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第一章 召還
06.「お前ら俺らの言うこと、しっかり聞けよ?」
しおりを挟む異世界に勇者として召還されて2日が経過。
昨日は特殊で異様で最悪な日だった。それで十分だったのに、今日は朝っぱら突然部屋に現れた見知らぬ男にいちゃもん付きで腹を蹴られて始まった。ついでに魔法を習得して男になることにも成功した記念すべき朝。
結論として気分は最悪だ。
ポーカーフェイスが得意でよかった。無表情を貼り付けてミリアの案内の元移動する。
これから先日私と同じく召還された勇者と、先に召還された勇者とご対面できるらしい。正直嬉しかった。今日会えるとは聞いていたけれど、本当にこんなに早く会えるなんて想定外だ。同じ立場としての意見もだけれど、なにより誰かの意見を聞きたくてしょうがない。先の勇者という立場になった彼らの話も、召還されてから今の現状も、全部知りたい。
だけど先日ミリアから話された内容を思い出して不安にかられる。ミリアのような女や男があいつらの部屋にも行ったはずだ。その時同じような説明をされたんだろうか。そして餌に満足したんだろうか。それともまだ、拒んでいるのか。
私と同じような不満を持っている奴だっているはずだ。そのはずだろ?でもそんな奴らが集まって、力と知識をつけたら、時を見て反旗を翻すことだってあるんじゃないのか?そんなことを思わないぐらい……。
「お待たせいたしました。加奈子様、翔太様、大地様」
ドアが開いて、広い空間と、そこに置かれた豪華なソファに腰掛ける見覚えのある顔が見えた。私と同じく召還された3人だった。そして、3人の傍に立つ数人の男女。
「遅いんだよ」
「申し訳ございません」
「い、いいじゃん。ほら!部屋が遠かったんだって」
「加奈子様はお優しいですね」
「庇われることはございませんよ」
「いいから早く移動しようよ」
「翔太様の能力早く知りたいですわ」
雰囲気の変わった彼らを見てなにか笑いたくなった。そういえば名前も知らなかった彼らはくつろいでいて、周りにいるそれぞれの付き人と談笑している。先日の刺々しい空気は消え去っていた。ぼおっと眺めていたら、加奈子様と呼ばれた女子が付き人となにか話した後、駆け寄ってくる。焦げ茶で緩くパーマをかけた髪が胸元で揺れている。
「サクくん」
誰からその名前を聞いたのやら、その名前を呼んだ加奈子はどこか迷いを見せたあと私の手を引っ張る。上目遣いにこちらを見上げてくる加奈子は、一瞬目を泳がせた後ミリアを見て、その場から下がらせる。引っ張られる腕に逆らうことなく移動すると、加奈子は嬉しそうに口元を綻ばせて、私を引っ張ったかと思うと必要以上に近くに顔を寄せた。
「あのね、サクくんを私の特別にしてあげる」
「は?」
「……あれ?もしかして、聞いてない?」
耳元で囁かれた言葉の意味に思わず低い声で返してしまえば、加奈子は不思議そうに首を傾げた後、妖しく笑った。
「この世界では女の子は特別なんだって。私以外にも今はここにちょっとは女の子はいるんだけど、本当は城下町にもこの国の外でも女の子はほとんどいないの。珍しいし大事だからちょっとした権力だってあるんだよ。それに一妻多夫なんだって。だから……サクくん、私と同じ立場だし、その、カッコいいし、私が守ってあげる」
「加奈子様。お邪魔して申し訳ありません」
照れたように笑った加奈子の後ろから声がかかる。加奈子の付き人らしい男だ。突き刺さる鋭い視線をじっと見ていれば、男は加奈子の手を取って先ほどのソファへと加奈子を誘う。どうやら私はあの男に牽制をかけられたらしい。ひどく鬱陶しい。振り返って手を振ってきた加奈子に無言で返して、いつの間にか傍に立っていたミリアの案内の元、同じくソファに向かう。
「集まったとこだし早く行こうぜ」
「賛成」
「そうだね。先についてる人たちってどんな感じなのかな」
ぞろぞろと移動し始める彼らの後ろを歩く。素敵な1日の始まりはずっと続くらしい。この様子を見れば先に着いた勇者も同じ状態だろう。望みが薄まったいまでは会っても疲れるだけだ。
「今から向かいますのは訓練場でございます」
「そこに先の勇者もいるんだ」
「はい」
そこでせっせとこの国の為に戦いに備えているのか。
考えて溜息が出そうになって、ネガティブな思考になってしまう自分に気がついた。
私、こんなにウジウジしてる奴だったっけ。基本どうでもよくて流れに身を任せてたような気がするのに。なんか盛り上がってるなら勝手にしておけばいいって放置していた。それで私は──
『きっと桜は人に興味がないんだね』
昔、梅が私にそんなことを言った。人の名前をすぐに覚える梅に凄いなと言ったことからそんな話になった。
『興味がないと覚えられないんだよ。なんていうんだろ。その人を見てその人の特徴を覚えて関連付けないと駄目でしょ?いっぱい色んな視点で見て覚えるって凄い集中力がいるよ。興味がなきゃそんなこと出来ないもん』
