愛がない異世界でも生きるしかない

夕露

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第二章:変わる、代わる

114.「ってかアンタ誰?」

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知りたいとおもう願いを叶えるように変わった夢を見るようになった。といってもそれはどこかで起きていることを覗き見するようなもので、知りたいと思ったものに関連するものばかりだ。
──この夢はなにと関係するんだろう。
陽の眩しさと温かさを浴びながら梓はゆっくりと目を開ける。御伽噺にでてくるようなお城を眺めることのできる丘には色とりどりの花、爽やかな青空のしたモンキチョウがぱたぱたと飛んでいて、いつみても美しい。


「どこで寝てんだよ」


そして、金色の髪をした少年。以前は動揺して分からなかったが少年は空と同じ色の瞳をしていた。
──えっと。
答えようとしてハッとする。以前は声を出した瞬間そのまま意識が引きずられて夢から覚めてしまった。同じ轍を踏みたくない梓に少年は眉を寄せている。

「ってかアンタ誰?」
「随分ないいようだな」

首を傾げる少年に答えたのは他の誰かで、すぐ近くで聞こえた声に梓は肩を縮こませながら辺りを見渡す。
──誰か、いる?
少年と同じように首を傾げた瞬間、また声が聞こえた。

「いやいや違う違う、お前じゃなくてお姉さんに言ってんの」
「お姉さん?……大丈夫か?」
「あー分かった、これあれだ。俺だけが見える例のやつだ」
「また馬鹿なことを」

苦労が感じられる重いため息に少年は鼻を鳴らしたあと、まっすぐに梓を見る。丘に座る梓と視線を合わせた少年は「こんにちは」と笑って梓に手を伸ばすが、その手は梓に触れない。

「本当になにかいるのか」
「いるよ。可愛いお姉さん」
「……何故?」
「知らない。タオの守り神じゃない?いいなあ、俺にもこんなかわいい守り神きてくれないかなあ」
「馬鹿なことを言うな。憑いているなんて気味が悪い」
「あの……え?」

随分ないいように思わず文句を言おうとしたら目の前に突然男が現れた。きっとこの男がタオなのだろう。梓が見えないタオは見えない存在を見ようと目を細めていて険しい顔をしている。傷だらけの身体と腰にある剣まで見てしまえば、とてもじゃないが気兼ねなく文句を言える相手には思えない。言葉を飲み込み後ずさる梓を見て慌てたのは少年だ。

「タオが怖いからお姉さん怖がってんじゃん。威嚇すんなって」
「お前が見えているお姉さんとやらを見てみたくてな」
「その顔が怖いんだって。ねー!」
「はは……」
「わっ!凄い!アンタ俺たちが言ってること分かるの?」

愛想笑いを浮かべる梓を見て少年は身を乗り出して顔いっぱいに期待を浮かべる。少年の口ぶりからして、少年がいう守り神が話したり意思疎通したりすることはないようだ。そのうえ。

「もしかして私が言ってる言葉、分かんない?」
「わー!なんか喋ってる!俺の言ってること分かってるっぽい!アンタって守り神?」
「分からないんだ」
「違うのかー!」

首をふる梓に少年は落胆し、梓も自分が話す言葉が伝わらないことに落胆してしまう。ここがどこなのか聞いてみたかったがそれは叶わないようだ。

「ま、いっか。タオに憑いてんならなにか理由があるんだろーし。いつか分かるでしょ」
「またお前は適当なことを」
「どうにもなんねーこと考えたってしょうがねえだろ?」
「いつまでそんな軽口叩けるか見ものだな。もうこんな悠長にしてる時間はないからな」
「昼寝してたやつがよく言うよ」
「……」

歳が離れているのに友達のように小突き合う2人は随分仲がいいらしく、彼らにとって珍しい守り神らしき存在である梓をほうって口喧嘩をはじめる。綺麗な景色のなか響くくだらない言い争いは五月蠅いけれどどこか心地いい。梓は2人から視線を逸らして空を見上げる。少年のいうとおりどうにもならないことを考えてもしょうがない。この夢がなにかの答えなのだとしたら、いずれ分かることだ。
──いまはこの時間を楽しもう。
丘に寝転がった梓は幸せに笑みを浮かべる。

