狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

106.「……やっぱりこれサクがくれたんだね」

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暖炉にくべられた木がパチパチと音を鳴らしている。割れた木が落ちると炎が大きく揺らいでふわりとした熱が私を包んだ。手には古びた本。古本ならではの臭いに、独特な肌触り。
なんて最高な時間だろう。
でもそんな空間に浸れるのは一瞬で。


「ねえサク私いっぱい聞きたいことがあるんだ!まずさ、今更だけどサクって前の世界で絶対私と一緒だったでしょ?!だよね!?」


梅の元気すぎる声に一瞬耳栓が欲しいなと真剣に思ってしまった。
あれからなんやかんやの配慮があって行動は明日になったうえ、梅との久しぶりの再会を主にラスさんが気遣って他の奴らが席を外してくれた。それなのに私は梅との距離を測りかねている。
暖炉の前という素晴らしく居心地のいい場所で常々読みたいと思っていた大好きな本を持っていたせいだろう。少々心が狭くなってしまった気がする。なんだか梅とつるむようになったあの頃と同じ気持ちだ。やっぱり久しぶりに会うからだろうか。
とりあえず、私も今更だなと思いながら本のページをめくって応えておく。

「んーそうだよ」
「だよね!やっぱり!!私ずっと不思議だったの。ロナルから勇者召喚のせいでサクがいなかったことになってそれで私はサクのことが分からなくなったんだって言われたけど、私はきっとあの日からずっとサクのことを考えてた」
「……?」

気になる話に顔を上げれば、待ってましたとばかりに梅がにっこりと笑う。驚いて目を見開く。梅は懐かしいものを持っていた。 “お誕生日おめでとう 梅”それだけ書かれたシンプルなバースデーカード。それを梅は突き出すように私に見せていて、あいた手は耳元で揺れるイヤリングを指さしている。私が梅の誕生日にプレゼントしたものだ。そうだった。私は梅の誕生日に召喚されたんだった。


「懐かし……うわ……」
「……やっぱりこれサクがくれたんだね」


梅がなんともいえない表情で微笑みながら私の隣に座り込んでしなだれかかってくる。さりげなく私が持っていた本をよけた手はぎゅっと私の手を握った。まあ、しょうがないか。
ラスさんの話を聞いて早くハトラのことについて調べておきたいと思ったけど後回しにしよう。

「私の誕生日にサクはあいつらに奪われたんだね。あの日から私ずっとなにか足りないって、誰か忘れてるってずっと探してた」
「そっか……ん?その話でいくと梅子は私のことを完全に忘れたことにはなってない、よな?存在が消えたはずなんだけど」
「……太一くんも、あと響くんも私と同じように誰か分からないって誰かを、サクを探してたよ」
「はは、うわ……ほんと懐かしい名前。太一と響、元気?」
「どうだろう?落ち込んでる感じだったけど、大丈夫じゃないかな」

あんなによく遊んだ太一と響のことを話す割には平坦な声に、また、梅とつるみ始めたときと同じ気持ちになる。
きっと梅もそうなんだろう。一つ一つ答え合わせをしていて、もうない記憶を摺り合わせて失った物を取り戻そうとしてる。
召喚されたときの反応とは違って好意的な梅の言動にどうも忘れがちだけど、梅のなかから私が消えたのは事実なんだ。だからなにが原因か分からないけれど梅のなかで残った私の存在との違和感でちぐはぐになっている。初めましてなのに初めましてじゃない。

「ねえサク?もしかしてさ、私たち一緒にお花見した?ほら、桜なんだけど私のとっておきの場所があって」
「……うん、行ったよ。太一と響と私と梅子で行ったね」
「~~っ!それでさ!私たちがこの世界で初めて会ったとき言ったあの台詞」
「文化祭で言ったな。梅子の好きなキャラの台詞」
「そうなの~っっ!じゃあやっぱり一緒に大道芸見たのはサクだよね!」
「奇術師が印象的だったな。まあ、梅子が手品師から花を貰ったときの光景も印象的だったけど」
「へへっ!自治会のお祭りにも行ったよね!水風船とってさ、あのときも守るくん傘が役に立ったんだよね――」

正解する度に喜ぶ梅を見ながら私も再認識してしく。これはもうぜんぶ過去の話。奪われたものを取り戻したいと思ったしそれに縋ってきた。
でも、そうなんだ。
召喚される直前からの続きはもうできないし、それまでのことは私にとってはもう遠い遠い昔のことで、梅にとっては初めからないもの。これは変えられない現実だ。
梅はこれからどう過ごしていくんだろう。
私とは少し違う形だけど、梅も昔のことを思い出しながらここで過ごしていくうちに、現実を目の当たりにしたらどうしていくんだろう。まだしなきゃいけないって急いでいるあいだは考えなくて良いからある意味幸せかもしれない。


「――ふふ、良かった。やっぱりサクで間違いなかった」


一通り話し終わったあと梅が満足げな声をだす。なんだかんだ私も思い出話を楽しめて穏やかな気持ちだ。でも梅の話を聞けば聞くほど申し訳なさと疑問を覚えてしまう。
とりあえず、話しすぎて喉が渇いたのかお茶を一気飲みした梅の頭を撫でる。きょとんとした顔が幸せそうに笑う顔は懐かしく、不思議だ。

