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トラブルだらけの学園祭
44.スクープ!芸能人カップル!?
しおりを挟むクラスの出し物の喫茶店で猫ちゃんティーアートを作って学園祭って楽しいんだってことをようやく知った2日目。桜(おう)……紫苑(しおん)先輩のボディーガードが始まって気分は急降下したけど、ここはさすが紫苑先輩。予想外の展開を起こしてくれて私はいま面白いのか怖いのかよく分からない状況になっている。
「近藤さん!この猫ココアをだしてるお店って近藤さんのチームのところじゃないですか?」
チラシを手に振り返った紫苑先輩は興奮に目をキラキラさせて私を直視してくる。ひとこと、眩しい。紫苑先輩にチラシを渡した人なんて魂が抜かれたようにぼおっとしてる。大丈夫だろうか……紫苑先輩は男の人……あれ?どっちだったっけ?
「佐奈ちゃん目にゴミでも入った?」
くらっとして目を擦っていたら颯太くんが心配してくれる。
普段からとにあえず美人としか言いようがない紫苑先輩を発光物にした颯太くんの罪は重い。目が合うと本人はにっこり微笑んで首を傾げて、ああそういえばこの人も顔がいいんだった。その後ろには口元に手をあててコテンと首を傾げるあざと可愛い紫苑先輩。背後で膝をついたり悲鳴が聞こえたり、興奮に広がるあることないことのせた噂話が聞こえたりするのは気のせいじゃないだろう。圧倒的美形の芸能人カップルが目の前に突然現れたらこんな感じになるんだろうな……まぶし……。
「どうやって逃げよう」
「言っとくけどアンタが原因だから逃げるとかやめてほしいんですけど?」
肘で突かれてよろける私に口元ひくつかせて見下ろしてくる剣くんは人としての優しい心を忘れてしまったらしい。でもまあ確かに紫苑先輩を更に美女に仕立てるよう颯太くんにお願いしたのは私だしここは流しておこう。
「はは、そんなことしないって。あ、その猫ココアは私のチームのですよ~。ちなみにそれは私が作ったんです!チラシに載せるっていうから気合いれた力作です」
「すっごく可愛いです!……近藤さんは接客班じゃなかったんですね」
「はいばっちり料理班ですよ!接客班とかぜったい嫌だったので料理班になれてよかったです」
「アンタ鬼か」
紫苑先輩は接客していたときのことを思い出したのか俯いて悲しげだ。そんな紫苑先輩を同情しつつも携帯横目で見る剣くんはあんまり人のこと言えないと思う。颯太くんは……おお、凄い。ファンの子のお願いを聞いて写真撮影中だ。学園祭でもこまめにファンサービスするって大変だよな……颯太くんのボディーガード担当が私じゃなくてよかったなあ。剣くん仕事してるのかなあ。
「っていうか桜先輩のこと紫苑先輩って呼んでるんだ」
「そうそう剣くんもこれからは紫苑先輩って呼んでねー。皆で呼んだら怖くない」
「アンタそれ自分可愛さでしょ」
「折本さんも是非、紫苑と呼んでくださいね」
「ハ、ハーイ」
微笑む紫苑先輩にぎこちない笑みを作る剣くんは顔じゅうに関わりづれーと書いてある。剣くんは紫苑先輩が苦手なのか……すっごく分かるけど、憎めない人でもあるんだよなあ。なにせさっきからチラシと私を交互に見て悩む姿が可愛すぎて、しょうがないなあ、なんて思ってしまう。
「……もしよければなんですけどお茶しに行きませんか?同じ料理班の子と紫苑先輩が来たらいいのにな~って話をしてたので、来てくれると嬉しいです」
「はい!行きたいです!」
「えへへ、嬉しいです。それじゃあ他のチームの出し物も見つつ行きましょっかー」
自分のチームにだけ紫苑先輩を連れて行ったらあることないこと言われそうだし平等に全チーム周っといたほうがいいはずだ。そう思って一番近い場所を探してパンフレットを見ていたらファンサービスを終えた颯太くんが帰ってきた。
「ねえねえ行くとこ決まってないんだったら俺んとこが出してる写真館に行かない?結構面白い写真が集まってるから楽しめるって」
「さんせー」
「同じくー」
「わ、私も行ってみたいです」
「やりい!それじゃ行こ行こっ!」
にっこりニコニコご機嫌スマイル。不思議に思う私をおいて颯太くんは紫苑先輩の手をひいてスキップしかねない足取りで写真館に向かっていく。その後ろに続くのは私と剣くん、じゃなくて2人のことを芸能人カップルだと思ってる一般人含めて颯太くんのファンや紫苑先輩の虜になった人たちだ。あっという間に2人の姿が見えなくなって、廊下に残る賑わいと人だかりにぶるりと身震いしてしまう。
