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イーセカ人はだーれだ
79.「隅におけないですねー」
しおりを挟むさあ、テストもなんだかんだで3日目を迎えました。
いまのところ勉強会のおかげで成績発表が待ち遠しくなる出来栄えだ。ふふふ。もしかしてもしかすると一桁狙えるかもしれない……。
そんなことを考えながらほくそ笑んでいたのに、教室から聞こえてくる賑やかな声に嫌な予感を覚えてしまった。聞き覚えのある声だ。そしてキャアキャア黄色い声も聞こえてくる。こ、これは朝から縁起が悪いぞ……。
そおっと教室を覗いてみれば、何故か剣くんと刀くんと颯太くんが楽しそうに話していた。私の机の近くで!
そしてその周りには、他クラスの人気者がなんの用だと興味をおさえきれいない人たちが集まっていてとんでもない騒ぎになっている。颯太くんのようなモデルとか風紀の対象になるような人がいない私のクラスは陽キャの塊のような刀くんと颯太くんが現れただけで大きなイベントになってしまうらしい。ひええ……。
救いなのはその騒ぎに疲れを覚え始めていたのかときおり天井を見上げていた剣くんとだけ目が合ったことだ。ぱちぱちと瞬いた剣くんは人の悪い顔を見せたけど、静かにこっちに来てほしいと渾身のジェスチャーで訴えたら、肩をすくめたあと刀くんたちに気がつかれないよう移動してくれた。それは普段の日常を想像してしまうぐらい無駄のない動きだった。
颯太くんのファンに囲まれたらいっつもこうやって気配消して移動してるんだろうな……。
思わず涙を浮かべそうになった私のなにが気に入らなかったのか、剣くんは廊下に出て私の顔を見るなりデコピンしてきた。
「いたっ!なになに!?挨拶代わりにデコピンってなんで?暴力反対!」
「なんかフツーにムカついたんで。人の不幸は蜜の味って言葉がぴったりの顔してた近藤サンが悪いと思いマス」
「でも暴力はよくないと思いまーす、ってそれよりアレは何?どうしてクラスに来てるの……って、一応確認なんだけど私に用事??」
例え私の机の近くで集まっていようが私に用事じゃない可能性だってあるし、望みをかけて聞いてみたら、剣くんはそれはもう素晴らしい笑顔を浮かべた。
「アイツらは近藤サンに用事だそうですよー」
「……剣くんは?」
「面白そうだから見に来ただけ、って!暴力はんたーいって言ってたのどこの誰だよ!今の自分を見てどう思うんですかねー?」
「これで帳尻があったなーって思う」
「刀ー!」
「ぎゃーーっ!!」
心底楽しそうにニヤニヤ笑う剣くんに腹が立って小突いたら、剣くんは大人げなく大声で刀くんに助けを呼んでしまった。近くにいるはずの剣くんに遠くから呼ばれた刀くんは不思議そうな顔をしてたけど、こっちを見るやいなや人の不幸も知らないで笑顔で走ってきた。おかげで颯太くんも剣くんのような顔をしてついてきてしまった。「もうすぐ予冷が鳴るから」って前置きをしてくれただけ大丈夫かな……でもこういうのって、あとが怖いんだよな……。
風紀の仕事はお休みのはずなのにいろいろ考えてたら、廊下に飛び出てきた刀くんが無垢な笑顔を私に向けて。
「佐奈ちゃん、一緒に勉強会しよっ!」
「へ?」
剣くんが挨拶代わりにデコピンなら刀くんは唐突なお誘いらしい。
にしても勉強会かあ。まえ誘われたとき断ったはずなのになあ。
「佐奈ちゃんも勉強会しよ?風紀委員の1年みんなで集まって勉強会」
刀くんと剣くんの間に割って入った颯太くんが話しかけてくる。明るくニッコリ笑って、目が合って。
「颯太くん風紀委員じゃないよね?」
「そこー?それはそれーってやつだし、俺なんだかんだずっと一緒について回ってるんだし、もうこれ風紀委員みたいなもんでしょ」
「ふふっ何それ。ついて回ってるのは剣くんでしょ?」
あんまりな言い方におかしくて笑っちゃったけど、颯太くんを追っかけてきた女の子が近くにいる。万が一にでも誤解されたら大変だ。ここはちゃんと誤解がないようにしといたほうがいい。
「風紀委員仲間ってことで誘ってくれてありがとー」
「ダメ」
「ひっ」
