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【囚われの、】
26.梓の視点
しおりを挟む静かな夜の気配漂う城のなか、話し声続く場所があった。
「そうだ。魔法はなにをどうしたいのか深くイメージしなければならない」
「深くイメージ……構造とか色とか匂いとか感触とかまで想像しているんですが、なにもでないですね」
「ふむ。私は魔法とは魔物に対して有効だとずっと聞いてきたからな。やはり君がなぜ魔法が使えるのかよく分からない」
「謎ですねえ」
「謎だな」
牢屋のなか話していたのは梓とウィドで、現在はウィドによる魔法の授業だ。話を聞いてみればウィドも聖騎士と同じように魔法が使えるらしく国ではなかなか重宝されているらしい。教えを請わないのは勿体ないだろう。ウィドもウィドで滅多にお目にかかれない神子である梓に神子の世界のことやこの国での過ごし方など話を聞けるのだからと話すことに積極的だ。
お互い明日がどうなる身か知れないというのにその表情は楽しそうだ。
「でも魔法は身体能力を上げる魔法も使えるって言ってましたよね。その起爆装置にかけた魔法もそうですが、どちらも魔物に対してではなく人に対してじゃないですか」
「魔物に対抗すべくかける魔法なのだから人にというより魔物に対してではないか」
「うーん?」
「?……ああ、そういえば」
梓はウィドの言い分を聞きながら首を傾げてしまう。果たしてウィドの主張はアルドア国での考えなのかこの世界共通なのか……。魔物が脅威なのは十分に分かったつもりだがそれにしても魔法に対する考えが極端すぎるようにも思う。
──ウィドさんが筋肉馬鹿の傾向にあるから正直あんまり参考にならないんだよね。
早々に話題を変えたウィドに相槌を打ちながら梓はここ数日のことを考える。お互いに名乗りあってからというもの、梓は限界がくるまでずっと話し続けていた。眠い目をこすりながら話を続ける梓にウィドは心配をみせていたが自身も話したいことが山積みのせいで梓に強く言えていない。なにせ二人が監視の目がなく話せるのは夜の間だけだ。牢屋に来ることができるのは夜の十時以降のうえ、朝の八時頃になると決まってカナリアがやってきて梓は自室へと戻ることになる。お陰で昼夜逆転生活でついていかない梓の身体がところどころ不調を訴えている。それでも無理をするのはこの時間がいつまで続くかが分からないせいである。
ウィドから聞いた話によると、アルドア国は予想通り王都ペーリッシュと対立しているらしい。その原因は神子の召喚で、アルドア国は神子の召喚を反対しているからだ。この世界の問題はこの世界の者で解決すべしとの主張で、是非その国へと行きたい気持ちになったがアルドア国はアルドア国でその意見は二分されているらしい。世の中ままならない。なにせこの世界の国は他にもあってやはり召喚賛成派と反対派がいる。その国々の一番上にいるのがこのペーリッシュ。唯一神子の召喚魔法が使える国だからなのだが神子は魔力の補充だけではなく政治的にも有効利用されるらしい。無能だとされた神子は他の国に下げ渡される。その先で神子がどう扱われるのかはその国次第だが、その恩恵は大きなものだろう。よってペーリッシュに対して強く出る国は少ない。
もはや他人事ではないこの世界での神子という立ち位置に冷や汗かいた梓だが、先にこの情報が知れてよかったと気持ちを切り替えて過ごしている。少なからず心の準備はできるし、備えることもできるのだから。
──無能な神子、なあ。
梓は握っている手になんの気なしに力をいれてみる。するとすぐに気がついたウィドが梓を見下ろした。
「どうした?」
「いえ、特に。なんとなくです」
「……そうか」
厳めしい顔が困ったように眉を寄せ視線を泳がせる。内心面白がってしまった梓がもう一度力を入れてみれば、今度は流石にウィドが注意するように梓を見た。
「その、やはりこれは気恥ずかしいのだが」
「それを言うと私もそうなのですが。なにぶん手を離しても魔法が効くのかどうなのか分からないですし」
梓は肩をすくめながらウィドの手を持ち上げる。
