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第二章 旅
110.「呼んで……お願い」
しおりを挟む隙間ないほど強く抱きしめられた身体は圧倒的な力の差を感じていた。どれだけ鈍感な人でも分るぐらい、私を抱く手は男のものだった。私が逃げることを恐れるように男の手は背中から頭にかけて伸びている。
それは怖いものだった。怖かったはずのものだった。
「ん、っぅ」
「は」
それなのに怖さよりも違和感が強かった。いつも穏やかに微笑むセルリオとはとても思えなくて。互いの息を奪い合う口づけに頭が朦朧としているんだろうか。
熱にくらむ目を開ければ、苦しむように眉を寄せて目を瞑るセルリオが見えた。私が魔力欠乏症のときに出た症状は、気持ちの落ち込みと疲労と眩暈に加え、嫌な記憶のリアルな再現だ。
ああ、そういえばライガから魔力を貰うたびに罪悪感を感じたな……。
「サク……」
やんだ口づけとともに聞こえた声に目を開ければ、普段のように、けれど悲しそうに微笑むセルリオがいた。
「いま、誰かのことを考えてた……?」
思いがけない言葉にドキリとすると同時に、梅に今まで見せてもらった(見せられた)同人誌のとあるワンシーンを思い出す。シチュエーションが同じ過ぎて怖さと驚きと、こんなときだってのにこんなこと考える自分に呆れた。
「なんで?」
「……そんな気がした」
はあっと荒い呼吸をするセルリオを見下ろしながら、頬にそえていた手でセルリオの肌を撫でる。きっと魔力にのった感情を読み取ったんだろう。嬉しさや悲しさ、穏やかさや息苦しさ、罪悪感や後ろめたい気持ち、魔力を渡したい気持ち渡したくない気持ち──魔力交換はいろいろなものが見透かされる。
私の頭を支える手が、私がセルリオにするのと同じようにゆっくりと動く。セルリオの指に梳かれる髪がふわり冷たい空気を運んできて、寒さに身体が震える。
「言っただろ。あっためてって」
「ん……」
きっとこの状況でも止めようとしたんだろう。私に想う人がいるって勘違いして、それで。
馬鹿だなと思う。
そんなことは考えずに自分のことを考えればいいんだ。生死まで関わる状況でよくもまあそんな気遣いができる。私なら出来ない。多少の罪悪感ぐらいわくだろうけれど、自分が生き残る方法を優先するだろう。
本当にお人よしだ。
優しくて、だから痛い目みて……馬鹿だよなあ。
再開した口づけにセルリオの腕がぴくりとはねる。それからゆっくりと身体を抱きしめる強い力が弱まっていった。そして口づけで交わされる魔力がセルリオらしい穏やかで温かなものになっていく。
さきほどまで魔力を交換しているはずなのにセルリオの魔力を得た実感はなかった。それはセルリオがこの行為に後ろめたさを感じているかのようで、まあしょうがないかと思っていたのに──
目を開ければ、同じタイミングで目を開けたセルリオと目が合った。
苦しそうな眉はあったけれど、微笑んだ口元が私を呼んで、私が応えると、セルリオは普段のように微笑む。
普段のように、幸せそうに、ホッとさせる微笑み。
唇が動く。
涎で艶めかしく光る唇が熱のこもった息を吐き出して、また、私を呼ぶ。頬を上気させ、浮かれたような瞳が悩ましさも含ませて私を映した。ドクリと脈打つ心臓にあわせて、急に、セルリオの身体からはみ出して床におちている足が床の冷たさを訴え始める。
セルリオは私の背中を抱く手そのままに身体を起こす。寝転がった体勢から変わっているはずなのにお互いの距離は変わらない。セルリオが動く合間も何度か交わしたキスは魔力をとろうとしているものじゃなかった。
セルリオの手が私の太ももを這い、床に寝る膝をすくいあげるように撫でる。立場逆転して熱すぎる体温が私の身体を温めるように膝を撫で、膝の裏を、ふくらはぎをなでる。セルリオの身体にひきよせられた足がバランスを崩してしまってセルリオにもたれかかれば、そのままキスされた。ああもう、心臓が五月蠅い。
恐らくセルリオはこういう方面に疎い。私も人のこと言えたもんじゃないけれどそれぐらい分かる。きっとセルリオが今しているのは単なる優しさからだ。冷えた身体を温めるためにしているだけ。なのに私は気が気じゃない。さっきまで余裕があって考えることさえできたのに、もうそんなことできやしない。
「ん」
足の間を伝うソレが恥ずかしくてしょうがなかった。
気がつかれたくなくて距離をとろうとキスを拒み、身体を少しばかり離す。けれどすぐに抱き寄せられ、また不安を覚えてしまったらしい手が私を抱きしめるのに力を込め始めた。首から肩を覆う手は逃がさないとでもいうようだ。
「知ってると思うけど、逃げないんで」
「……知ってる」
「ならちょっと、ゲホッ。……力を緩めてもらえると、嬉しいんですが」
「……」
「随分と余裕が戻ってきているみたいですね」
ずっと魔力交換してきたお陰か、呼吸のように続けられるキスをしなくてもよくなった。会話ができるほどセルリオの精神も安定して、ようやく、身体も回復が追いついてきているようにみえる。
