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散らばる不穏な種
25.うまく生きるコツその2アニマルテラピー
しおりを挟む「風紀のお仕事お疲れ様です。えっと、さっき不在だったのって風紀の仕事でですよね?」
「ありがとう、そうだよ。俺もボディガード対象に会ってたんだ」
「どんな方なんですか?」
東先輩に紅茶を渡しながらソファに座り込む。
風紀委員になってからそういう噂に耳を傾けるようになって、何週間。王子こと桜(おう)先輩と、外人で20歳ぐらいに見える藤宮(ふじみや)くん、そしてカッコいいモデル颯太(そうた)くんの噂は何度も聞いた。それから他にもありえないほどカッコいい人とか、ギャップにやられるとか、外見詐欺とか、男の娘でもいいとか、女王様がいるとか……。
なんだか同じ人の噂が重なっている気がするけれど、まあ後々分かっていくんだろう。それまでは大変そうになる気がするからあまり知りたくない。
でも東先輩がどんなふうにボディガード対象の人と会っているのか気になる。この妙なジレンマ。
「まあ、一言で言えば関わりたくない感じかな?」
「うわあ。私お会いしたくないです」
「ははは、気が合うと思うんだけどなあ。どう?会ってみない?」
「すみません」
「ひどいなあ。はい、どうぞ」
「わ、ありがとうございます」
貰ったクッキーの袋を開ける。なんとチョコチップクッキーだ。風紀室に置かれているクッキーの中でレアモノなうえに、一つ一つ袋に分けられたこのちょびっとお高めのお菓子は我が家にあまり置かれないレアモノでもある。つまり食べるっきゃない。
「ん~大地の言ってた通りだなあ。はい、どうぞ」
「どもです」
一口一口味わって食べ終ったあと、東先輩はまたくれた。あれ?おかしいな。前に風紀室のお菓子箱をチェックしたときこっそり食べきったはずなのに、まだあったなんて知らなかった。ちゃんと確認し……いやいや駄目だ。最近太ったんだよなあ。あんまりがめつかないようにしよう。これが最後の一つだ。にこにこ笑う東先輩を肴に、さっきよりももっと時間をかけてお菓子を味わう。
……うーん。私の心のカウンセラー兼師匠である神谷先輩を見て思ったんだけど、東先輩もかっこいいよなあ。
穏やかな物腰に柔らかい笑顔。一見落ち着いた、それでいて爽やかな好青年。マダムの心を掴めること間違いなしだ。
「俺の顔になにかついてる?」
「いや、マダムに人気そうだなあって思って見てただけで……なんでもないです」
「はいどうぞ」
うっかり言ってしまってどうしようかと悩んだのは杞憂だったようだ。なぜか東先輩はにこにこ笑いながら自分が持っていたクッキーをくれた。
「え?わ、そんな。先輩食べてないじゃないですか」
「俺はお腹いっぱいだからあげる。これ、風紀室にある最後のクッキーなんだけど」
「ありがとうございます」
そういうことなら仕方がない。にっこり笑って、同じくにっこり笑う東先輩からクッキーを頂く。バターたっぷりのさくさくクッキーだ。これ美味しいんだよなあ。でもとんでもないカロリーなんだよなあ。
「先輩、半分こ。……駄目ですか?」
「まさか。ありがとう」
半分に割って東先輩に渡す。もしかしたら東先輩はクッキーが好きなのかもしれない。なにせチェックして回収したはずのクッキーを、私と同じように隠し持ってたんだから。いまも凄くニコニコしてるし。
今度東先輩の気を損ねたらクッキーを渡そう。
「アニマルテラピーって効果あるなあ」
「動物可愛いですよねえ」
東先輩のしみじみとした突然の話に思い出したのは猫苺こと波多くんだ。
東先輩が風紀室に戻ってから他の人が散り散りになったのを見計らって、負けずに猫の可愛いごろにゃん写メを送り返したけど変事がない。もしかしたら可愛さのあまりのたうちまわってるんじゃないだろうか。是非その姿は見たい。
