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【フランと過ごす時間】

65.沢山の疑問

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今日からフランとの一月が始まる。フランは面倒見のいいお兄さんと良い印象しか抱いていないものの、これまでもらった忠告はやはり梓に警戒を抱かせた。
『もし樹が可もなく不可もなくここで過ごして次の召喚で帰ることに賭けているのなら、フランにはあまり気を許さないほうがいいだろうね』
『強いていうなら君だからというか……』
あの忠告は一体どういう意味だろう。考えても分からないうえ昨日トアが言った言葉のせいで頭は混乱したままだ。
『アンタら神子だよ』
トアが怖がっていたのは神子だった。当たり前の疑問を怖くさせてしまう理由が神子──私からしたら聖騎士のほうが怖いのに。
納得できなくて余計不安が沸いてしまうが、もしやトアが言う“神子が怖い”というのは恋愛を求めてくるからだろうか。それなら確かに怖いことだろう。意味の分からない感情を求められて望まない行為を強いられる。それならトアに限らず聖騎士達はストレスを抱えているようだったし頷ける。
──でもそれが怖い理由だとしたら私だからフランさんに気を付けたほうがいいってどういう意味だろう?


「お邪魔します、あ、樹」
「フランさん……こんにちは」
「これはご丁寧に」


ドアを開けて姿を現したフランは梓を見つけると人懐っこい笑みを浮かべた。その言動は初めて広場で会ったときと同じで変に警戒した時間がもったいなく思える。

「アラスト達との夜以来だね。あ、貰っていい?」
「そうですねあの時はお疲れ様でした。あと、はいどうぞ」
「やったね。ありがと」

フランは机にあったカットされた林檎をひとつと言わず一気にふたつ平らげる。梓が紅茶を淹れればそれもありがとうと受け取ってにっこり微笑んだ。


「今日からひと月よろしく。お互い穏やかに過ごそうか?」


──それって。
パチリとウィンクまでされて言われた台詞に梓は見開いた眼を不満そうに細める。フランは微笑みながら紅茶を飲んでいて楽しんでいるのがうかがえた。

「ほんとに聖騎士達の間で私のことはどう伝わってるんですか……前口上が伝わってて良かったですよ」
「あはは何拗ねてんの。そういうのは大切だって。俺達からしたらそうやって言ってくれるのは嬉しいんだよ?それより前髪切ったんだ。似合ってる」
「う、ありがとうございます」
「……いい子いい子」
「なんですか」

突然褒めたかと思えばフランは梓の頭を撫でてきた。以前妹みたいだと言っていたし他意はないのだろうが、ニコニコ笑う顔を見ていたら思い出すのは悲し気に微笑むアラストの顔だった。
──アラストさんと違って表情を崩すことなくずっと同じ態度でいることが出来る人。

「ね、樹ってご飯作ってくれるんだって?」
「……?」
「イールがご飯美味しかったって言ってたよ」
「イールさんが?」

突然の、それも嬉しい話に梓の口元が綻ぶ。素直がゆえにいちいち余計な一言がついてくることはあったがご飯を美味しいと言って食べてもらえるのは凄く嬉しかった。まさか聖騎士達の間で話しているとは思わなかったが、それは本当に美味しかったということなのだろうしやはり嬉しい。

「特にポテトサラダとおろし豚煮と雑炊とポテトサラダが美味しかったって言ってたな」
「ポテトサラダどんなに好きなんですか。ふふ」

今度また一緒に過ごす月になったらポテトサラダを作っておこうか。そんなことを考えてしまって梓は笑ってしまう。ふうんと呟く声は聞こえていない。

「ところで俺はおろし豚煮っていうのが凄く気になってるんだよなあ」
「え?」
「ところでお腹空かない?」

にこにこ、ニコニコ。梓はフランがいわんとすることが分かって、でもイールのときと同じように提案するには少し勇気が必要で俯いてしまった。それでもやはりウズウズする気持ちは抑えることが出来なくて梓の口が動いてしまう。

「よければ作りましょうか?」
「やったね!よしじゃあ買い物行こっか」
「え?あー、そうですね。材料足りないです」
「善は急げって言うんでしょ?行こう行こう」
「じゃあ城門前で待ち合わせしましょっか」
「城門前ね、分かったそれじゃあとで」

話しが決まるやフランはあっという間に部屋を出てしまった。本当に風のような人だ。梓は慌ててカーデを羽織って鞄を持つと部屋を出る。







「そういえば他に見ておきたいところってある?」
「見ておきたいところ……そうですねえ」

およそ一カ月ぶりとなる買い物は食材を買うだけでも楽しかった。だからこのまま帰っても十分満足ではあるがどうせならと心は揺れる。
そして迷う目が一点に集中した。店というよりは店の中に入っていく背の高い男にだ。
──確か、ルトさん。
以前イールとはぐれたさい梓を助けた人物で、気になることを言っていた。

