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第二章:変わる、代わる
140.許された言葉
しおりを挟む触れた唇はそのまま深く重なりあって求めあう。漏れる甘い声まで食べようとする口づけは苦しいほどに胸を高ぶらせ、ぞくりと痺れる身体は隠しようがないほどの熱をもっていた。
互いを引き寄せていた指は感じる温もりに安堵したのか力を抜いていく。頬に、首に、肩を滑った小さな手は昨夜のようにシェントの胸に触れて同じ鼓動を聞く。頬に、首に、肩を滑った大きな手も昨夜と同じように梓の背に触れて小さな身体を抱きしめた。つま先立ちしていた梓はなんの不安もなくシェントにもたれかかって、蝋燭に照らされる顔を見上げる。微笑む顔が、長い睫毛が、揺れるオレンジの炎が見える。
「ん……」
口づけに梓は迷うことなくシェントの背に手を伸ばして自分がされるように抱きしめる。一瞬強張った身体は驚いたからだろう。そして緩んだかと思えば深く抱きしめてきたのは、嬉しいからだろう。シェントさん。呼んだ名前はことごとく食べられる。梓。呼ばれる名前も口のなか消えていってうまく聞こえない。
──もっと、ちゃんと。
そう思うのに無粋な言葉ない世界は甘くて夢のような時間だ。
「わっ、ぇ?」
身体を抱きしめる手に力が入ったかと思うと、梓の身体がふわりと浮かぶ。シェントをみおろすように抱き上げられた梓は目を丸くさせるが、微笑むシェントに見惚れてそのまま口づけに溺れてしまう。体重のことやめくれあがったワンピースからのぞく脚、シェントに抱きあげられる自分の姿に羞恥心を抱いたのはほんの数秒だ。なのにベッドにおろされる数秒は切なさを感じるほど長い時間に感じてしまう。離れてしまった身体の間を冷たい風が通り過ぎる。たまらず、シェントの腕に触れて。
絡む視線。
なにか言葉を作ろうとした唇はなにも言わなかった。代わりに自分の首を引き寄せた小さな手に喜んで、微笑む。
──嬉しい。
求めてくる唇に梓は素直にそう思って拙く口づけをかえす。小さなリップ音はすぐに真似されてしまった。くすぐったくなって笑ってしまった梓を見ようとしたのかシェントが身を乗り出して、かろうじて視界に映っていた部屋が見えなくなる。大きくて、重たい身体。それなのに覆いかぶさってくるシェントに今は恐怖どころか心地よさ以上の淫らな感情に心が揺さぶられる。脚に挟んだ身体の形が分かる。梓を潰さないよう気をつけているのも分かる。立てていた足をシェントの身体にもたれかければ喉が鳴った。腰に触れていた手が下着をひっかけたのを知っている。衣服のうえ感じる固い存在も分かっている。
「……」
首に、鎖骨に、胸に滑らせた手が服の襟に触れる。指でひっかければシェントがゆっくりと服を脱ぎだして、また、身体が離れていく。熱い空気が揺れて、消えて……きっとそれが嫌だった。小さな手は動く手を捕まえてそのまま手伝いだす。服に隠れていた顔は姿を見せるとすぐに梓に口づけた。
──ああ。
寝癖のように乱れた髪にときめく胸は子供のようだ。ドキドキ、どきどき。ずっと音を鳴らして止まらない。音は脱がされていくワンピースに乱れて、ふたたび重なる口づけでは幸せに弾んでといつまでも落ち着かない。そのうえ素肌の感触は気持ちよくて……ああでも、もっと。
動いた脚がようやく絡んで冷えた足先が温められる。濡れた感触。必死に外見取り繕っても早くハヤクと浅ましく涎垂らしあっているのがよく分かる。秘部に触れた親指は濡れた感触を確かめると押し広げるように中にはいってくる。内側なぞられて溢れた愛液が淫らに肌を伝っていく。
羞恥に身体を強ばらせる梓を見てシェントが喜んだ。口づけを止めたと思ったらこれだ。けれど近くで微笑む顔は怒るに怒れない表情で、宥めるような口づけとともに愛撫されてしまえばかんたんに不満は消えてしまう。ほんの少しの仕返しに、冷えた足先でシェントの足を撫でてみたが、それもただ喜んだだけだ。
