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散らばる不穏な種
16.目覚めた藤宮くん
しおりを挟む皆さん聞いてください。
なんと女の子なら必ず憧れる大人気の藤宮くんと、人気のない場所で二人きりで向かい合っています。凄いよね、滅多にないよね。
腕組されて威圧感たっぷりに睨まれるとか、まあないよね!
風紀室から連行されてもう十分は経ちます。……泣きたい。
「あの……、本題に移りたいんですが」
「少し黙っていてもらえませんか?考えをまとめているので」
それでさっきからこれだよ。なんて面倒くさいんだ、藤宮くん。
桜先輩が女じゃなくて男だったってことがショックだったんだろうけれど、私を巻き込まないでほしい。てっきり口止めとかされるのかなーとか思ってたけどそうじゃないみたいだし。
私としては藤宮くんが落ち着いて考えられるように一人きりにしてあげたいところだ。まあ、ぶっちゃけてしまえば私を帰してほしい。非常に面倒臭い。ただ居合わせて恋に落ちる瞬間を見てしまっただけで、ホモォー展開になりそうな瞬間を見てしまっただけで、こんな場所につれてこられるなんてひどい。あー、あ。鴉飛んでる。
「近藤さん」
「ぃえ!?え、あ、はい」
「……まあ、いいです。まず確認したいことがあるので、正直に、くだらない嘘など吐かないと誓って、本当のことを言ってください」
「はあ」
「かのじょ……紫苑さんは……その、いや、まさか」
「男です」
「ちょっと待ってください!まだなにも聞いていないでしょうっ。……そんな。いや、違う」
「男です」
「あなたは人の話を最後まで聞くこともできないんですかっ?それに僕はそんなことを聞きたい訳では」
「じゃあなにが聞きたいんですか。私はもう早くお家に帰りたいです。切実にお腹が空きました。なんで私はこんなところにいるんでしょう。なんで私はこんな面倒ごとにいっつも巻き込まれるんでしょう。見たくないんですよ。……はあ」
「ちょっとあなた、今のほとんど愚痴じゃないですか。……しょうがないですね」
今までずっと藤宮くんの告白現場に居合わせてその度に隠れてきたけど、実際こうやって話してみたら、なんだかもうどうでもよくなった。失礼かもしれないけど、桜先輩と同じ感じで適当にあしらっちゃえばいいやって思ってしまう類の人だ。うん、ごめんなさい。飴ちゃん美味しいです。
藤宮くんは愚痴言う私になぜか溜め息とともにパイナップル飴をくれた。甘い物に飢えてたからすぐに包みを開けて口の中転がしたんだけど、これ本当に美味しい。ん~……ちょっとぐらい話を聞いてあげようかな。あれ?もしかしてこれを狙ってた?
「近藤さん」
「……?」
「いいでしょう、ふう。……紫苑さんは、男なんですね?」
「はい」
頷くと、藤宮くんはすっごい悲壮な顔をした。
まだ少し疑うように眉を寄せ、どうにもできない感情を吐き出しそうな唇を噛み締め、いまにも泣き出しそうだ。あちゃー。少し居心地が悪くなる。
そりゃあ、そうだよね。あんなに告白されて全員辛らつに振ってきたような人が、(多分)初めて一目惚れをして、いそいそ会いに来るなんて健気なことしてさ──でも相手は男でした、なんて。眼から鱗どころじゃないだろう。笑ってごめんなさい。
「……なんでしょうね。あなたは空気を読むってことはできないんでしょうか。さっきから噛み砕く音ばかり聞こえてきて耳障りなんですが」
「え、あーすみません。飴ちゃんおいしくって」
私って飴ちゃんは手ごろな大きさまで舐めたら噛み砕いて食べちゃう派なんだよねー。あー美味しかった。にしても藤宮くんはいつもパイナップル飴を持ち歩いているんだろうか。それって素敵。
「はあ……。なんだかあなたを見てると真剣に悩んでるのが馬鹿らしくなってきますね」
「それはお役に立ててよかったです?」
「少し黙っててもらえませんか」
藤宮くんは物憂い顔をしながら壁にもたれて、ずずずっと座りこんでいく。
おおー絵になる。
そして藤宮くんは髪をがっとかきあげて切ない溜息一つ。
……もはやここまでくると狙ってるんじゃないだろうか。どこかのドラマのワンシーンでこんなの見たことある。それに確か私達は高校一年生だったはずだよね?その色気はなんでしょう?怖いわー。こういうところで女の子の心をがっつり掴んでいくんだろうなあ。辛辣なところもイイ!って言う人絶対いるよ。っていうかもう噂で聞いたことあるよ。藤宮くんのファンは結構過激な人が多いとも聞いたなあ……私、埋められない?
ああやっぱり藤宮くんには関わりたくないや。
二人でいるところを他の人に見られたらそのあとが恐ろしすぎる。早く帰り……え、あ、お?え?ええええ。
げんなりしながら地面から顔を起こして藤宮くんを見たら、藤宮くんは立てた膝に片手を置きながら、もう片方の手で顔を覆っていた。その隙間から流れているのは涙だった。
なんてこった。
私はどうすればいいだろう。泣いちゃったよ。え?ハンカチ出すべき?
