となりは異世界【本編完結】

夕露

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トラブルだらけの学園祭

33.女神信者の恐怖

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ときどき観戦しつつ移動したからか俺達1番チームに辿り着くまでとても時間がかかった。そしてようやく辿り着いたのに帰りたくなった。
俺達1番チームには人だかりができていた。きゃあきゃあと響く高い声と野太い声から察するにきっとあの輪の中に桜先輩がいるんだろう。

恐ろしい光景だ。

横一列に並んでいるはずの椅子が輪になって並んでいて、その椅子に誰かが必ず座っている。そしてその後ろに人が立ち、更にその後ろに並べられた椅子に人が立って輪の中心をのぞいていた。
うわ……椅子に座ってる人の前にも膝付きで陣取ってる人たちがいる……。
カメラのフラッシュ音が聞こえる。そしてちらっと複数のぞいてみただけでも皆様が構えている携帯は録画ナウだった。うわあああ……。
輪の外にいる今の場所だと携帯に映るのはときどき見える腕とか足ぐらいでしかない。それでも皆様カメラを構えていらっしゃるのだ。
一言どんびきだ。
そして桜先輩も桜先輩だ。なんでこうなるまで放っておいて未だだなにも咎めないんだ……。優しいからとかじゃないぞ、これ……。

「棒倒し順位を発表します。1位、特攻隊、2位、ビーナス、3位俺達1番。繰り返します──」

アナウンスが流れると(各チームに必ずいる)記録係がペンを走らせ、記録係の近くにいた人たちが声を上げる。

「くっそ総合得点負けてるぞ!」
「いいや大丈夫だ。なんたって俺達には桜先輩がいるからな!」
「紫苑さん……」
「おい桜先輩だろ!」

小突き合う仲の良い男子たちに、ん?と首を傾げる。桜先輩ってそんなに凄いの?普段の様子といまの状態を見ていたら想像がつかない。
ふう……。
さて、現実逃避は終わりだ。深呼吸して覚悟を決める。そしてにこっと一人で笑ってその顔のままで輪の中へ突入した。


「すみませーん!ちょと失礼しまーす!」
「はあ?ちょっと順番抜かさないでくれるっ!?」


どうしよう、覚悟が一瞬でバッキバキに壊れそうになった。
でも私は知っている。この世で一番怖いのは東先輩だ。大人しくにっこり笑い続けるあの人が一番怖い。メンチきられるより東先輩に仕事サボッていたことがバレるほうがよっぽど怖い。

「すみません、でも桜先輩と会わないといけないんです」
「あ、この子風紀よ」
「近藤さんね」
「え?風紀?もう現れたか……」
「女じゃねえか。抜け駆けしねえだろうな」

駄目だ、泣きそう。
風紀、近藤さん、風紀?近藤さん?邪魔、女?いけすかねえ、職権乱用と伝言ゲームのように伝わっていく言葉と色んな感情。女の子から睨まれるのも怖いけど恋する男の子から凄まれるのも怖い。


「み、みなさん!」


そこで女神が震えた声をあげた。
なんであなたそんな内股気味なんですか……狙ってません……?
冷めた気持ちで見てしまう私と違って、周りにいた信者たちは彼女の言動に表情を綻ばせつつも各自物騒な言葉をブツブツと呟き始める。え?なになに?今日初めて喋ったのを聞いた?嬉しい?でもこの女のために?なぜ?って?怖すぎるわ。そんな顔で私を見ないでください。

「か、彼女は風紀でわっ私の専属なんです……っ!」
「あーはいそうです。私風紀の近藤と申します。新米なもので担当するのは一人だけでいいよって言ってもらえて、たまたま桜先輩の担当になりました。へへへ」

これ以上彼女に喋られるといらぬ反感を買いそうだったから話をすぐさま引き継いで自己紹介しておく。しかし体育祭が始まってまだ短い時間しか経っていないのに「近藤、風紀」というワードが凄く広まってる気がする。顔バレしていっているし認知度凄いわ。芸能人みたいだね。ははは。

「といってもやっぱり私まだまだ未熟でして……よければ大先輩の皆様に桜先輩のことを教えて頂けたらなーって思ってるんです。どなたか桜先輩のことについて教えていただけませんか?」
「え……まあ」
「お前桜先輩の素晴らしさを知らないで風紀になっているのか!」
「だからこそ桜先輩に詳しい皆さんに教えてほしいんです。えへへ。そしたら私も皆さんと協力できますし……風紀としての務めを全力で果たしますよ!風紀ですし!」
「……」
「あ、そうだ。お願いばかりで申し訳ないのですが、よければ桜先輩が体育祭で活躍できるよう誰かサポートをしてくれませんか?」

最後の追い打ちで一瞬静まり返っていた皆さんが我に返ったように声を張り上げる。正直またドンびいたけれどリンチされなくなったんだからいいとしよう。

「やる!やるわ!」
「私がやる!」
「なに言ってる俺だ!」
「こんなにサポートしてくれる人がいるなんて桜先輩もすっごく喜びます!皆さんありがとうございま……っ」

とりあえず話をまとめるために感謝を叫ぼうとしたら、輪になって私も私もと言っている人の中に駿河先輩を見つけてしまった。思わず言葉をきってしまう。
駿河先輩……なんだかんだメル友なんですからさっきサポートしてくれてもよかったんじゃないでしょうか……。
落ち込む私に誰かが慰めるように肩に手を置いた。城谷先輩だった。ええ……城谷先輩もいたんだ……それなら余計にさ(以下省略)。
城谷先輩は微笑みながら力強く私に言う。


