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第二章 旅
114.「終わらせる役目は彼らにしてもらう」
しおりを挟む最初のページには少ししか言葉がなかった。
《荻野空様へ スーラより》
そんな言葉で始まった次の頁は増えていく魔物に怯える生活や、魔物に殺されていく街の人や兄弟の話だった。どうやら空さんが召喚される前の出来事で、そのときに書いた日記らしい。最初の宛名は後から付け加えられたんだろうか。
1つのページに目を留める。ほとんど白紙のページで、1文しか載っていなかった。
《お父様とお母様が戦死した。》
次のページをめくると、ここもまたほとんど白紙だ。
《ハトラお兄様が封印された禁呪の使用を決意された。願わくば成功してほしい。……どうかハトラお兄様の命を奪うことがありませんように……》
見慣れない単語に顔をあげると、リガルさんは悲しそうに微笑んだ。
「禁呪のことですかな」
「……そうです。これって召喚のことですか」
「そうです。召喚はその日記によると禁呪とされ封印されていたものだったんです」
となるとこの時代よりも前に召喚は行われていた?それは勇者召喚としてなんだろうか。それならこの時代よりも前から闇の者は存在したということか?禁じられた呪なんて物騒な単語だ。その時代でそんな言葉で封印までされた召喚魔法はその時代どんなふうに、なぜ、使われたんだろう。
次のページを、また次のページをめくっていく。
「勇者召喚を成し遂げたのはスーラの兄、ハトラ。ハトラは国を預かるものとして毎日決断を迫られていた。毎日数人の兵士や民を生贄のように魔物と戦わせて魔物が国に近づくのを防ぎ、その日に明日の生贄を選ぶ。生死の順番を決める毎日。ハトラは救いを求めていた」
ページをめくるごとに伝わってくるのはハトラの身を削る毎日の過酷さと壊れていく心だ。国の当主として選ばれた彼は苦しい決断を迫られ続ける。彼を支えるはずの兄弟は彼に万が一のことがあったときに身代わりとしてなる妹スーラを残し、すべて魔物に立ち向かう生贄として選ばれる。それはハトラの両親がハトラを当主として定めたときに決定したことだった。大勢を守るためとはいえ民を生贄にすると決めたとき、ハトラの両親は自分たちもそうすると覚悟を決めたのだ。
「民が死に、友が死に、家族が死に──追い詰められたハトラは召喚魔法に一縷の望みをかけて行った。ハトラの望みはただ一つ」
リガルさんが言葉をきる。私も次のページをめくることができず、涙のシミが残るページを見続けた。
《ハトラお兄様は祈った》
小さな字のあとにはまだ言葉が綴られていた。
《 誰か助けてください 》
ハトラという人の悲しみが、短い文字から伝わってくる。なぜか文字をなぞってしまった。誰か助けてください。その願いが勇者召喚となった。
「現状を変えてくれる誰かを望んだハトラの願いは初代勇者空をこの世界に呼びました。サクさん。あなたに私たちのことを許せとは言いません。……いや、許せもなにもない。これは私のエゴなんです。この勇者召喚のせいで居場所を奪われ戦いを強いられているのは存じています。しかし、それでも彼らのことを知ってほしい」
まるで彼ら自身のように苦しげに話すリガルさんの言葉は頭に響くけれど、すうっとどこかへ通り過ぎていく。私は機械のようにページをめくっていた。
《召喚が成功した!これで私たちは救われるんだわ!これで皆死なないのよ!》
《空様って本当に大丈夫なのかしら?あんなふうにヘラヘラ笑う人初めて見たわ》
《ハトラお兄様が笑った。あの空という奴のお陰ですって》
《空はやっぱり召喚されただけあって凄い力を持っている人だった。目の前で見たのにまだ信じられないわ。国の大樹を背にして半円を描くように土地を切り取った。魔物が襲って来るなら魔物が国に入れないようにすればいいってあんな簡単に……。切り取った土地は守りの薄い大樹の向かいに重ねられて、毎日見ていた魔物がもう一匹も見えない。折角だから多めに切り取ったってなにを言っているのかしら。あいつこそ魔物なんじゃ……》
《縮小されつつあった国土を格段に広げた空の功績に民は声を大にして崇めている。なによあいつら。空のこと化け物って言ってたくせに》
《ハトラお兄様と空がお酒を酌み交わしていた。私も誘ってほしかったわ……》
《昨日空が言っていた言葉が忘れられない。空みたいな人をもっと呼ぼうって私も出来るようになろうって思ってたのに……。弟の大地さんと会えないのが寂しいって……私、今まで何を勘違いしていたんだろう。空には家族がいたのよ。私たちが空を元の世界から、空の生活を奪ったんだわ》
《空はなにも出来ない私を怒らない。いつもみたいにヘラヘラ笑っている。私はどうすればいいの。どうしたら償えるの。……勇者召喚は別にしてもいいんじゃないかって空は言った。あれは本心なんだろうか。……きっとそうなんでしょうね。召喚する対象を、そこじゃないどこかを強く望む人なら別にいいんじゃないかってわざわざ提案してくるんですもの》
