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第四章 狂った勇者が望んだこと
231.イメラ
しおりを挟む暗い森のなか、これからどう動くか話し合った結果、二手に分かれることになった。
カナルに行き古語で記された文献を中心に集め、セルジオの祖父であるリガルさんの協力を得ながら資料整理をするハースとリーフにセルジオ組と、イメラたちに会ってリヒトくんたちに関わることを片付ける私と大地とレオルド組だ。
イメラたちと会うために向かうキルメリア跡地は禁じられた場所になっていて、闇の者がよく出現する場所だ。ことがうまく進んでイメラと会えたとしても、闇の者があふれて会話ができる状態じゃなかったら意味がない。
闇の者が襲うのは人間だ。たとえ魔を持つ人になったとしても、闇の者が仲間と認識するのは勇者と、最初に魔法を使った呪い子の子孫であるロストだ。そこで闇の者が襲う対象である面子を外して行くことにした。
「それじゃ、また今度」
「……なにかあったら連絡だからな」
「分かった。リーフたちもね」
「気をつけてね、リーシェ」
「セルジオたちも」
「いや本当にこの空気……いや、もうなんでもないですよ。それじゃまた今度」
ただ和やかに会話していただけなのにハースがうんざりだと言いながら転移球を使って転移する。
捨て台詞を吐いて先に転移したハースにリーフとセルジオは呆れたり肩をすくめて笑ったりしていて特に気にした様子もない。「それじゃ」と転移していく2人の手には今日探すといっていた本のリストがある。どっちが早く見つけることができるか競争するとのことだ。
そんな話を思い出して笑っちゃうけど、静かな魔の森に残された私たちが向かう先は笑えるところじゃない。セルジオたちがしにいくことは希望を集めるようなことだけど、私がするのは、イメラの希望を壊しにいくことだ。
うまくいくか賭けでしかないし、今回の猶予は数日だ。
どうせなら助けになりたいけれど、もしものときは殺すことに──
『君がアレを助けたいっていうのは分かったけど、それで君が死ぬようなことは許さない。そのときは君がなにを言おうと俺はアレを消すよ』
──正確にはレオルドがイメラを消してしまう、か。
イメラに会えないほうがいいかもしれない。
そんな後ろ向きなことを考える私に向かってケロッとした表情で「なに悩んでんだよ」と言ってくるのは大地だ。
「とりあえず行けばなんとかなんだろ?だったら、さっさと行こーぜ」
「そうだよ、サク。なにかあっても俺が君を守るしね」
「あーお熱いことで。もーそういう空気マジで勘弁」
ハースと似たようなことを言って大地が転移を促してくる。私が内緒で作った目印で転移するのもありだけど、ジルドたちへの建前もあるから禁じられた場所へ繋がる転移球を使うことになっている。こちらの転移球は数に限りがあるから全員一緒に飛ぶしかない。代表で預かっている私に転移と何度も訴えてくる大地を見ていたら、笑ってしまう。
私は自分で思うよりレオルドたちとハースたちとで態度の差が違うらしい。これは微妙に問題だ。
そんなことを考える余裕があることに気が付いた。ああもう、きっと……大丈夫。
『きっと君がそうだと定めたものがあるだろう』
ゴルドさんが静かに呟いた言葉を思い出す。願えば叶う魔法が気がつかず世界を変える。その恐ろしさも、もう知っている。
「それじゃあ、行こっか」
それぞれらしい表情で笑みを浮かべる2人を見たあと、転移球を使う。
一瞬ブレた視界から考えるに転移は成功した。でも魔の森から魔の森への転移だとあまり移動した感じがしない。大地も半信半疑だったけれど、以前ジルドに連れられた道を思い出しながら歩けば、暗い森の中に明るい日差しが差し込んできた。ハッとして顔をあげれば、暗闇から見るには眩しすぎる太陽の光のもと、崖の上にある城跡が見えてくる。真っ青な空が、ラシュラルの白い花が、甘い香りが──あの場所へ続いてる。
胸を震わせる感情は寂しさだけじゃない。悲しい、悔しい、愛しい──会いたい。泣きたくなるような気持ち。何度も見た地平線は今日も変わらない。だからきっとあの場所も、あの頃と変わらないはずなのよ。
「すっげ……話には聞いてたけど、マジかー」
美しい景色に心を奪われていたのは私だけじゃなかったらしい。確か初めてこの場所を見た大地がぼおっとした表情で景色に見入っている。前回のように闇の者が次から次にでてくる状態だったら怪我をしていたかもしれない。
レオルドは、よく分からない。目を細めているけど日差しが眩しいだけにも見える。目があえばいつものように微笑みを浮かべて、ああ、きっとこれは何も答えはしないだろう。
魔の森から出て、丘に足を踏み入れる。
吹いた風が肌に心地よくて、足元くすぐったラシュラルの白い花弁に頬が緩んだ。城跡目指して歩くあいだ闇の者はいっさい現れず、美しい光景を私たちだけで独占していた。
静かだ。
──醜い言い争いも、縋る手も、嗤う声も聞こえない……静かだわ。
近づくにつれ砦の一部は見上げるほどのものもでてくる。砦に囲まれた城は、当時、人々を圧倒するものだっただろう。崩れた姿はところどころラシュラルに埋まっているだけでなく、潮風にやられたのかひどく劣化している。海の香り。
──違う。
海と空で作られた水平線。
──大地と空で作られた地平線。
綺麗な場所。
──綺麗ね……だけど、紛い物よ。私の場所じゃない。
瓦礫に囲まれるなか、ひときわラシュラルが咲きほこる場所についた。そこから海側に背を向ければ、今度は地平線が目に映る。
「確かにここはイメラのいう場所とは違うだろうね。ここはきっと、フィリアン王女がヴァンやクォードを想って見ていた場所なんだけど……似てる?」
私の問いかけにイメラは答えない。人の感情を好き勝手ぐちゃぐちゃにしてくるくせに、私からは許さないなんてひどい話だ。
「ラディアドル皇女」
呟きに、心臓がどくりと音を立てて反応する。闇の者もいないただただ美しい光景が、急に恐ろしく見えたのはきっとイメラの感情がそうさせているんだろう。大地とレオルドも異変を感じ取ったのか、視線が突き刺さる。
「あなたの国はあなたが消し去った。そのあとラミア国へと名を変え、現在は古都シカムとなってるけど、あなたが見た景色はもうそこにはない」
胸のなか渦巻くのは悲しみと怒りだ。眩暈がするような吐き気にダルさは、梅のときと比じゃないぐらい魔力を持っていかれているせいだろう。
白いラシュラルが咲く場所に黒い染みがでてくる。
じわりじわり広がって、私から魔力を奪うたび大きくなっていく。形になりたがっている他の奴らと奪い合っているのか、グダグダと決めきれない心が形を作らないのか分からない。でももう、そんなのはごめんだ。何度も振り回されている私には権利があるはずだ。
「イグリティアラ=メルビグダ=ラディアドル……終わりにしよう」
はっきりと言えば、黒い塊が一気に人の形になる。
私と向かい合って立つソレは全身真っ黒なのに、泣いているのが見てとれた。
「あの村に……ディバルンバ村に行こう。イメラ」
イメラ。
そう呼んだ瞬間、唇を噛みしめて泣き続けるイメラが現れる。赤い瞳が、憎々しげに私を見ていた。
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