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【閉ざされた、】

35.人のキモチ

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幸いなことに千佳とアラストは寝ているようだ。寝息聞こえる部屋に梓は思わず安堵の溜息を吐く。それがあまりにも疲れを帯びたものだったためフランが笑った。

「お疲れ様。またあったらよろしくね」
「もうないといいですね……なんだか凄く疲れました」
「酷いなあ」

時間にしたらたった十時間ぐらいなのにこのストレス……もう二度と四人で過ごす夜なんて作らない。
梓は迂闊なことは言わないでおこうと誓ったあと、フランからリュックを受け取る。そしてこれ以上時間をとったら仕事の邪魔になると思ったところで楽しそうに笑うフランと眉を寄せるヴィラを思い出した。二人の会話を見たのはほんの少しとはいえその関係性がよく見えた気がした。

「フランさん、ヴィラさんをからかうのはほどほどにしてあげてくださいね」

白那との買い物で項垂れていたヴィラのことまで思い出せば同情が強まる。近いうちヴィラがストレスで胃をやられるのではと思案していたら目の前のフランは驚きを見せたあとヴィラに見せていたような表情でなにやら勘ぐってくる。

「えー?樹、ヴィラのことを気にするんだ?」
「ヴィラさんって真面目そうですから。フランさんみたいに流さず考えて胃をやられそうじゃありませんか?」
「分かる」
「ふふ」

大きく頷くフランにそういうところだと思いつつも梓まで笑ってしまう。
──きっとヴィラさんもフランさんのこういうところが憎めず一緒に居るんだろうなあ。
日常的にからかわれるのは疲れを覚えるだろうが居心地の良い時間でもあるのだろう。朝見た二人は梓の目に学校でふざけあう友達同士を髣髴とさせたのだから。

「それじゃあ私はこれで」
「あ、樹。もし夜どう過ごしてたか聞かれたら”フランにシールドを張ってもらった”って言ってね」
「……それだけで伝わりますか?」
「そうだね。もし追及されても詳しくは分からないで通せるから」

しいっと小声で話すフランに朝の会話を思い出す。
『ヴィラも内緒ね』
『……言われずとも』
目の前のフランは微笑んでいる。梓は黙ってその顔を見ていたが考えてもしょうがないかと懸念を捨てた。

「分かりました。昨日はありがとうございましたフランさん。お仕事頑張って下さい」
「……そうだね」

困った表情をしたように見えたのは気のせいだろうか。けれど首を傾げる梓の前には人当りのいい顔。梓がぼおっとしている間にドアは開き無機質な部屋が遠くに映る。

「またね樹」

フランは軽やかにドアの向こうに消えてしまった。一人残された梓は一度溜息を吐いたあとリュックを背負いなおし、閉まったドアに手を伸ばす。そして見えた白い内装の花の間に心底ほっとし、そこから戻れた自分の部屋を見たときには興奮のあまりリュックを投げ捨てベッドにダイブしてしまった。

「疲れた……!」

枕を抱きしめ、脱力する。そして静かで見慣れた自分の部屋を堪能し平和が一番だということを悟った。トラブルは面白いとはいえ程度による。

「私、恋愛向いてない……」

今回恋愛関係の問題は難しいということを身をもって痛感した。シンプルにしんどい。千佳の一喜一憂や周りを巻き込む恋のエネルギーというものは体力も精神力もごっそり吸い取っていく。元の世界でも友人たちの恋バナを聞くぐらいは楽しいものだったけど、自分のこととなるとイメージが沸かず冷やかされるたび照れよりも疲れを覚えてしまったものだ。

──だって自立できるように必死だったんだもん。

懐かしい元の世界のことなのにつまらないことを思い出してしまってむくれる。それなのに芋づる式に出てくる記憶は続いてお母さんの笑い声が頭に響く。
『アンタ人生損してるわ。自分を愛する男と出会えない人生なんて人生じゃないわよ』
……そんなことないよ。やることもやりたいこともいっぱいあったし、私はそれで十分だった。勉強だって友達ととことん遊ぶことだって楽しくてしょうがなかった。でも恋愛はソウイウの全部管理されてつまらなかった。なくてもいい。
『ねえ梓、そんなつまらない男のせいで男の限界決めんじゃないよ。アンタ器量は良いんだから色んな男に愛されな。それでアンタも愛せる男を探すんだ。顔が良いならとりあえず付き合っとけばいいじゃない。すぐに相手がそうかなんて分かるわけないんだから』
同級生に告白されて断ったことを友達経由でお母さんに知られてもらったこの説教は印象的でよく覚えている。友達のお母さんが言うような「勉強しなさい」じゃなくて「愛され愛せ」という話なんだから。自分のしたいことが優先と言えば『それはそれ!』と笑っていた。
『ああでも糞だって分かったらさっさと捨てな。大丈夫。色んなことひっくるめてアンタを愛してくれる男が、アンタが愛せる男がいつか出来るんだからね……沢山、恋しな』
お母さんはそう言って最後幼子を撫でるように私の頭を撫でながら微笑んだ。ズルい表情だった。


──お母さん元気かなあ。


恋に奔放すぎるきらいのある母は無茶苦茶だと思うこともあったけれど、そのはっきりとしたところや素直なところ、自分の信念にブレがないところがとても好きで尊敬していた。
きっと今の状況を見たら「アンタに丁度いいじゃない」ぐらい言うんじゃないだろうか。それで白那と意気投合して──白那。

梓はいつの間にか閉じていた目をパチっと開けてベッドから起き上がる。千佳のことでストレスフルだったことに加え母のことを思い出し寂しさにかられたからだろう。梓は無性に白那に会いたくなって部屋を飛び出す。そしてメイドに白那への言付けを頼もうとしたところで当の本人を見つけた。思いがけない幸運に梓の表情は満面の笑顔になるが、そんな梓に気がついた白那は驚きを見せたあと口をへの字にして視線を逸らした。

「白那……?」
「……あー、おはよ。んじゃ」

白那はぎこちない笑みを浮かべて梓の横を通り過ぎる。そして戸惑う梓を置いてドアが閉まった。
梓の不運はまだ続くようだ。





 
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