「近藤さん。人数が多いから私がリーダーとして彼女たちをまとめるわ。任せてくれる?」


生き生きとした表情に返せる言葉なんて決まっている。

「ははは……お願いします………」
「じゃあ皆!私たちの手で紫苑をサポートするわよ!写真を撮りたいのは分かるわ!……分かるけどっ!…………私たちのせいで紫苑が学園祭を楽しめないなんて、駄目よ!したいけど!学園祭は紫苑あってこそ!私たちは紫苑の活躍を見たいわ!そうでしょう!?ええ、そう、そうよっ!だから私たちは紫苑をサポートしましょう!そして学園祭に汗を流す紫苑を撮影しましょうっっ!!」
「「「「おおおおおおおおおっ!!!!!」」」」

城谷先輩の演説に皆さんはところどころ高らかに声を上げて最後は全員気持ちを一致させての咆哮だ。
……おうち帰りたい。
城谷先輩が数十人いる恐怖映像を間近に見ながら震えていたら、耳に優しい声が響いた。

「こ、近藤さん……」

彼女はしいっと人差し指を口元にだしながら空いた手で私の手を掴み輪の中から外へ連れ出す──ああ、今すごくキュンとしたわ……今の私の現状はあなたが原因なのにね……。
彼女は輪から外に出ると、いま初めて呼吸をしたんじゃないかってぐらいの長い深呼吸をして「あー」っと声を出した。そして全力疾走したかのように膝に手をつく。彼女の口元は震えていた。その震えを止めるかのように持ち上げられた片手は口元に移るかと思いきや、小さな握り拳になって平らな胸元におさえつけられる。

なんだこの可愛い美女……。

頬を紅潮させる彼女は見続ける私の視線に気がついてこちらに顔を向けた。私はどんな顔をしているだろうか。
彼女は愛くるしくも爽やかな笑顔を見せた。


「見ました?!俺、自分で逃げられました!」
「……え……ハードルひく……。しかも今のって逃げたっていう……?」
「世渡り上手に近づけましたか!?」


この人は1度世渡り上手の言葉の意味を調べたほうがいいと思う。
親切で教えてみようかと思ったけど、なんとか堪える。
体育館裏で脚を抱えて小さくうずくまっていた彼女を思い出せば、きっとこれは多分彼女の大きな一歩のはずなのだ。多分。

「桜先輩、えらいえらいです」

だったら彼女が珍しく前向きになって喜んでいることだし褒めなくちゃ駄目だろう。桜先輩は丁度膝に手をついて前かがみになっていたから手は届いた。頭を撫でる。
そして後悔した。
彼女は顔を真っ赤にして涙まで浮かべたのだ。

「俺、お、男です」
「だったらもうちょっとそれらしくしてくれ!あ、すみませんつい。ゲホッ。し、城谷せんぱーい!任せっきりですみませーん!私もお手伝いしまーす!」

思わず心の底から叫んでしまったら桜先輩は本気で泣きそうになってしまった。
はいお手上げ!退散!
このままこの場に残ると身の危険を感じたからすぐさま逃げることにする。移動しついでに信者の皆さんに「桜先輩が借り物競争見たいって言ってましたー」と適当に言っておいたら率先して動いてくれた。応援スペースを作ったり桜先輩を応援に誘ったり席を作ったり──連携凄いわー……。
ぞっとしながら城谷先輩のところに移動すれば、もっとぞっとする光景があった。城谷先輩は風紀に限らず優秀との話を以前聞いた。流石城谷先輩。もうあの数をはけ終わったらしい。流石城谷先輩。携帯の画像フォルダは桜先輩一色だ……。


「あら近藤さん。見る?秘蔵だけど近藤さんならいいわよ」
「城谷先輩スクロールしてくれるのは嬉しいんですけど……コマ送りみたいになってる……うわ……画像ほぼ一緒……連写しすぎじゃ……」
「紫苑の一瞬一瞬を閉じ込めたいのよ」


駄目だ。この人に常識は通じない。
反論は諦めて、ついでに脳に焼き付いた映像が一秒でも早くなくなることを願って話しをきりだす。

「聞きそびれたんですけど桜先輩って今日どんな予定か知ってますか?」
「……あなた本当に紫苑に興味ないのね。にしても風紀なのに知らないって……東からなにか聞いてないの?」
「え、いやあ……。確か桜先輩の出場種目についての話はちらっとあった気はしてるんですが、どうも、その」
「まあいいわ。あなたがそんな調子だから私は安心して紫苑をあなたに任せられるもの」
「そ、それは光栄です?あ、風紀辞めたいんですがいい人知りませんか?」
「紫苑はリレーと混合リレーに出るわよ」
「ガン無視ですか……え!?桜先輩がリレー!?しかも2回!?桜先輩が!?」

驚いて城谷先輩に突っかかってしまう。それぐらい驚いた。
城谷先輩は一瞬呆れを通り越した顔で私を見たけど、すぐさま信者の顔になった。

「紫苑は凄いのよ近藤さんも今日それを思い知るわだって普段もかっこいいし最高なんだけど決めるときは決めるのよ普段ある可愛らしさ愛くるしさすべてを凌駕するんだからああでも紫苑に本気になったらいくら近藤さんでも許さないからでもあの姿は惚れるのもしょうがないわ私も──」
「あ、借り物競争始まるみたいですよー。ほら桜先輩を見てください。あんなに楽しそうですよー」
「あらほんと!やっだ紫苑かーわーいーいーっ!」

一度も息継ぎせず話された言葉の羅列はもはや恐怖でしかない。城谷先輩を喋らせ黙らせる唯一の桜先輩を引き合いに出せば、予想通り城谷先輩は念仏みたいな布教を止めてくれた。
早くお昼ご飯になってほしい。というか美加に会いたい……。





  
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