が始まってまだ一週間しか経っていない。シェントと会った日に神子の命令について八重にヒントを貰って、ヤトラに会い、テイルと会って……シェントと夫婦になった。

「一週間しか経ってないんだ」
「それで樹はマヨどれぐらいいれる感じ?」

重なった声に、沈黙。
2人は顔を見合わせて仲良く首を傾げた。

「え?」
「え?……え、まだって……シェントとうまくいってないの?」
「え!?そんなことないよっ」
「……え!」

怪訝な顔をしていた白那が梓の表情と声に違和感を覚えて固まったあと、期待に口元をひくつかせる。
蛇口から水が流れているのに2人とも顔を見合わせて動かない。そしてついに、口をぱくぱくとさせる梓が沈黙に耐えられないことを理由にして話し出す。

「私、シェントさんと夫婦になったの」
「とうとう付き合うことになったかあああーえ゛えぇえ??!」
「それで昨日は一緒に国の境に行って言葉の魔法がどんなものかも見に行ってね」
「いやいやそれでじゃないからっ!夫婦!?付き合うとかじゃなくてふーふ!?ははっ、あはは!予想外すぎてウケる!おめでとう樹!」

笑いながらジャガイモを放り投げた白那が梓に抱き着く。手が濡れているせいで冷たい。それなのに心はぽかぽか温かくなって梓の目尻に涙が浮かんだ。白那は梓が恋をして夫婦になりたいと思えるぐらい好きな人ができたことを心から喜んでいる。それが分かるから、ときどきあいまに入る「いちいち考えすぎ」「固い」「中学生が大きくなって」と続く余計な愚痴や茶々も笑って聞き流せた。離れた白那の目は大きく輝いて満面の笑顔。
──白那に会えてよかった。
梓も満面の笑顔を浮かべる。

「ありがとう白那……それとね、私、樹っていうのは名字で名前は梓っていうの」
「まさか樹に先越されるとは思わなかったしシェントもなかなかって、ははははっ!すっごい、また予想外なやつがきた!梓?梓っていうの!?」
「うん」
「やっぱアンタ好きだわ!最高すぎでしょ!ああでも私もお返し、私も白那って苗字なんだ」
「ええ!?名前じゃないの!?」
「いやいや知らない奴に名前で自己紹介とかしないっしょ。いや、千佳は名前で合ってるみたいだけど」
「いやいやすっごく普通に名前みたいな感じで言ってたじゃん!」
「あーね、私の名前って薫(かおる)っていうんだけどさ」
「薫……?」
「めっちゃ私って感じじゃないの。ってか、白那のほうが可愛くない?」
「ん゛、んー薫も可愛いけどもう白那は白那っていうのがしっくりくる……」
「でしょ!?まあ私も樹のほうがしっくりくる……」

腕を組みながら悩む2人は目が合うと大きな声で笑いだす。
そして花の間では話せない秘密を賑やかに話すのだ。

「ま、好きに呼ぶってことで!ってかついに境まで行ったんだー馬車で行けたからよかったけどめっちゃ遠いよね」
「え?歩いて行ったよ?」
「はー!?あそこまで大体10㎞ぐらいあるんだよ!?」
「徒歩で2時間30分ぐらいだしシェントさんも普通に歩いてたよ?」
「なるほどね、忘れてたけどアンタってめっちゃ身体動かす人だったわ」

笑って、相談して、お互いに思っていることを話して……出来上がったポテトサラダを食べてまたおしゃべり。テイルとのこともかいつまんで話せば白那が「あいつって私らに一番似てるからなあ」と笑って、それ以上話さない梓に追求することはなかった。

「ってか私も結婚しよっかなーって考えてる奴がいんの」
「え!イールさん!?」
「イールもいつかは堕とすけど違うって。ほら、樹も何回か会ってると思う。買い物に付き合ってもらってた兵士。いろいろ考えとか話とか合ってさー。それにあっちも私のこと好きでいてくれるし?」

胸を張って上から目線の口ぶりをしているが照れ隠しなのだろう。うっすらと色づいている頬を見て梓が微笑めば、白那は口を尖らせた。
いつもの仕返しとからかって彼との話を聞けば惚気られて、それなのに幸せな気分。それなのに、気になって。

