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トラブルだらけの学園祭
57.俺は
しおりを挟む合流した紫苑先輩と学園祭を見て周っていたけど、メイド姿の話が写真とともに広まったせいで呑気に過ごせる時間は少なかった。学園祭最終日ということもあってか、いろんな人が紫苑先輩めがけて突撃してくる。写真を撮ってくださいと言ってくるものや握手を求めるのは可愛いものだけど、そこからたちが悪くなっていって盗撮や問答無用で隣に並んで写真を撮ってくることが増えてくる。そのたびに何度も注意してはふざけて流してきたけど、問題が起きた。
「なー、頼むから女だって言ってやってくれって。コイツまじで落ち込んでっから!」
「あ……えっと」
中庭を歩いていたら学園祭を見に来ただろう外部の高校生が紫苑先輩に話しかけてきた。仲のよさそうな4人組で、話を聞くにそのうちの1人が紫苑先輩に一目惚れをしたのだそうだ。間の悪いことにミスコンに出ている紫苑先輩が男と紹介されているのを聞き逃していたらしく、メイド姿を見てさらに心打たれてもう男だと言われても信じられない状況らしい。
去年の学園祭で紫苑先輩が女だと思って恋に堕ちた人たちの話はすでに聞いていたけど、実際に目の前にするとこれは酷い。大きな声で絡まれるだけでも怖いのに、無断で写真を撮られるなか容姿のみならず性別もひきあいにだして否定してこられるのはなかなか辛いはずだ。
「すみません。俺は男ですから」
それでも紫苑先輩は律儀に答えてしまう。自嘲も含んだ困り切った顔に、笑う人たちと真剣に落ち込む人に、楽しそうに写真を撮る人に──昨日の写真館と同じ状況に私も同じ顔をしてしまう。
紫苑先輩にもうちょっと頑張れっていつも思ってるし今も思うけど、人の顔色を伺うようになったのは何度も陥るこの環境をみればしょうがない気もする。そんなところから引っ張り出そうとする私は逃げ出したい紫苑先輩にとってはキラキラして見えるのかもしれない。
だから私、懐かれたんだろうなあ。
紫苑先輩に伸びる手を捕まえてそんなことを思う。後ろから紫苑先輩を抱きしめようとしていた男の人は目が合うと分かりやすく動揺した。怒る人だったらどうしようかと思ったけどこれなら大丈夫だ。にっこり笑っておく。
「知らない人に急に抱き着かれたらどう思いますか?私ならすっごく怖いしすっごく気持ちが悪いしすっごく嫌でしょうがないし親か先生か警察に相談しに行きます」
「す、すみません」
抱き着くというより紫苑先輩の胸に触ろうとしたのは分かってるんだから。
流石にそこまで言ったら余計な騒ぎになりそうだから言わないでおく。ニッコリ微笑み続ければ、男の人はそそくさとどこかに消えて行った。ついでに紫苑先輩の周りにも目を向ければ視線をそらす人を見つける。どうやら牽制が効いたらしい。
「ありがとう、ございます」
目の前で繰り返されるトラウマに加えて見知らぬ人に抱き着かれそうになったショックのせいか紫苑先輩の表情は暗い。泣いていないのが奇跡のような状況だ。
「そういえばもうすぐ投票が終わりそうですねー会場の休憩室にでも行きましょっかー」
「はい……」
「ま、待ってくれ!」
泣いたら泣いたで外野は好きなように盛り上がりそうだから避難優先にしたら、紫苑先輩を好きになっという高校生が必死な顔で叫んだ。紫苑先輩が男だと分かった藤宮くんと同じようにショックを受けて泣きそうにも見える顔。
「あの、嘘ですよね。本当に男なんですか……」
悲痛な声に外野も「可哀想」とか「そう思うのもしょうがない」とか「同情する」なんて好き勝手囁きだす。おかげで私の顔は不自然なほどにっこり笑ったままで違う形に変えられなくなってしまった。
駄目だ。あー駄目だ。
そう思うのに、
「すみませ、だから本当に俺は男で……っ」
悲痛な声がまたひとつ聞こえてきてもう、耐えられない。
「男だからなんですか?」
紫苑先輩を引っ張って怖い高校生から遠ざける。カシャ、と聞こえた音にまだ盗撮する人がいるのだと分かって手に力が入った。
「好きになった人が同性だったって混乱するのは分かりますけど、それで恋心を消すのも続けるのもあなたが決めることなんですからその選択を紫苑先輩に何度も迫るのはやめてください。男だろうが女だろうが構わず好きになったんだったら好かれるよう相手のことを考えて行動してください。お前が俺と同じ男だったら好きにならないからとか、好きだと思えなくなるとか、女だったら好きになった自分はおかしくないとか知ったことじゃないです。仮にも好きだと思った人をこんな大勢の場所のまえで晒してって、凄いですね。紫苑先輩が流されやすくて優柔不断で優しいのをいいことにマスコットのように扱ったり自分の思い通りにしようとしたりするのは止めてください」
男だろうがなんだろうが紫苑先輩が好きだと言って携帯落として声を裏返して走って人を脅しさえする藤宮くんという人を私は知ってる。
少しは藤宮くんを見習ったほうがいい。本人を巻き込まないで自分で気持ちの整理をつけて、紫苑先輩その人が好きだと言いきったもんね。うん、最近は面倒臭い印象が強かったけど藤宮くんって凄い人だ。
「それじゃあ行きましょっかー」
あと1回ぐらいはお膳立てしてあげようと頭にメモしながら、私の語りにちょっとドンびいて固まる人たちの横を通り抜けていく。俯く紫苑先輩は手を引かれるまま動くだけで気分が重いことこのうえない。私たちに注目している人は遠くで見ている野次馬もあわせたら結構な人だ。こんな誰もハッピーにならない状況を覗き見するぐらいなら体育館でやってるライブとか出し物を楽しんでほしい。泣きそうな人を見てなにが楽しいんだろう。
「──大変だったんだねえ」
そんな愚痴を言い終えてお茶を飲み干せば、目の前に座っていた東先輩が穏やかに微笑んだ。その隣に座る美奈先輩は口を尖らせながら難しい顔をしていて、私の隣に座る紫苑先輩はずっと落ち込んだ表情。
ミスミスター出場者の休憩室は私のおしゃべり場と化していた。
私が余計なことを言ってしまったあと辿りついた休憩室には早い時間だったのに既に美奈先輩と東先輩がいて、丁度いいから話を聞いてもらったのだ。挨拶もそこそこに愚痴を言い続けたのに笑顔でいつづける東先輩も藤宮くんと同じく尊敬できる……私ならぜったいに「あーなんか始まったなあ」ってぼんやり聞いちゃうのにこの笑顔だもんね……。安定の表情に安心してここぞとばかりに甘えてしまう。
「そうなんです大変だったんです、私は怒ってます」
「そんな近藤さんにはクッキーをあげよう」
「やったークッキーだー!」
「お得な子ねえ……私のチョコもあげるわ」
「やったー!チョコだー!!」
私の喜びように呆れたのか美奈先輩は美しい顔で溜め息をついたあと自分の鞄をさぐりだした。そしてクッキーもチョコも食べ終わった私の前にフンッと鼻を鳴らしながら違う味のチョコをおいてくれる。
ええ、これってもしかして無限にいけちゃうやつなのでは……?
ワクワクしながらすぐさまチョコを食べてみれば、今度は飴ちゃんが私の前に転がった。
「近藤さん幸せそうだね」
「とっても幸せです」
おかげさまで他の人が来るまでたらふく食べて幸せに太れました。
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