狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

09.「は、なに、おま、っ!」

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「まずは女の子かな?」
「ひっ!」

レオルが首を傾げてにっこり笑う。そして小手調べというかのようにゆっくりとした動作でレイピアを持ち上げて、加奈子に向かって投げた。反射的に加奈子の前に頑丈な壁を想像した。剣ってどれぐらいの威力なんだろう。壁を貫通するものなんだろうか。分からない。とりあえず剣を通さないような頑丈な壁を!

鈍い音を最後に、怖くなるほどの沈黙が辺りを支配する。

魔法は成功したらしい。剣は見えないなにかに突き刺さって、宙に浮いた状態で反動に身体を震わせている。そのすぐ先には泣き続ける加奈子が呆然と立ち尽くしながら、自分の額目掛けて動きを止めた剣の切っ先を見ていた。体の力が抜けたのか、加奈子がその場に倒れこむ。意識を失ったせいで受身を取れなかった加奈子の頭が地面に叩きつけられる。


危なかった。


心臓が震えて叫びだす。遅れて震え始めた手を入らない力精一杯込めて握り締める。レオルはなんの躊躇もなく脳天めがけて剣を投げていた。加奈子は避ける素振りも見せずそのまま。私がなにもしなかったら確実に死んでいた。やっぱり甘かったのだ。

「これは夢だ夢だ夢だ夢だ……っ!」
「次は君かなー」
「夢だ夢だ夢だ夢だ!」

翔太が強く叫んだ瞬間、翔太のまわりを分厚いコンクリートが現れて翔太を守るように囲っていく。ドーム状になったそれを、レオルは「へー」と呑気に呟いた後、人差し指を指揮するように動かす。響く地鳴り、抉られ深く深く空いていく穴、翔太がいるだろう球体が露になって、宙に持ち上げられる。お手玉のように軽く弾んだ球体は支えられることなく地面に落とされる。どれだけの衝撃だろう。球体が消えた。
砂埃が落ち着いて、蹲る翔太を見つけた。どこか怪我をしたんだ。血が流れている。

「次はどっちかなー」
「くっそおおお!」

大地が叫びながら炎を身に纏って突進していく。呆然としてる場合じゃない。我に返って大地のフォローに走る。

どうすればいい。なにが必要だ。
いつも、いつもは……こういう危ない奴と遭ったときは、いつも身近に持っているもので対処してきた。

特に梅のストーカーは強硬手段にでてくることが多くて、筆記用具始めいろいろ使った。切羽詰るようなことだってあった。その時は。
思い出したことで形にしてしまったのか、ポケットに重みがかかる。
大地は前回鈴谷に突進してただ吹き飛ばされてたことを反省したのか、火を弾丸のようにしてレオルに浴びせる。レオルは冷静なもので、降りかかってくる無数の火の玉を見上げたあと、手を叩いて円を作るように広げる。レオルを囲う青色のドームが現れた。ドームに触れた火の玉は貫通することなくジュウッと音を立てて消えていく。それでも大地はパイプを握り締めて突進していく。レオルはひどく楽しそうに笑っていた。
その後ろに動くものを見つけて、突撃しか頭にないだろう大地に向かって叫ぶ。

「大地!上!」

レオルを囲う青いドームが、レオルの背後の分だけ剥がれて反り返っていく。高く高く背を伸ばして、あっという間に3階建てのビルぐらいに背を伸ばしたそれは、大地を飲み込もうとするかのように身体を屈める。
それに大地が気がついたときには遅かった。
踏みとどまった大地を嘲笑うかのようにその巨体で大地を包みこんでいく。青い球体のなかは水で満たされているらしい。大地の髪が球体の中を漂い身体が浮き上がる。水を隔ててぐにゃりと歪んだ大地の目は信じられないとばかりに何度も瞬いて、口元を押さえる手から気泡が出る。
遠くて手も届かない。あれを壊す魔法を考えたところで、声が聞こえた。


「次は君」


抜き身の小刀をキラリと光らせて、いつの間にか移動していたレオルが笑う。教えてあげたんだといわんばかりに視線が合ってから小刀を投げつけてきた。思い切り顔めがけて投げてきた小刀を避けようと身体をひねったところで足が滑る。盛大にこけた。

「おーラッキー」
「はは、は」

地面に打ち付けた頭が痛い。岩がなくてよかった、だろうか。星が見えた気がする衝撃に目を瞬かせながら身体を起こす。

ここまでくるともう笑えてくる。本当にいまのはただのラッキーだった。足が震える。こけてなかったら完全に刺さってた。「おめでとう」とふざけた拍手を聞きながら、レオルの後ろにいた大地に注目する。大地はもう動いていない。いまはただ死んでいないことを祈るだけだ。そして大地には悪いがこの状況を利用させてもらう。そのためには一旦大地をアレから出さなきゃいけない。

アレを壊すには?

