狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

08.「一緒に、遊ぼっか」

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この世界に来て3日目。

この世界に来てから元の世界では考えられないぐらい早起きだ。母さんが驚くだろう。
伸びをして支度を整える。身長操作のため少しかかとを作った靴は、履き慣れてるといえども今日から始まる訓練のことを考えれば大分足を引っ張るものになるだろう。ストレッチをして体をほぐす。
先日の訓練場でのことや春哉のことで部屋が変わるかと思ったけど、案外そのままだった。しかも衣食住の保障だけでなくこれから賃金が出るらしい。これはある意味当然か。
だけど衣食住含めここで生活をするということは、この世界で生きて、恩恵といえるものかわからないものを受けれいれていくことだ。関わる人が必ず出てくる。
不安が首をもたげる。ここの奴らが他の世界から人を誘拐するまでになった原因である魔物がこの世界に与えた影響を見て、嫌だしたくないだけで終わるだろうか。

情がでてくるんじゃないか。

そしてこの世界のため進んで戦うようになるんだろうか。そんな馬鹿げた、腹が立つことになるんじゃないか。
いま思えば、自分の意思なのか命令されてなのかは分からないけれど、ミリアたちはそういった考えのもとに勇者の部屋に赴いたのかもしれない。
手に入れた情報から考えるに、勇者の召還は当たり前だという考えが浸透しつつも、そう頻繁にできるものじゃないようだ。そう替えが効かないのなら、そりゃ、大事にしなければならない。そして出来るなら自ら進んで動いてくれるように環境を整えたほうがいい。


「サク様」
「ミリア、おはよう」


控えめなノックに扉を開けて迎え入れる。さあ、今日はなにがあるかな。



+++++


訓練が始まる10分前に集合場所とやらに向かう。そのあいだに通り過ぎる甲冑姿のむさ苦しい男達。突き刺さる視線は決して好意的なものじゃない。
勇者を召還するお偉いさんと、国の為にと戦うことを生業としている人たちで見方が違うんだろうか。どうでもいいか。

「春哉」
「おはよう、サク」

気になっていた人物は既に着いていた。というより勇者全員勢揃いだ。どうやら私が一番遅かったらしい。
控えめに手をあげて微笑んだ加奈子に微笑み返して、辺りを見渡す。勇者と甲冑を纏う男たちで少し距離がある。ミリアが別訓練をすることが多いとは言っていたけれど、その訓練の指導が昨日のような古参勇者によるものだったらあまり嬉しくないところだ。進藤と鈴谷にとってとても楽しい時間になるだろう。

けれど2人の様子を伺ってみれば、進藤と鈴谷は楽しみに表情を緩めることなく、むしろ、暗い空気をかもし出しながら唇を結んで視線を俯かせていた。なにかを見た進藤が舌打ちをする。

「あーだるいなあ」

聞こえたのは間延びした声だった。心臓を鷲づかみにされたような錯覚に陥る。振り返れば昨日見た教官の横に頭一つ分背の高い男が、あの、変質者がいた。
突然部屋に現れたかと思えばいちゃもんつけて腹を蹴ってきた男のことを早々忘れることはない。あまりにも強烈な印象だった。頬がひきつる。教官と変質者がなにか話している。
変質者は流石に今日は剣に血がついてることはなかったけれど、以前と同じ格好だ。そろった服装の兵士と比較するに、階級が高いのだろうか。見る限り教官より上のようだ。変質者の尊大な態度や言葉に、教官は眉を寄せ顔にシワを増やしていきながらも、彼の中では恐らく丁寧に対応をしている。
そういえば先ほどまで兵士のあいだにあったざわめきが消えている。変質者はどこでも誰にでも横柄でマイペースな態度なんだろう。異質という感じがする。

変質者のはねる金髪を目で追っていたら、視線が合ってしまう。

思わず眉が寄った。
変質者は目をぱちくりさせたあと、にんまりと口元吊り上げる。底冷えする冷めた視線は相変わらずだった。

「分かった分かった。俺が勇者達の指導ね?任せてくださいな」
「レオル団長!まだ」
「任せてって、言ったよね?」

嫌な音がした。耳障りな音が耳に響いていく。レオルという変質者はどこからか抜き身の大剣を取り出して地面に突き刺す。
私なら両手じゃないと扱えないだろう長い剣は刀身が掌一つ分じゃ足りないほどの大きさだ。教官が言葉を飲み込むように唇を噛んで下がる。そして、兵士を連れて訓練場の外へと出て行く。どこへ行くのか、ということよりもその姿を見送る背中の主の動向が気になる。
振り返った男、レオルは勇者全員を見下ろしながらひどく楽しそうに笑った。


