狂った勇者が望んだこと

夕露

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第四章 狂った勇者が望んだこと

223.「また近いうちに帰るから」

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目が覚めたとき押しつぶしてくる身体に重たいと思うことは多々あったけど、起きる原因が酸欠なんてのはなかなかない。
息苦しくなって目が覚めた瞬間、見えたのは私の口を塞ぐ腕だ。
私を抱きしめるというより圧し掛かっているレオルドは幸せそうに眠りこけている。文句を言ってやろうかと思ったけれど、なんとなく、起こす気になれなかった。
このまま二度寝しようかと思って、ぼおっと空を──なにも映さない白い景色を見つける。ドキリとしたけれど、そういえばシールドを張ったことを思い出して奇妙な空間に納得した。

そう、これはしょうがないことだ。

視界を邪魔する腕、シールドが張られて外が見えない世界、ワインの香りだけじゃない匂い、乱れたシーツに、片づけられていないご飯──よし、止めた。起きよう。
優しさを忘れてレオルドの身体を押し離せば、身じろぎしながら私を探して腕が伸びてきたけど叩き落す。少し力が強くなったのは、案の定からだに残る沢山のキスマークを見つけてしまったからだ。情事のあとが残る身体をさっぱりさせたくて魔法で消し去ったあと、服を着る。魔法を使えばまとわりついていた汗やらなんやらがなくなってサッパリはするけど、気持ち的にはお風呂に入りたいところだ。
でもレオルドが住んでいたこの場所から考えて、そんな贅沢なものはなさそうだ。というかトイレがあるかどうかさえ疑わしい。嫌なもので、気になった瞬間いきたくなってくる。


「レオルド。ここってトイレあるの?」
「ん……?茂み……?」
「予想できてたけど最悪な答えだったわ。ということでちょっとジルドの館に行ってくる」
「……すごくいい朝だったのにそんなこと言うんだからね……」
「勝手においてったらそれはそれで文句言うでしょ」


フィラル城でみせた子供のような顔を思い出して言えば、瞬いた目が嬉しそうに緩んで、ああ、これも子供のような顔。
頭を撫でれば気持ちよさそうに目を閉じて、どうやら私と違って二度寝することを選んだらしい。せっかくだから片づけを任せようと思ったけれど、帰ってきてから一緒にしよう。


「あとで朝ごはん、食べよ」
「うん、分かった」


子どものような返事をするレオルドを最後に転移する。
ジルドからもらった館への転移球は黒い道と違ってちゃんと感知されるし、転移場所も決まっている。そして運の悪いことに今日はその場所の管理人はトゥーラだった。私を見るなり満面の笑顔を浮かべたトゥーラに、久しぶりと言うよりも口元がひくついてしまう。


「リーシェ様おはようございます!ご無事でなによりです!あ、旅のご報告ですか?」
「それもあるけどいったん部屋に行きたいかな」
「畏まりました!すぐ部屋にお茶をお持ちしますね」


明るく元気なトゥーラの声は廊下にも響いていたんだろう。すぐに他のメイドがやってきた。持ち場を交代してお茶を用意しにいくスピードをみるに部屋に来るのもあっという間だろう。私もさっさと部屋に戻ってトイレを済ませたあと、ついでだし必要になりそうなものの整理をすることにする。

机に座って4次元ポーチの中身を確認していたら、窓際におかれたラシュラルを見つけた。リヒトくんがくれたラシュラルの花をピアスにつけたあと、空になった花瓶を見たトゥーラたちがラシュラルを飾ってくれるようになった。私が自分から飾った花だから好きだと思ってるんだろう。

久しぶりに手にとって顔を近づけてみたら甘い花の香りがして、キルメリアの跡地を思い出した。
ラシュラルが一面に咲く丘に、視界を遮るものがない青空と地平線まで続く海の景色──もう一度、あの場所に行きたい。そうだ、リヒトくんを連れて行ってみるのはどうだろう。きっと嬉しそうに叫んではしゃぎまわってくれるはずだ。イメラだって暗い顔を忘れて魅入るだろうし。


「リーシェ様、失礼します」
「どうぞ」


ノック音が聞こえて、想像だったのか夢だったのか分からない光景から覚める。小走りで動くトゥーラから香ってきたのはミントの爽やかな香りで、飲んでみれば心身ともに洗われたような心地だ。これは嬉しい。
幸せに浸りながらカップを机においたら、にこにこ笑みを浮かべていたトゥーラが急に頭をさげる。ジルドのことで勘繰られる顔も嫌だけど、こういうのも苦手だ。
きっと、アルドさんたちにかけられていた魔法のことだろう。


「リーシェ様……本当に、本当にありがとうございます」
「……トゥーラたちにかけられた魔法は解かないの?……リスクは減らしたほうがいいかもだけど、アルドさんらしいですね」
「これは私たちの願いです」


