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【シェントと過ごす時間】

52.受け入れる

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醜態をさらしてから数日後のことだった。シェントが城下町の護衛が出来るとのことで今日はいつもの場所で待ち合わせをしている。早くに着いてしまった梓は手持ち無沙汰になって空を見上げていた。真っ青な空。梓の心なんて知らないかのように美しい。
『申し訳ありません』
突如思い出してしまった声に梓は頭を抱えたくなる。あれは、醜態だった。感情のままに叫んで怒って泣いてしまったことは勿論恥ずかしいが、なにより最低だと思うのがシェントだったら最後まで話を聞いてくれると、この不満を聞いてくれるのだと分かっていたからこそしたという事実だ。
──私こそ甘えていた。
シェントがいうように誘拐した一人であるのは間違いではないが、シェント一人を責めるのはなにか違う。それなのにシェントは梓が言葉を呑みこもうとするとそんな悪役を買って出たのだ。そこに色んな思惑があったとしても、不満を吐き出せたことで少なからず落ち着くことが出来たのは確かだ。

「おはようございます、樹」
「……おはようございます、シェントさん」
「お待たせしました」
「いえ」

微笑むシェントは服の種類は違えど以前と同じく全身真っ黒で、だけどもう驚かない。だけどあのときと違って気まずくて視線を逸らす。

「シェントさん今日はありがとうございます。それで」
「樹」

梓の言葉を遮ったシェントは目が合うとゆるく首をふった。そして、微笑む。

「急ぎましょうか。日が昇ると暑くなりますからね」
「……はい、ありがとうございます」
「いえ。私も入用なものをそろえたかったんですよ」

梓の感謝が違うことをさしているのは気がついているのだろう。シェントは頷くと歩き出した。そこでふと梓は以前と違うものを見つけた。シェントが腰にポーチをつけている。買い物をすると言っていたからだろう。
──だったらトートバックのほうが……似合わないな。
想像してその似合わなさに梓の口が緩む。

「買い物、楽しみですね」
「えっ、はい」

梓の反応にシェントは首を傾げるが、微笑みつつも困った表情をする梓を見て追及はしなかった。代わりに紐で口元を縛った袋を梓に渡す。歩きながらずっしりと重い袋を受け取った梓は促されるまま中身を見て、足を止めた。硬貨──お金だ。

「私も買い物がありますので樹が欲しいと思ったときに使ってください。そちらは返さずとも大丈夫です……神子のためにと用意されているお金ですから気兼ねしないでください」
「……はい」
「よければ硬貨の説明をしましょうか?」
「はいっ」

お金を人から貰うのは正直抵抗があることだ。けれど神子のためと理由があるのならまだ使いやすい。
──やっぱり甘えてしまってる。
そうは思うけれどシェントから硬貨の説明を聞いていると楽しくなってきた。だって、しょうがない。梓はそんな自分を受け入れて城下町までの道中シェントに教えを請う。
そして分かったのはこの世界の通貨はとても分かりやすいということだ。お札がなくすべて硬貨なうえ、数字が書かれているのでその価値を覚えずとも心配はない。加えて他国でも共通なので注意事項としてあげられるのは使い方を間違えると硬貨を沢山持たねばならず移動に不自由になるぐらいのものだ。
シェントは梓の護衛なので遠く離れることはなく大方同じ店舗を見ることにはなるのだろうが、これで買い物の度に許可を求めなくても済むと梓はご機嫌だ。

「お嬢さん、いらっしゃい」
「ふふ、おはようございます」

今日も露店の店主はにこにこと笑って梓を迎える。梓もまた表情を緩めて露店に駆け寄れば、店主が嬉しい知らせをくれた。

「お嬢さんの注文の品、そろっているよ。いやあなかなか仕入れるのが楽しかった。勉強熱心な神子がいるって言ったらみぃんな感心してたよ」
「好奇心があるだけですよ」
「それでもこの国の奴らはこんな高尚なもの欲しがらないわな。はい、どうぞ」

梓が店主から受け取ったのは歴史書とこの世界の知恵が詰まった本だ。中を見て見れば薬草や毒草の見分けかたから他国の簡単な説明、料理のレシピに魔法具の話──魔物のことまで。

「これ、こういう本が欲しかったの。おじいちゃんありがとう」
「いやあ嬉しいね。そんなに喜んでもらえると頑張ったかいがあるよ」

この世界で本はなかなか貴重な部類らしい。本を作る技術はあるが本を作る余裕がないのだ。その原因は魔物だと言うのだから、この世界がいかに魔物に困らされているのかが分かる。
梓が店主にお金を支払い終わったとき丁度シェントも隣の店で買い物が終わったらしい。並んで歩き出そうとしたらシェントが梓の持つ本を取ってしまった。

「重たいですからね。私の寄りたい店が遠くにあるのでこれぐらいはさせて下さい」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」

シェントと梓はそれぞれ見たい店があればついていき、ときに食事をはさみながら城下町で買い物をする。一度や二度ではすべてを見ることができないぐらいには大きな城下町だ。新鮮なものが沢山ある城下町は梓の希望通り素晴らしい気分転換となる。
沢山の人で賑わう城下町。