《弟の大地さんの話を聞いた。眩しくなるほど純粋で元気な人らしいわ。素敵な人ねと言ったらなんともいえない表情を浮かべていたけれど……。会えるのなら会ってみたい。大地さんから空の話を聞きたいわ。きっと空の話をするのはとっても楽しいわ》
《……2度目の召喚が行われる。空はハトラお兄様を手伝うと決めた。そして、召喚に制限をつけた。その場所で生きたくないほどどこかを願う人であること、召喚された瞬間、その人はその世界で存在しなかったことにすること。この2つだ。理由を聞いたらそのほうが少なくとも1つはお互いにメリットがあるからと笑った。なぜ存在しなかったことにするのか聞いてみたら「大地は俺がいなくなったことにショックをうけてるだろうから」と、今度は泣きそうに笑った。私たちは召喚魔法をしてよかったんだろうか》
《あの人が怖い》
《……今日、空が大怪我をして帰ってきた。ハトラお兄様の治癒魔法でことなきを得たけれど、死んでいたかもしれない。こんなはずじゃなかった。私は空を愛してしまった。彼が死んでしまうのが怖い》
スーラさんの言葉が頭の中をぐるぐるまわって文字を読むたび苦しくなる。
──ずるいよな。
そんなことを思ってしまった。そんな事情は知りたくなかった。それが正直な感想だ。そして、召喚にあった疑問に賭けていたもしかしたらが無くなってしまったことにショックを受けてしまう。大地が空さんを覚えていた理由は召喚時にそう設定されていなかったからだ。ただそれだけの理由。
どこかを願ったわけじゃないのに私が召喚された理由はまだ分からないけれど、このぶんだと期待はしないほうがよさそうだ。
また、ページをめくる。
続く内容はスーラさんとハトラさんと空さんの生活だった。魔物に追われ、民の生活を守り、国を保つために画策する日々。そして空さんとスーラさんが結ばれ、それをハトラさんが心の底から喜んだこと。
《空との子供を身籠った。息子なら大地と名付けようって空と話したわ。前は明日が来るのが怖かったのに今は楽しみでしょうがない。大きくなっていくお腹を見るのがとても楽しいの。ハトラお兄様も喜んでくれて、私、本当に幸せ》
《小野本が怖い。召喚されたとき自分を勇者と名乗った彼が褒美として私を求めてきたときだって怖かったのに、最近、私を見る彼の眼はあのときより怖い》
《空が死んだ》
どきりとして手を止めてしまう。
私の反応を見て声をかけたのはリルドさんだった。きっとリルドさんは何度もこの本を読んだのだろう。静かに続きを話し出す。
「その後スーラは先ほど話したように身重の身で監視を逃れリガーザニアに逃亡します。ハトラはスーラを逃がす過程で命を落としました」
話を聞きながらめくったページは何枚も白紙だった。
そしてようやく浮かんだ言葉はリガルさんの話す内容がそのまま綴られていた。そして──
《空、大地が生まれたわよ。あなたの子供よ、空。》
《ハトラお兄様。あなたの真似をして書き始めた日記を息子の大地も真似し始めたのよ。おかしいでしょう?》
──たまらず、本を閉じた。
両隣にいるリーフと梅が心配そうに私を窺ってくる。それに気がついているのに、なにも応えられない。
勇者召喚なんて考えた奴ふざけんなって思ってた。でもそういう方法は使う人の善悪に委ねられるものだし一概に悪いとは言えない。そうも思っていた。
でも。
これはなかなか胸にくるものがある。ただただ悲しい。……知りたくなかったなあ。怒ったままでいたかったわ。
「私はこの人達嫌い」
ぐちゃぐちゃな感情にたまらず溜息を吐いたら、梅があっけらかんと言った。梅を見れば、梅は私をじっと見たあと小さな子供にするように微笑む。
「だって私にサクのことを忘れさせたんだもん。だから嫌い──でも許さないのはあの国の奴ら。この人達じゃない」
私の視界を明るくする梅ははっきりとそう言うと本を手に取ってセルジオに渡した。
「はいどーぞ」
「あ、うん」
目をぱちくりとさせるセルジオとリガルさんを見ながら梅は珍しく困ったような表情を浮かべる。そして梅は一度言葉を探すように唸ったあと、明るく笑った。
「導き人って人も大変だったんだね。うーん。ほんと能力あるって疲れるよねー。私もよく絡まれるし色々期待されるし大変だった。勇者的メリットもあるみたいだし面倒だね、この世界」
「はあ……」
予想外だったらしい梅の反応にリガルさんは思わずといったように生返事だ。
ああ、梅だ。
場違いにそんなことを思って、気がつく。暗い気持ちはどこかへ消え去って頭の中はいやにスッキリしている。自分がどうしたいのかを初めて分かったような、というより思い出せたような気持ちだ。
呆然としていると頬を指でつつかれる。梅だ。見ればにんまりと笑う顔が見えた。
「サーク」
「はい、なんでしょう」