でも、家で勉強するやーって続けようとしたら、颯太くんが笑顔で否定した。にっこり笑顔のままなのに、ぐいっと近づいた顔は無言の圧を放っていてヒヤッとしてしまう。
この感覚は覚えがある。裏庭イジメ事件──眼鏡を取ったら美少女じゃなくて美少年だった事件のときと同じだ……っ。
でもあのときと違って、うんざりしたような目が私に向けられているのは、どうしてだろう。
「俺、思ったんだよねー。思いやりっていうの?あれってなんの得にもなんないなーって。だって、結局それだって自分の勝手な押し付けじゃん?」
「え、わ、わあ。普通に怖い。ちょ、剣くんヘルプ」
「いや、ここで俺を呼ばないでくれます?」
「佐奈ちゃん。俺はこっち。ね?」
「ひっ」
にっこり笑ってるのに目は冷めていて声は淡々としている。モデルになるとこんな技術が身につくらしい。刀くんと一緒で明るい陽キャっていうイメージが強かったのに、急に、その影さえ見えなくなって怖すぎる。そのうえ剣くんに助けを求めて服の裾を引っ張ったら、その手を掴まれた。
『泣いてんじゃん。大丈夫?』
そして急に思い出したのは、颯太くんに頭をわしづかみにされたときのことだ。私が逃げれないように頭をわしづかみにしたくせに、器用に頭を撫でて、楽しそうに口元を吊り上げて笑っていた。
「どうせ押し付けるんなら思いやりじゃなくて俺が楽しいってほうがいいよねー」
「そういえばこの人、危ない人だった……っ!」
「ってことで佐奈ちゃんも勉強会参加ね」
「ひぇ」
会わない間になにがあったのか、颯太くんは思いやりを捨ててしまったらしい。私が周りの人を気にしているのが分かっているのに、見せびらかすように私の手を両手で握る。
ファンの中の過激派を見つけるため女装までした経緯もそうだけど、学園祭で写真撮影を開いていたときのことも考えれば、颯太くんは周囲の人に対していろいろ思うところがあるからこそ、その人たちに合わせたいつもの──ニコニコした明るい颯太くんでいる。
そんな颯太くんだから、私がこういうことを嫌がるって分かってるはずなのに!
「あ、なんだ近藤さんってコッチの颯太も知ってたんだ。隅におけないですねー」
「コッチって酷いいいようじゃない?あ、勉強会に来なかったら毎日迎えに行くからー」
「ぬ、ぐぅぅぅ」
「あはは!その笑いかた魔女よりもヤバイ!」
明るい陽キャから癖のある陽キャになってしまった颯太くんはお腹をおさえて笑ってと非常に嫌な奴になってしまった。手は離れたけど喜ぶに喜べない。
これは早急に風紀委員に戻ったほうがよさそうだ。風紀室で話すノリを外でもするのって怖すぎる。視線が刺さるのはきっと私の自意識過剰のせいだ。
「佐奈ちゃん。はい、どうぞ」
「うう……ん?わあ!チョコだ!くれるの?」
「どうぞ」
肩をおとす私を呼んだ刀くんが、突然、チョコをくれた。しかもまだ食べたことがない新発売の苺チョコで、1個どころか3個もくれるらしい。
「やったー!ありがとう刀くん。お返しにこれどうぞ」
「いいの?ありがとう、佐奈ちゃん」
ふにゃりと幸せそうな笑顔を浮かべた刀くんにつられて私も笑ってしまう。
そしてようやく鳴った予鈴に慌てて走り出す刀くんたちを見送りながら、貰ったばかりのチョコを食べることにした。現実逃避おおいに結構だ。口の中でトロリと溢れた苺ソースを味わいながら今日はきっといい日になるに違いないと言い聞かせる。
「颯太くんなんの用だったのー?」
「なんか近藤さんに用事があったみたい」
「廊下でなに話してたの?」
「折本くんたちと仲良いんだー」
「勉強会って聞こえたけど」
自分の席に向かって座るまでに似たような質問を何度もされて、それにちゃんと答えてはもうひとつ、またひとつとチョコを食べていく。
本鈴が鳴ったときにはついにチョコはなくなってしまったけど、騒動に我関せずというよりは無心になってテストのヤマを張っている波多くんを見てたら気持ちは落ち着いた。
さあ、1限目は数学のテストだ。
波多くん、どこがテストにでそうか教えてくれませんかね??
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