「トラブルの予感がする……」
「風紀委員の仕事してくださーい」
「剣くんに言われたくないけど……行こっか」
「行くか……」
たっぷりの現実逃避をしたあと剣くんを見ればやっぱり分かりやすく面倒臭いと顔に書いてあって、きっと同じ顔をしてる私を見て剣くんが眉を寄せる。ああ嫌だ嫌だ。
「そんなに喧嘩しなくても皆と一緒に写真撮るから安心してって!」
写真館に入って聞こえた声に一気に疲れて回れ右したくなる。
わいわい楽しそうな賑わいにこれは時間がかかると諦めたのか剣くんは写真を見ることもせず教室の端に言って携帯を見始めた。私もこの雰囲気をぶち壊すことはできなくて様子見に逃げることにする。剣くんの隣にならべば人込みから少し離れたところだから写真撮影スポットに立つ2人がよく見えた。
近くにいた案内員さんから聞くところによると、来場者は希望があれば写真撮影スポットで写真を撮るシステムだったとのこと。それがいま颯太くんと紫苑先輩の撮影場所になっているわけだけど、手作りながら立派なもののおかげであの2人と一緒に写真を撮れば素敵な思い出になるのは間違いなしだ。
カシャカシャ聞こえるシャッター音。人ごみのなか困った微笑みを見つけて、私もどうしようか悩んで結局同じような顔をしてしまう。嫌なら嫌ってちゃんと言えばいいのになんだかんだ颯太くんに付き合って知らない人と一緒に写真撮ったり撮られたり。あ、あの猫の写真可愛い。
「しいちゃん笑顔固いよー!ほら、にっこり」
「……剣ちゃん表情固まってるよーにっこりー」
「携帯見ながら笑ってたらヤバいと思うんですけどー」
スレを読んでる剣くんを見たあと、紫苑先輩の頬を伸ばす颯太くんを見る。スマイルと写真撮影を特典として自分の写真集でも販売しているんじゃないかってぐらいの熱心なファンサービスぶり。なんていうか、本当に陰と陽だなあって。東先輩はなんで颯太くんの担当を剣くんにしたんだろう。
「颯太くんって凄いねー理解できないなあ。せっかくの学園祭なのにファンサービスって」
「ほんとそれ」
「まあそれが楽しいんだったら部外者が言うことなんて何もないんだろうけど」
「楽しいんじゃなかったら部外者はなにすんの?」
ん?
ひっかかる言い方に剣くんを見ればさっきまでつまらなさそうに携帯を見いていた顔がニイッと楽しそうに笑っていた。
「え?あんなこと嫌々やれる?」
「あいつはビョーキなの。病気。いい顔しなきゃ気がすまないって感じ?」
「いい顔ってそんな……」
「なに?」
そんな言い方酷いんじゃ?って言おうとしたら、言葉が続けられなくなる。
「うーん、いやー……そもそも私って颯太くんのこと知らないからなんにも思うとこないや」
「へ?」
颯太くんと出会ったのはここ最近なうえ、初めて会ったのは苛めの現場だ。しかも颯太くんの熱狂的なファンが女装した颯太くんを本人と気がつかず苛めてたっていう奇怪な出会いで、ううん、ややこしい。ああそういえば颯太くんは女装してなにがしたかったんだろう。
『近づかないでくんない?本当に鬱陶しいんだよね』
楽しんでたわけじゃないとは思うけど……うーん。
「ははっ!近藤サンひっでー!」
「えー?だってそんなに話してない人のことなんて知るわけないじゃん。他の人からそれっぽいこと言われてもそうですかーって感じだしなあ。私が分かるのは剣くんがいますっごく楽しそうだってことぐらい?」
「アイツに聞かせてー!」
「陰と陽だと思ったのに案外仲がいいんだねー」
「アイツ結構根暗だからなーっくく、あーおもしれー」
「自分が根暗って自覚あったんだー」
魔女みたいにひき笑いしてる剣くんが変に目立ってしまったのか、舞台に立つ2人と目が合ったきがした。にっこり笑う顔に、眉をさげて唇をかみしめる顔。あーあ、分かってしまう。
「お?仕事する感じですかー?」
背もたれにしていた壁に別れをつげたらニヤニヤ笑う剣くんがからかってくる。剣くんの猫ココアは唐辛子いれたネタ飲み物にしてやろう。いちいち癪に障るからイーと歯を見せて威嚇してやる。
「剣くんも分かるぐらい仲がいいんだったら仕事したらどーですか?」
「言っても聞かねーんだもん」
「じゃ、聞くように言えばいいだけじゃないですかー」
俺分かってんだぜ、なんて仲いいアピールするぐらいなら助けたげたらいいのに。颯太くんが助けてもらいたがってるのかは知らないけど……紫苑先輩は間違いなく助けてほしがってる。
「すみませーん通りまーす!」
「ちょっと順番抜かさないでくれる!?」
あれ?デジャヴ。
