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トラブルだらけの学園祭
34.波多くんへ。ざけんな
しおりを挟むまだ半分も終わっていないのに心身ともに疲れ切った私と違って、皆さんはまだまだ元気らしい。借り物競争で最初の組がスタートした瞬間の歓声と言ったら耳が潰れそうだった。
「私先輩に借りられたい!」
「うわー大胆!でも恥ずかしくない?」
「でも最高じゃん!」
「確かにい~!」
借りられたい、ってなんだろう?
桜先輩はサポートの皆様にお任せで大丈夫になったから応援を楽しもうと前の席に陣取ったけど、いまいちこの学校の魅力が分からないからいまいち乗り切れない。このいまいち感が辛いなー。
一緒に盛り上がれる友達がいないのも原因だろう。美加は生徒会のお仕事だ。楽しいけれど心の底から楽しめない私に「ねえ」と声がかかる。駿河先輩だ。
「近藤さん、あなたどのチームだっけ?」
「私は決死隊ですよー」
「決死隊……決死隊っていうと1年の藤宮くんが有名よね」
「流石です」
色々把握しているらしい駿河先輩に「おおー」と歓声を上げれば、駿河先輩は得意そうに笑って私の隣に立った。
「自慢じゃないけどこの学校のイケメンに関しては一番把握してるわよ、私」
「本当に自慢にならないですね」
「……」
「うっえ、すみばせ、ん!」
桜先輩の問題が片付いたからすっかり気が抜けてしまっていたらしい。するすると余計なことを言ってしまって、両頬をぐいっとつねられた。かなり痛い……。
ジンジンする頬をおさえていたら駿河先輩は仕切り直しといわんばかりにゆるゆると首を振って笑う。
「勿論私の1番は紫苑だけど?やっぱり情報交換するにはいろいろ知っておくといいのよ。で?どうなのよ。藤宮くんと話したりしないの?」
「藤宮くんですか……」
「なんで嫌そうな顔したあとに笑い堪えてんのよ」
「い、いやーなんとも……。藤宮くんは同学年の刀くんって人が担当なので私はよく分からないんですよねー。あれ?剣くんだっけ?」
「近藤さんって紫苑の出場種目も把握してなかったのよね?他の人にも興味なし?」
「うっ……!お願いですからそれは東先輩には言わないでください……っ」
なんで駿河先輩がそのことを知っているんだ。もしや城谷先輩がリークした?なんで!?なんでもない会話だったとしてもこの流れで東先輩に伝わったらまずい。
駿河先輩の手を握って絶対に東先輩には言わないでくださいって念押しする。なんでかな、駿河先輩は城谷先輩と同じように呆れを通り越した顔で私を見下ろした。それ結構傷つきます。
「言わないわよ。ってゆーかアイツに近づきたくないし……」
「……ちょっと聞くのが怖いんですが東先輩となにがあったんですか?」
恐々聞いてみると駿河先輩は一言も喋らなくなった。なにこれ怖い。とりあえずやっぱり東先輩には逆らわないでおこう。
心に決めて隣にできている大きな応援グループをのぞいてみる。桜先輩と桜先輩の信者さんたちだ。桜先輩は一切見えない。
「あいつら調子のってるわねー」
「あははー先輩は行かないんですか?」
「私は午後からなのよ」
「午後から……ああ!サポートが!そうですかーお疲れ様です」
なんの話かと思えば私がお願いした桜先輩のサポートのことだ。城谷先輩のお陰で知らぬうちに話は滞りなく進んでいる。ありがたやありがたや……。
「近藤さんって本当に紫苑のことがどうでもいいのね」
「あれ?似たようなことを城谷先輩からも言われましたけど、私そんな薄情な感じに見えますかね?」
「そうじゃない」
「あはは……」
ということは流石に桜先輩も気がついてるかな……。うーん、出来るだけ関わりあいたくない気持ちを前面に押し出しすぎたかな?次からはフレンドリーに接してみるか。
「考えることが手にとるように分かるわ……。まあ、邪魔しないんだから別にいいけど」
「邪魔なんてとてもとてもーあ、始まりましたねー」
「だいぶ前から始まってるわよ。いま2組目だから。……ああ、紫苑が出場してくれてたら応援も楽しかったのになあ。私も紫苑に借りられたかった……」
駿河先輩は目の前を必死こいて走る走者を見ながら酷いことを言った。とはいえ本人は恋する表情だ。
なんでだろう?
疑問に思ったところでアナウンスが耳に飛び込んできた。
「4位ビーナスチームはー眼鏡の異性―っ!クリアー!続いて──」
いままでの事務的なアナウンスと違って感情こもる声だ。人が集まっているほうを見てみると、走者がつれた誰かを監視員らしき人がチェックして、走者が持っていた紙をアナウンスの人が読み上げていた。
瞬間、色んなことが合致する。
「ああ!借りられたいって借り物競争で「近藤」
──走者に指名されるってことですか!
