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第四章 狂った勇者が望んだこと
237.監視
しおりを挟むなんで翔太がここにいるんだろう。
翔太はフィラル王国側の勇者とみて間違いない。ウシンの誘いにのって召喚に力を貸したことだし、サクを探していてもおかしくはない。
緊張が走る私と違って、大地は翔太の登場に驚きこそしたものの、気楽に返す。
「あー?なんでお前こんなとこにいんだよ」
「それってこっちの台詞なんだけど。ほんと、呑気でいいよね」
翔太は舌打ちするとネチネチ嫌味を続けていく。
相変わらずめんどくさそうな奴だ。
召喚に手を貸しているのを知ったときから翔太にまつわるすべてがどうでもよくなっているからか、思うことはそれぐらいだ。緊張したのが馬鹿らしくなるほど、愚痴を言い続ける姿に脅威を覚えない。翔太ならいざというとき対応できると思ってしまうせいもあるけど、病人のようにみえる陰鬱な雰囲気に私が手を下すまでもないと思えて──
『翔太も最近おかしいんだ』
──あ、私のせいだった。
翔太の魔力を使って召喚魔法を食い止めるように仕向けたことを思い出す。どうやら魔法はまだしっかり効いているらしい。それに、悪夢から解放されつつあるみたいだって話を聞いたけど、この様子を見るにそうともいえなさそうだ。
以前から細身で活力のない奴だったけど、寝不足なのかクマを作って両手を落ちつかなげに擦る姿は明るさの欠片もなく、なにかに取り組めるほどの余裕があるようには見えない。
とりあえず翔太のことは大地に任せて本とメモ用紙すべてを片付けていく。
さて、どうしたものか。
リーフたちが未だ警戒する気持ちも分かるけど、リーフたちは錯覚魔法をかけているし翔太は私を見てもサクと結びつけなかった。なによりもレオルドが面白そうに唇をつりあげて傍観者になっている。すぐどうこうなる問題じゃないのは間違いない。
「アンタまで女に現を抜かしてるっていうんだから最悪だよね。ちゃんと勇者として働いてるのって俺だけじゃないかなあ」
たっぷりの嫌味をこめて大地に吐き捨てると翔太は私に視線を移す。その視線が上から下へと値踏みするように動き、胸を見て納得したように頷ずいた。元の世界でも見た気色の悪い視線で不愉快なのはそうだけど、レオルドが冷ややかな瞳を浮かべて笑みを消しただけでなく、セルジオが表情を消して拳を作ったほうが気になってしょうがない。
大地も2人の変化をハースと同様に気がついたらしい。さっと表情を青ざめる。
「お、おいやめろ馬鹿。俺はまったくそんな気はねえし俺にもタイプはある」
「へえ?」
翔太の意識を自分に向けようと必死に話しかけ始めるけど、それに違和感を覚えたようで翔太が席に座ってくる。そのくせ私の隣に座って話しかけるわけでもなくチラチラと見てくるだけで……ああ、可愛いことだ。勇者様の威光をみせびらかしたいのか、かしずかせたいのか判断がつかないけれど、どっちだろうがさして変わりはない。
「2人で話されるのなら、私たちはここで」
「おいリーシェ!俺も行くから」
「そんな気ないってどの口が言ってるわけ?まあ、別に?いてもいいですけど。それとも俺がいないほうがいいってわけ?」
「別に」
勇者の言っていることなのにと言外に匂わせる翔太は不愉快さを隠しもしない。このまま立ち去ったらデメリットが多そうだ。
席に座りなおせば、満足そうに鼻をならす横顔がみえた。
このまま本当に大地をおいていくのもいいかもしれない。
そんな苛立ちが伝わったのか、大地は翔太の背中を勢いよく叩いて、自分にだけ意識が向くようにした。力の加減を間違えたのか翔太が本気でキレていたけど、大地は慣れたように適当に宥めている。
もしかしたら以前から翔太と大地はこんな関係だったのかもしれない。
でも、そんなことを知らない人たちから見ればどういう光景に映ったんだろう。
観客、周りのおっさんたちは先ほどの喧騒が嘘のように静かにしている。野次馬根性丸出しで、テレビで昼ドラでも見るような顔でことの成り行きを眺めているのだ。きっとなにかが起こればよし、なにも起こらずとも娯楽になるからよしとするんだろう。
いい気なもんだ。私は早くセルジオたちと情報交換がしたい。イメラたちの話もしたいし、面倒な会話につきあう時間なんてどこにもない。大地のチート魔法で分かったことを裏どりしたい。
つまりは、さっさと話を終わらせたい。
「……それで?あなたは夢中になれる女はいないんですか?」
「へ?……え、いや?別に?女に困ることはないし、別に1人だけに絞る必要はないしね?あ、まさか俺に気があるとか?俺にもタイプはあるし悪いけどそういうのは面倒だから断ってるっていうか」
「あー!うっせーな!お前がモテねーのは分かったから!愚痴聞いてやっからよけいなこと聞くんじゃねえよ!勇者の仕事ってなんだよ!」