バッキバキに壊れそうになった覚悟に笑みが浮かぶ。でも可愛い女の子が舞台で泣きそうになりながら助けを求めてるんだ。頑張るしかないでしょう。
「紫苑先輩、移動しますよ」
紫苑先輩も棒立ちするだけじゃなくて、ちゃんと手を伸ばして自分の意志で舞台をおりようとしてる。その手を捕まえて引けばよろめく可憐な姿に周りはほうっと溜め息。なかにはその身体を支えようと手を伸ばす人もいたけど、案外運動神経のいい紫苑先輩はすぐに体勢をもちなおした。そして持ち前の麻痺した感覚をおおいに発揮しながら周りの視線構わず私を見て「近藤さんっ」と嬉しそうに声をあげながら満面の笑顔。
うん。この学園のホットワードに近藤が上がることになるのはもう間違いない……体育祭でも広まってたけど、自意識過剰じゃなくて私のことを知らない人はもうこの学園にはいなくなるんだろうなあ。晴れて私も嫌な枠の有名人の仲間入りしたような気がする。
なにが嫌って颯太くんと紫苑先輩を囲んでいた視線のなかにダイブしてみたはいいけど、すでに息苦しさで窒息しそう。
「えー!私まだ写真撮ってない」
「俺だって!」
せっかく順番に並んでいたのにと飛ぶ野次に申し訳なさそうにする紫苑先輩は分かっていたけど面倒臭い人だ。そうだよーと口を尖らせる颯太くんも、剣くんが言っていたことが本当なら面倒臭すぎる人だ。
「ファンサービスしてるのは颯太くんでこの人は一般人ですよー。普通に学園祭を楽しみたいんで勘弁してあげてくださーい。それじゃ、行きましょー」
「えー移動するんだったら俺も行くー」
「駄目」
無責任にも舞台から降りようとする颯太くんににっこりニコニコ牽制してやる。
「皆と一緒に写真撮るんでしょ?」
それに紫苑先輩を巻き込んで自分への注目を減らそうと利用するのはいただけない。ファンサービスするのなら1人でどーぞ、だ。
「あ、でも」
偉そうなこと思いつつもヘイトは減らしたいから、女優魂を絞り出して申し訳なさそうに見えるよう周りの人を見る。
「紫苑先輩と写真撮りたかったって人ってどれぐらいいたのかな……」
声がちっちゃくなっていったのは演技とかじゃなくてガチで怖くなってきたからだ。顔だけで撮りたかって訴えてくる人が多いのなんの。どうやら私のハートはチキンらしい。焼き鳥って美味しいよね。すっごく私を見てくる皆さん、そう思いませんか?
「紫苑先輩、最後に1枚だけ写真撮ってもいいですか?」
「え……はい」
「ああよかった!それじゃ、よければ集合写真をみんなで撮りませんか?希望者があればですが……あ、はい問題なさそうですね。それじゃ私が写真撮りま「俺やりますよー」
案内員さんからカメラを受け取ろうとしたら剣くんが楽しそうにカメラを奪い取った。アンタはあっち。そう言って指さしたほうを向けば舞台の上と同じ表情をした紫苑先輩。悩んだけど、いい感じに場が収まりそうだから諦めて紫苑先輩の隣に並ぶ。見上げてみれば可愛い美女のはにかんだ顔。うん、お釣りが出た。
「撮った写真はこの学園の裏掲示板にあげるので欲しい人はそこから保存してくださーい。ネットに写真を載せることになるのでそれでもいい方だけがどうぞー。一応言っておくと保存した写真をいろんなところで晒すと肖像権の問題とかあるので個人で楽しむために使ってくださーい」
剣くんの注意に並んでいた人が数人いなくなって写真を撮る側にまわる。懸命な判断だ。どれだけ注意してもこの集合写真を自慢したくてネットに晒す人がいないとは限らない。すでに紫苑先輩の写真は【美女がいた】とかのタイトルがついて晒されてるし、牽制って大事だよね。
「近藤さん」
私もなんだかんだ紫苑先輩の写真を駿河先輩筆頭に賄賂で送ってるなあ。これからはもうちょっと考えたほうがいいかもなあ。
そんなことを思っていたら賑わいに消えそうな小さな声が聞こえてきた。顔をあげるはずが手元に感じた力に下を見てしまう。紫苑先輩を舞台からおろしたときとは逆に、私の手が握られていた。
今度こそ顔をあげれば緩んだ目元。舞台の上でみせていた笑顔とはまるで違う表情。長年の想いを告白するように震えた唇。
「さっき、助けてくれてありがとうございました」
目が奪われて、声を失う。
自分で言ったくせに照れてしまったのか顔を正面に戻した紫苑先輩は耳どころか首まで真っ赤でこっちまで恥ずかしくなる。やっぱり憎むに憎めない。
やっぱり……うん、この人ヒロインだわ。
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