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第二章:変わる、代わる
122.「だから、あなたは」
しおりを挟む知っていることと知らないことに差があるのは聞いたかどうかで、聞かれても答えられない内容は命令なら聞き出すことが可能だった。命令なら、ルール違反にならず死ぬこともなく答えることができる。
──でも、なんでそんなルールを神様は作ったんだろう。
聖騎士を魔法で縛っているのは神様だとルトは言っていたが、とてもじゃないが神様がルールを作ったとは思えない。
分かったルールはいくつかある。聖騎士は自分の神子以外の神子に会ってはいけない、命令されない限り秘密を話してはいけない、神子の命令は絶対……神が降臨した日から変わった神子の待遇を考えるとルールが決められたのは同じ日かその頃だろう。
「本当に神様がルールを魔法として使ったのかな」
麗巳の願いを叶えて神子が魔法を使えるようにしただけでなく、この世界の住人を、聖騎士を縛る魔法まで使ったのだろうか。それはずいぶん優しいことだ。
──神子に罪悪感を持ったから?……想像できない。
この世界の住人と違って神を見たことがない梓は何度話に聞いても神様という存在が信じられない。違う世界を繋げて願いを実現させる魔法を与える存在は神以外にいないだろうと思いつつも、人生を簡単に狂わせ生死を握ってそれを高みの見物する存在は悪魔のように思ってしまう。
──神様は介入してくる日もあるみたいだけどずっと傍観してる。そうだ、見てるんだ。
この世界で初めて神子が召喚された日から12年前の間、四六時中みているわけではないだろうが、少なくとも2度はこの世界に介入している。暇つぶしなのか興味があって観察しているのか、なにが目的かは分からない。
──次は、いつ。
梓が生きている間に神が現れる可能性は低いだろう。願って会えるものならとっくに会えている。それでも会いたいと思ってしまうのは一言いいたいからだ。この世界に来て初めて知った胸を焼く苦い想いを、母の声を思い出すたび震える喉の痛さを、この世界であった沢山の出来事に笑うに笑えない息苦しさを──もしも、もし……。
「私が願いを叶えてもらえるなら」
止まる足。
感情なく呟かれた白い囁きが空に浮かんで消えていく。考え込む時間はとても静かで、梓を邪魔しなかった。
誰も通らない回廊。いや、数人会ったことがある。
足元撫でる冷たい風に顔を起こした梓は扉を開ける。太陽の日差しがそそぐ美しい回廊。
『いいのか?神子様に逆らって?』
『彼女も神子であることはお前も承知だろう』
晴れ晴れとした空を見て思い出したのはこの場所で会った神子の相本とヴィラだ。
あのときヴィラは相本を制していて神子に従順とはいえなかった。神子の命令が絶対というのなら矛盾している。命のリスクを背負うのはあくまで無断で話してしまうことだけとなると、神子の命令が絶対というのはルールではなく暗黙の了解なのかもしれない。
──やっぱり、ルールを作ったのは麗巳さんだ。
無断で話せば死という重いルールにも関わらず知るのを止めることは含まれてはいない。その判断が各自に委ねられていることを考えればひとつの可能性が浮かび上がる。
──神子が相反する命令を言った場合、きっと、命令された人はどちらの命令を聞くか選ぶことができる。そういうルールにしたんだ。
命令とはいえ、どちらの命令を聞くか選ぶことができるのは、温情ある措置だといえる。選択肢が与えられ自分で選ぶことができるのだ。
──私たちは選ぶことさえできなかった。
話すことに対してだけ重いルールを科したのは自分がそうだったからだろう。それでも、安全が約束されて力を手に入れたあとだというのに偏った情報の本を神子が使う花の間においたのは麗巳の優しさからだ。
『そうだな。俺にはこの意味が最初よく分からなかったが……今なら少しわかってやれる気がする』
『樹と麗巳さんって結構似てると思うんだよねー。だから2人してぐるぐる悩んでるんだと思う』
読み漁った花の間の本を思い出して梓は無性に麗巳と話したくなってしまう。いまなら目をそらさずに話せる気がした。
