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第二章:変わる、代わる
145.「ほら、やっぱり魔法だって」
しおりを挟む麗巳を除いた女の神子が集まった花の間は前回と違って笑い声が響いていた。ぜんいんに話題を振っては面白おかしく話を広げる白那の存在も大きいだろう。思っていたよりも早く集まることができたため、言葉の魔法を解いたあとどう対処するか具体的な方法がまだできていないことが心配だったが、緊張した面持ちで話し出した梓と違い神子の反応はいい意味で予想外だった。
「いいじゃない、私は賛成よ」
にっこりと微笑みながらそう言ったのは八重だ。いつも緩く巻いている焦げ茶色の髪を編み込みにしていて、緑色のニットによくに似合っている。
「麗巳さんがそんな魔法をかけていてくれたなんて……もちろんよ。もちろんいいに決まってるじゃない」
動揺する顔を扇子で隠せていない美海は立ち上がって、ドレスで揺れたテーブルに我に返ったのかゆっくりと席に座りなおす。なにを考えているのか苦し気な表情だ。そんな美海の肩を叩いて明るく提案するのは白那。
「なんだかんだ私ら魔法使えるんだしその魔法だって自分たちで使えるようになるでしょ。ってか使えないとやばいから使えるようになるしかないし」
「あら白那、お勉強するっていう手もあるのよ?」
「この歳になって最初っから他の国の言葉覚えるとか無理、マジ無理。無理以前にこの頭にもうそんな力ないって」
「あ、一応こういうのを作ってみました」
ちょうどいい。梓は昨日思い立って作った教科書になるだろうものを机に広げる。
「この本はこの世界の言葉で書かれたものです。こっちはこの世界で子供が言葉を覚えるのに使うものですね」
「うっわ懐かしー!あいうえお表じゃん!」
「ああ、そういうこと。わざと日本語をつけたして、魔法が解けたときに分かるようにしているのね」
「そうです」
いま日本語で読めている文章のしたにまったくおなじ内容を日本語で書いておけば、魔法が解けたときに翻訳書になってくれる。会話はすぐには難しいだろうが、これがあれば少なくとも筆談は可能になる。
だが、不便なのは間違いない。
「莉瀬、あなたはどう思うのよ」
八重の質問に窓の外を見ていた莉瀬が驚いたのか肩をはずませる。そして視線が集中していることに気がつくと視線を泳がせ、静かに俯いた。
「私はどちらでもいいわ」
「大事なことよー?自分のことなんだからしっかり考えないと」
「分かっています。でも白那さんがいうように魔法を使えるようになればいい話でしょう。だから私は……別に」
これでこの場にいる神子が全員賛成となった。言葉の魔法がなくなったときの恐ろしさを先日知ったばかりの梓は、神子達がぜんいん反対してもおかしくないと思っていたため幸先はいいことだが不安を覚える。とくに、心ここにあらずの莉瀬だ。最初に会ったときの印象が強いせいか、落ち着いてものを話す現在の莉瀬のほうが心配になる。
『可愛い可愛いお姫様のお話でもしましょうか』
ふと思い出すのは八重が話した莉瀬とテイルの昔話。
──テイル。
妙に場が静かになる。場を変えるのはやはり白那だ。
「ほら、やっぱり魔法だって。私も難しいお勉強はしないから。あ、でも八重さんが先生になってくれるなら頑張れるかも?」
「あら、私も勉強なんてしないわよ。魔法を使うに決まってるじゃない」
「えー!人に言っといてそれとか酷すぎるんですけどー……ってか、八重先輩妙に自信ある感じだけど実はもう使えるとか?」
八重にもたれかかっていた白那がハッとしたように顔を覗き込めば、いつもたおやかに微笑む八重が珍しく微笑むことに失敗する。これに食いついたのは梓だ。
「え、そうなんですか?それってどうやるとかなにかいい方法あるんですか?」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさい樹。白那も適当なこと言わないでちょうだい。その言葉の魔法?それは使えないわよ。そもそも試すというか使ったこともないわ」
