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第二章:変わる、代わる

105.「あ、それいい!作る!」

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白那に連絡がついた日、花の間で会った美海も一緒に3人で女子会をすることになった。白那の部屋で仲良く机を囲みながらケーキと紅茶。勿論、おしゃべりは欠かせない。

「え、イールさんも遠征に行っちゃったの?」
「そうなんだよねーお陰で私も数日暇なんだよね」
「あら可哀想」
「えー美海さん酷くない?そこはもっと愛ある感じで慰めてほしいんですけどー」
「可哀想」
「ウケル!」

楽しそうな白那と美海のやりとりを見ながら梓は内心がっくりと落ち込んでしまう。気持ちを決めた矢先タイミングが合わないことが続いてしまうのは何故だろう。見もしなかったことを見るようになったせいだろうか。どこかホッとしている自分がいるのも、理由の一つかもしれない。

「あ……そういえば次に過ごす人って誰になるんだろう?」
「え?なになに?」
「私本当だったら次のひと月はアラストさんだったんだけどアラストさんはもう聖騎士じゃなくなったし誰かなって」
「あー、成程ね」

聖騎士も神子も7人ずつだった。それが1人ずついなくなったことで、どちらかに偏りが出てはいないものの順番はどうなったのだろう。普通に考えればアラストが過ごすはずだった神子のところに千佳と過ごすはずだった聖騎士が行くことになるのだろうが、梓は最初のひと月を全員違う聖騎士と過ごした。アラストが辞めるタイミングとそれまでに過ごした聖騎士の都合上なんの問題もなかっただけということだろうか。

「アラストか~私も過ごしてみたかったな~そんでめっちゃ千佳からかいたかった」
「あなた悪趣味ね」
「五月蠅いですーでもまあ千佳には感謝って感じ。お陰で私はイールと多く過ごせた訳だし」
「私も千佳さんには感謝ね。私もトアと多く過ごせたわ」
「え?!あ、そうなんだ……?」

どうやら予想は当たっていたらしい。
けれど何か引っかかって梓が眉を寄せていると白那が楽しそうに紙とペンを取り出した。

「予定表っての?神子と聖騎士のカレンダー作ってみる?」
「あ、それいい!作る!」
「あなたほんとに悪趣味ね……」
「そんなこと言って美海さんも絶対興味あるでしょ」
「ないとは言ってないわ」
「やった!教えて教えて」

女子3人顔を近づけてカレンダーを作っていく。どうやら美海はこの月がアラストと一緒に過ごすはずだったらしいが、先ほど言っていた通り代わってトアと過ごすことになっているらしい。推しであるトアのことを延々と語る美海は生き生きとしていてその可愛らしい言動に梓と白那は微笑み……カレンダーに目を落とした梓の眉が寄る。
──当たり前だけど私が聖騎士の誰かと過ごしてたとき白那たちも誰かと過ごしてたんだよね。
『私が色々相談にのってあげてたわけ』
『知ってるよ。多分、まあ、間違いなく?アンタより知ってる』
同じ時間を過ごしているはずなのに知っていることに違いが出るのは何故だろう。

「こうやってみると面白いものね。わ……莉瀬さんはアラストさんの代わりにシェントさんだったのね……」
「え?なになに?美海さんってシェント嫌いなの?」
「嫌い!?いえそうじゃなくて、なんというか、に、苦手なのよね?ほらあの方って綺麗すぎるのよ」
「あー美女って紹介されたら一瞬信じる感じで綺麗」
「そうなのよ……っ」
「いや、でも普通に男って分かるけど」
「あなた同意したのしてないのどっちよ」
「アハハーごめんごめん、分かるって」

軽い調子で謝る白那に美海は不満そうだが梓は感謝のあまり白那の手を取りたい気持ちになる。
──好きな人が出来るように、苦手な人だっているはずなんだ。
聖騎士が神子への不満を言っていたように、神子も聖騎士への不満を言うだろう。ただ、聖騎士と違って望めば色々なものを叶えられる神子の不満はなぜこれに関しては叶えられなかったのだろう。

「そういえば美海さんはこの世界に来て5年が経つんですよね。アラストさんが来る前はどうしてたんですか?私たちが来るまで聖騎士は6人で女の神子は4人しかいなかったんですよね?」
「それは……まあ、ひと月の間に2人と過ごすっていうこともあったわ。というよりあなた、男性の神子がいること知ってたのね」
「最近ですが……相本浩平っていう方の話を聞きました。八重さんもご存知なんですよね」
「ご存知も何も彼は八重さんの元恋人よ……あ」
「え!?ちょ、それ詳しく!」
「あなたその食いつきはなに!?」
「そうなんですか!?」
「あなたもその食いつきはなによ!」