そんなシェントを見て同じように喜んでしまった梓は勝ち目がないことが分かって笑ってしまう。口づけの合間見えるのは嬉しそうな顔、目を細めた微笑む顔、妖しく笑う顔。
はっ、としたときには遅くて。
「あ、……あっ」
だらしくなく寝てしまっていた脚がすくい上げられて、指が、ずぷりと奥に入ってくる。
たまらずあがった声はすぐに食べられた。疼く子宮を感じているだろう指はお遊戯のように身体を突いて、梓を期待させる。ベッドのなか響く呼吸は軋むベッドに抵抗するようだ。
「ん、んっ!やぁ……っ」
舌っ足らずな梓の訴えに応えるよう止まった手がずるりと秘部から抜かれていく。慎みなく溢れる愛液をつけた手は遊ぶように指を動かした。非難できなかったのは代わりに擦りつけられた肉棒のせいだ。ぐちゃりと卑猥な音を出しながら身体をなぞった肉棒は腹のうえにまで存在を主張してきて、梓の身体が震える。ぐちゃり、また音が鳴る。肉棒に愛液塗りつけた手はわざとそうしているようで、口をきつく閉じる梓に喜んでいる。
「梓」
折角はっきりと聞こえた言葉。それなのに音はまだ鳴っていて、肉棒は擦りつけられる。そうじゃないと言いたい。もっと優しくてと甘えたくなる。ああでもきもちいい。ああでも、そうじゃなくて。
焦れったい快楽に閉じていた口は勝手に開いて啼いてしまう。足りない。もっと、もっと――シェントを呼んでは願った切なくて苦しい時間が脳裏を過ぎる。あのとき……昨夜はどうやって逃れられただろう。どうやって目の前の男を手にできたのだろう。
「シェントさん」
答えを見つける前に伸ばしていた手は、そのまま、目の前のシェントを手に入れた。少し離れた身体に寂しさは感じなかった。もう分かっていた。外ばかり撫でていた肉棒が秘部を埋めて身体の中に入ってくる。
「んぅ」
このまま何度も果てるまで突いてくれればいい。そうしたら、この気が狂いそうな毒のような快感から逃げられる。
このままゆっくりと身体を暴いてほしい。そうしたら、この幸せに甘くて苦しい時間のなかこの人を独占できる。
相反するようで似たような感情がどろどろに溶けて脳をおかしくさせる。いつの間にか蝋燭は消えていて部屋は暗い。暗がりに浮かび上がる身体は湯気でもでそうなほど熱を持っていて汗ばんでいた。吐息が落ちてくる。見上げてみれば歯を食いしばる顔。同じような欲を持つ人に梓は必死に微笑みを作る。
――私、シェントさんが好きだ。
甘い口づけをしながら沈んでくる身体は毒のような快楽を教えながらも、梓を怖がらせないようにゆっくりと身体を暴いていく。奥を探して、突いて、それでも足りないと腰を支えて擦りつけてくる。身体が揺れるたび堪えきれない声はシェントが笑みを深めるたび羞恥を忘れていく。
幸せ、きもちいい、嬉しい。
もっとシェントを近くに感じたくて抱きしめる手に力を入れる。ふってきたご褒美のような口づけは甘くて苦しい。ときおり離れて見える顔に嬉しくなって、快楽に負けて寝ていた足を懸命に起こして手と同じようにシェントを抱きしめれば、欲にまみれた顔が幸せに微笑んで、深く奥を突いてくる。
言葉が、あふれそうだ。
呼吸さえままならない口づけは互いを食べ合うよう。そうできたらいいのかもしれない。揺れ続ける身体は互いの存在を思い知らせていて、いっそひとつに溶けてしまえたらいい。
「──っ」
声を押し殺して果てる女の身体が男の身体を誘惑する。反る身体は恥じらいなく男に押しつけられ、快感に溺れてぴくりと痙攣していた。
このまま──そう思って先走った手が腹に触れると、それだけで感じたのか、まだ中にある肉棒をきつく締め付けてくる。涙交じりの顔。のぼせたようにトロリと細められる瞳を見つける。荒い呼吸は、終わったのだと安堵しているものではない。少し腰を動かせばすぐに可愛らしい声があがって。
──このまま、閉じ込めることができたらいい。
