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【イールと過ごす時間】
56.嘘が吐けない人
しおりを挟むイールに手作りご飯を作ってからというもの一緒にご飯を食べる時間が多くなった。それに併せて買い物に行くことも多くなって梓はすっかりこの世界の食材に詳しくなってご機嫌だ。この世界の食材といってもほとんど見覚えのあるもので、元の世界にないものがこの世界にあるという違いしかなく非常に覚えやすい。例えば多少形が違えど人参はこの世界にもあって人参という名前なのだ。
──洋服だってそうだった。やっぱりこれは長年にわたって召喚された神子の影響があるのかも。
ジャガイモをむきながら考え事をしていたら隣で食器を洗っていたイールが厳しい顔で見下ろしてくる。
「樹、危険だ。刃物を持っているときは集中しろ」
「そうですねー」
「樹」
適当に返していたら流石に伝わったらしい。手を止めてまで睨んでくるものだから梓は真面目に集中することにする。
イールとは時々これでいいのかと思いつつもすっかり仲良くなってしまった。お互い現状に愚痴をこぼすときもあれば天気の話や今日のご飯、美味しそうな鳥が飛んでいた猪が仕留められなかった最近暑くて眠れないなど主に日常の出来事を楽しく話す毎日だ。その度に梓はイールがご飯好きなのだということがよく分かってなにか平和な気持ちになる。ちなみに今日は夢でワニを仕留めてその味を確かめようとしたところで目が覚めてしまって悔しかったとのことだ。
「平和だなあ」
「アラストが世話になった」
「え?」
「え?」
ジャガイモの皮をむき終わって欠伸混じりに梓が呟いたのと同時にイールが突然の、それでいてよく分からない発言をした。同時に話し出したものだから梓もイールも首を傾げてお互いの顔を見ている。
「え?」
──アラストさん?
脳に言葉が届いても理解できなかった梓の表情は変わらないがイールは困ったように視線を逸らすと梓が持つジャガイモを奪って鍋に入れてしまう。火をつけたあとイールは梓の視線に耐えかねたのか「あれ」とウォークインクローゼットを指差す。扉は開けたままだったがイールがなにを指しているのか分からない。
「アラストのマントがかかっているのを見た」
「え?……ああ!でも世話になった、というのは?」
「いや、その……こんな仕事ではあるがアイツは聖騎士であろうと努力していたからな。辞めるにあたってその、かなりキツイ日が続いたからな」
「イールさんって嘘が吐けないんですね……」
「いや、俺はなにも嘘を言っていない」
「ああ、はい、そうですね」
こんな仕事と言ったりその聖騎士の裏側のことを神子にこうも簡単に言ってしまうのは今までのことから察するに誉められたことではないだろう。それなのに言葉を選んでこれなのだから梓は困りつつも微笑んだ。
──こういう人を愛すべき馬鹿って言うのかな。
梓は随分失礼なことを考えながらアラストのことを思い出す。
『なにが神子だ。俺にはおぞましく映る』
『お払い箱になった』
『帰れると、いいね』
『さようなら、樹』
微笑む王子様のような、けれど不器用な人だった。そして梓の今後を心配してくれた人。
「私は特になにもしていませんよ。感謝される覚えがまったくありません」
「最後の日に会ったときにあいつは吹っ切れたと言っていたんだ。道具を上手く仕えなかったのは俺だ、とな。あいつが神子を道具なんて言ったことはない……君が言ったんだろう?」
「さあ、どうだったでしょうか」
あまり色んな人に知ってほしくはない会話のため梓は視線を逸らしたがイールは気にした様子ではない。それよりもグツグツと沸騰し始めた鍋のほうがよほど気になるらしく何度か鍋を覗き込んでいる。
「俺はあいつが入隊したときから知っているのになにも出来なかったしあいつの心を軽くすることさえ出来なかった。君はたったひと月であいつの心を軽くしたんだ。君は覚えがないというが、君がアラストと会話をしてくれたお陰でこそなんだ。だから本当にありがとう」