声が裏返るほど動揺する美海を見る2人の表情は好奇心を隠そうともせずキラキラと輝いている。たじろぐ美海の視線はあっちへっこちへと忙しい。美海が落とした扇子を拾い上げた梓と美海から一切顔を逸らさない白那に移っては逃げるように逸れて、けれど、ちらりと迷うように瞬いて。

「内緒よ」
「はい!」
「もち!」
「……召喚されたとき八重さんと相本さんは一緒だったんですって。最初は……ほら、こんな事態誰だって怖いでしょ?それに恋人同士だったから2人でずっと過ごしてたみたいなんだけど……相本さんが浮気をして、浮気?浮気をしてしまったのよ。それからは八重さんも聖騎士の方々と過ごすようになってそれを機に相本さんと縁を切ったみたいなのよね」
「へえーっ!恋人同士で召喚なんてあるんだ」
「ね」

まるで予想しなかった事実に梓は白那と一緒に溜息を吐くが、びっくりしたと言う白那に頷き返しながら疑問に思う。
──白那ってこれは知らなかったんだ。
それなら白那が知っていることはルール関係のことに限るのだろうか。それに、白那は約束で梓に答えを教えることが出来なくなったが、美海はそういった約束に縛られているようではない。

「八重さんと相本さんが召喚されたときって他には誰もいなかったんでしょうか?」
「……樹、あなた随分聞くようになったのね」

静かな口調になった美海が扇子を開いていく。隠される口元を見ながら梓は目を瞬かせるが、そういえば、美海と話しているとき梓が質問をすることは少なかった。
──召喚のことだって聞かなかった。
話しといえばドレスや恋バナ、楽しく話せるようなことばかりで。

「知りたいと思いました」
「……そう。八重さん達が召喚されたときのことだけどもう1人女性がいたそうよ。でも私は会ってないわ。どこか他の国へ行ったんですって」
「へーアルドア国とか?」
「あなた他の国の名前なんて知ってるの。私は興味なかったし知らないわ……ああそうだ、どうせ聞かれるから言っとくけど亡くなった聖騎士の方はお気の毒にと思うけどそれだけよ。しょうがないわ。そういう世界なんでしょう?」

聖騎士をカッコいいと評しトアに至っては恋心を持つ美海とは思えない言葉だ。美海も美海でこの世界に召喚されたことに対して思うところはあるのだろう。美海なりの区別なのかもしれない。
そんな美海が厳しい視線を向けるほうを見れば、拗ねたように口を尖らせる白那が小さく手を上げた。

「そこで私見るとか酷くない?」
「樹まであなたと同じように聞いてきたらたまったもんじゃないのよ」
「もう美海さんってば可愛いなあ」
「なんでそうなるわけっ?あなた黙ってくれる?」

鼻を鳴らして美海は怒るがやはり白那には効果がないらしい。楽しい笑い声が聞こえる。
『美海って可愛いでしょう?』
美海のことを楽しそうに話していた麗巳を思い出す。心が逸るのは間違いだろうか。約束に縛られず、召喚に対して苦い感情を持っているだろう神子。慣れない異性、しかも見目麗しい異性に恥じらいを覚えて他の神子とは違い聖騎士と距離を置いてきた美海。
梓はカレンダーを手に取った。

「美海さん、これって誰が決めているか知っていますか?」

怒る声が消え、美海の目が瞬く。
白那と仲良く首を傾げる顔は素直に疑問だけを浮かべていて。

「そういえば誰なのかしらね。でも別に知らなくても問題はないでしょ」
「そうですか……私は麗巳さんだと思うんです」
「えー?もし本当に麗巳さんだったら美海さんと過ごす聖騎士はずっとトアにするでしょ~」
「確かに」
「そ、それはどうかしら」

開かれた扇子に美海の顔が隠される。その目が泳いでるのは何故だろう。

「そういえば美海さんって麗巳さんと仲が良いんですね」
「な、なによ急に」
「……麗巳さんドレス喜んでましたよ」

何故、美海は怖がるように身体を固くするのだろう。

「……そう」
「美海さんは12年前に起きた「樹」

話しを遮った美海の声は固い。
以前、麗巳にこの世界で過ごした15年を問うたときここに美海がいれば面白かっただろうと言っていた。白那と梓は言葉を失って美海を凝視する。扇子で隠されている顔。それでも少し垂れた目や白い肌は見えていた。
けれど、端からすうっと色を無くして見えなくなっていく。