暗く、甘い囁きがどこからともなく聞こえてくる。男を味わって夢見心地な姿はふだん見ることのない痴態で、それを望まれたのが自分だけと思えばたまらず喉が鳴る。きっとこれが独占欲というものだろう。この姿を知っている男がいることや、知ることになるだろう男に抱くのは、嫉妬だ。
「さ、ん」
腹を撫でていた手が絡めとられる。可愛いたしなめに男の顔は微笑んだ。
まだ、大丈夫。
それが分かって今度こそ心から微笑めば、ベッドから見上げてくる女がふだんにも見せる微笑みを浮かべた。恥じらいが滲む、愛らしい表情だ。
「シェントさん」
梓の口からでてきた言葉に、シェントは自分の名前を思い出したような錯覚に陥る。梓に名前を呼ばれると自分を取り戻すような気持になるのは、梓が信頼をもって呼んでくれているからだろう。だからそうあれるように、裏切らないような自分になれる。
「……梓?」
身体を弄る手をたしなめに捕まえていたはずの小さな手が、何故か遠ざけるのではなく自身の腰に添えさせた。不思議に思い顔を見れば、困ったように一度逸れた視線がシェントを呼ぶ。そして伸ばされた手に抱きしめられて唇が重なった。シェントの脚を撫でた足先が、熱い。
「シェントさんも」
きっと、そういうことだろう。みっともなく欲を残したままのシェントに、そう、言っているのだ。今ここでふだんの真面目な表情を思い出すのは酷いだろうか。梓がよく感じる場所はもう知っている。わざと強く擦りつけたあと身体を深く沈み込ませば、嬉しそうに反応する身体と違って悲鳴のような喘ぎ声があがる。シェントの名前を呼ぶ唇を食べてしまえば背を抱きしめてくる小さな手の感触。
大丈夫。
言葉なく答えて、必死に、必死に理性を働かせる。
『シェントさんも』
ああそれなのに自身の腰に添えさせた小さな手の感触が、恥じらう顔が、シェントを受け入れる顔がもっともっとと囁いてくる。欲をもったら駄目だ。思い上がってはいけない。分かっている、分かっている──分かっている。
小さな身体に欲を吐き出して無様に息を荒げる自分は、しょせんその程度の男だ。
──欲しい。
それでもなけなしの理性で肉棒を抜いたのは梓が呼ぶ存在でいたいからで、まだ、大丈夫だと思える。白く汚れた秘部に満足感に似た気持ちを抱いたのを気づかなかったらいい。
身体を埋める存在がなくなって漏れた声は切なげだ。それなのに垂れる愛液の感触にはまだ恥じらいを浮かべている。
疼く身体に気づかないふりをして梓を両手に抱きしめる。名前を呼べば、同じように返されて疼きは大きくなってしまった。横寝にすれば腕枕された梓が照れ笑いを浮かべつつもシェントを見上げる。喜ぶ心臓は自制なく動き出して止まらない。間違いなく、これが幸せというものだろう。せめてもう少しこの時間がほしい。そう思いながらも、この時間が増えれば増えるほど手放すことができなくなっていく自分の姿を容易に想像してしまえる。そうなったらきっと、きっと。
――きっと、最初に神子を喚んだ男もそうだったに違いない。
温もりを感じながらシェントは微笑む。願うなら、梓も、同じような気持ちだったらいい。この時間が幸せだと、この時間が続けばいいと思ってくれたらいい。
――大丈夫だ。私は間違えない。思い上がってはいない。
そう思うのに口を開けないのは話してしまえば余計なことを言ってしまう弱い自分がいるからだ。だけどそれも梓を抱きしめていたら、名前を呼んでくれたら大丈夫で。
「シェントさん」
自分に戻れる。梓が望む姿でいられる。
腕の中もぞもぞと動く小さな身体。見えた顔は目が合うとはにかんだ。赤い顔。すうっと息を吸って、吐いて。
「私、この世界で生きていきます」
覚悟を持った言葉に、夢のような時間が終わるのだと分かった。シェントは微笑む。そうですか。きっとそう答えることができたはずだ。
「あの、どう話したらいいのか分からなくて」
「いいんですよ」
「聞いて、くれますか?」
「……ええ」
嬉しそうに笑う顔。
情事の痕が残る肌はあちらこちらに赤い点々をつけていて未練がましい。