「はあ!?」
翔太の言葉を遮った大地にまた怒鳴り声がとんだものの、よほど愚痴がいいたかったのか、しばらくすると大地やほかの勇者たちへの嫌味をたっぷりこめながら事情を話し出す。
曰く、翔太はフィラル王国からいくつか任務をもらっていて、そのうちの1つがカナル国に滞在していた鈴谷と連絡をとることだったらしい。どうも鈴谷は傭兵に依頼される仕事を片っ端から受けていて、勇者としての任務を疎かにしているらしい。その理由がどうやら強い人がタイプという女性を振り向かせるためらしく、翔太の説得をすべて無視したとのことだ。
今日も説得が失敗に終わったからお酒でも飲もうとしたらここの騒ぎに気がついたとのこと。
「あー!ほんといいご身分だよねえ。できる力があるんならちゃんと動かないとって思うわけ。勇者空の血縁者だか知らないけど女に夢中になって神殿にひきこもるなんてことができる奴にはどうでもいいかもしんないけどさ」
「マジどうでもいいな。別に女に夢中になってるわけでもねーし、ひきこもってたわけじゃねーけど……あー、いいや」
「なに?じゃあフィラル王国を離れてからずっと何してたわけ?それで?この人とここにいる理由は?」
ちらりと私を覗き見た翔太と目が合う。その目は驚きに見開いてそらされるけど、やっぱりサクと分かっているわけじゃないらしい。
身長操作に髪の長さや色見を変えるだけで印象を変えれるけれど、声を変えるのは難しい。だからあまり私から話したくなくて、大地の視線に肩をすくめて返す。
「あー、あれ、あれだ、修行だよ。修行」
「しゅぎょお?大地から一番遠い言葉じゃん。どうせ鉄の棒ふりまわして火の魔法使うだけでしょ」
「あ゛?てめえ舐めたこと言ってんじゃねえぞ。さっきだって……あー、あ゛ー、これ!ほらこれ見ろ!」
さっき私のポーチから本を検索して取り出したことを言いかけてなんとか呑み込んだんだろう。それは褒めたいけど、そのあとが悪かった。大地が残っているできる魔法はラシュラルの花を作る、だ。そして見事綺麗に作ったそれを翔太に見せたあと、置き場に困ったからか、私に手渡した。ラシュラルの花を、私に、手渡した。
観客の顔が煩くてそろそろキレそうだ。
でも嬉しいことに翔太も私と同じ気持ちだったらしく、大きな音を立てて席を立つ。
「なに?なんで俺は見せつけられてんの?ああもうほんとやってらんないよね。アンタなんてジルドに負けて今度こそ神殿に引きこもったらいいよ」
「ジルド?なんでアイツが出てくんだよ」
「はあ?本気でいってるわけ?その人を取り合ってるの知ってるんだけど。まあ?俺はジルドを選ぶのがオススメですけど。フィラル王国もそのほうが安心ってわけだし、アンタもいい思いできると思うよ?ダル殺しのリーシェ、さん」
どこがいいんだか。
そう捨て台詞を吐いて、翔太は一瞬で姿を消す。転移球を使うようなそぶりが見えなかった。春哉と翔太の会話を盗み聞きしてるとき、転移ができるようになったのかもとあたりをつけたけど、間違いなさそうだ。
そんなふうに考えている時間は、転移に驚いたもののすぐに気を持ち直した観客からすれば長いものだったらしい。勇者翔太がいなくなった。それが分かったあと観客がすることはただひとつだ。
「「「ダル殺しのリーシェと大地に乾杯!!!!」」」
観客は今まで口を閉ざしていたのが嘘のように笑って叫びだす。
嫌な予感がした瞬間、しゃがんで人混みに紛れたあと錯覚魔法をかけたのは大正解だった。ターゲットの1人である私が姿を消したのが分かると、残った大地に勇者翔太との関係や私との関係について聞き出そうとする。
人が次から次に集まって、座っていたレオルドや大地はもちろん、セルジオとハースの姿も見えなくなった。
もしかしたら情報収集のためにわざと残ったのかもしれないけど、逃げ遅れたハースたちにそっと手を合わせておく。
私の行動を読んでいたリーフが隣に並んだときはつい笑ってしまったけど、これはもう、笑うしかないだろう。リーフも眉を下げながら唇つりあげてと、奇妙な笑み。声が他の人に聞こえないよう魔法をかければ、リーフはひとつ頷いた。
「あのアホどもはあとで回収する」
「助かる」
「それで気になったんだけど……」
現れたのも突然なら、消えるときもあっという間だった翔太はたくさんの情報を落としていった。
「鈴谷が夢中になってる女性がアイフェじゃないって言って」
「リーシェってフィラル王国にジルドに対する人質要員として数えられてんじゃねえの」
お互い気になっていたことを言えば、お互い、聞きたくなかったと顔を歪めてしまう。
ジルドも梅も、いま、なにしてるんだろう。
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