「私はあの方が怖いわ。けれど優しいところがあるのも知っているし、良いところがあるのも知ってる。私は……麗巳さんの意志を尊重したいのよ」


悲し気に伏せられた目が徐々に見えなくなっていって、最後にはもう透明になって顔が見えなくなってしまった。

「私から言えることは何もないわ……ご馳走様」

唖然とする2人を見ただろう美海は2人の返事を待たずに部屋を出ていく。ふわり浮かんだドレス。ぱたりとドアが閉まってようやく、梓が口を開いた。


「美海さんの魔法?」
「ああー!そういうこと!うっわすっご!怖かった!」


納得しながら腕をさする白那とは違って梓は俯き悩んでしまう。
──魔法ってどうやって使うものなんだろう。
美海は自分の意志で顔を消していたようだ。白那も自分の意志で魔法が使え、それは自分に対してだけではなく他の人に対しても出来ている。けれど梓は恐らく自分の魔法だろう夢を見ることは出来るが見たいと思って見れるものではない。それに白那が使える魔法は随分限定的だったことを考えると、美海が使える魔法も顔を消すだけなのかもしれない。まだ使える幅が狭いというだけだろうか。
──神子は魔法が使えるけどなにか条件がある?
なにせ梓は意識的であれ無意識的であれ一切夢を見なくなった。

「……今日はお開き、かな」
「そうだね。あ、私花の間に戻るし食器返してくる」
「マジで?ありがとー」
「どういたしまして」

食器をトレイにのせる梓を眺めていた白那は梓が立ちあがるやいなやニッコリと笑みを浮かべる。

「テイルに会いたくなったら私の部屋に来なよ。次のひと月はテイルだし」
「え……っ、あ、いや……行きませんし」
「かーわいー」

ニヤニヤ笑う白那を睨みつけた梓は今度こそ部屋を出て花の間に行く。パタリと閉まるドアが楽しそうな笑い声を消してくれた。赤い顔をした梓は自分を落ち着かせるため深呼吸をする。
──始まる次の一月で、皆、誰かと過ごすことになる。
テイルは次の一月を白那と過ごす。
『次のひと月が楽しみだ』
ヴィラはいま麗巳と過ごしている。
──今、何してるんだろう。
考えたくないことを考えてしまう。関係がないと思えていた時間が懐かしい。どうやってそんなことが出来ていたのか不思議になるほどだ。目の前のことだけを見るようにしても何かの拍子で脳裏にちらついてしまう。


「樹様」
「え?はい」


メイドに呼びかけられて梓は俯いていた顔を起こす。
白那のせいで動揺した心は考えたくなかったことのお陰で落ち着いたが、効果が強過ぎたせいか梓はメイドたちにうまく微笑むことが出来なかった。
2人のメイドは同じような微笑みを浮かべている。1人は梓からトレイを受け取るとそのまま退出したが、1人は残ってお辞儀をした。何度か話したことのあるメイドだ。緑色の瞳に黒髪の彼女はカナリアと似た雰囲気で大人びた少女である。

「待合室にてシェント様がお待ちです」
「シェントさん……え?私を待ってるんですか?」
「はい」
「え?あ、はい。行きます」

聞き間違いかと思ったが当っているようだ。けれど、分からない。梓が白那の部屋で女子会をしていたのはメイドたちも知っていることだ。となればシェントはいつ終わるか分からない女子会が終わるまで待合室に居たことになる。忙しい身である彼が何故そんなことをしているのだろう。そもそも、ルール違反になるはずだ。

「お待たせ致しましたシェントさん。どう……え?」

分からない。
待合室にはシェントがいた。久しぶりに会うシェントは元気そうでそんな姿にホッとするが、シェントの向かいに座っていた見知らぬ人物に緊張が走る。どうやらシェントはその人物となにか話していたようだ。けれど現れた梓を見るやシェントは話すのを止めて梓に微笑みかける。

「いえ。突然すみません、樹。元気そうでなによりです」
「シェントさんこそ」

先ほど話題にあがったばかりの人だからだろうか。席を立ったシェントを見上げて思い出すのは白那たちの会話だ。
──苦手……?
微笑むシェントの顔は優しく、怖いや苦手なんて感情は抱かない。過ごしたひと月の最初は気を遣いすぎるところが苦手ではあったが、話しをすれば通じる相手であったうえ梓が情けなく思う感情さえ聞いてくれた人でもある。
『ありがとう樹』
そして、会話をしようと思った大きなきっかけをくれた人だ。


「……次の一月のことでお話があってきました」


次の一月。
もしかしてと梓は言葉を続けられない。シェントにつられるようにして視線を移せば蒼い瞳を見つけた。梓を見た男は目を瞬かせたあと恥じらうように視線を伏せ、また、梓を見上げる。
そして椅子から立ち上がった男は背筋を正し梓にお辞儀した。



「この度聖騎士に就任いたしましたヤトラと申します。どうぞ宜しくお願い致します。樹様、次の一月を共に過ごせることを夢のように思います」




──新しい聖騎士。
顔を起こすヤトラにあわせて茶色の髪が揺れる。肩に触れるほどの長さはあるが全体的にさっぱりと整えられていて清潔感のある男性だ。
目を瞬かせる梓を見て青い瞳が弧を描く。黒い瞳が、静かに逸れていった。






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