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【イールと過ごす時間】

58.善意の忠告

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早いものでイールとのひと月が終わってしまった。このひと月は本当に穏やかなもので、そのせいでトラブルもあったがイールと過ごす時間が一番楽しかったと梓は唸る。
それはイールも同じらしく、このひと月を思ったあとこれから始まるひと月を考え項垂れていた。


「あまりにも早かった……」


沢山の感情が込もった言葉をこぼしたあと、イールは最初に会ったときと同じように天井を見上げる。梓は顔の見えないイールを見上げながら困ったように笑った。

「なんていいますか、頑張って下さい」
「…………勿論だ」
「葛藤が凄いですね」

返ってきた大きな溜息に梓は笑ってしまったがイールは笑い事ではないと小言を言ってくる。それもまた面白いがあまりにも笑い続けるとイールが機嫌を損ねるのは時間の問題だ。梓は笑いを堪えて、ふと気がついた。明日からはこういう時間がなくなる。もしかしたらイールのような人かもしれないが、今までのことを考えればイールが特別だろう。そう思えば急に寂しさを覚えてしまう。
──それになんだかんだ色々探れなかったんだよね。
つつけばボロを出してくれそうだがイールの人柄を見てきたせいで罪悪感が沸いてきて実行に移すことはあまりできなかった。それにこんなに楽しく過ごせる人と仲が悪くなるようなことは避けたい。
梓はようやく視線が合ったイールの目をじっと見上げる。これにはイールがうっと身を引いた。

「その目はまたなにか聞こうとしているな?」
「なんですかその警戒心。でも折角ですから色々聞いてみましょうか」

にっこり笑う梓にイールは口を結び眉を寄せてしまう。
──本当に可愛い人だ。
梓は苦笑いを浮かべてしまう。

「そんなに心配しなくてももうあんまり聞きませんよ」
「少しは聞くということだろう」

疑いの眼差しを向けてくるイールに梓は怖くないよとでもいうように微笑んでみるが効果はない。どうやら色々と顔に出ているようだ。
──気を付けないと。
梓は気持ちを切り替えるように肩の力を抜いた。

「さっ、今から討伐に行かれるんですよね?気をつけていってらっしゃい、です」

小さく手も振って言えばイールの表情もゆっくり和らぎ、そして最初のときと同じく陰鬱な顔で俯く。それでもその足はちゃんとドアのほうへと動いていき、ひどくゆっくりではあるが鍵をまわし始める。
──あれ?同じ鍵だ。
ふと気がついたのだがイールが持っていた鍵は梓の持っている部屋の鍵と同じだった。ということはこの鍵を使えば梓の部屋に行くことが出来るということなのだろう。
──そもそもどうやって作ったのかって話だけどこの鍵ってどうやって複製したんだろう。

「樹……その、フランには気をつけろ」
「へ?」
「いや、なんでもない」
「いやいやなんでもなくはないでしょう」

鍵をじっと見ていたら予想外な忠告をもらって梓の声が裏返る。忠告。そうだ、これは忠告だ。同じことを言ったアラストを思い出しながら梓はイールを見上げる。イールとは目が合わない。

「それ、他の人にも言われました。理由を聞いてもいいですか?」
「強いていうなら君だからというか……」
「理由になっていません、というより余計分からなくなったんですが」
「いや、これは私にも関係があって」
「イールさんにも?」

──フランさんに気をつけなければならない理由にイールさんも関係してる。それで私だから注意したほうがいい?
どういうことか分からない梓は今にも逃げ出しそうなイールの服を握りしめて答えを待つ。梓の行動にぎょっとしたイールは一度迷った手を見せたあと梓の手を掴んで自身の服から引き剥がした。とはいえ梓の小さな手を片手ですべて覆った熊の手はその巨大さとは裏腹に弱々しいもので、目をぱちくりさせる梓に動揺した声が降ってくる。


「駄目だ、私はこれで失礼する。とにかくまた君と過ごせるのを楽しみにしている」


オフモードから仕事モードになったものの早口でまくしたてたイールは言うが早いかドアの向こうに消えていく。
閉まったドアを見る梓は何度か目を瞬かせてドクドク音を鳴らす心臓の音を聞いていた。





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