「大丈夫だよ。サクにはもう私がいるし、私もサクがいればなんでも笑って終わらせられるんだからっ。あ、でもさっきも言ったようにあの国の奴らは私一生許さないし絶対に思い知らせるからね。そのときは手伝ってよサク!」
明るい声で物騒な内容だ。問題なことに梅の言葉は最初から最後まで本心だということ。10人見れば10人とも可愛いという顔をしていま梅が頭の中に思い描いているのは、許さない奴らに対するえぐいほどの報復だ。
ああ、この感覚だ。元の世界で何度も味わったこの感覚……。梅を見ていたら考えるのが馬鹿らしくなってくるんだよな。
「はは」
「……っ!そうそうサク笑っちゃえ!どうせ世の中どこでも最悪なんだよ!でも私はサクがいたらなんでも面白くなるの!サクもなんだかんだいって私といると楽しいでしょっ?遊ぼうよ!いっぱい楽しんじゃおっ!この世界でもいっぱいさ。ううん、前の世界よりもっと色んなことしよう!気に入らない奴の復讐だってしちゃえばいいし、のんびり過ごしてもいいんだからっ!」
前の世界と同じことを言う梅に胸が震えるほどの感情が生まれる。
にっこり笑いながら私の頬を指でつついてくる梅に、あのときと同じように私も仕返しした。両頬をぐっと思い切りつねってやる。
「確かに梅子といると面白い。飽きないよ」
「~~っ!!!いやーっ!その顔可愛いーっ!」
幸せそうに笑って抱き着いてきた梅を抱き返す。もうほんと梅に感謝だ。でも調子に乗りそうだから10秒ぐらいしたら距離をとろう。
梅が私の心をのぞけたらひどいと叫びそうなことを考えながら、先ほどから刺さってくる視線を見返す。セルジオとリガルさんが何度も目を瞬かせていた。リガルさんを見て、それからセルジオを見れば、目が合ったセルジオは顔を真っ赤にして目を逸らした。
変な反応に首を傾げたら服を引っ張られる。リーフだ。
「俺もいるから」
小さな声で呟かれた言葉に「そうだな」と返して頭を撫でる。子ども扱いするなとか叫んでるけど可愛いもんだ。
──らしくなかったな、私。
晴れ晴れとした気持ちは久しぶりで、身体まで軽くなったようだ。リーフの頭を撫でるのを止めて梅も引き剥がせばもっと軽くなる。両隣から抗議が聞こえてきたけど無視した。
「リガルさん、他にも残っている文献はありませんか?私は勇者召喚をなくしたいんです。そのための方法が知りたい」
勇者召喚されたせいで色んなものを奪われたし、まあ、なかなか辛い体験もした。
だから勇者召喚はなくしてしまいたい。
すべて忘れてこの世界で生きることを選んだら勇者召喚を認めることになる。それは嫌だ。それに勇者召喚を黙認したらあいつらが得をし続ける。そんなの許せない。まあ、嫌がらせみたいなもんだ。
「私、魔物討伐に対してすべて勇者任せにするあいつらが心の底から許せないんです。自分たちの問題に対して限界を感じるまで努力しなかった奴らが、惰性や楽をするために勇者召喚っていう誘拐をしてすべて丸投げするのがね、嫌いなんです。だから──同じ土俵に立たせたい。勇者召喚を無くしてしまってそれから、彼らがしてきたことを思い知らせてやりたいんです」
私の子供みたいな言い分に、リガルさんはなんとも言えない表情だ。なにか言いたいけれど言えないのだろう。私も自分の願望を話しながら子供だなと思ってしまった。
「彼らにとって勇者召喚が当たり前で勇者が自分達の代わりに魔物を殺すのが当たり前なのと同じです。私が彼らにしてやりたいことは、そうするのが当たり前なんです」
「それはサクさんにもかかる言葉です……それに、それだといつまでも」
「ええそうです。それはしょうがない。そして終わらせる役目は彼らにしてもらう」
言葉を無くしたリガルさんに私ももう話すことはなくなった。
リガルさんは優しい人だと思う。自分の先祖のことを思って心を痛め、自分のことのように悩み、自分自身が加害者かのような立ち位置に身をおいて心の底から謝罪をする人。本当に優しい人だと思う。そんな優しい人の意を汲んで「私は誰も恨んでいません」なんて言えたらよかったけれど、それは他の人に任せよう。私は無理だ。
「リガルさん、ありがとうございました。進藤がまだ近くにいないとも限りませんので私たちはそろそろお暇させて頂きます」
「サクさん……」
「それと、私も梅と同意見なんです。ハトラさんもスーラさんも、この目で見てはいないけれど彼らは尽力した。追い詰められた結果、最後、禁呪とされた召喚を選んだ。尊敬こそすれ恨みはありません。……まあ、正直勇者召喚っていう方法さえなければ最初がなかったのにって思いましたけどね。でも私が恨んでいるのは惰性で召喚したフィラル王国の人間です」
戸惑うリガルさんに頭を下げてから席を立つ。2階に置いてある荷物をまとめなければならない。
移動しながら視界の端に映ったのはセルジオとリガルさんが話す姿だ。さあどうしたものかと悩みながら部屋のドアを開ける。
あ、そういえば部屋のお金って払ったんだろうか……。
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