「あ」
「行きたいところがあった?」
「え、あ、はい。実は服が欲しくて……あのお店見てきてもいいですか?」
「勿論」

折角会えたのだしお礼でも言おうかと思ったがそういえば聖騎士には知られたくないと言っていた。フランはお店までついてくるようだし無理そうだったら止めておこう。
──でも出来たら少し話したいんだけどなあ……うわ、凄い。
ルトが入ったお店は服屋ではあるのだろうがあまり馴染みのないものだった。既製品は店頭に置かれているだけでお店の大部分は沢山の生地やリボンに紐にボタンなどの装飾品だ。手芸屋さんか問屋といったほうがまだ頷ける。

「俺もいくつか買っとこっかな」
「私奥も見てきますね」
「うん」

フランは生地を手に取りながら首をひねっている。
──フランさんって手芸するのかな?
あまり想像できないが美海がこの店に来たらさぞかし喜ぶだろうことは分かる。
──今度会ったときこのお店の話をしよっと。
そうしたらきっと扇子で隠しつつも見えてしまうほど真っ赤な顔をしながら「あっそ」だの「へえ」だのと気のない返事をしてくれることだろう。

「お前はこんなところで何をしている」
「へえっ!あ、お久しぶりです」
「……」

いつの間にか目の前にルトがいて梓はつい変な声を出してしまった。慌てて口を押さえながらフランのほうを見るが幸い沢山の生地が壁になっていてフラン自体見えない。きっと梓の姿も見えていないだろう。

「もしやまたはぐれたのか」
「いえ、違います。店頭にいますよ」
「……俺が言ったことを忘れたのか」
「覚えてます。だから内緒でここまで来ました。姿を見かけたのであの時のお礼をもう一度と思って」
「不要だ」

にべもない返事に梓は空笑うが正直なところそれはそれで別にいいのだ。

「実は神子のことを教えてもらいたいなって思ってこんなことしました。色々教えてくれませんか?」
「……断る」
「じゃあまた今度会ったとき気持ちが変わってることを願います」
「また来るつもりか」

今回はしょうがないと諦める梓にルトは分かりやすく迷惑そうな表情を浮かべた。本当に聖騎士に目をつけられるのが嫌らしく先ほどから聖騎士が居ると言った店頭のほうを何度も見ている。

「馬鹿なうえ面倒な神子とは最悪だな……これを持っていろ」

舌打ちとともに吐き出された言葉に梓はしめたと思いつつも一応は申し訳なさそうな表情を作っておく。そして手渡されたものを見てみれば黒い球がついた指輪だった。高価そうに見えて気が引ける梓に厳しい声が降ってくる。

「おい、これは絶対に誰にも見せるな。分かったか?」
「誰にも見せない……気をつけます。少なくとも普段つけるようなことはしません」
「……まあいい。それはお前らがいうところの携帯電話と同じ働きを持つ。使用状態になると白く光るようになっていて……まあお前らの場合はつけるだけでいい。嵌めてみろ」

相変わらず口は悪いが言っていることが本当ならこれはなかなか凄いものである。なにせあの城でさえこんな便利なものはなかった。近いもので思いつくのはメイドがつけている腕輪だが携帯電話のように言葉も通わせることが出来るのならばこちらの指輪のほうが高性能なのは間違いない。
恐る恐る指輪をはめてみるとルトが言ったように黒い球が白に変わる。

「あとはそれに向かって話せばいい」
「えっと、ルトさんが気づくまで話したらいいんでしょうか」
「……止めろ。もし話すことがあるのなら夜の10時にしろ。それ以外は出るつもりもなければ俺が使うこともない」
「……分かりました」

普及すれば間違いなく生活が便利になるうえ、この世界にあるのかは知らないが特許をとれば大金持ちになるだろう品物だ。そんな品物を話したいことがあるとき10時限定なら受け付ける、そんなことのためにくれる理由とはなんだろうか。
──そこまで聖騎士に目を付けられたくない理由ってなんだろう。


「なにからなにまでありがとうございます。それでは誰もいないときを見計らって連絡させて頂きます」
「10時だ」
「はい」
「分かったらさっさと帰れ、迷惑だ」
「分かりました。それではまた」


睨んでくるルトを見上げながら梓はにっこり微笑む。これはいい出会いをしたかもしれない。





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