となりは異世界【本編完結】

夕露

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散らばる不穏な種

10.私は絶望した

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「──それで」
「はい」
「いつから見てた」
「お、おそらく最初から。波多くんがチチチチッて言いながら「もういい。言うな」


無表情で見下ろしてくる波多くんの視線が耐えられなくて俯く。地声だって知ってるけど低い声は波多くんの怒りもあわさってすこぶる怖い。それに少しでも顔を見たらまた爆笑してしまいそうだった。危ない危ない。
……あれ?なにも言ってこないな。


「波多くん?」


不思議に思って顔をあげてみて──わあ。波多くんの顔は真っ赤だった。波多くんは口元を右手で覆いながら眉間にシワを寄せている。
これは照れてるんだろうか。

……そうだよね。あんな姿見られたくなかったよね。しかも同じクラスで隣の席の人にだよ?これからすっごい学校に来づらくなるかもしんない。もし私があんな奇妙な行動見られたら全力で土下座して忘れることをお願いする。

「頼むから、言わないでくれるか」

小さい声でボソボソ話す波多くんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。もう少し私が笑いを堪えていれたら、波多くんも見られていたことに気がつかずこんな恥ずかしい気持ちになることもなかっただろう。

「うん。絶対言わないよ。……えっと、猫好きなの?」
「え。あ、ああ……可愛いし」
「可愛いよねー」

ふ、と微笑んで答えてくれた波多くんはすっごい柔らかい表情をしていた。波多くんってなんだか可愛い人だなー。








──なんて思っていたのが少し前。

「猫いねえな」
「ソウデスネ」
「はあ」

私が溜息吐きたいよ……。
そう言いたいのをウィンナーを飲み込んで止めることに成功した。頃は昼休み。なぜか私は波多くんと一緒に裏庭でお弁当を広げて猫を探している。猫を探しているのは波多くんで私はそんな波多くんを見ながらご飯食べてるだけだけど。
余程猫が好きなのか、あの奇怪な行動を見られて開き直った波多くんは猫探しに私まで使い始めた。ありえない。そりゃなんか流れでメアド交換したし、ちょっとは隣人として仲良くやっていけたらいいなーとか思ったよ?でもまさか初めてきたメールが《裏庭に来い》ってどういうことだろう。

「お前猫呼んでこいよ」
「なんて横暴な」
「はあ」
「はあ」

ああ、眩しい太陽さん。なんで私の心はこんなに曇ってるんだろうね。あはは。なんか目撃したその現場にいる人に私が声をかけてから巻き込まれてる気がする。
うん。もう絶対なにか目撃しても声なんてかけない。……そもそも目撃しないって言えないのが辛い。

「波多くん今日は諦めようよ。知ってる?猫って一度姿を現したらその日は同じ人に姿を見せないんだよ」
「え……?ほんとか?」
「うん。知らなかった?」
「知らなかった。そうか、じゃあ今日は駄目だな」

素直な人だなあ。あからさま嘘なのに信じちゃったよ。まあいっか。お弁当も食べ終わったしお昼休みももう終わりそうだ。早く帰ろう。

「先帰るよ」
「ん」

おにぎりを頬張ってる波多くんに声をかけると手をあげて頷いた。オッケーっていうことだろうか。んー、きっとそうだね!ああもう、今日は美加に聞いてほしいことがいっぱいだ。波多くんのことは言えないにしても、せめて風紀委員のことを話したい。美加とは今日まともに話せてないんだよなあ。なんだか休み時間慌しく教室を出入りしてたし。寂しすぎる。
と、噂をすれば美加の姿が目に映る。
綺麗なストレートの黒髪、ピンと伸びた姿勢。羨ましいスタイル。間違いない。

「美加!」

一気にご機嫌な気分になって大声で叫んだあと美加に駆け寄る。美加はさらっと髪の毛なびかせ振り返り、私を見て少しだけ微笑んだ。いつも辛辣なこと言うのに不意打ちにこんな笑顔浮かべるもんだからキュンキュンしちゃうね。パンチ力あるわー。

「あら佐奈。アンタどこ行ってたの」
「ちょっくら野暮用で。美加こそなにしてるの?」
「あそこにとんでもない美女がいて固まってたところ」
「美女?──わ」

美加が指差した場所を見ればボブヘアーがよく似合う、美女という言葉がふさわしい女の子がいた。廊下ごしに見えるから顔しか見えないけど、すっごく綺麗。黄土色の髪が陽に照らされてキラキラ輝いていた。でもなにか悲しいことがあったのか憂いに満ちた顔をしている。……どうしたんだろう。

