狂った勇者が望んだこと

夕露

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第四章 狂った勇者が望んだこと

250.悪友

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満面の笑顔が私を見たまま固まって数秒後、泣きそうなほど顔を歪めて私にかけよってくる。リーシェと口にしながら私の身体を触って怪我の具合を確かめる梅の姿を、私はぼおっと眺めていた。


なんでここに来れたのか。
ああ、クラリスのように魔力を辿って転移してきたんだろう。

なんでこのタイミングで。
やっと呼んでくれたって言ってたし、私が梅と言うことがトリガーだったんだろう。


考えたあと返事をするように分かる答えに納得する自分に気がつく。死人と会話だけじゃ飽きたらず、自分と会話するようになってしまったらしい。これはこれで危ない道を行ってる気がする。やっと気持ちを持ち直せるとおもった矢先に……やっと?梅の言葉を思い出して、納得する。
ああ、だから、梅は私に会おうとしなかったんだ。
私が梅を呼ぶまで会わないって決めてたんだろうか。だとしたらなに考えてんだろう。ほんと。



「──リーシェ、リーシェ!ちゃんと私を見て!なにがあったの?!リーシェが怪我してるわけじゃないみたいだけど……合ってる?!話せる!?」



汚れるのも構わないで私の両肩に手をおいて詰め寄ってくる梅の真面目な顔に違和感を覚えて、笑ってしまう。前の世界でもこんなことがあったっけ。私が参ってるときに梅が駆けつけてきて、お人形のようだといわれてるなんて思えないほど怒りを露わにしてたっけ。
目の前の梅も事情を話せばクラリスはもう死んだのに殺しに行きそうだ。
ますますおかしくなって声までだして笑ってしまうけど、私の心配をしてくれてるのにこれは酷いだろう。梅の手を握って安心できるよう微笑む。


「ありがとう、アイフェ。大丈夫。怪我は恵みの雫でもう治ったし大丈夫だから安心して」
「っ!……治ったって」
「アイフェにお願いがあるんだ」
「なに!?」
「レオルド達に伝言を伝えてほしいんだ」
「……え?」


私の言い分に不満を滲ませた顔が、お願いと聞いて喜んで、その内容を聞いたとたん表情を固くする。コロコロ変わる姿に安心してしまう。長いこと梅に会ってなかったけど、怪我があるようには見えないし、元気に過ごしてたみたいだ。よかった。


「私、いまアイツらに会えなくてさ……フィラル王国との戦争が始まったことと、春哉が死んだこと、勇者サクが生きてることがフィラル王国に知られたことを伝えてほしい。私は……しばらく身を隠すから」


それで、なにから始めようか。恵みの雫もあることだしいろいろできそうだけど、サクとして動くかリーシェとして動くか悩みどころだ。
ジルドの館にはもう戻れないけど……いや、戻るのもありかもしれない。ライは策をこうじてジルドがまだフィラル王国に隷属してる状態にしていると言っていた。戦争が始まったいま、ジルドが好意を寄せているリーシェに見出されていた人質としての価値は上がっただろう。そのうえ里奈さんと似ている容姿だ。私が囮として動けば有利に進めやすいはずだ。
勇者サクとして動くなら、世の中に知られている死んだ理由が嘘だと告発すればフィラル王国への不信を抱かせることができるだろう。アルドさんと一緒に前にでればその信憑性も増すはずだ。それはきっと勇者側の力になる。



「ねえ、リーシェ。なにするつもりなの?」



抑揚のない声に顔をあげれば、茶色の瞳に私を映しながら口元をさげる寂しそうな顔が見える。
教えて。
そう短く願いを告げて私の顔に手を伸ばす梅の手は春哉に似ていた。

きっと梅なら迷わない。
きっと梅は躊躇なくやりとげる。

その確信があって羨ましくなる。
いいなあ。
そう思っていただけが、口にしてしまったんだろうか。私の頬を流れる涙を拭っていた手がピタリと止まって、梅は顔を歪める。


「ねえ、リーシェ。どいつ?どいつがリーシェをそんなふうにしたの?」
「……そんなふう?だから、大丈夫。怪我は治ってるから」
「違う、違うよ!だってリーシェ……リーシェは──私、そんなすがた知らない」


