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【トアと過ごす時間】
60.警戒
しおりを挟むトアと過ごす時間はイールと同じように何事もないからかあっという間に過ぎていく。けれどテイルと同じように素直な性格で明るく暴言を吐いてくるものだからトアと会うたび梓の口元はひきつっている。ソウイウ面の心配がないのは素晴らしいことだが面倒くさい。それがトアと過ごして梓が実感したことだ。
「あーまだ筋トレしてやんの」
「それが、なんですかっ」
「走れよー」
「うるっ、さいっ、です!」
「飽きね?」
「邪魔、しないで、もらえますかっ」
丁度腕立て伏せをしていたときにやってきたトアは必死な梓に構わず呑気に話しかけてくる。最初こそ筋トレを止めて挨拶なんてものをしていたが、トアは梓の部屋にくるとき必ずこの時間、朝の早い時間にやってくる。そして毎回筋トレをしている梓を見ては「暑苦しい」だの「またやってる」だの「部屋にこもってないで外出れば?」と話しかけてくるのだ。あまりにも鬱陶しいため梓はトアに挨拶するのを止めて筋トレを続行することにしたわけだが、そんなことでめげないトアは梓が返事をするまで何度も話しかけてくる。
──無視したほうがいい?というか、ほんっとに、筋トレしてるときに話しかけてくるな……っ!
「50っ!ああ、終わった……」
「え?そんだけ?」
「ねえトア黙ってくれません?」
「ひっでー!」
床につっぷす梓にトアが追い打ちをかけてくるが梓ももうこの程度でめげはしない。ただ、やはり年頃の女性ということもあって汗だくの姿を見られるのは好ましくなかった。けれどそんな乙女心を一切理解しないのトアだ。
「終わったんなら俺と走りに行かね?」
「遠慮します」
「即答かよ!」
笑うトアがなにを考えているのか読めない梓は大きな溜息を吐いて顔を起こす。さっさと着替えて朝ご飯を食べよう。そう思ったとき、とんとんと肩を叩かれた。なにかと思って振り返りながら……誰かに肩を叩かれた事実に驚いてしまう。
──この魔法効果がなくなったんじゃ?
トアに心を許したつもりは一切ない梓は息を飲みながら振り返り、本を手に持ち笑うトアを見つけてしまう。そして固まる梓を見ながらトアは本で梓を小突いた。トアの手ではなく本が梓の肩に触れていたのだ。
思い出すのは服に触れることが出来た瞬間。これも、そうだろうか。
『厭う者を触れさせない魔法、それは認識によっては危ういよ。君には触れないかもしれないが君を覆うマントごしでならこうして触れられる……君を縛れる』
──アラストさんが言っていた認識ってどういう意味だろう。
梓は緊張に鳴る心臓の音を聞きながらトアが持つ本を取る。試しにわざとトアの指に自身の指を伸ばしたが触れることはなかった。トアは笑っている。けれどその目は確かに梓の実験を見ていた。
「ほんと面白い魔法だよな」
「そうですね」
「あれ?もしかしなくてもかなりココロの距離離れてね?」
「親しくなってるとでも思ってたんですか。びっくりですね」
「いやいやだから俺お前に興味ねえから」
「……」
この世界の人は皆こんな感じなのか、聖騎士がこんな感じなのか……。梓は眉間にシワを寄せながら立ち上がる。
今起きたことは梓に警戒心を思い出させた。最近は色々なことに慣れてしまって、召喚されたときと比べれば警戒心は緩んでしまっている。ここで生きていくのなら良いことでもあるのだろうが、忘れてはいけない。この国は目的のためには手段を選ばないのだ。
『無能な神子なりに役に立ってみせろ』
思い出す暗い静かな牢屋。ギラリと光る槍の先端、嗤う男の顔。
「顔こわっ」
「元からです」
梓は微笑みながら着替えを手に風呂に向かう。そうすればトアも慣れたもので欠伸をしながらソファに寝転がった。
──厭うものを触れさせない魔法。シェントさんは私が拒絶できるようにするって言っていた。対象が限れるとは分からないから私が厭うものって。
梓はシェントに魔法をかけてもらったときのことを思い出しながら今まであったことを検証する。願い通り触れなかった瞬間、触れてしまった瞬間。あれは厭う者ではなくなったからだと思っていた。いや、少なくとも人に関してはそうだろう。けれどさきほどのことは?厭うものというのは厭う者、厭う物、どちらも含んでいるということなら人だけでなく物も対象となれるということだろうか。
現に梓はアラストにマント越しで抱きしめらている。それに梓は魔物のことだって厭う対象に入るだろうと思い、だからこそこの城を出る可能性を考えることができた。
──この魔法って、危ないものかもしれない。
気がついてしまった可能性から逃げるように梓は冷たい水で顔を洗う。ボタボタ、ぼたぼた。落ちる水滴を眺めながらしばらく考え続けた梓はタオルで顔を拭いたあと部屋に戻る。
「樹、いまから飯?」
「はい」
「なら俺のもお願いっ!焼き肉がいいな」
「分かりました」
笑うトアに微笑むことは出来たが、トアがまた本を手に近づいてきたとき微笑む自信はない。梓は足早に部屋を出て花の間に移動する。
「ガード固いなー」
冷ややかに笑う顔が梓の部屋にひとつ。
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