タブーの話をした瞬間ウィドの首につけられたチョーカーは爆発するようになっている。そのタブーの話ができるよう梓はウィドの手に自身の魔力を流しながら妨害魔法をかけ、成功した。けれど成功したからといってその魔法がずっと有効なのか一時的なものなのかまるで判断がつかず、結局、成功した手順を守りながらタブーの話を続けるしかないと諦め現在に至る。向かい合って座り手を繋ぐ男女といえばなんだかイイ雰囲気ではあるが、厳めしい顔の男が眉を寄せ女は面白そうにニコニコ笑っているという妙な絵面である。
負けたのはウィドだ。溜め息を吐いたあと少し考えるように口を閉じ、それからゆっくりと話し出した。
「私の国に来る気はないか」
「え?」
突然の話に梓は驚いてしまう。以前神子の研究をしているという話に興味を持ったさい招待はされたが、今のような真剣みを帯びたものではない。梓は繋いだ手を机に寝かせ、じっとウィドを見る。
「君はこの国に無能の神子として言われているといったな」
「そうですね」
「ならば君さえよければ私の国で君の身元を預かれるようする」
真剣な表情に梓は居心地の悪いような変な気持ちになって笑ってしまった。
「囚われの王子様には難しいでしょう」
「だからこそ可能ともいえる。今日まで私に何の処分が下されていないということはきっと我が国がこの国と交渉したのだろう。……それ自体は歯がゆいことだがこの国はこの件で我が国に恩を売ったことになるし更につけられるのなら喜んでするはずだ。それが無能な神子の処分もできるとなればこの国としては一石二鳥だろう」
「私も辛辣なことを言いますがウィドさんもウィドさんですね」
「すまない」
「分かりやすくて嬉しいです」
話の内容はさておき二人は穏やかに微笑み合う。夜毎手を繋ぎ語り合うここ数日は奇妙であったものの心強い味方に安心した数日でもあった。そしてお互いのことをよく知る機会にもなり、お互いのことを考える時間にもなった。すでに秘密を共有する仲間なのだ。
繋ぐ手にほんの少しだけ力が込められる。梓が目を瞬かせたあとウィドを見れば、ウィドは梓を見て真摯に告げた。
「私は君を好ましく思う。だからこの国に潰されるのを見たくはない。……私の国に来てほしい」
「……」
「どうした?」
「え、いえ……ちょっと似た人を思い出しまして」
突然の急な意思表示のうえ言葉が足りない人を思い出して梓は額に手をやってしまう。
──私に対して色恋でそう言ったんじゃなくてただ友人のような気持ちとして言ってくれたんだろう。だけどなんだか、ズルい。
分かっているはずなのに熱が上がってしまった頬を隠すため梓が俯く。そんな梓にウィドが「ああ」となにか思い当たったような声を出した。
「もしかしてヴィラのことか」
「え?ヴィラさんのこともご存知なんですか」
「ああ。ヴィラと入れ替わりでの交換留学だったがシェントからずっと話に聞いていた。私とヴィラがよく似ているともな」
「なるほど」
ウィドとシェントの繋がりは幼い頃に国同士でしていた交換留学だったらしい。ぼんやりとそんな情報を思い出しながら頷けばウィドが困ったように笑いながら梓を見て、手を離す。
「考えておいてくれ」
「……分かりました」
答えながら梓は席を立つ。
梓が寝落ちしてしまう以外で話が終わるのはウィドが梓の手を離すときだ。ウィドがこうしたらどんなに梓が話しをしたがってもウィドは首を縦に振らない。見た目に相当疲れが出ているのだろうが、従いつつも納得できない梓はこの日もウィドに腕をひかれながら動く。
布団がめくられベッドに座らされる。
「よく寝るといい」
「……ウィドは」
「私はまだいい」
「いつもそれ、一緒に寝たら」
「お休み」
「おや、すみ」
そしてかけられる布団。柔らかな布団を一度感じてしまえば身体は素直に力をなくして目は閉じてしまう。布団にもぐりこみ身体を丸めて──もう寝息が聞こえてくる。
「一緒になど寝られるわけがなかろう」
机に置いた手で頭を抱え込みながらウィドは視界から梓を隠す。今日もなんとかボロを出さずにすんだと安心する男の顔は気の毒になるほど赤いものだった。
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