そう言おうとした言葉が遮られる。私は応援席の一番前にいたのに、それよりも前から声は聞こえてきた。私の目の前にいた駿河先輩が韓国ドラマで一番盛り上がるシーンを見たときのお母さんのような表情をして、キャーなのかギャーなのか悲鳴を上げているのが見える。
隣を見てみれば波多くんが眉間にシワを寄せながら会場と応援席を隔てるロープをよけて私に手を差し出していた。
「え、無理無理……」
思わず全力で首を振る。だってゴールまであんなに遠い。走る自分を想像してぞっとした私に波多くんは暗い影をしょいながら笑った。
「俺はまだ全種目終わってねえんだよ。楽するとか許せねえ。こっちはストレスやべえんだよ」
「いやいやいやどういう言い分?!私も風紀で忙しくて、って!わっ!」
「ちょ、ちょっと待って!指示はなに!?指示は!?」
波多くんは問答無用で私を引っ張った。ロープにひっかかりそうになる私をトロいと評した波多くんは、甲高い声を出した駿河先輩に眉を寄せながら指示が書かれた紙を見せた。駿河先輩筆頭にその指示書を見た皆さんは一瞬黙ったあと、悲鳴のような歓声をあげた。こっわ!
驚いて振り返る私に波多くんは舌打ちしたあと私の手を掴み、引っ張る。
は、走るしかないのか……!
こうなったら駄々をこねてもしょうがないから観念して走る。不思議な気持ちだった。足が遅いから運動会でリレーの種目に選ばれることのなかった私が、色んな歓声あびる道を突っ切っていく。リレーに出場する人は皆こんな視線に囲まれながら走っていたのか……っ!嫌過ぎる……っ!
「はっ、……はっ!」
突然走ったせいで喉が焼けるように痛い。そういえば今日全く水分補給してない。喉がからっからだ。こんな最悪なコンディションでグラウンド半周だよ?死ねってか!玉入れで今日は終わったと思ってたのになんでこんなことに……っ!波多くんめえ……!呪ってやる……っ!
恨みごといっぱい頭のなかで叫びながら波多くんを睨む。波多くんが私の前を走ってくれているお陰で風が当たらなくて走りやすい。それどころか牽引してもらっているお陰で走るスピードがいつもよりとんでもなく早い。私は走るというより転ばないようにするのに必死な状況で。
「お疲れ」
「ざげっ、んな……ゲホッ」
そしてようやくゴールに辿り着いたけど残念なことに1位ではなく2位だったらしい。誰かが既にゴールにいた。
くっそう、こんなに頑張ったってのに……っ!
波多くんは私と違ってまだまだ余力があるらしく、たいして呼吸も乱れさせずに審査員に指示書を渡している。そりゃ沢山の種目に出場させられるわけだよ……ゲホッ。
呼吸もおぼつかず咽こむ私に波多くんとはいえ流石に罪悪感を覚えたんだろう。波多くんがすうっと手を差し出してきた。なんだよと思いつつ手をとって顔を上げれば、波多くんは「あ゛あ?」と何故か不機嫌そうだ。舌打ちまでしやがった。そして一言。
「いいから写真見せろよ」
「ゲホッ」
は?と言おうとしたのに言葉にならない。
理解できない私に波多くんはまた舌打ちをしてくる。驚くことに波多くんは私と同じぐらいのレベルでキレていた。思わず怒りに任せて握っていた波多くんの手に慢心の力をこめる。全然効いている様子はない。爪を食い込ませてやった。き、効いていないだと?!
驚く私に波多くんが更に驚くべき発言をする。
「言っただろーが。1位とれ1位とれって周りから言われてこっちはストレスやべえんだよ!今朝の写真を見せろよっ!ここまで言って分かんねえのか、猫の写真だよ!」
「グェッホ、ッ!こ!ゲホッ!の!ゴホッ!(分かるかこの野郎!)」
波多くんは運動種目で楽した私を道連れにしただけでなく、自分のストレスを今緩和させたいからってこの迷惑すぎるタイミングで私の秘蔵猫フォルダをまた見せろと言っている……っ?
意味の分からないことを当然のように叫んで文字通りキレやがった波多くんは「さあ写真を見せろ」と畳みかけてくる。コイツどんだけストレス弱いんだよ、ってか常識が逃げ出すほど猫の写真に執着するってこわっ!依存かよ!
喋れない代わり心の中でひたすら罵倒する。
「2位決死隊はーっ!?おおっとボーナス指示が出ましたー!指示はいま1番気になる異性―っ!」
響き渡る桃色のアナウンスに会場が湧き上がって私たちに注目が集まるのを感じる。
気になる異性──?
はっとしたときにはいろいろ遅かった。
「あーっと、これは確認の必要はなさそうです!いい雰囲気ですねえ!」
肌に食い込む爪で血が流れんばかりの握手をする私たちを見てアナウンスの人が好意的に解釈する。声を大にしてこれは違うんだと叫びたかったけれど喉が乾燥しすぎて声にならない。
違う。違うんです、コイツはただのきちがいで猫狂いなんです……っ!今だってアナウンス聞きやしねえで写真見せろって言っていきてますからね!?
っていうか波多くん。道連れのうえ図々しく私の秘蔵猫写真を見ようとしただけでなく、私をさらし者にまでしたのか。いや、これ尾を引くやつだし波多くんもネチネチ言われる奴ですよ……?
辺りを見渡せば米粒のように見える沢山の人が生暖かい感じでこっちを見ているのがわかった。
「ボーナスで順位繰り上げです!決死隊1位―!」
きっと波多くんは指示書が異性の眼鏡だったとしても、猫の写真をすぐに見たいから私を連れ出したことだろう。なんでネタ指示書を拾ってきたんだ波多くん……。
歓声響くなか審査委員に誘導されるまま1位の列に座ると、走り終わった人たちが振り返って私と波多くんを見ながらニヤニヤ笑いだした。
「近藤、写真」
「ざけんな」
ブレない波多くんに悪態ついて地面を見る。皆頭打ってさっきの忘れてくれたらいいのにな……。
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