「白那は複数の人と結婚するのに抵抗はない?」

情けないところも恥ずかしいこともさらけだせてお互いを認め合える、そんなただ1人と思った人以外と結婚し──夜を共に過ごす。それにどうしても抵抗を覚えてしまう。

「あ゛―なるほどね。うーん、まあ、違和感はあるし言いたいことは分かるよ?でもさ、普通に1人だけと結婚するのってこの世界じゃ危なくない?」

場を明るくするように努めている白那が表情を固くする。現実を理解している言葉だった。そして白那の性格上、苦手な話題なのだろう。それが分かるのに梓はほっとして嬉しく思う。
白那はこの世界に来たときから神子に差し出されるものや奉げられる言葉を受取はしつつもそこに溺れはしなかった。楽しむことを信条としているから傍目には明るいムードメーカーで可愛がられる存在だが、梓と違って人と積極的にかかわり情報を集めながらこの世界で生きていた。

「これだから白那が好き」
「ええ?なになに私ら両想いじゃん。結婚する?」

笑ってウィンクする白那は自分の葛藤や落ち込んだ姿を見せない。弱音を吐かず楽しもうとする姿に尊敬を覚えながら梓はニイッと唇を吊り上げる。

「白那とは友達のままがいいかなー?」
「あははっ!ふられちゃった!それでそれで?シェント以外にも思い当たる人物はいるわけ?」
「いるといえばいるけど相手が承諾してくれるか分かんないや。でも、そうだよね。ずっと2人だけで生きるって難しいもんね。女性が少ない世の中だし、毎日食べるご飯のことを考えたらずっと家の中にいるわけにもいかないし、家を空けるのもリスクだし、狙われるかもしれないことを考えたら……危ないもんね」
「狙われるって、召喚なくすって話だよね。ぶっちゃけあてはあるの?神様に頼む感じ?」
「そもそもあの人が叶えてくれるかは分かんないけど、どっちにしろ最終手段。正直あてはないし魔法に頼るしかないかな……魔法なんだけど、そもそも魔法ってなんだと思う?」
「えー?使えるのは一部の男で女は魔力を生むけど神子は例外って感じ?神様からの贈り物だけどまあまあ不平等だよね」
「そうなの、それ。使える人と使えない人の差ってなんだろ。はっきりとした使い方もなくて人によって違う。でも使い方って、こう、なんていうか願えば叶うでしょ?」
「まあ、確かに?ムダ毛なくす魔法もそうだし樹の夢の魔法は知りたいことに関連してるって言ってたしね」
「……私、ほかの魔法も使えるの。人の魔法を妨害することもムダ毛をなくすことも……怪我を治すことも、とにかく、いろいろ」
「え?ズルくない??」
「うーん、そうなんだよなあ。ズルい感じがする」

不平等、ズルい。
白那の言葉に納得して、違和感。

「それって神様が関係してるんじゃない?なんか麗巳さんとアンタに執着してるんでしょ?」
「麗巳さんに執着してて私には興味を覚えた感じなんだけどね」
「似たようなもんでしょ。魔法っていうやばいもんを一部とはいえ使えるようにこの世界に作った奴が興味を持った相手になにするかっていったら、まあ、そういうことじゃない?」
「贔屓って感じ?それなら召喚魔法なんてなくなれって願い続けたら成功するかな……でもそっか魔法……召喚が魔法で行われてるんなら、魔法が使えなくなったら召喚もなくなるのかな」
「えーそれってお勉強コースになるじゃん。でもありかもね。問題はどうやってなくすかだけど……ってか思ったんだけど、召喚の魔法をかけてるのって結局誰?神様?」

素朴な疑問にハッとする。シェントは召喚のことを話してくれたときなんて言っていた?
『神の祝福として機能するときよりも多くの人間で祈ったほうが召喚される神子の人数は少ない傾向があるんです』
大勢の人で祈って成される召喚魔法。けれど、召喚魔法は5年挿1度に設定されて神の祝福として機能している。

「……それで合ってるはず。それじゃやっぱりあの人に解いてもらうために願わなきゃいけないってことになる……ううん、いい。このさいプライドとか無視しなきゃ」
「それじゃとりあえず問題は結婚を考えてる誰かのことぐらい?あはは!そんな顔しないでって!」
「こんな顔したくもなるよ。ほんとに悩んでるんだから」

への字になった口をおさえながら梓は溜め息を吐く。考え出すと後ろ向きな感情がふつふつとわいてきて梓の身体を縛るどころか、ときどき、信頼しているシェントにさえ不安を覚えてしまう。