波多くんはちょっとあれなところがあるけど見ていて凄く面白い。あんなに猫と苺チョコラブな人はいないだろう。外見が噛み合わないのが楽しい。しかし、そろそろ送りあってる画像を全て集めたら猫の写真集ができるころじゃないかな。
「そういえば俺になにか質問あったんじゃなかったの?なんだっけ、うまく生き抜くだっけ」
「ああそうなんです。この学校の風紀ってボディガードの仕事なんだーよく分かんないけど凄いなーぐらいに思ってたんですけど、なめてました。できれば平穏ににこやかに学校生活を送りたいので、うまいことやっていくコツを教えて欲しいなって思いまして」
「そうだねー。これから学園祭に向けては大体風紀の対象になる事態は少なくなるんだけど、学園祭で皆たがが外れるからね」
「学園祭中止になりませんかね」
「なりませんね」
「ですよねー」
東先輩は紅茶を飲んで「うーん」と唸りながら首を傾げる。
「とりあえずこういう人間もいるんだな、可愛いなあって、距離を置いて観察するのがいいかな。それでもストレスが溜まるなら息抜きに面白い対象を見に行くか、アニマルテラピーがお勧めだね」
「はい先輩。その顔でそんなこと言われると凄く怖いです」
「ははは、ひどいなあ」
どうしよう。こういう人間もいるんだ可愛いなあ、って言っているときの東先輩の顔が眼に焼きついてしまった。少し見下ろしながら薄く口を開いて吊り上げてからのー!鼻で嗤っちゃいましたー。ですよ。怖っ!くわばらくわばら。
でも相手のことを距離を置いて見るっていうのは冷静になるために大事かもしれない。メモしよう。それにストレス貯めないようにしないのって本当に大事だ。私が神谷先輩と美香に癒しを求めるあれだね。出来なくなったら私倒れる自信がある。
だから東先輩の息抜きになるのなら私達一年が肴にされるぐらい許しますよ。ええ。でもたまに助けてくれると嬉しいんだけどなあ。
「なんだかんだいって近藤さんなら大丈夫だよ。紫苑(しおん)も近藤さんと一緒に居ると安心するって言ってたよ」
「あー嬉しい、です?そうだそういえば桜先輩最近見てないです」
「ちゃんとボディガードしてあげてー」
「覚えてるうちにメールしてみます」
「はは!してあげて」
忘れられてたかー。となんだかツボにはまったらしい東先輩がお腹を抱えて笑う。珍しい光景に思わず写真を撮ると、東先輩はまた笑った。レアだレアだ。こんな裏のない笑顔なんてそうそうない。
……あ、また桜先輩のこと忘れてた。
慌てて写真を撮るのを止めて桜先輩にメールを送ってみる。
《お久しぶりです桜先輩!近藤です。今日まだ学校にいますか?》
今日会えたら、そういえば藤宮くんと約束した二人で会えるようにセッティングの打ち合わせをしたい。うーん、どう実を結ぶのか謎だけど。
藤宮くんは桜先輩とどうなりたいんだろう?
好きだって言ってたけど、付き合いたいのかなあ?その気持ちの確認?せめて分かるまで一緒にいたい、だろうか?
分からない。興味はあるけれどなかなか怖いんだよなあ。特に城谷(しろや)先輩が。
ぼーっと考えていたら、思っていたより早く返事が帰ってきた。ニャーニャー携帯が鳴る。そして明るい画面に映る文字になんだか気が遠くなった。
「……東先輩。桜先輩ってどこにいると思います?」
「ああ、避難場所のここに辿りつけないんだったら、大体体育館裏の木陰に隠れてるよ」
「なんだか聞いてて涙が出そうです」
「いってらっしゃい」
詳しく話していないのに淀みなく帰ってきた言葉に、そうなった背景が偲ばれる。辛い。とりあえずいままで忘れてた負い目もあるし、早く桜先輩を迎えにいこう。
返ってきたメールには、絵文字を多く使う桜先輩にしては珍しく飾りのないシンプルな言葉だけだった。
《助けてください》
非常に分かりやすくピンチらしい。
やっぱりあの人ヒロインだろ。
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