「一緒に、遊ぼっか」


レオルは片手で剣を抜き取った。
行動が早かったのは進藤たち古参の勇者だった。鈴谷が昨日とは比較にならない威力を持つ魔法を放って、進藤もいつの間にか持っていた剣を手にレオルに詰め寄る。春哉も2人に向かってなにか言った後、剣を手に走る。

「っあ゛!」
「!」
「ぐっそ」

見間違いかと思った。
遅れて後ろから悲鳴が上がる。加奈子だ。翔太の言葉にならない声も聞こえる。

「マジかよ」

大地の呟きに「本当にな」と心中で返す。まるでテレビゲームの一場面だ。進藤がレオルに剣で腹を突き刺されていた。大剣ではなく細身のレイピアなのが救いなんだろうか。陽の光で銀色に光る刀身に真っ赤な血が伝う。

あっという間だった。

攻防が始まってすぐ、大剣は鈴谷に向かって投げられ、その風圧と恐ろしさのためか鈴谷は地面に転げまわって回避した。レオルに向かって進藤が剣を振り払ったものの、レオルは遊ぶように体を曲げて避け、大振りになって隙だらけの進藤を蹴り上げる。そして上げた足を下ろさないうちに、ついでとばかりにいくつかの小刀を春哉に向かって投げ、いなす春哉にデコピン動作をしながら恐らく突風魔法をお見舞いする。
忘れてたとばかりにもう一度春哉に向かって投げられた小刀は魔法の力を借りて春哉の肩と腹を抉った。鈴谷は魔法を自身と進藤にかけて再びレオルに向かうも、突如せりあがった地面に全身打ち付けられしばらくした後地面に落ちて動かなくなる。そして、進藤は首をまわしてダルそうにするレオルが終わりだとでもいうように目を開いたあと串刺しにされる。あっという間、だった。

ところどころで呻き声が聞こえる。そして気絶したかどうなのか、聞こえなくなっていく。

足がまったく動かない。喉の渇きを覚えて唾を飲み込む。そんな緊張を感じ取ったのか、レオルがこちらを見た。

笑った。


……次は私達だ。それが分かって手を握り締める。


「やだ、嘘。嘘でしょ」
「ありえないありえないありえない」

加奈子も翔太もさじ投げた状態だ。私だって、大地だってそうだ。でもなにかしないと次は私達だ。それは変わらない。レオルが進藤の体に足を置いて邪魔とばかりにレイピアを抜き取る。蹲る進藤。風に運ばれたのか、鼻をくすぐった血の香り。
砂利を踏む音をいやに早く感じる。レオル自体は散歩するようにゆっくり歩きながらレイピアについた血を宙を切って捨てている。楽しそうに様子を窺ってる。

……死にたくない。

身体を焼くような死を感じる。思惑だけじゃない、生身のものだ。浅くなった呼吸が聞こえる。大地のだ。私は歯がかみあわない。

「大地、魔法、どれが、得意だ」
「……あ?あ。火と、全般力任せ。壊す系」
「そっか。俺は補助全般」
「はは、笑える」
「だな。ついでに悪いけど、痴漢ぐらいしか相手したことねえわ」
「俺だって不良ぐらいしかねえよ」
「そんなもんだよな」

そんな余裕もないけれど話してしまう。出来れば組んで動きたいけれど、大地はなんにも考えず突撃型だ。それには相手が悪すぎる。かといって私自身もなにか出来る案はなにもない。

「剣もねえんだけど」
「魔法で作れば。使えるんなら作ったほうが……ってパイプだな」
「まあな」

大地の手に現れたのはどう見ても鉄パイプだった。不良とやりあってるとは言っていたが、鉄パイプでの喧嘩だったのか。それも十分血なまぐさい。慣れたものが出しやすいんだろう。私もそうしよう。こんなこと考えてる場合じゃないだろうけれど、魔力は調節したい。

なにせレオルが来てから古参の勇者の行動は早かった。信じられないが、信じたくないが、レオルが勇者を指導にあたるとき今回のようなことが普通なのだろう。なら、どんなに怪我を負わされても、また、治される。ここで死ぬことはないだろう。でもそれが事実かどうかなんて分かりゃしない訳で。手を開いて握り締めて、感覚を確かめる。

どう動こう。どう動けばいい。





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