「これはまた……」

二人を見た視線がすっと人混みに隠された。










時間が経つのはあっという間だ。気がついたときには日が高く昇っていて暑さが蔓延していた。シェントがそろそろ帰ったほうがいいと提案しなければまだ梓はまだ城下町にいて後悔していたことだろう。
涼しい花の間の待合室で梓はシェントから荷物を受け取る。一点二点三点……積み重なる今日の買い物の成果を見れば梓がいかに買い物を楽しんだかが分かる。お金はまだどっさり残ってはいるが、少々気をつけたほうがよさそうだ。
梓は両手で持つまでになった荷物を持ち直して心配そうにこちらを見るシェントに頭を下げる。

「今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ私の買い物に付き合ってくれてありがとうございました。これはお礼です」

思いがけないことを言ったシェントが梓の持つ荷物のうえに小さな箱を置いた。これは、なんだろう。

「これ、わっと」
「樹、やはりメイドを呼んだほうが」
「いえ、大丈夫です。えっと……ありがとうございます」

前のめりになったせいでプレゼントが落ちそうになったがなんとか事なきを得る。残念ながら中身を見ることはできなさそうだ。梓が箱の中身を確かめるのを諦めてシェントにお礼を言えば、こちらの様子を見ていたシェントがほっとしたように表情を緩める。

「喜んでくださったら嬉しいです。それでは私はこれで」

そう言って笑うシェントは数時間後には数日がかりの魔物討伐に行くらしい。あの真っ白な神官服に着替えて魔物を討伐するのだろう。

「あの」
「なんでしょうか」

つい呼び止めてしまったが梓は言葉を持っていなかった。なにを言えばいいのだろう。なにを言うつもりだったのだろう。先日のことを謝罪しようとした言葉は、今朝、シェントによって形にはできなかった。硬貨を渡してくれた気遣いにだって感謝を言えなかった。でも──


「お仕事、気をつけてください」
「……はい。ありがとう樹」


せめてと言えた言葉をシェントは受け取って微笑んだ。それはなぜかとても嬉しいことのように思えた。形にした言葉を受け取ってくれるのは当たり前のようでそうではないのだ。お互いがいないと始まらず、お互いがいても形にしようと思わなかったら伝わらない。言っても伝わらないことだってある。
──話すのって大事なんだな。
見なかったことにするのも終わらせてしまうのも簡単だが、関係を持続するにはお互いの心が必要なのだ。そんな当たり前のことを再確認した梓はシェントが去ったあとプレゼントを落とさないよう気をつけながら花の間に移動する。そしてドアに手を伸ばしたところで勝手にドアが開いた──リリアだ。

「お帰りなさいませ」
「ただいまです」
「樹様、お持ちします」
「ううん、自分で持ちたいの。ありがとうリリアさん」
「では鍵をお借りしてもよろしいですか?扉を開けます」
「あ、お願いしてもいいですか?助かります」
「勿論」

微笑む梓にリリアも笑みを浮かべる。梓はポケットに入れていた鍵をリリアに取ってもらって扉を開けてもらった。

「ちょっと待ってね」

慌てて小走りになる梓と違いリリアは落ち着いたものだ。穏やかに微笑み扉のところで待機している。そして机に荷物を置いた梓が戻ったときも変わらず──いや、表情に影が差していた。心配をしているのだろうか。そんな表情に見える。梓は下がった眉を見て首を傾げた。

「あ……樹様」
「お待たせしました。はい、なんでしょうか?」

尋ねてみたがリリアは答えない。扉の前で立ち尽くすリリアの向こう側から明るい光が差し込んでくる。カーテンをしめていた梓の部屋からは眩しく映って梓は目を細めた。だからだろうか。狭い視界に泣きそうな顔が見えた気がする。

「リリアさん?」
「……こちらを」
「え?……ありがとうございます」
「それでは失礼します」

手渡された鍵を受け取るとリリアは静かに扉を閉めていく。その後ろに壁を背にして待機するもう一人のメイドが見えた──カナリア。じっとこちらを見ていた顔は目が合うと人形のように微笑んだ。
ぱたんと閉まった扉を梓はしばらく呆然と眺める。
──リリアさんはなにを言おうとしたんだろう。なにか言いたげだったのに……。
分からない。
心がザワザワして不安を覚えるが、閉まった扉はもう開かない。
──今度、聞いてみよう。
梓は気持ちを切り替えて今日の成果を楽しむことにする。そして目に留まったシェントからのプレゼントに手を伸ばした。


「あ……苺ジャムだ」


真っ赤な色をした苺ジャム。可愛い子瓶に入っていてとても美味しそうだ。ちょっとだけ。梓は行儀が悪いと思いつつも指ですくって舐めてみる。

「おいしい」

口のなか広がる甘酸っぱい苺ジャムに梓の頬が緩んでいく。幸せそうな梓の指から苺ジャムがぽたりとワンピースに落ちた。梓は気がつかない。




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