「元の世界で私はお母さんと2人暮らしで、早く自立しなさいって言われてたんです。私も早く自立したくてずっとそのことばっかり考えて生きてきました。ちゃんと勉強しなきゃって、ちゃんといい大学に受かって就職してお母さんが安心して好きに生きれるようにしようって。私自身もそうできるように頑張ろうって、友達と遊ぶことより勉強したり1人暮らしの準備をしたりしていました」
初めてちゃんと聞く梓の元の世界での話。それはこの世界の人間が奪った梓の未来だ。
『なんで私を巻き込んだの!なんで私、私はっ!』
泣き叫んだ悲痛な声が脳裏に蘇る。きっとあのときこの未来を考えていただろう。顔を見れば悲しそうに眉をさげながらも微笑んでいた。頭を撫でれば瞬きのあと幸せそうに微笑んで、心臓がはねてしまう。
「ちゃんと自立しなきゃって、甘えてばっかりいたら駄目だって……この世界に来てからよけいそう思いました。この世界は、怖いです。神子なんて呼ばれるし、そんな立場も歴史を思えば安全じゃないし、敬われたかと思えば怖がられるし、なにも知らないくせにって……落ち込むこともたくさんあります。でもちゃんとしなきゃって、生きるしかないんだって……でも、好きな人ができて」
悩んで吐き出される言葉は迷っているのがよく分かる。それでも隠すことなく言ってくれるが嬉しい。夢中になって梓の身体が冷えてしまわないよう布団を背中にまわせば、嬉しそうな顔が甘えるように頬を腕にこすりつけてくる。
「また、分からなくなってきたんです。自立しなきゃいけないのに自分が自分じゃなくなったらどうしたらいいんだろうって。使えるようになった魔法で生きていく道もあったんです。それなのに、なにも決めきれてないのに片足突っ込んでいろんな人を傷つけましたし……利用もしました」
「望んだことです」
本心だ。むしろ役得だったといえば幻滅してくれるだろうか。望む姿でなくなったならきっと梓はこの表情を消してくれるだろう。そうしたらきっと思い知ることが出来る。
梓が、微笑む。
可愛い、はにかんだ顔。
「私、ほんとにずっと自立しなきゃって思ってたんです。でも、お母さんは自立して生きなさいってこと以外にもずっと私に人に愛されて愛せなんてお説教も言ってたんです。ずっと。むしろ自立しなさいって言葉よりもそのお説教のほうが多かったのに、私はずっと自立しなきゃってそればっかりでお母さんが言っていることをよく分かってなかったんです……今ならお母さんが私を見て困ったように笑っていた理由が分かります。別に、1人で生きることが自立じゃないんですね。甘えてもいいし、誰かと一緒に居て感じる安らぎを欲しがってもいいんだって、分かったんです」
胸に触れた小さな手にドキリとしてしまう。近くに見える瞳はずっとシェントから離れない。ああそれでも、見続けているとそれてしまう。照れた顔は、きっと思い違いじゃない。けれど、その確信がほしくて手が震える。
それなのにシェントを見た顔は苦しそうな顔だ。
「私、この世界で生きていくんです。でも怖くて……弱くて、私って最低な人間なんです。信じたいのに怖くて……私、今から最低なことをします」
「構いません」
どんなことでも喜んで受け入れられる。それだけは確信が持ててシェントはすぐに応える。それは分かっていたのか、梓は困ったように微笑んだ。
そして、固い表情。
「神子からの命令です。いまから聞くことに本心で答えてください。神子に気遣うことなくシェントさんの本心を教えて。他の誰からの命令にも縛られないで……あなたの優しさに甘えて嘘を信じたくないの。あなたの本心で答えて」
誰の思惑も挟ませないシェントの心を問うその命令は独占欲じみたもののように思える。そうであったらいい。聖騎士でも男でも王族でもなく、梓はシェントの言葉を欲しがっている。胸に募る泣き出しそうなほど強い感情は間違いなく喜びだ。命令されずとも、何度でも本心を口にしたくなる。早く、言って欲しかった。
身体を起こして梓に跨がる。梓が照れて逃げてしまわないように両手で囲ってしまえば、見上げてくる視線が戸惑うように泳いで――止まった。