「……そんだけ探してくれて、なんかごめん。……ありがとう?」
「どういたしまして!でも、私が勝手に会いたかっただけだから。絶対に見つけたかったの」

なんだか背筋が震えてしまった強い意思を感じる言葉にまた違和感を覚えて、もう一度聞いてみる。

「梅は誕生日から――私がいなくなたっときからずっと私を探してたってことで間違いない?」
「うんそうだと思うよ?ああ、そっかそういえば変だよね。私はサクに会えたからもう別になんでもいいんだけど、召喚された人のことを皆忘れるはずなのに私はなんとなく覚えてたんだもんね。ふふ、そういやサクを勇者召喚した奴ら殺すの忘れてたや」
「急に物騒な発言は止めましょうね」
「えへへー。……うん」
「いまだいぶヤバイ顔してたけど気がついてます?」
「ふふ」

妖しく笑う顔はろくなことを考えていないのが分かる。元の世界でも時々見た顔で、やっぱりろくなことを考えていなかった。さてどうしたものか。
魔法で私についての記憶がないはずの梅がいま私に絶大な信頼と好意を寄せてくるのは考えもの、なんて認識だったけど早めに対策うっとかないと危なそうだ。梅は時々、元の世界で危ない発言をしていて、しかも言うに留まらず行動に移すことがあった。いまは梅のそんな凶暴なところがずっと全面に押し出されている。
梅は多分、やってのける。
本気で勇者召喚をした奴らを殺そうと思っている。そしてその行動をとる原因は元の世界でも同じように私だろう。依存なんて言葉が甘く感じるほど梅は私に執着してみせるときがある。そんな私を奪った奴らを梅は許さないだろう。

「梅子。さっきも言ったように魔法は使わないように」
「極力使わないよ?」
「魔力はなくなったら危ないって話覚えてる?」
「またロナルから貰うから大丈夫!」
「…………そう」

まさかの発言に頭が痛くなった。
ロナルに梅を預けた身としては保護者的な心がズキズキ痛む。

「グダグダ言って逃げようとしたけどちゃんと逃げられないようにしたし魔力は問題ないよ!」
「………………そう」

今度はロナルを思って心がズキズキ痛む。
ますます梅の言動には注意を配らないといけない。

「魔力が問題なかったとしてもお願い。しばらくは……せめて3ヶ月。自分に危険が迫ったとき以外には魔法は使わないでほしい」
「……」
「これは私と一緒に旅をする場合にお願いしたいこと」
「分かった。約束する」

ずるいとは思ったけど、渋る梅に絶対に約束してもらうために私を条件に出す。私と一緒にいたけりゃ魔法使うなってどんだけ上から目線だって思うけれど、梅の言動をみるにこれが一番効果的だ。どうして梅がそこまで私に執着するのか分からないけれど使わない手はない。
ラスさんから見て危ない魔法の使い方をする梅の魔法は間違いなく危ない。もしオーズが梅の使う魔法を見たら私に断言したように梅にも殺すと言いかねない。そんな気がする。
なにせオーズが私を殺すと言ったとき私が使おうとした魔法は転移魔法だ。ああ、また調べたいことが増えた。


私と梅の転移魔法はオーズたちが使う転移魔法となにが違うんだろう。


いや、でも梅はラスさんたちの目の前に突然転移して現れたと言っていた。そのときラスさんが梅の転移魔法に異様さを感じたのだから、同じくその場にいたオーズもそのとき感じ取ったはず。だったらなにか言っていてもおかしくはないはずなのに。

「梅はどうやってここに来たの?突然現れたって聞いたけど、もしかしてあげた花に残ってた魔力を使った?」
「うん、あの花にお願いしたの。この花をくれた人に会いたいって。……前の世界じゃ考えられないことだし絶対にしなかったことだけど、できるって確信があったんだ。だってサクは目の前で消えたし、ロナルは縛れたし、本当に魔物はいたし、空を染めるピンク色のドームも本当だった」
「ん、ん?突っ込みたいところがありすぎるんですけど」
「不思議だよね。でも全部本当に起こったことだった。なら本当に魔法はあるし魔法があるならサクにもまた会えるし会えないならそれは魔法じゃないし、そんなものいらない。……だから確信してた。絶対にサクに会えるって。へへっ。会えなかったら流石に危ないぐらい色々壊してきたし背水の陣?で挑んだから完璧だったよ!」
「なにも完璧じゃない不思議」
「えへへ」
「褒めてないから……とりあえず壊したってどういうこと?魔物を見たってことはまたフィラル王国は魔物に襲われた?ドームが色づくぐらいなら結構な襲撃だっただろ」
「壊したのはドームだよ。ちゃんと木っ端微塵にしてきたから!」
「…………」
「サク?」

首を傾げる梅にどうしようもない疲れを覚えた。梅は微塵も悪いことをしたと思っていない。……悪いことをした?
そう思うとなにか変な感じになるのはまだ私もあの国に対して思うものがあるからだろう。でもディオとした話のことを思い出してしまう。魔物が現れたなかドームが壊れたなら被害は大きかったはずだ。シーラたちは、あの屋台のおじさんおばさんたちは大丈夫だろうか。それはしょうがないことだけれど、しょうがないでは済ませられない感情もある。
でも、梅はなにも疑問に思っていない。
どうしよう。再会した喜びよりも面倒臭さと厄介さが既に上回ってる。なにこの子。手に負えないわ……。


「……さっきの約束、梅子自身に危険が迫ったとき以外には魔法は使わないっていう約束絶対に守ってね」
「三ヶ月ね。勿論!」


三ヶ月としたのはトナミ街任務が終わった頃で私がようやく魔法に慣れてきた頃だったから目安としたんだけど、もうちょっと盛ってもよかったかもしれない。
満面の笑顔にもう後悔してしまう。
とりあえず言質はとったのでこの問題は後回しにしよう。その頃にはなんとかなってくれるはずだ。




 
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