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【フランと過ごす時間】

70.改めて、

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フランは今まで夜に梓の部屋に来ることはあったものの朝まで寝ることはなかった。その度に梓はいつ部屋を出たのかと首を傾げたものだが、一度朝までどころか昼まで眠りこけて以来フランはよく梓の部屋に顔を見せるようになる。これはあまり良いことではないのかもしれない。

「ははは、樹ごめんって」
「謝るなら善処してください」
「昨日よりはくっついてなかったでしょ?善処してる善処してる」

楽しそうに笑うフランを恨めし気に見るが今日も敵わないことは分かっている。溜息吐いた梓は机に置きっぱなしだった紅茶を飲んで一息ついた。
フランが梓の部屋で朝まで寝ること自体は問題ない。問題なのは目覚めるといつも抱きしめられている、ということだ。毎度のことになってきているため慣れはしてきたが、目を開ける度に身体に圧し掛かる体重や体温に戸惑うのは変わらない。今日はもう腕どころか足まで梓の身体にまわしていて完全に抱き枕状態だ。
──城下町でフランさん用の抱き枕買ってこようかな。
筋トレまで忘れて真剣に悩む梓にフランはそうだなと呟きながら身体を起こした。

「お詫びに買い物でも行かない?明日で樹との一月も終わるしね」
「そういえばそうですね……お買い物、行きましょうか」
「そうしよ。それじゃいつもの場所で」

9月も終わりになって暑い日も少なくなってきた。風を肌寒く感じる日もあって季節が変わってきているのが分かる。今のうちに温かい服と小物を買っておきたいところだ。
──それにルトさんとまた会いたい。
店に行けばまたもや嫌な顔をされるだろうが折角の伝手を一度限りにはしたくない。城下町に出るさい神子は聖騎士の監視がある。けれど幸いなことにフランも布問屋に興味があったようだし、美海のお土産を買いたいと言ってそれとなくルトの店に移動すれば問題ないだろう。そう思って梓はふと気がついた。そもそもあの店がルトの店とは限らない。あの店で働いている可能性もあるが、たまたま店に寄っただけのお客ということもありえる。
──そういえば私ってルトさんのことを何も知らない。
そんな相手に梓はこの世界を知る伝手として利用している。しかも相手が関わりたくないと言う聖騎士を近くに連れてというのだからなかなか酷いことをしているだろう。梓は反省に俯いた。



「お前また来たのか」
「お久しぶりです」



にっこり微笑めば案の定ルトは不機嫌さを隠しもせず顔を歪めてくれた。梓は声をひそめながら前回のように聖騎士はいるが秘密にしているし注意していることを伝える。

「そもそも俺は来るなと言っているんだ」
「ですが全然連絡を受けてくれないじゃないですか。私、まだまだ聞きたいことがあるんです」

めげない梓にルトは容赦ない舌打ちをするがそれで怯む様子もない。ルトは梓を助けなければよかったと心底後悔しながら強い意志を宿す瞳を見下ろした。
──コイツも似たような奴か。
言ったことは曲げず真実を確かめようとする、そんな人物を思い出してしまって頭がズキリと痛む。

「あの指輪はどうやって使えると思う」
「え?指輪をはめたら使え……あ、魔法、魔力が必要」
「そうだ。だからお前は指輪をはめているだけで使える。だが俺は少ない魔力を駆使して使うわけだ。なぜ俺がお前のために貴重な魔力を割き続けなければならん」

もっともな話なうえ「俺だって早く寝るときもある」なんて言われてしまえば梓は申し訳なさに俯いてしまう。
──自分勝手だったな。
ルトが梓に自分を犠牲にしてまで協力する必要はないのだ。梓が聖騎士をチラつかせて脅したため応じているだけに過ぎない。
──どうしたら……あ。
自分の考えの足りなさに梓が思い出したのはシェントに魔法をかけてもらった日のことだ。


「お前なにを」


訝し気に眉を寄せたルトを無視して、梓はルトの手を両手で優しく握る。そしてあのときのように祈るように力を込めた。あのときとは違って切羽詰まった状況じゃない。けれど自分の望みのために、けれど、罪悪感と感謝も込めて──ルトの魔力が回復しますようにと願ったのだ。

「今、何をした」

驚愕に声まで震わせて言うルトは呑気に目を瞬かせる梓を、自身の手を握る小さな手を見比べながら空いた手で自身の口を覆う。信じられないことが起きていた。ルトの魔力が異常とも思える速さで回復している。女性の傍に長くいると魔力は移ってくるが、望みとは違って大量にそれも早く回復することはまずない。交わることでその速さや量を増やすことは出来るが、傍に居るだけでこんなにも回復することはありえないのだ。


「何を?」


それなのに異常なことをしている目の前の神子はいまだ事態に気がつかず首を傾げている。ごくりと息を飲んでしまう音が自身の耳によく聞こえた。

「そうだ何をした。いや、今何をしている」
「え?あ、何をって……今ですか?えっと……ルトさんの手を取って魔力が回復しますようにって祈る?祈りました」
「何を言っているんだ」
「え?」

ルトも梓も混乱にお互いの顔をじっと見てしまう。
ルトには分からなかった。手を取って祈れば魔力が回復するという神子がルトにそんなことを思ったことも、そんな考えに至ることも……理解できない。
梓には分からなかった。ルトがこんなことでこんなにも驚いてしまう理由も、ルトが悔しそうに顔を歪めてしまう理由も……分からなかった。

「こんな方法があると知っていれば」
「え?」
「分からないのか。この謎が分かれば魔法が使える人間が増える。祈りで魔力が回復するのなら女でなくともいいだろう。それが分かれば……っ!そうすれば魔物を根絶やしにすることだって可能だ」

魔力の回復が女でなくてもいい。
そんな魅力的な言葉に梓の心臓はドキリと音を鳴らす。考えをめぐらせ眉を寄せる頬のこけた男が急に頼りがいのある人にも見えてくるし、現状を、大袈裟に言えばこの世界を変えられるかもしれない期待に胸が膨らんだ。


「お前のことを教えろ」


そして突然の言葉に面食らったあと恥ずかしさと動揺に顔を赤くしてしまった梓は不満そうに応える。

「研究したいの間違いじゃないですか」
「どちらも同じことだ」
「……私はお前じゃなく、樹です」
「……?知っているだろうが俺はルトだ」
「はい、知っていますルトさん。これから宜しくお願いします」

先ほど梓が握っていた手は今では梓の手を強く握りしめている。その手は離れてくれる素振りも見せない。けれどルトは梓がいわんとすることが分かったらしく重々しく頷いた。



「よろしく頼む、樹」













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これにてフラン編終了、一週目終了です!


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