となりは異世界【本編完結】

夕露

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散らばる不穏な種

26.猫はすべての問題を解決する

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私が学校でよく居る場所上位に入る体育館裏には誰もいなかった。
一見、そう見える。
だけど覗き見ばかりしている私の目は誤魔化せない。離れた場所にある木とその木を囲う草の垣根に隠れようと、そのモデル体形を精一杯縮めている姿が見える。どうせだから観察してみると、彼女は不安でしょうがないのかぎゅっと目を瞑りながら三角座りした自分の足に顔を押し付けている。さらさらの髪が肩をすべる。なんだか可哀想になってきた。


「どうされたんですか」
「……っ!こ、近藤さん!」


一瞬びくりと体を震わせた彼女は、私を確認すると声を震わせながら私の名前を読んだ。おお、これは、かなり可愛い。俺が守ってやらなきゃ……っ!って思っちゃうよ。
それからほっとしたように体勢を崩した桜先輩はにっこりと素敵な笑顔を浮かべる。折角なので私も向かいに座ってみた。


「……実はちょっと、その、人に追いかけられまして」
「それは災難でしたねー。でも桜先輩、その人たちに止めてくださいって言わないんですか?」


こんな隅っこでブルブル震えながら逃げるぐらいだ。桜先輩の性格から考えるに、困る5割、どうすればいいか分からず逃避3割、焦る1割、嫌だ1割ってところじゃないだろうか。
桜先輩は困ったように眉を下げる。

「俺も、そう言ったんですけど、あまり」
「どんな感じに言ったんですか?」
「え、っと」
「よかったら私に言ってみてください。はい、どうぞ」

手を伸ばして桜先輩のキャラメル色の髪をすく。キャラメル色だ。この前、「桜先輩の黄土色の髪は地毛なのかなー」って話を剣くんとしていたら「黄土色じゃなくてキャラメル色とか言えよーないわー」って言われたからね!私だって可愛い言葉使えるんだから。
……しかし触り心地良すぎる。

「こん、近藤さん」
「桜先輩シャンプーとリンスなに使ってるんですか?」
「え、え?!あっと、分からないです」
「気にも留めないシャンプーとリンスを使ってこのサラサラを維持できるなんて凄い」
「そ、そんな」

頬を染めて恥らう彼女を眺めながら思った。
いつこの人「止めてくれ」って言うんだろう。
でもきっとこんな感じでうまく相手に嫌だっていう意思を伝えられなかったんだね。分かってたことだけど、がっくりきてしまう。桜先輩の噂にはカッコいいというのがあったけれど、その方はどこを見てそう思ったんだろう。不思議なことにそう思ってる人は複数いるみたいなんだよな。

「桜先輩。こうやって逃げて隠れて、しんどくないですか?」
「……そんな」
「こんな隅っこで膝抱えて震えて」
「……」
「たまに我をだしたっていいと思いますよ。それか上手く生きていくというか、世渡り上手になるかですよ。いま私も勉強中なんで一緒にどうですか?」

きょとんと目を瞬かせた彼女は、理解したのか、ぱあっと満面の笑顔を浮かべて頷いた。
私も私で微笑む。遠い目をしてしまうのはしょうがない。

「それじゃ、人に慣れるってことで私以外の人ちょっと呼びますね。ああ、大丈夫です。先輩も会ったことがある人ですし、しかもその人これから桜先輩と同じような立場になるだろうって言われてる人だから理解もあると思いますよ。ちょっと待ってくださいね」

不安そうな表情をみせた彼女を安心させたあと電話をかける。こういうことは早くするに限る。
……おお。なんだか私いまテレビとかで見る営業さんみたいじゃないかな。ふふふ。そう思えば楽しくなってきた。いつ出るかなーいつ出るかなー?
出ない可能性もあるからとりあえず私の基準コール音7回まで待つことにする。


「……なんの用ですか」


5回ぐらいのコール音が鳴った後、耳に心地よく響く低い声が聞こえた。そういえばイケメンボイスだった。会うと面倒くさいことが多いし、これから携帯でお話することにしよう。

「ども、お久しぶりです。藤宮くん」
「藤宮さん?」
「はい、そうですそうです。明人(あきと)さんです」

藤宮くんと言った瞬間、はずんだ声が後ろから聞こえてきたから一応相槌を打っておく。その会話を電話越しに聞いているだろう藤宮くんはなにも話さない。
そして沈黙のあと、拗ねたような声が聞こえてくる。

「……あなたにそう呼ばれる筋合いはないのですが」
「えーそんなこと言っていいんですかー?」
「切りますよ」
「なにそんなに怒ってるんですか」

電話越しに聞こえる声はイケメンボイスだけど、どんどん不機嫌になっていく。桜先輩と同じぐらい最近顔を見なかったけれど、相変わらず面倒くさそうな人だ。


「別に、関係ないでしょう」
「いま桜先輩と一緒にいるんですけど、藤宮くんもどーですか?」


話すのが面倒くさくなったから用件をきりだしたら、なにかにぶつかって呻く声と携帯が落ちて蹴られて転がってぶつかる音が聞こえた。非常に五月蝿い。動揺し過ぎだろう。


「紫苑(しおん)さんが、そこに!?どこに!」
「紫苑くんが、只今、体育館裏の垣根辺りに身を潜めてます。……あれ?藤宮くん?おーい」


携帯が切れてしまった。
まあ、きっと彼は来るだろう。きっと今頃全力疾走だろう。きっと彼の頭にあるのは可憐な彼女の姿だろう。切ないなあ。

なんかもう疲れてきた。……あ、猫。

私が営業電話に心を疲弊しているあいだに猫がやってきたらしい。そして桜先輩とたわむれていた。なんて目に眩しい光景だろう……。美女が猫とたわむれてるよ。きっとこれは価値が高いに違いない。
写真を撮って改めて出来栄えを確認してみたら、予想通りいい写真が撮れていた。これは城谷先輩にも駿河先輩にも気に入ってもらえるだろう。


「おお、やっぱりお前は可愛いなあ」


私の存在に気がついてくれた猫が近寄ってきて、足に体を擦りつけてきた。きゅんきゅんするわ。お、おおおおお!しかも!今日は前足私の膝にのせて伸びときたあー!可愛すぎて鼻血出そう!ここはもうあれでしょう!勇気を振り絞って猫を抱っこしてみる。

噛まれない……っ!

猫は私にすべてを委ねてくれた。腕の中で素直にいてくれる猫はくわあっと小さな欠伸をしたあと、腕に顔を置く。


「桜先輩、桜先輩!お願いです!写真撮ってくださいっ!!」
「ええ!も、勿論です!」


カシャッカシャーッとシャッター音が鳴り響く。操作を間違えた桜先輩が連続シャッターを押したもんだから、五月蝿いけれどこれで手ぶれしていない写真が一枚はあるはずだと安心する。
その直後遠くから聞こえてきたのは慌ただしい足音──藤宮くんだ。


「お待たせ、しました……っ」
「久しぶりー藤宮くん」
「明人さん、大丈夫ですか?凄く汗をかかれていますけれど」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます、紫苑さん」


ふふふ、と微笑みあう二人を眺めてから猫を見る。


「アニマルテラピーって大事だね」




 
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