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【シェントと過ごす時間】

42.穏やかに過ごす時間

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掃除をしようと窓を開けてみたら部屋に入ってきた風が生暖かいものになっていることに気がついた。夏が近づいているのかもしれない。
──そういえばこの世界に季節はあるのかな。
この世界にきて数カ月。ウィドという例外を除けば三人の聖騎士と過ごし、今日からは四人目の聖騎士と過ごすことになる。人間慣れる生き物だと常々思う。聖騎士と神子、この二つの言葉が絡む出来事の心労は大きいがそれ以外はとても充実している……そう思えるようになった。欲を言えばもう少し本が欲しいし過ごす場所がこの城ではないところがいいが。
──後者は無理にしても本は城下町に行けば……あ。あのおじいちゃんもう本仕入れてくれてるかな。色々あって忘れてたや。
今度買い物にでも行こうと思ったところで梓は口を尖らせる。買うのではなく、買ってもらわなければならない。これがネックで梓は城下町の買い物があまり楽しめない。
神子が望むものはすべて用意するという考えが当たり前だからか神子にお金が渡されることはなかった。当然ながら仕事をしていない梓はお金を稼ぐこともできず無一文。お金が欲しいといえば貰えるのだろうが残念なことにそれも引っかかる。白那みたいに貰えるものは貰っておくと明るく肯定できたらいいのだが割り切ることが梓には難しい。
──アラストさんが言ってたジャムのお店にも行きたいんだけどな。
数種類の苺ジャムがあると言っていた。食べ比べもしてみたいし他のジャムも食べてみたい。それでクッキーの材料も買って──そこまで考えて肩を落とす。キッチンも貰わなければ使えない。

──料理のこと教えてもらえばよかった。

そうすればキッチンの仕組みやこの世界独特の料理方法が分かったかもしれない。キッチンがなくとも部屋で色々出来る方法だって掴めたかもしれないのだ。微笑むアラストを思い出して梓は深いため息を吐いてしまう。今頃アラストと千佳がどうしているのか考えてもしょうがないことだが窓を拭きながら見る城下町に妄想は広がる。
家を買ってそこで暮らすことになるんだろうか。これまでのことを考えるに女性は貴重だから周りもとても親切にしてくれるだろうけど、このお城でされる神子としての扱いとはまたと違うはずだ。アラストさんは神子の話をしてくれたとき神子はこの世界にとっても神子で妻を娶りたい男は多くいると言っていた。女性が少ないこの世界。一妻多夫の可能性は高い。千佳が現実に直面する日は……現実を受け入れられるだろうか。聖騎士に恋した千佳が聖騎士じゃなくなったアラストさんとその他の男性と過ごしていく姿が想像出来るようで出来ない。

「掃除ですか?」

遠くから声がかけられてハッとする。ドアのほうを見れば白い神官服を着たシェントがいた。
──今回の聖騎士はシェントさんか。
そこまで思って梓は手に握っていた雑巾をいったん置いて微笑んだ。

「はい。天気も良いので空気の入れ替えがてらしようかと」
「それはいいですね」

シェントも梓と同じように微笑んだままで動かない。梓は少し考えたあとシェントに近づいた。

「シェントさんがかけてくれた魔法のお陰で問題なく過ごせています。本当に、ありがとうございました」
「いえ、そんな」
「その折シェントさんに話しましたように私はこのひと月義務は果たしますがお互い干渉しすぎず穏やかに過ごしたいと思っています。どうぞ宜しくお願いします」

目の前に立つ金色の髪をした美形が陽の光を浴びてキラキラと輝くものだから梓は眩しさに目を細めてしまう。麗人を思わせるシェントは困ったように微笑んでいて、小さくお辞儀した梓が顔を上げても同じ顔をしていた。

「成程、確かに変わった提案ですね」
「……?」
「……樹様の聖騎士になった者達がみな口を揃えて『変わった提案をされた』と言っていたんです」
「ああ、なるほど……それは?」

だぶついた服に隠れて見えなかったがシェントは何か持ってきているようだ。本というよりノートのようなものが数冊とペンなど小物類。

「よければここで過ごさせて頂くあいだ雑務をしようかと」
「なんの問題もないですよ。机、使ってください。私掃除でちょっとバタバタしてますが」
「ありがとうございます」

微笑むシェントを見て頷き返したあと梓は掃除を再開する。窓を拭いて雑巾を絞って、折角するのだからとお風呂やトイレも掃除して──あらかた終わったときふと机に向かうシェントの背中を見つけた。結構な時間が経ったというのに姿勢はまるで変わらず金色の髪も陽の光を浴びてキラキラ輝いたままだ。
──シェントさんは今までの聖騎士とまるで違う。
まず、服装だ。アラブの人が着ているようなマキシ丈のワンピースのうえに薄手ではあるようだがコートのようなものを羽織っている。シンプルではあるが腰布やところどころに施されている金色の装飾が高貴という言葉を思い出させるものだ。
──神官はこの国じゃ位が高いんだろうか。
神官と名乗ったシェントが着ている服だから恐らくこの服は神官共通のものだろう。神子の相手に欠かせない聖騎士よりも質が良い服を着ているのが気になるが、権威といったものを表すためなら必要なものに違いない。魔物と戦うことを控えている聖騎士がそれらしい装いを省いているということも考えられる。
──それとも、シェントさんが神官の中で特別?
掃除の片づけを終えて手を洗いついでに顔も洗って服も着替えてしまう。本当はお風呂に入ってしまいたかったけれどそこは我慢しておいた。