「あなたが欲しいです、シェントさん。私この世界で生きていくのならあなたに傍にいてほしい。あなたと一緒にいると安心して甘えられるんです。凄く幸せで……だから、この怖い世界で一緒に生きてほしい。傍で支えてほしいし、私も、あなたを支えられる存在になりたいです。あなたが欲しがってくれる私でいたい……その証が欲しいんです」
伸びてくる小さな手が震えている。頬に触れた手は求めるように肌を撫でて、気が狂いそうな幸せを運んでくる。願う顔がシェントを見上げている。唇が、動いて。
「どうか、私の夫になってください」
はっきりと告げられた言葉にじわりと涙が浮かぶ。震えた唇はすぐに答えを言えなかった。それでも、余計な不安を抱えた顔を見ていたらようやく、許された言葉がするりと音をだす。
「はい」
「……ほんと、ですか?」
「ええ、勿論です。むしろあなたに嘘だと言われることを恐れているぐらいです。もう撤回は聞けませんよ。そんなことになったらきっと私はショックの余り死んでしまうでしょうね」
「えっ!?ぁ、ん」
大袈裟な物言いに驚く梓にシェントは口づける。嘘が言えないことを梓が思い出すのはもっと後のほうがいい。笑みを深めれば涙が目尻を伝って頬に流れてしまう。それをすくった指の優しさに、胸がどうしようもなく焦がれて苦しくなる。梓を見れば、感情が高ぶっていたせいか同じように涙が頬を伝っていた。愛しい。たまらず何度も口づけてしまう。
「梓、愛しています」
言えるはずがなかったのに以前告げてしまった言葉は、自分でうやむやにしてしまった。関係を持ってからは重荷にしかならないことが分かって言えずにいた。
「愛しています」
それが許されることが、こんなにも嬉しいのか。
何度も交わした口づけをより甘く感じて心臓が五月蠅い。漏れる甘い声を聞くことを許され、身体に触れることも許され、愛を囁くことを許され――きっと死ぬならいまがいい。
「シェントさんあのっ、めい、命令はその、もう終わりです」
「はい。梓」
「は、はい」
「愛しています」
「――っ!」
真っ赤になった顔を見てシェントはすぐに思い直す。まだ死ぬには早すぎる。口づけて抱きしめて、口づけられて抱きしめ返されて。
「わたっ、私、ちゃんと言えてなかったっ、です」
乱れた息を必死に整えながら梓は口づけから逃れる。そしてシェントを見上げた顔は熱に浮かれながらもシェントをまっすぐに見て、告げた。
「私も……愛とかあんまり正直よく分からないけど……あなたを愛しています。シェントさん、好きです……一緒に生きていきたいんです。あなたを愛しています」
告げられた言葉を忘れることは一生ないだろう。梓もそうだったらいい。いや、間違いなく梓もそうしてくれる。その確信をもう持てるのだ。
「嬉しいです。本当に心から……梓」
「はい」
「どうか私からもお願いします。私の妻になってください」
「妻……」
シェントが夫になるのだから当然と言えばそうだが、不思議な響きだ。妻。恋人を通り越した関係に実感は沸かない。ああそれでもシェントが手に入るのだ。一緒にこの世界を生きる未来を約束できるのだ。想い想われる確信を持てるのだ。
それはとても幸せで、心が震えて口は緩んでいく。
「はい」
「……樹梓、あなたを愛しています」
「私も、あなたを愛しています」
言いたくてたまらなかった言葉。話してしまえば言わずにはいられなかった言葉が受け入れられて、知らなかった幸せに堕ちていく。
「愛しています」
甘い囁きにはねた身体はすぐ間近にいた人にバレてしまった。頭に、頬に、耳に……唇に囁かれ落ちてくる言葉は泣きたくなるほどの幸せと、頭を狂わせる甘い快楽を梓に植えつけて、深く、深く根ざしていく。許された言葉を告げあう2人はそのまま夜に隠れてベッドに沈みこんだ。
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