「な、泣いてる?」
「みたい?」
「ど、どうしよう」
「どうしようもないわね」
「うーん」
「あ、私こんなとこで突っ立ってる場合じゃないのよ。また後でね」
「え!」

美加は言うが早いかまた慌てた様子で走り去ってしまった。置いてかれた。どうしよう、すっごくすっごく寂しい。
宙をきった美加に伸ばした手が空気だけ掴んでだらりとおちる。
うー高校生になってから美加との時間が奪われてる気がする。


「はあ」
「はあ」
「「え?」」


吐いてしまった溜息が誰かの溜息と重なった。驚いた声も重なって思わず顔を上げてみると、目の前に美女がいた。教室に帰ろうと廊下に向かっていた私と、中庭から廊下に入ろうとしていた美女。垣根から見える美女は驚いた顔をしている。なんて絵になるんだろう。口元を隠すように添えられた手の動きは優雅で肌はシミ一つ見当たらない真っ白さ。病気じゃないのかと不安になるほどで、目の前の美女は儚いという言葉がぴったりの可憐な美女だった。とりあえず美女。それしか言葉が見当たらない。世の中にはこんな人もいるんだなあ。

「え、えーと。どうもこんにちは。いいお天気ですね」
「え?こ、こんにちは。いいお天気です」

どうやら私も美女も頭が混乱しているらしい。お互いなにを言ったらいいのか分からなくて、対面した状態で一歩も動くことができない。気まずいことこのうえない。昼休みが終わりかけなのが原因なのか、私たち以外に誰も生徒がいない。私もだけど美女が私をガン見してくるもんだから通り過ぎることもできない。いまこそ日本人スルースキルを発したいのに逃げられない。
嫌な汗がたらりと背中に流れる。

「それじゃあ、また」

結局、奇妙な緊張状態に耐えられなくなって脈絡なく逃げることにした。これ以上は無理だ。……さっきの悲しそうな顔がちょっと気になるけれど、大丈夫ですか?なんて聞き辛いしなあ。


「ま、待って」


するとどうしたことか教室に行こうと背中を向けた私向けて美女が慌てたように追いかけてきた。
今まで生きてきて見た中でダントツの美女が私を呼ぶ。ちなみにこの美女を見るまでは美加が1位だった。美女としては何気ない日常生活のことなんだろうけれど、私には凄まじい威力を発揮する。容姿の威力を思い知った。
神様が自ら手を加えたかのように整った顔はいまや慌てたようになっていて、是非とも教えてほしいシャンプーとリンスの銘柄!なんて思ってしまうぐらい枝毛とか一切感じられない髪が美女の動きにあわせて揺れていて、可憐・儚いなんて普段使わない言葉を連想するぐらいに病弱なほど真っ白で綺麗な肌、華奢な身体──言葉を失わずにいられるだろうか。


「あ。えっと」


周りの目なんて一切おかまいなしに私の口があんぐり開いてそのまま動かなくなる。私は馬鹿面さげて美女を見上げた。廊下にあがって私の目の前に立った美女は私よりも背が高かった。170cmぐらいだろうか。
わーモデル体型だなあ。
なんて考えをあさってに向けて停止しかける意識を持ちこたえさせる。全体が見えた美女は想像通り抜群のスタイルで、ズボンを履いていた。スカートじゃなくてズボンを履いていた。
絶句。

「俺、桜(おう)っていいます。あなたは?」
「お、おう?」
「え?お、桜です」

オットセイの鳴き声みたいな声が私の口から出る。この美女があの、噂に聞いていた桜先輩。

「ハジメ、マシテ。近藤と申します」

オーバーヒートした頭を下げながら挨拶すると「ご丁寧にありがとうございます」と桜先輩が頭を下げた。なんだろう。この湧き上がるモヤモヤ感は。

「そ、それじゃ」

手をあげて走る。教室に向けて一直線に走った。一瞬見えた美女、もとい桜先輩の悲しそうな顔が脳裏に焼きついたけれどいまは一刻も早く安全地帯に行きたかった。

「……アンタ、大丈夫か」
「げほ、ぜ、ごほっ」
「無理すんな」

机に座ってむせながら酸素を必死に取り入れようとする私に、波多くんが引き気味に心配してくれた。ありがとう。嬉しくない。




 
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