「よければちょっと休憩しませんか?」
「……っ、いいですね」
「苦手なものってありますか?甘いものとか、珈琲とか、紅茶とか」
「私は苦手なものはないですよ。掃除、終わられたのですね。お疲れ様です」
「シェントさんこそお疲れ様です」

よほど集中していたのか梓が声をかけるとシェントは肩をはずませたがすぐに資料をとじて机の端に寄せる。そんなシェントを見ながら梓はもう少し大きな机があったほうがいいかなと思ってしまった。小さな机では作業するのに何かと不便だ。本を一冊広げてカップを置けば自由に使える場所はもう限られてしまう。
──欲しいものがどんどん増えていくなあ。
紅茶を二人分作って梓も席に着く。

「……シェントさん、私のこと様づけしなくて大丈夫ですよ。むしろちょっとむず痒くなるのでさんづけのほうが嬉しいです」
「分かりました。では樹さんとお呼びさせて頂きますね」
「ありがとうございます。それで、なんですが……最近ちょっとブームになってまして、おいくつですか?」
「え?」
「いや、テイルが二十四歳だったのにアラストさんは私と同じで十八歳ということにショックを受けまして。もしやシェントさんも予想を裏切る年なのかなと興味を持ちました」

無遠慮な発言をして笑うテイルと言いたいことを飲み込んで微笑むアラストさんは何度比べても年が逆だと思う。だから今までの聖騎士と違うシェントによく分からない期待のようなものまで抱いて梓は尋ねただけなのだが、シェントはシェントで梓からの予想外な質問に目を瞬かせたあと喉を震わせて笑った。
──もっと聞きたいことは色々あるだろうに。あの牢のこと、アラストや千佳のこと……まさか年齢のことを聞かれるとは。
もしかしたら梓にとってその程度でしかなかったのか。そう思うとこの部屋に来るまで悩んでいた自分が馬鹿らしくなってシェントは笑いがおさまらない。
梓は肩をすくめたあと傍観を決め込んだらしく紅茶を飲みながら外を眺めている。これにもまた笑ってしまうがシェントも紅茶を飲んで気を持ち直した。


「失礼しました。私は二十二歳ですよ。ちなみにヴィラとフランは二十歳で、最年少は十七歳、最年長は二十八歳……この二人はまだ樹さ……樹さんが会っていない聖騎士ですね」


梓は思いがけない話にシェントを見てしまう。落ち着いた美形は紅茶を飲むだけで絵になる、そんな発見をした。それに。
──聖騎士って思ったより年齢差があるんだ。二十八歳の聖騎士はそれだけ長くいるってこと?それとも聖騎士になったのが最近なだけ?

「フランさんとヴィラさんって同い年なんですね」
「ああ、樹さんはフランとも顔を合わせていましたね」
「はい。千佳たちと過ごした夜のときに会いました」

お互いカップで顔を隠しつつ穏やかに雑談をする。次から次へと疑問が出てくるうえ思いがけない発見につい口を滑らせてしまいそうだ。
──フランさんと会ったのはあの日が初めて。ウィドとは挨拶ぐらいしか会話が出来なかった。アラストさんから神子の話は聞いていない……うーん、シェントさんに聞きたいことがぜんぶ知ってたらおかしいことだらけっていうのが辛い。
内心苦笑する梓に美形が話しかける。

「千佳たちのことですが、アラストから話があったように城下町で過ごすことになりました」
「そうですか。……千佳は神子のままなんですか?」
「いえ。千佳は神子を辞めてこの世界で生きることをご希望でした」
「そうですか」

この世界。物は言いようだなと思いながら梓は紅茶を飲もうとして空になっていることに気がつく。

「あまり関心がないようですね」
「……少しはありますよ。ただ、私が次の召喚に帰ることを決めたように千佳も決めただけです。私がどうこう言える話じゃありません。でも折角ですから気になることを言えば神子も聖騎士も一人ずつ減りましたがこの国はそれでよかったんですか?」
「樹さんにはあまり尋ねないほうがよさそうですね」
「残念ですね」

召喚なんて方法までとって誘拐をしている国がいくら無能とはいえ神子をすんなりその役からおろすのはあまり考えられない。それが自国の民や聖騎士を目指す者の恩恵になるのは間違いないとはいえある程度段階を踏むもののように思う。他の国に下げ渡すのだって権威を保つのには必要だろうけれど自国の神子をすべてそうする訳はないだろう。
自国に残す丁度いい人数が7人だとしたならこの国の神子は今足りないはずだ。今回は神子だけが欠けることにならなかったから問題ないだけだろうか。それとももう知らないだけでこの国は動いているのか。


「紅茶美味しいですね」
「そうですね」


シェントと梓は微笑み合ってカップを置いた。





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