となりは異世界【本編完結】

夕露

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イーセカ人はだーれだ

65.ニコニコの威嚇

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「テストも始まるし、しばらく風紀の仕事お休みしていいよ」
「へ?」

思いがけないことを言った東先輩はすっとんきょうな声をだした私を見ながらにっこり微笑んだ。
とんでも話を聞いてから初めて会う東先輩に風紀室に呼び出しを食らったときは年貢の納め時かと思ったけど、首がつながったかもしれない。ただ先延ばしになっただけなのは気がつかないふりだ。

「そんなに安心した?」
「え?いやあ、へへへ」
「紫苑にも近藤さんはちょっとお休みするって言ってるから」
「あ、ありがとうございます……?」

すっかり慣れた風紀室なのに妙な気まずさを感じて落ち着かない。最初こそ不本意だったとはいえ、風紀になったのに早速休みだなんてサボってるみたいだ。風紀委員になってようやく仕事らしい仕事をしたあとだから、ちょっとだけ残念なような変な気持ちになる。
でも東先輩の口ぶりから察するに、とんでも話にあたふたする私のことを見越した提案みたいだ。うん……どうせなら、とんでも話じたいしてくれなくてもよかったんだけどなあ。でも異世界って……うーん。正直興味はすごくあるんだよなあ。でも面倒ごとがいっぱいやってきそうだしなあ。

「でも紫苑にはイーセカのことは言わないでね」
「え?……あっ、じゃあ紫苑先輩はイーセカ人じゃないんですね」

でもでも言い訳しながら諦めつけようとしたら、また、爆弾ひとつ。唐突に降ってきた答えに、次も次もと問題が浮かんでくる。目をぎゅっと閉じてなけなしの抵抗をしたけど、好奇心に口がむずむず動いてやっぱり落ち着かない。東先輩はずっとにににこ笑顔で、するっと答えをくれる。

「そうだよ」
「そうなんですか……イーセカ人だったらあの魔性の説明がついたんですが」
「近藤さんが想像するイーセカ人は面白そうだね」
「だって……というか、そもそもイーセカ人ってこのネーミング誰がつけたんでしょうね。さっきから話しててイーセカ人って言うたび異世界人って言い間違いそうです。どっちにしろ間違ってないから妙に悔しくなります」
「ははっ、悔しいんだ。まあ、覚えやすいでしょ?」
「まあ、覚えやすいですけど……」

消化不良に唸る私に東先輩はイーセカの話を風紀室以外でするのは絶対にダメと釘をさしてくる。さすがに外で異世界だのなんだの言いだしたら美加に可哀想なものでも見るような目で見られるからしない。あ、でも可哀想ついでに頭を撫でてもらえるかもしれない。

「そうえいばそろそろ紫苑が来るかもしれないけど、会ってく?」
「あー止めときます。今日は朝から移動教室なので」
「そう……ああそうだ。もし風紀を辞めたいときは城谷みたいに後任を見つけてからだと嬉しいな」
「え」

にっこり、にこにこ笑顔。
ちょっと前にしたふざけた調子を混ぜた会話とは違う。笑ってない目に、少しどころじゃないほどショックを受けてしまう。
東先輩は私が辞めると思ってるらしい。


「こ、近藤さん……」


今日は朝からなんなんだ。震えた声がしたほうを見れば、一瞬別人かと思うほどイケメンな紫苑先輩がいてびっくりする。ドアを開けた状態で固まる紫苑先輩は遠目だともう女性に見間違えられることはないだろう。もともと男子の制服を着ていたけれど、刈り上げツーブロックヘアスタイルだと、ただのイケメンだ。

「あ……そ、その……」

ああでもやっぱり紫苑先輩は紫苑先輩だ。自信なく俯く悲しそうな顔と口元を隠す手に安心するのはひどいだろうか。きっとさっきの会話が聞こえてしまったんだろう。私に風紀の担当になってほしいって言ってたぐらいだから、私が辞めるって言ったら落ち込むだろう。
誤解だし辞めるつもりはないのに……なかったのに。
ソファから立ち上がって鞄を肩にかける。紫苑先輩を見れば、なよっと身体が動いて廊下が見えた。すぐさまにこっと笑う。

「紫苑先輩おはようございます!あと、もう聞いてると思いますが、私テストに集中するためちょっとお休みいただきますね!それじゃあ授業の準備しないとなんで」

なんで、なんだろう。
紫苑先輩に頭をさげたあと振り返って見えたニコニコ顔に我慢ができなくなって、不満たっぷりの顔で無言の抗議をしてしまった。勝手に拗ねただけなんだけど、なんだか悔しいから言うもんか。ばーかばーか!私が怒ったことに罪悪感もっちゃえばいいんだ。
無言とはいえ全力で訴えたからか、東先輩はニコニコ顔をやめて目をぱちくりさせた。ふふふ。ちょっと気が晴れたから風紀室を出て、せっかくだし教室まで走っていくことにする。












◇◇◇◇◇



「いまの……」
「なんだったんだろうね」

──風紀室に残された紫苑と徹はパタパタと遠ざかっていく足音が消えるまでしばらく無言になる。それぞれの頭のなかにはさきほどの佐奈の表情が浮かんでいる。

「威嚇する子猫みたいで可愛かったですね。こう、ぶわっと毛を逆立ててじっと睨むというか見上げてくる感じが」
「ああ、確かに……こねこ……。……っ」
「と、徹!?」

いつもの楽しそうな顔ではなく、不満に目をつりあげてきゅっと口を閉じていた佐奈の姿はまさしく子猫が一生懸命に威嚇している姿だった。
威嚇する子猫と佐奈の顔がぴたりと一致して徹はたまらず噴き出してソファに顔を埋めてしまう。声なく笑う徹の姿に紫苑が狼狽えているが、その笑いが止まることはない。
佐奈の表情が変わったのは後任の話をしたときだ。それで、あんな顔をして。

──辞めなかったらいいなあ。

そんなことを思ってしまって、徹は今度こそ声を出して笑った。





 
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