そうでしょうね。
微笑みながら、なにを言ってるのかと思って首を傾げてしまう。


「私はアイフェのなかでどんな奴なわけ?前の世界でもそうだったけどさ……悪いけど、私、そんな凄い奴でもなんでもないんで」
「……そうなの?」
「そうだよ」
「……前の世界の私はどんな奴だったの?」


地面に膝をついて立っていた梅は私から視線をそらさずに座り込む。私はそんな梅を見ながら前の世界のことを思い出して、うまく笑えなくなる。
前の世界でもこの世界でもそうだ。梅が私におかしいぐらい執着する理由が分からない。私は自分にそこまでの価値を見出せない。


「アイフェは前の世界でも知り合ってからずっと私のことを追っかけてきてた。あと私に憧れ?っぽい感じをもってたな。変な奴だったよ」
「今もそうだよ。あなたにこの世界で初めて会ったときからずっとまた会いたいって思って、追いかけちゃったもん。それに私、あなたが私を見てしょうがないなあって感じに笑う顔が好き。突き放さないで理解しようとしてくれるところも、自分が傷つくかもしれないのに一度受け入れたら見捨てられないところとか、そのくせ容赦なく切り捨てるはっきりしたところも好き。自分の大事なものがはっきりしてて、そのためなら他を捨てられるところに憧れたんだよ」


ここまでくると、自分でいうのもなんだけど梅は私の信者なんじゃないだろうか。いろいろつっこみたいけど、続きを待つ梅の期待に応えることにした。


「周りがごちゃごちゃ五月蠅くなってきて自分がどうしたらいいのか分からなくなったとき、アイフェはいつも私の欲しかったものを言い当ててくれた……前の世界で、つまらないことばっかり起きて嫌気がさしてたときだって、この世界でどうしようもないことに悩んでたときだってそう。私からしたらアイフェのほうが凄いよ……私にはないものばっか持ってて、憧れてる」
「リーシェのなかの私って凄いんだ?へへっ、嬉しいなあ」


照れ笑いする姿に、驚く。
お互い違う気持ちを持っているらしい。私も、梅のことを勝手な印象で決めつけていたのかもしれない。ふと、そんなことを思って、それも当たり前かと嗤う。


「私ね、前の世界でお人形のように育てられてたの。可愛いってちやほやしてくるだけじゃなくてね、可愛い存在でいるようにって望まれてたし親からもそう躾けられてた。ずっとそんな生活だったからこう動けばいいって正解ができてたの。相手が私に望むことなんてだいたい決まってたし、親も危害がおよびそうなことには逃げていいって許してくれてたからそこまで最悪なことにはなってなかったんだと思うけど、私……もう誰にも私のことを理解してもらおうなんて思わなかった。でも、でもね……リーシェのことは分からなかった。分からなくて……だから追っかけたの。それに、リーシェたちには知ってほしいって思ったんだ。でも、自分のために動くことっていうか、自分がしたいことのために動くってよく分からなくってね」


梅の記憶はどうなってるんだろう。ちぐはぐに思える話を聞いて思い出すのはリガーザニアで再会して前の世界のことを暖炉の前で話したときのことだ。
一つ一つ答え合わせをするように、もうない記憶をすりあわせて失ったものを取り戻そうと──

『アイフェさんの執着が空さんの願いを超えたってだけじゃない?』

──私の願いなのか予想なのか分からないものに答えでもするように、春哉の声が聞こえてくる。
これは、誰の願いだろう。
梅は私を見て柔らかな笑みを浮かべる。


「……私ってね、きっとリーシェが思うよりリーシェのことが大好きだよ。それにね、認めたくないけどあいつらの気持ちがよく分かるの。オルヴェンの気持ちだって分かる。ね、お願い。
私の名前を呼んで。アイフェも好きだけど違うの……お願い」


地面においていた私の手を大事そうにすくいあげた梅は、願いごとでもするように両手で握った。
その手を握ってしまったのは、きっと。


「梅」
「……もう1回」
「梅」
「もっと愛をこめて!」
「調子にのらないでくれます?……梅」
「くううう!今ならなんでもお願い聞いてくれそう!だからもう1回!!」
「ほんとなに……馬鹿」
「そんな名前じゃありません!」
「梅」