……穴を作ればいい。場所がなければその空間を作ればいい。水を抜かなきゃ。祭りで貰った水風船に針を刺したあのときのように。
魔法をかけてすぐ水が零れたのが見えた。すかさず大地に錯覚魔法をかけて、新しく、大地の姿を模したものを魔法で作り上げる。

「げほっうぅえ!ゲッ!この野朗!!」

意識があれば大地は懲りずに悪態をついてレオルに向かっていくだろう。激しい水音とともに水の球体から脱出したようにみせた大地を動かしてレオルに向かわせる。偽の大地が手を振り上げたのを合図に火の玉をレオルに浴びせる。レオルは面倒くさそうに大地のほうへ身体を向けた。すかさず背後に迫る。
私の動きに気がついたレオルは、偽の大地を相手にするのを止めてこちらを対処することに決めたらしい。
レオルが私に向かってなにかしようと人差し指を向ける──が、一瞬動きを止めた。
私が手に持っている傘を凝視している。意表をつけたようでなによりだった。こちとら余裕がないので、走った勢いにのせて傘の石突き部分をレオルに突き刺すように伸ばした。予想通り簡単にいなしたレオルは、続けて見もしないで、偽の大地が打ったようにみせかけた火の玉を先ほどの青いシールドで防いでいる。

でも、だからこそ火の玉の違和感に気がついたんだろう。

私が作った火の玉は、先ほどレオルが本物の大地から受けた火の玉と違って威力も質も違うはず。
レオルが気を逸らしてくれたところでボタンを押して傘を開く。勢いよく開いた傘から防犯ブザーの音が響き渡った。相変わらず五月蝿い金切り音だ。冗談交じりで梅と作った傘がこんな場面でも役に立つとは思わなかった。
面食らった様子を初めて見せたレオルにチャンスだと思った。開いた傘をそのままレオルに被せて、確かに身体に当たったことを確認しながら、奇跡かと思うぐらいのタイミングで体勢を崩したレオルに傘を突き落とそうと力を込める。


ふわりと浮いているレオルの身体。


突然、恐怖が頭をちらついた。

自分で傘を突き刺そうとしているはずなのに、このままだと本当に刺さってしまうことが想像できて怖くなった。でもきっとこれは最後のチャンスだ。コイツは、簡単に、それも遊びながら人を刺して笑うような奴だ。許せない。それにどうにかコイツを動けない状態にしないと、何度だって同じことをしてくる。その後のことはそのとき考えればいいんだ。でもっ。
僅かな時間に頭が熱を出しそうなほど色んな言葉が浮かんで消える。

私はきっとレオルのような奴からすればくだらないことで悩みすぎていたんだろう。

私が逡巡している間、刺さってはいなくとも傘の石突き部分を身体に突き当てられ十分痛いはずなのに、レオルは余所見をしていた。本物の大地がいる場所だ。なにを思ったのか、レオルはひどく楽しそうに笑った。
そしてなんの前触れなくレオルは石突き部分をなぎ払う。突然のことに今度は私がバランスを崩してしまう。足は簡単に地面を離れていく。素晴らしいことに倒れこむ先は楽しそうに笑うレオルだ。


この後のことを考える暇なんてないんだ。


ポケットに手をつっこんで目当てのものを握り締める。シャーペン状のそれは恐らく鉄でできているんだろう。ズシリとした重さがあった。振り上げる前に先にレオルが地面に倒れて、すぐに私もレオルの上に倒れこむ。立てていた肘が地面に線を引くように引きずられて鉄の棒を落としそうになったけれど、なんとか堪える。
すぐに膝立ちして体勢を整える。
伸びてきたレオルの手を片手で防ぎながら、鉄の棒を握る手だけはレオルの顔元から離れないように構える。必死だった。
なのに。