「えーなんだ」
「私にしか使えない特別な魔法があるのよ。いざとなったらそれを使うから私のことは心配しないでちょうだい……まあ、あてにもできないから使えなかったらこの教本は有難く使わせてもらうわね」
「それはもちろん……あの、特別な魔法ってなんですか?」
好奇心で尋ねる梓に八重は瞬いたあと赤い唇をつりあげる。この表情はどこかで見たことがある。状況をめいっぱい楽しもうとなにかを考えている顔だ。
「麗巳さん……あの人は魔法が使えることじたいかしらね。ともかく、私たち神子だって魔法は使えるにしてもけっこう限られているでしょう?それに最初……まあ、そうね。最初に使えるようになった魔法を私は特別な魔法って呼んでるの。白那は除毛、美海は顔を消す、樹は夢、莉瀬は髪……私にもあるってわけ」
「私らの知ってるなら教えてくださいよーあと除毛ってまとめられるのメッチャ嫌なんですけどー」
「今度教えてあげるかもしれないけど今は教えないわ。あ、そうそう、また除毛してちょうだい」
「えー」
真面目な話がいつのまにか除毛になって花の間が除毛サロンになってしまった。美海はもちろん、莉瀬でさえ順番待ちしている。
特別な魔法。
八重のいわんとすることは分かるが、認識のずれが気になる。
「樹もかけよっか?」
白那が手を差し出すが、梓はもう自分でかけている。
「ありがとう。でもあとでお願いしよっかな。それで……言葉の魔法のことですが、麗巳さんにもまた話をしてきます。解くことになったら事前に伝えるようにしますね」
「ご丁寧にありがとう」
「あの、樹……私も麗巳さんに会いたいわ」
「美海さん……はい、伝えておきます」
「それと樹、相本たちにも知らせておいたほうがいいんじゃないのかしら?」
「あ、はいそれは勿論。一応メイドさんに伝言してもらっているんですが、なかなか時間がとれないみたいで」
「あら……そう」
唇をつりあげる八重の隣で白那が「地雷、地雷」と口パクで言っている。けれど以前、八重は相本のことは終わったことだと言っていたし、自分から相本の話題をふったのだ。
不思議に思い首を傾げる梓に勘づいた八重が白那を見て事情を把握する。
「いた!八重さん今おもっきしつねったでしょ!」
「そんなに強くないわよ。ねえ、莉瀬」
「……」
「あら、駄目ね。声が届かないわ」
「あー皆冷たすぎ。ってか話ってこれで終わりな感じ?」
「あ、うん」
「じゃー樹ちょっと料理教えてほしいんだけど」
「料理?」
突然の提案に驚くが、白那は真面目な顔だ。そして八重を見て口を尖らせる。
「八重さんがイール自慢してきてちょっと悔しいから料理の腕上げてアイツが誘惑に負けないようにしたいの」
「あら可愛い。白那って意外と尽くすのねえ」
「でも私そんなにだし、イールさんも白那の料理おいしいって言ってたよ?」
「意外じゃなくて私は可愛いんですー。でもポテトサラダは樹のほうがおいしいって言ってたんでしょ?ほらっ、材料も持ってきてるし」
足元から大きな袋を取り出した白那は満面の笑みを浮かべる。どうやら本当にポテトサラダの作り方を教えてほしいらしい。可愛い理由に梓の表情も緩む。頷いた梓に白那が立ち上がった。
「あ、よかったら美海さんもどう?」
「……私は遠慮しておくわ」
「私は見てみたいわね?」
「八重さんもできるようになったら意味ないじゃん。絶対だめ。行くよ、樹」
「分かったって。八重さん美海さん莉瀬さん、今日は集まってくれてありがとうございました」
「あーもう固いなあ。それじゃまた今度」
「はいはい」
白那に背中を押されて梓は花の間をあとにする。楽しそうに微笑む八重、微笑みを作る美海、俯いてなにも言わない莉瀬……大きな課題がひとつなくなったが、問題が増えた気がする。
視線を落とす梓の後ろで扉が閉まった。そして響き渡ったのは白那の明るい声だ。
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