きっと、期待した。

願ったんだ。

梅はいつも私の世界を広くする。
きっと、だから……私は梅を呼んだ。


梅。


涙がまた頬を流れたのは、目の前の梅が目を見開いたあと、花が開くように笑ったからだ。



「さくら……桜!桜っ!新庄桜っ!私の大好きな人!もう絶対誰にも奪わせないんだから!!!!」



物騒なことを宣言するや否やすごい勢いでタックルかましてきた梅を支えきれず、そのまま地面に押し倒される。受け身も取れず思い切り頭を打ったけど、いつもならゴメンと五月蠅いほど謝る梅が「桜」と連呼しながら私に抱きついてくる姿を見たら、なんだかもう、どうでもよくなった。胸も頭も痛いけど、にじりよって私の首に顔をぐりぐりと押し付けて不気味に笑い続ける梅に、なにかネガティブなことを考えろというのは無理な話だ。ああもう、ほんと。



「ありがとう、梅」
「えへへー!よく分かんないけど、どういたしまして!キャー!やったご褒美だ!!」



梅に負けないぐらい同じように抱きしめ返せば五月蠅い声。本当に、五月蠅い。
思い出してくれてありがとう。
梅にだけ聞こえるよう呟けば、思い出させてくれてありがとう、なんて変な言葉。ああでも、おかげで私の気持ちははっきりした。

馬鹿みたいな意地の張り合いを思い出して笑えるようにしたい。
そのための時間が作れるようにしたい。



「私、アイツらに思い知らせてやりたいんだ。手伝って」
「もちろん!生きてるのが嫌になるほど苦しめようよ!私、桜と一緒ならなんだってできるんだから!」



私の誘いに身体を起こした梅は目を輝かせながら二つ返事した。
梅も梅だけど、そう言うだろうと思っていた私も私だ。


「いっぱい遊ぼ!」


差し出された梅の手を取って私も身体を起こす。
それで、2人顔を見合わせて笑った。


「遊ぼっか」
「うん!」


きっと、間違えてるだろう。
きっと、大丈夫だろう。

いろんなことを思うけれど、結局、望んだのは私たちだ。

梅の背後に立つ千堂を見上げて微笑む。
羨ましそうに私たちを見ていた千堂は、私が笑うと睨んで姿を消した。

里奈はそう言ってくれなかった?

知るか、って話だ。私は私でしかない。
長い髪を後ろにひとつでくくって、魔法で服を着替える。動きやすいズボンに長袖。身体中についていた血や涙やらの汚れをぜんぶ取ってしまえば、もう、すべてが遠い過去になったように錯覚する。



「お互い知ってることぜんぶ共有しよう、梅。オルヴェンのことも知ってたんだ?」



気まずそうに視線をそらした梅に釘をさすため微笑めば、悩んだことが馬鹿らしくなるほどいろいろ話してくれた。
取り出したお茶とごはんを地べたに座りながら食べて、たくさんの話をする。

それは、元の世界で響と太一も一緒にした花見を思い出すような時間だった。








 
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みんなの感想(53件)

mikeee
2023.10.26 mikeee

強め男装女子、逆ハーレム系が好きで検索してたらこちらの作品を見つけました。
見つけたときはとても内容が楽しみですぐに読み始めました。読み進めていくとほんとに主人公の性格が好きすぎて内容も楽しく幸せでした。
素敵な作品を生み出してくださってありがとうございます!お忙しいとは思いますがこれからの更新を楽しみに待っています!

解除
黎明
2022.09.13 黎明

投稿嬉しいです!おかえりなさいませ!
いろんなことが分かってきて、これからの展開にドキドキします…。
そして投票してきました丿これからも応援しています!

夕露
2022.09.15 夕露

ただいまです……!約1年ぶりですね…っ(小声
新章を始めれたので、いろいろ動かせます。うふふ、やっと…

そして、応援ありがとうございます(´▽`)っ!!
めっちゃ嬉しいです。せめて今月中に5万字は達成させます!!

解除
黎明
2022.02.12 黎明

199話の冒頭で、リヒトくんのことを話している箇所がありますが、そこで出てくる名前がリーフになってますよ〜
勘違いだったらすみません!

夕露
2022.09.06 夕露

ご指摘ありがとうございます…(´▽`)!
いましがた訂正しました!

解除

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