「やっぱりタオに憑くだけあって似てるなあ。アンタも昼寝好き?」

声が聞こえたほうを見れば隣に寝転がった少年が梓を見て目を輝かせていた。どうやら返事を期待しているらしい。可愛い言動に梓は少年のほうに身体を向けて微笑み、頷いてみせる。

「ゴロゴロするのは好きかな」
「そっかーでもここは秘密の場所だからね?」
「秘密?」

首を傾げる梓に少年は深く頷く。

「ここは魔物が来ない限られた場所で……俺たちの秘密の場所なんだ。アンタも仲間にいれてやるけど他の奴には内緒だかんな」
「守り神が誰に言うと思うんだ?」
「分かってねえなーこういう約束って大事なんだよ。ね?」

二ッと歯を見せて笑う少年に梓が頷けば「やったー!」と嬉しそうな声が響き渡る。タオが溜め息を苦笑いに変えるのは早かった。そして最後は仕方がないとでもいうように笑って少年を小突き、2人でまた口喧嘩しあう。
綺麗な、綺麗な、空の下。
沢山の色があふれる世界はとても温かくて幸せで……。



「樹様」



遠くでヤトラの声が聞こえた気がして目を開ければ、思いのほか近くにヤトラがいた。梓の顔を覗き込んでいたらしいヤトラは心配でもしているような、不安そうな表情だ。

「ヤトラさん……?」
「こんなところで寝ていたら風邪をひきますよ」
「風邪……寒い」

おかしなことを言うヤトラに辺りを見渡せば広がっていたのは美しい丘の光景ではなく梓の部屋だ。笑い声や口喧嘩の響かない部屋はしんと静かで、ひんやりとした空気で覆われている。温かかった手が一気に冷えていくのが分かった。

「冬を思い出したようでなによりです」
「わっ」
「少し、失礼します」

ヤトラらしくない言動だ。有無を言わさず梓を横抱きにしたヤトラはそのままベッドに向かうと戸惑う梓に布団を被せてしまう。布団から身体を起こそうとすれば止められてしまって、ヤトラになにか言おうとしたらきつい視線が向けられる。
──怒ってる?
魔法の訓練だというのに眠りこけてしまったからだろうか、それとも冬だというのにソファで呑気に寝てしまったせいだろうか。母のことを思い出して口元が緩むが、視線を感じてすぐに表情を引き締める。それでも向けられたままの視線に梓はなにか悪いことをした気持ちになりながらヤトラを見上げて、少年と同じ色の瞳を見つける。
──あのあとどうなったんだろう。
秘密の場所に思いを馳せる梓を見て負けたと項垂れたのはヤトラだ。
いつになく厳しく接しているつもりなのだが、目の前の梓が思考をどこかよそへ飛ばしているのは明らかで1人で怒っていてもこれではまるで意味がない。
──樹様は帰ってきた。それで、いい。
再びヤトラの言動に注意を向け始めた梓に気がついたヤトラは微笑みを浮かべる。

「……ちゃんと温かくして眠ってください」
「あ、はい。ありがとうございます……すみません、折角訓練してもらっていたのに寝てしまったんですね」
「丸一日というのは想定外でした」
「えっ、丸一日?訓練をしてもらったのって、え?昨日のことなんですか?」
「はいそうです。ですから……樹様。今日はもうしっかりと身体を休めてください」
「……?」

丸一日眠っていたというのにしっかり身体を休めろとはおかしな話だ。混乱する梓にヤトラは困ったように微笑み、ぐずる子供を寝かしつけるように梓の頭を撫で始める。

「え?!あの」
「樹様。眠ってください」

静かな声なのに言い返せなくなる圧を感じて梓は押し黙る。静かな部屋。普段と様子が違うヤトラに頭を撫でらて寝かしつけられる奇妙な時間。ゆっくり動く手は温かくて、優しい。その手に浮かぶ暖かなオレンジの光は夢で見た太陽のような優しい色をしている。

「おやすみ、なさい」
「おやすみなさい、樹様」

意識が遠のくのが分かってようやくそれだけ言えば、普段と同じような優しい声がふってくる。
もう、夢は見なかった。





 
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