「でもあれだよ?元の世界じゃひとりだけしか選べなかったけど、ここなら好きだなって思った色んな人とずっと一緒に居られるってことだし……そう考えたらよくない?」

それは確かに、そうなのかもしれない。けれど。

「そーんなにシェントが好き?」
「大好き」
「……わお」

感情露わに微笑んだ梓に白那はからかうのを忘れてしまう。いつだったかこの国の事情で悩んで考え込むよりも理解できない恋愛に頭を悩ませたほうが生きやすいだろうと思ったものだが、どうやら梓は恋愛でも生きにくいらしい。
どちらにせよ見ているほうは楽しく至極結構なことだ。

「まっ、納得いくまで悩んだら?私としては考えるだけじゃなくていろいろ試したほうがいいと思うんだけどねー身体の相性も大事って、これ前も言ったっけ?シェントとは相性良かった?っと、はいはい。それはよかった」
「白那あ゛―」
「あははは!その調子で他の奴ともいろんな意味でお話したらいいだけだって」
「──っ!もー!……でもアドバイスありがとう!でも……バーカ!」
「うっわ中学生以下になってるー。しょーがないからお姉さんがアドバイスしたげる。これでも私は意外とモテるからねーお断りするのも大変なぐらい」
「なにも意外じゃない……白那みたいな女の子、周りがほっとかないでしょ……」

感情が揺れに揺れて疲れ切った梓は机に突っ伏してしまう。おかげで照れる白那を見逃して、顔をあげたときには調子よく笑う白那に指摘された。

「言っとくけどさー別に聖騎士だけが男じゃないからね。聖騎士以外にもいい男はいるんだから樹ももっといろいろ見たほうがいいんじゃない?拗らせたらやばそうな奴ばっかじゃん、ここ」
「白那だってイールさんが好きでしょ?」
「イールは純粋すぎるから大丈夫」
「ん゛ん、確かに」

過酷な環境で育ったのにもかかわらず嘘が吐けない大人の困りきった顔を思い出して納得する。きっと今度また白那とのひと月が始まればアプローチに目に見えて狼狽えつつも手料理を食べて「うまい!」とにっこり笑顔を浮かべることだろう。

「純粋といえば……ううん。遠回しな忠告はやめとくことにしたから言うけど、ヴィラに会わなくていいの? 」

ヴィラ。
どきりとして、幸せな想像に和んでいた表情が固まる。

「テイルにもさ」
「話そうと思ってる」

これ以上追及されるのが怖くてすぐさま答えれば困ったような微笑み。

「そっか……まー、それならいいけど?うかうかしてると誰かに盗られる可能性だってあるんだからね?」

思い出すのは上の空だった莉瀬の姿。きっとテイルのことを考えていた。
『俺だけ見ろよ』
莉瀬ならテイル以外を望まず、テイルだけを見るだろう。テイルに求められたなら嬉しい以外考えることなく、怖いだなんて思いもしないだろう。

「……うん」
「それにアンタも分かってるんだろうけど、こんな世界だから誰かに盗られるとかそんな問題じゃなくて魔物に殺されちゃう可能性だってあるんだから」

分かっている。
平和ボケした悩みだ。そういった不安からも1人だけと結婚するのは危険なのだ。分かっている。

「友達としてできるのはこれぐらい?フラれた身だからアンタを抱きしめて甘い言葉囁く権利はないんだよねーシェントに任せるわ」
「ほんともう」

笑う白那に梓も力なく笑って、また、ポットにいっぱいあった紅茶がなくなるまで話し続ける。楽しい話、暗い話、楽しい楽しい話……時間はあっという間で。

「──そんじゃ今日は楽しかった!ポテトサラダも作り方教えてくれてありがと」
「私も楽しかった。また今度」
「うん!内緒話するときはまたここがいいなー次は美海さんも一緒で」
「麗巳さんもいい?」
「麗巳さん!?あは!想像できなくてウケる!もちいいよ!美海さんの反応がおもしろそー」

また今度。
明るい声が扉の向こうに消えていく。そして扉が閉まった瞬間落ちてきたのは耳鳴りがするほどの静けさだ。
──あ。
後片付けをしようとしたら下腹部に違和感を覚える。もしかしてと思いトイレに行けば、生理が始まった。赤い血。布ナプキンを取り出しながら白那の言葉を思い出してしまった梓は浮かれている自分に苦笑する。甘えられないなんて言ってしまったら、白那は腹を抱えて笑うことだろう。
──でも、逃げちゃ駄目だめだから。
トイレから出た梓は目についた棚を見て、一度視線を逸らす。けれどひとつ深呼吸すると棚に向かって歩き出した。そして最近見ないようにしていた小物入れを取り出す。


「ルトさん」


指輪にはめこまれた球は黒いまま。






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