それなら──と、ふと思う。
「っ」
でも考えを見透かされたように不意打ちでキスをされて完全に主導権を奪われる。滑り込む舌は私の口内をぞんぶんに堪能して、今度は魔力もしっかりとっていった。
──そして感じたのはふわりと温かい空気。寒かった部屋がぽおっと火が灯るように温かくなる。耳に響くのはパチパチと焚き木が燃える音。景色が赤くゆらめいて、暗い色まとわせながらも明るく私たちを照らした。
いまのキスで得た魔力を使って魔法を使ったんだろう。
ここは褒めるべきか怒るべきか……。
そんなことを考えながら現実から意識をそらそうとする。けれどセルリオの瞳が私を映す。私の瞳にははだけた服からのぞくセルリオの鎖骨が。その視界に一緒に映るのはじぶんの裸。そして最後に見てしまったのはセルリオの瞳。
急激に恥ずかしさを覚えたのは私だけじゃなかったらしい。
セルリオは暗闇でも分かるほど顔を赤くして、戸惑いを覚えただろう手は力をなくしていた。視線が絡む時間をひどく長く感じる。恥ずかしさや戸惑いや気まずさを誤魔化すために「ねえ」と呼びかけた声はほとんど音にならなかった。
「……脱いで」
見ていただけの鎖骨に手を伸ばして、少し、服をひっかける。
セルリオは催眠でもかかっているように服を一枚脱いだ。それでもまだ肌着が一枚あって、セルリオは邪魔そうに眉をひそめてまた服に手をかける。服は脱ぐときに髪を巻き込んでセルリオの髪を後ろに流した。オールバックみたいになったセルリオに思い出したのは古都シカムのパーティーのときだ。あのときは身なりを整えた好青年に見えた。けれどいま首筋に汗を流すセルリオはどうみても──
「……エロい」
「それ、サクが言う?」
ようやく脱いだ服を床に捨てて、セルリオが困ったように眉を寄せたあと私の腰を抱き寄せる。キスを交わしながら伸びてきた手が、ソコに触れた。
「濡れてる」
「──っ」
赤い顔をしたままのくせに意地悪く、けれど普段を思わせるような表情でセルリオは微笑む。
燃える暖炉の火。ゆらりゆらり火の動きに合わせて陰を作り照らされるセルリオの顔が見る度に表情を変えていく。それが一瞬見えなくなる。暖炉を背に、私の視界すべてを覆ったセルリオはキスをしながらなにかを呟いた。
「な、に」
「セルジオ」
「……セルリオ?」
「セルジオ=アルダー──僕の名前。呼んで、サク」
私を見下ろすセルリオは私の顔を見て穏やかに微笑んだあと、言葉を発さない私の唇の代わりに首元に吸い付いた。
「んん」
息遣いの合間に衣擦れの音がする。足の合間にするりと入ってきた手が、伝う愛液をなぞってぐちゅりと音を鳴らした。思わず身構えはねた身体に構うことなく指はそこを探し当て、つぷりと中に入ってくる。
「呼んで……お願い」
セルリオの身体をはさむようにもたれかかる私の太もも。行き場をなくしていた私の手はあいたセルリオの手で恋人のように繋がれている。
思い焦がれるように掠れた声を出したセルリオは、いまだなにも言わない私になにを思ったんだろう。私の身体の中に入れていた指を抜き取ったかと思うと入り口に這わし、親指でなぞりだした。
「うあ、やめっ」
ぞくりとする痺れに身体を震わせた瞬間、繋がれていた手が一度ぎゅっと握りしめられ、離れる。手は一番敏感な部分を弄られて身をよじる私の腰をおさえつけた。優しくない力で、それにも身体が震える。セルリオは肌ごしに私の震えを感じ取ったんだろうか。余裕がなさそうに微笑んだ。
うわ……やばい。
正直そう思ってしまった。腹の奥がむずむずと震えて胸がきゅっと痺れる。重なる口元から心臓の音が伝わってしまいそうだった。
「サク……」
重い身体が覆いかぶさってきてセルリオの胸板に私の胸がおされる。温かい──熱い──手を伸ばしてセルリオの頬に触れた。とたんに重なるキスに満たされるような魔力を感じたのも束の間、グチグチと卑猥な水音鳴らすソコに余裕は消える。口内に響く言葉を飲み込むキスを終えたセルリオは、喘ぐ私を見下ろしながらごくりと唾をのんだ。
優しいんだか優しくないのか……それとも自制心が強すぎるだけなのか。
もう焦らされるよりも早く終わらせてほしかった。頭がおかしくなりそうな羞恥心に頭はぐるぐるしているし、声を堪えるのもしんどい。
愛液絡むセルリオの指が自身のソレを持ち上げる。意識的に私に見せているのかそうじゃないのか分からなかったけれど、随分前から固くなっていたソレに愛液をまとわせた。どちらにせよ私を混乱させたいなら大成功だ。愛液触れた肌は外気に一段と冷たさを覚え、私が女だということを知らしめる。私の腰をおさえていた手が持ち上げるように私のお尻を撫でた。
そしてソレを入り口にあてがう……わけじゃなく、存在を主張するように擦りつけてきて、下腹部にのる。それだけ。
「……セルジオ」
呟けば、セルリオ──セルジオの身体がびくりとはねる。
「挿れて、セルジオ」
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