「情けない、な──初恋──それなのに──はは」
ところどころなに言っているのか分からなかったけれど、とりあえずグチグチ呟いてる。うん。やっぱりそっとしておこう。
「近藤さん」
「ひっ!は、はい」
「あなたは慰めるという言葉を知らないんですか」
「……慰められたいんですか」
「そんな訳ないでしょう」
「こいつめんどくさい」
「多分、思ってることが口に出ていますよ。失礼な人ですね」
藤宮くんは言いながら顔を拭って立ち上がる。唇片側つりあげて悲しげに笑う藤宮くん。その後ろに見えたのは胸を焦がすような夕陽で、なんだか凄く悲しい気持ちになった。私なんでこんなところにいなきゃならないんだろう。
「感謝します、近藤さん」
立ち上がった藤宮くんは背が高くて見上げなきゃならないから、地味に首が痛い。藤宮くんは夕陽を背にしているせいか顔に影ができて余計に彫が深くなっている。藤宮くんの外人っぽさが増した。もう外人さんにも間違えられそうだ。そういや藤宮くんは英語喋れるのかな?
「正直まだ戸惑っていますし、非常に混乱しています。けれど……」
拳を握り締めた藤宮くんは、一瞬顔を俯かせたあともう一度私を見た。眉が寄った真剣な表情だ。
「やはり僕は紫苑さんが好きだという気持ちを捨てきれない」
「え?ホ」
「黙ってもらえませんか?」
モ?
言いかけて凄い迫力のある笑顔で遮られた。え?偏見はないですよ、うん。ただ、正直面白いことになりそうだなあって思っただけで。
「紫苑さんが笑った顔を思い出すだけで僕は……近藤さん。だから協力してください」
「は?……失礼します」
「協力して下さい」
思いがけない提案を一拍置いて理解したあと、すぐさま回れ右をしたけどすぐに腕を掴まれてしまった。
なんていうことだろう。そんな、無理。恋のキューピットとか無理過ぎる。異性でも難しいのに同性同士なんてレベルが高すぎる。……や、やっぱり絶対に無理!城谷先輩がいらっしゃる!藤宮くんを助けたりしたら私が城谷先輩にしめられるっ!!
「す、すみません。私は無理です。これ以上の面倒ごとは本当にやめてください」
「いやできますよね?告白現場を木陰に隠れて覗き見できるような人なら、人のいない場所を探したり作ったり紫苑さんの場所を把握したり、とにかく紫苑さんと僕を二人きりにすることぐらい、できますよね?」
こ、怖っ。
覗き見してたのバレてた、っていうか後半のはどうだろう。ちょっと鳥肌たった。
「む、無理です」
「しろ」
「……無理で」
「は?」
「…………できる範囲でしたら」
「そう言ってくれると思っていましたよ」
藤宮くんはにっこり微笑んで私の腕を掴んでいた手を離す。ああ、血が流れる感覚がする。なんて人なんだろう藤宮くん。面倒臭い人だと思ってたけど、本当に面倒くさ過ぎる人だった。最後らへん言葉遣い変わったんですけど。
「それじゃ登録しておいてくださいね。あ、ちゃんと送ってください。色々頼むのにあなたのメアドが分からないと不便ですので」
「……」
「ああ、それと、僕のメアドは他の女に絶対に教えないでくださいね。面倒臭いですから。……聞いていますか?」
訝しげな声を出す藤宮くんに返事をしなきゃと思いつつ、手渡されたメアドとケー番が書かれた紙を見て呆然とする。
藤宮くんは何故こんなものを持っていたんだろう。もしかして桜先輩に渡そうとしていたやつなんじゃないだろうか。
そう思うと切ないのと同時に破り捨てたくなる。なんて思って紙を見続けていたのがまずかったらしい。藤宮くんがわざわざ私の顔をのぞきこんで超笑顔でメンチきってきた。あぶね。
まあ、とりあえず、なんだろう。
黙ってたらカッコいい顔を見上げながら、思い出した桜先輩の笑顔を隣に並べてみる。お似合いすぎるわ。
「ホモ街道まっしぐらだね」
「人聞きの悪いことを言わないでください。僕は紫苑さんが好きなだけです」
「うわーふっきっちゃいましたねー。じゃあ、できる限りなら応援します」
桜先輩が男だと分かっても好きだと言い切った藤宮くんは賞賛に値する。同性を好きだと思った自分を認めるのは難しいことだと思う。それができるのは凄い。ちょっと……できることなら協力したくなった。桜先輩も彼氏ができればあの自信なく頼りない感じも少し変わるかもしれない。
「……ありがとうございます」
夕陽に照らされた藤宮くんの顔は意外そうな顔から嬉しそうな顔に変わる。やっぱり外人にしか見えなかった。
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