「は、もう、なんなんだよ」


レオルは笑っている。
こっちは尋常じゃない痛みを訴える肘を我慢しながら必死に鉄の棒をレオルの眼球すぐ近くに向けている。なのにレオルはまるで見えてないかのように笑っていた。
……昔一度だけ、プロレスでもしてるんじゃないかと思うぐらいに鍛えられた身体を持った男が梅を襲おうとしたことがあった。その場に居合わせた私は対抗して今と同じような状態になった。男は脂汗を流して震えていた。
だけどレオルは笑っている。楽しそうに、子供がおもちゃを見つけたように。

無理だわ、これ。

最初から無理だと分かってはいたけれど、ここまでの違いを見せ付けられると気力さえ沸いてこなくなる。狂ってる。
レオルの身体に覆いかぶさった状況ではあるけれど、加奈子のように気を失ってしまいたい。

「俺、男に興味ないんだけどなー」
「は、──っ!」

手をひかれて走る痛みに鉄の棒が地面に落ちる。立てていた膝を崩すように、私の胸倉掴んできた手が乱暴に引っ張ってくる。青い瞳に私が映った。いつものような冷めた視線ではなく、面白くて仕方がないといったように弧を描いている。

欲しいな。

確かに唇はそう動いて音を出した。


……え?


言葉が飲み込まれる。
呆然と、ただ目を見開く。レオルにキスされている。意味が分からなくて、見返すことしか出来ない。反応のない私に感触を教え込むように舌が唇を辿りだした。ピリッと痛みが走る。唇が切れていたらしく血の味が舌に広がった。ごくりとどちらともつかない唾液を飲む音が聞こえて、ようやく我に帰る。
身体を動かした瞬間、地面から頭を起こしていたレオルが狐のように目を細めた。私の動きはお見通しだとばかりに、地面に頭を寝かせるのにあわせて更に引き寄せられる。慌てて離れようと地面に手をついた瞬間払われて今度は頭を抱え込まれた。痛みに喘いだのが悪手だったのか、ぬるりとした舌が口内にはいりこんできて、もう頭がまわらない。

逃げられない。

胸倉から腰に移った手が服の下に滑り込んでくる。着込んでいて正解だった。地肌を捜しているのか、ただ単に面白がっているのか大きな掌はゆっくり身体をなぞってくる。

「──!ん゛ー!!」

懸命に抗議するもレオルはまったく聞きやしない。なにか魔法を使っているのか両腕ともにぴくりとも動かなくなった。そもそも密着状態なもんだからなにかやり返そうと思っても出来ない。汗と土ぼこり、血の匂いに頭がくらくらしてくる。

「は、なに、おま、っ!」

ようやく唇を離されかと思えば、唇を舐められる。それはそれは満足そうに目元を歪めた男は身体を起こして、逃げようとしたものの止められたせいで膝立ち状態の私を抱きこみながら見上げてくる。

「名前、なんて言うの?」
「名乗る必要が、ない」
「通り名でいいから。俺はレオル」
「……サク」

妙に機嫌がいいことと、私が言っても別に損にならないことを合わせてもったいぶらずに答える。下手に機嫌を損ねて血を見るのはもうごめんだ。

「そっかー。サク、今日はこれで訓練おしまい。また今度だね……さあ起きてー。寝すぎたら死ぬよー」

言うなりレオルは立ち上がって背伸びをする。そして朝寝坊をしている人を起こすように、呑気に、血を流して倒れる春哉たちに声をかけていく。そして、一人ひとりに手を翳して魔法をかけていく。その動作をしたあとに、倒れていた春哉たちが呻き声と共に起きるのを見るに治癒魔法なんだろう。
確か本では得意魔法ほどすぐにかけられて魔力の消費は少ないとあった。そして得意魔法は性格によると。春哉が治癒魔法が得意と聞いたときそうだろうなあと思ったけれど、とてもじゃないがレオルが治癒魔法に長ける性格だとは思わない。そんな視線を察したのかレオルが笑う。


「また壊せるから治すんだよ?」


つりあがる口元。
つられて自分の口元に手をやれば、濡れた感触。もう血の味はしなかった。






 
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