『まあ、確かにそうかも。さっき話してた子はクラスメイトだってことぐらいしか覚えてない』
『森本さんだよ……』
『へえ。私にとって森本さんはクラスメイトとして話すことがあるだろうから、クラスメイトとして顔認識してるぐらいなんだろうな』
『ドライだね』
『梅、そろそろ授業始まるよ。席戻りな』
鐘が鳴っても動かない梅を咎めれば、梅はニヤニヤ笑いながら私を見ていた。
『私のことはちゃんと興味持ってくれてるんだ』
『毎日新鮮だからな。なにするか分からないし面白い』
『ふふー!私も桜のこと大好きだよ!今まで会った人の誰よりもなにをするか分からなくて見てて面白いの。自分の興味がないことに関しては見向きもしないのに、興味あるものに出会ったら自分が楽しめるようにすっごく遊ぶもんね。その時の顔ったら……っ!きゃあー』
興奮して顔を抑えながらはしゃぐ梅に私じゃなくて教室に入ってきた先生が喝をいれる。といっても回数を重ねるごとに先生の声は小さくなっていっている。
楽しそうに笑いながら梅は最後に私に手を振って席に座る。そんな梅を私は肩肘つきながら眺めたあと、始まった授業に目を閉じた。
「──どうでもいいか」
「……サク様?」
「ああ、なんでもないよ。ミリア」
「っ!失礼しました」
表情はあまり変えないものの訝しげに眉を寄せたミリアに微笑めば、目を丸くしたミリアは前へと視線を移した。その頬が赤くて益々笑みが深くなるのが分かる。結構、ミリアは面白い。
梅に感謝だ。周りがごちゃごちゃ五月蝿くなってなにが欲しいか分からなくなったとき、いつも、欲しかったものを言い当ててくれた。
この無茶苦茶で最悪な状況、もうどうでもいい。
だけどこんな状況をした奴らを許さない。
でも、折角だから楽しんでしまえばいい。
一朝一夕にはいかないだろうからその間を楽しんで、たまにはどんな報復をしてやるかを肴にしてここで生きてやろう。
よかった。……ここに居るのは私だ。
廊下の突き当たりにあった大きな扉を開けた近くに訓練場はあった。なだらかな丘を下ったところに空き地のような場所が広がっている。野球場2つ分だろうか。草の垣根で隔てられている。
訓練場には既に人がいた。
甲冑に身を包む暑苦しい姿をした者もいれば、ズボンにタンクトップとラフないでたちの者もいる。全員訓練場のところどころで走り込みをしていたり、打ち合いをしていた。響く金属音や怒声に、舞う土埃。日差しで光る汗すべてにうだるような熱が篭っていて圧倒される。ごくり、と誰かの唾を飲む音が聞こえた。
「わ、あ」
思わずといった具合に出た加奈子の言葉に付き人の男が安心を促す。丘を下って甲冑に身を包んだ教官らしき人物の近くに寄れば、教官は眉をひそめたあと、叫ぶ。
「並べ!なにグズグズしてるんだっ!」
響き渡る怒号になんの反応も出さないように注意しながら辺りを窺う。
勇者は来るべき戦いとやらの為にこれからは毎日基礎訓練というものをこなしていき、もう大丈夫だと太鼓判押されたら遠征に出るようになるらしい。
まずは魔法の習得で、それが出来た者から別のプログラムが始まるのだそうだ。どうやら召還した勇者が戦うことを身近にしてきた人達ではないことが多かったらしい。こんな勇者養成所まで出来ている。それでも最低限使えるようにはしてくれるのは良かった。今から魔物倒しに行ってこいとか言われても、すぐ死ぬのは簡単に想像できる。
「先日執り行われた召還の儀式により現れた勇者達だ!先の勇者は彼らの指導にあたれっ!他、たるんだ根性引き締めて来い!100周のち打ち合い!」
「おうっ」
野太い掛け声のもと甲冑に身を包んだ男達が訓練場の端を走りだす。ガシャガシャと鳴る金属音と踏みしめる足音に重さが伝わってくる。
「お前らついてこいよ」
「面倒臭いなあ」
どうやら勇者は甲冑を着ていない人たちだったらしい。3人居る。元の世界でもなにか部活とかしていたのかここで生活したうえでそうなったのか分からないが、筋肉隆々の男はついて来いとばかりにもう一つの訓練場のほうへと歩き出す。中肉中背の男は小さく欠伸をしながらその後を追う。
「……なに」
「別になんでもないよ」
細身の黒髪の男は目が合うと視線を逸らして歩き出した。私達も反対する理由がないので彼らに従う。もう一つの訓練場は先ほどの訓練場と違い、周りを覆うように木の衝立が並んでいた。少し離れたところで城を囲う森が風に煽られてざわざわ囁きだす。
「で、どいつだよ。火の魔法使ったって奴」
「あ?俺だけどそれがどう……っぐあ゛!」
「よっえ!」
「僕でも余裕だね」
「鈴谷(すずや)でこれなら春哉(はるや)でも簡単じゃねえの!」
先日火の魔法を使った男、恐らく大地が中肉中背の男が使っただろう魔法で吹き飛ばされる。彼はこの世界に来てから随分散々な目に遭っているな。
「お前ら俺らの言うこと、しっかり聞けよ?」
呻いて倒れる大地、固まる翔太と加奈子、ぼうっとする私を眺めて、同士であるはずの勇者は鼻で笑った。
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