向き合って真摯な表情で言われたなら感動しそうな台詞だがイールの視線は相変わらずジャガイモにある。梓は力が抜けたように笑って食器の準備を始めた。
「お役に立ててよかったです。あとジャガイモはあともう少し火にかけておきますがハンバーグ焼いていきましょうか」
「それはいい」
「イールさんってアラストさんと仲が良かったんですね」
「あ、ああ、まあ」
「入隊したときから知っているってことはイールさんって聖騎士になって長いんですか?」
「……いや、それほどでも」
「10年ぐらいですか?」
「……13年だ」
分かりやすく歯切れが悪くなっていくイールを横目で見たあと梓はお湯を流してジャガイモをボウルにいれる。白い湯気に隠れたが会話が途切れたことにイールはあからさまにホッとした表情だ。
──麗巳さんがこの世界に召喚されて2年後に聖騎士になったってことはイールさんが15歳のときだ……そんなに若いときに。今の最年少は17歳だったっけ。
「13年前ってどんな感じだったんですか」
「いや、俺は詳しくは知らない」
「それは無理があるでしょう」
15歳の少年がこの環境でどう過ごしたらこんな嘘の吐けない大人になるんだろうか。
「……ジャガイモ潰すのお願いします」
「任せろ」
ボウルを渡すやいなやすぐさま作業にとりかかるイールを眺めていたらこの性格に付け込んで追求してやろうという気持ちがどこかへいってしまう。
梓はハンバーグを裏返した。
「麗巳さんはイールさんのことがお気に入りみたいですよ」
「な、なにを急に……それは意味合いが違うだろう。それに私とあの人に身体の関係はない」
突然のカミングアウトに梓は目をぱちぱちと瞬かせる。ちょっとした雑談のつもりでただ思い出しついでにからかってみようとしただけだったのに思わぬ発見だ。
恐らく失言に天井を見るイールは興味津々の梓の視線に気がついて身体の向きを変えた。
「意味合いってどういう意味合いですか?あの人って麗巳さんのことですよね。てっきりソウイウ関係だと思っていました」
「な、なんだ急に。ソウイウ関係って」
「身体の関係です。イールさんは他の神子とはシテないんですか?あれ?でも白那はシタって言ってたしな」
「君たちはどういう話をしているんだ!?俺は他の神子とは──あの人とはソウイウ関係ではない」
段々への字になっていく口元を見ればこれ以上追求するのは控えたほうがいいだろう。それでも気になってしまうのはイールが麗巳のことだけ名前で呼ばずあの人と呼ぶところだ。そして麗巳とだけ身体の関係はなく、それなのに麗巳のお気に入り。
梓はイールが持っているボウルにマヨネーズやきゅうりにハムを入れていく。
「他の神子と聖騎士って全員ソウイウ関係なんだと思ってました」
「樹……女性がそういうことを言うものではない」
「だってテイルもそんな感じのことを言ってましたよ。なんだっけ……セックスに贅沢に権力争い」
「テイル……」
「違うんですか?」
「いや、間違いでは──いや俺は知らない」
「だからそれは無理があるでしょう……まあご飯が出来ましたし、食べましょうか」
「そうしよう」
ようやく笑顔をみせたイールに梓は観念してお皿にハンバーグとポテトサラダをよそう。城下町で買ってきたパンもあわせれば立派な昼食だ。こんな素晴らしいお昼ご飯にブルーになる話をするのは勿体ないだろう。
梓は気まずげにこちらを見たイールに微笑んで手をあわせた。勿論イールはすぐさま梓に倣う。
「うまい!ハンバーグは白那が作ったもののほうがうまいがポテトサラダは樹のほうがうまいなっ」
「なんといいますか言わなくてもいいことを言ってるような気がしますが良かったです」
悪意なく笑うイールにさてどう話を聞き出そうかなと梓は笑った。
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