──なんでこんな魔法を作ったのかも……なんでこんな魔法をかけたのかも、ちゃんと聞ける。
魔法が使えるようになった麗巳が憎くてたまらない神に何度も頼ることはしないだろう。たとえ代償を払うことになっても自分でしたはずだ。
自分ならそうすると確信して梓は微笑む。ルトにそう反論したら眉を寄せることだろう。それでも、きっと、何故そう思うと聞いてくれるはずだ。話を聞き終わったあとは俯き考えて、ルトなりの意見を言ってくれるだろう。
想像すると心がなにかで満たされて震える。もしかしたら今までの予想は自分にとって都合のいいことで、ルトの本心は最後に交わした会話がすべてかもしれない。それでも確かめたいと思うのはきっと麗巳が魔法をかけた理由と似ているはずだ。
首元撫でる風になにも思わない。髪は弾むように揺れて呼吸も荒くなってきて……そしてようやく見えた広場に梓は目を瞬かせる。人がいた。一瞬テイルかと思ったが、茶色の髪をした人の俯く姿に誰か分かって梓は駆け寄る。
「ヤトラさん?」
「……樹様」
ルールを思い出して声をかけないほうがよかったのではと懸念したが、力なく笑うヤトラを見た瞬間その場から離れる選択肢を忘れてしまう。泣きそうな顔だ。少なくともなにかに傷ついて表情を作ることさえできなくなっているのは間違いない。
「元気になられたようですね」
「あ……はい。あのときはご迷惑をおかけしました。おかげで元気になりまし、て、はい」
ヤトラと最後に過ごした日はルトの件をひきずって愚痴ったあげく取り乱して泣いて……ヤトラに口づけた。思い出した梓は顔を青くしたり赤くしたりと忙しい。
視線を彷徨わせた梓は気まずげにヤトラを見上げる。
「それより」
どうしたんですか。
そう言ったはずの言葉が圧し潰されて聞こえなくなった。冷たい服の感触。背中を抱く手も頭の上に感じる吐息もヤトラのものだろう。
「ヤトラさんっ?」
腕の拘束から逃げられず、離れようとすれば力は強くなって苦しくなってくる。
そのうえヤトラはなぜか「申し訳ありません」と謝罪してくるのだから梓は途方にくれて息を吐いた。腕の合間からみえる空は相変わらず綺麗なまま。
「なにかあったんですか?」
「もうしわけっ、申し訳ありません」
「……話せないことですか」
「申し訳ありません。私はなにも……なにもできなくて」
きっと命令すればヤトラが言えないことを聞けるのだろう。
「申し訳ありません」
きっと、ヤトラは命令されれば抵抗することなく受け入れてくれるだろう。ヤトラのことだから力になりたいとさえ思っていそうだ。
だから、できない。
『これからさき私たちは死ぬまで理想とはほどとおい自分にうんざりしつつも生きていくんです……だからたまには、そんな自分でいい日も作ってあげましょうよ』
『あなたが傷つき泣いて身を削る必要がどこにあるんですか』
神子様に夢見ていた人が梓を想って告げた優しい言葉たちの温かさを忘れることはない。
──こんな人に命令して聞き出したくない。
梓は困りつつも口元緩めてヤトラがするように手を伸ばす。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
ぽん、ぽん。背中を軽く叩きつつはっきりと言えば声を押し殺す身体が震えた。
男の人が大きな子供になってしまった。なにもできなくて。泣いてしまうほど苦しむなにかはきっと神子関連のことだろう。ルールに縛られているのは聖騎士であるヤトラのはずなのに、神子にこうも心を砕くのはどうなのだろうか。それがヤトラの性格だからと片付けるには救いのない話だ。
『お前は縛られていないのに勝手に縛られたがる』
ルトに言われた言葉を思い出す梓に掠れた声が形になりきらず落ちてくる。
「だから、あなたは」
「大丈夫」
慰めになればとかけた言葉に隠れて、ポロポロ、ポロポロ落ちていく。
「だから俺は嫌だったんだ」
広場を見下ろす誰かの呟きが、落ちて、踏み潰された。
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