感謝を最後に話を続けず頭をさげたままだったトゥーラにもしかしてと思って聞けば、その通りだったらしい。使用人たちを魔法で縛ったのはキューオだったはずだ。この魔法が解かれれば流石に気がつかれるだろう。それはきっと、アルドさんたちにかけられた魔法を消したときキューオたちが違和感を抱いていたとしたら、違和感を決定的なものにしてしまう。その懸念は魔法で縛られているトゥーラたちも同様だったらしい。ここの人たちは本当にジルドたち家族が大切らしい。
それならこの話題は続けるのは止めたほうがいいだろう。なにか地雷をふんでしまうことは避けたい。
とりあえず感謝を受け取って、話題転換になればとジルドのことを聞いてみる。
後悔するのは早かった。


「ふふ、ふふふ。ジルド様でございますか??ジルド様はお仕事がございまして帰ってきてはおりませんよ」
「私が心待ちにしてるみたいな感じにするの止めてくれません?」


ニヤニヤする顔を消すためにもう一度ミントティーを飲むことにする。
ここに来るたび冷やかされたらたまったものじゃない。1カ月経たず戻るとジルドが言ってから数日だということを考えれば、次にここに戻ってくるのは2週間後ぐらいでよさそうだ。

ああでも、共犯者だからこそ話せることも話しておきたいし、サバッドの村のことも話しておきたいんだよなあ。ジルド視点での考えを聞いて──でもそうなったら、流石にレオルドのこと話さなきゃだよなあ。旅の仲間からの情報とか言って胡麻化すにしたって、魔物オタクのジルドにロストの情報を話した瞬間、根掘り葉掘り聞かれて最終的に言わずともレオルドのことに辿り着きそうだ。そうなったら自動的に私のこともサクだって気がつくことになりそうだし──うん?

唸るほど悩んでいるのに気がついて、ふいに疑問を抱く。



私がサクだってバレて困ることは、もうないんじゃないか?



もうジルドはフィラル王国の奴隷から解放されてるし、私がサクだって分かっても報告義務はない。戦闘狂の一面から考えれば面倒な申し出があるかもしれないけど、もう、別にバレても──

『あなたを愛している』

──うん、やっぱり止めておこう。
私を片割れにと望んだ姿を思い出してすぐ心を決める。大地も私がサクだって分かったとき脳がバグっていたし、こういう関係になった私がサクだって分かったとき、ジルドはもっと悲惨だろう。


「それで?なんでそんな顔をされているんですか」
「うふふふ、なにもございませんよ?」
「それじゃあそそろろ戻ります」
「ああすみません待って!お待ちください!いろいろと嬉しいことが続きましたのでつい……っ!あっ、そうです。次またジルド様がお帰りになるさい、商人もくるそうです」


商人──ライのことだ。
神聖な場所で別れてから今まで、なにをしてるんだか。

『戦争に関係することやけど聞きたい?』

神聖な場所で見た映像がどう戦争に関わるんだろう。フィラル王国とのいつかに向けて準備を進めてきた人が、すぐに動くまでに至るなにかが──映像だけじゃなくて、私が打ち明けた話しの中にもあったのかもしれない。


「分かった。教えてくれてありがとう」


契約のことがあってお互い深く話せることが少ないのは良かったのかもしれない。なにか言いたげに口を動かしたトゥーラが結局諦めたように肩を落とすのを見て、内心ホッとする。ライのことでも勘繰られたらたまったもんじゃない。 


「ご馳走様でした。あと、また近いうちに帰るから」
「っ!はい、畏まりました!お待ちしております!」


コロコロと表情が変わるトゥーラを見ていたら、梅にも会いたくなった。連絡を待っていたけど、こっちの用がいろいろ片付いたら自分でも探してみよう。
黒い道を呼び出してジルドの館を後にする。これがないとレオルドたちのところに戻れないししょうがないけど、トゥーラが心配でたまらないといった表情をしていたし、安心してもらうためにもなにか対策をとっておこう。


「でも君も闇の者なんだよね。トゥーラを安心させる情報がひとつもないんだよなあ」


魔物同士をつなげる道で、精神を病ませつつも安らげる場所で、意識を保てなくなったらもれなく闇の者の仲間入りになって形を失う。
真っ黒な道の中、なんとなく歩きながら情報を整理していたら、笑うしかなくなった。どう考えても危険でしかない。
面白いことに黒い道に変化が起きたのはそのときだ。私の言葉に反応するように黒い空間に色が浮かんで、近づいてみればレオルドが見えた。布団がなくなったシートの上に寝転がりながらくつろいでいる。


「連れてってくれてありがとう……ちなみに、トゥーラの前には姿を現したのはなんで?」


黒い道は呼び出す場に私以外の誰かがいるとき、相手を選ぶように姿を現すときと現さないときがある。ジルドのところに繋がったときだって不思議だったけど、トゥーラも大丈夫となるとますます判断基準が分からない。
黒い道は返事をしない。
その代わり文句をいうように、見えていたレオルドの姿が小さくなっていく。今を逃したらレオルドのところに行けなくなりそうだ。


「またね」


反応がなくなってしまうまえに黒い空間を切り取った色のある世界に飛び込む。
そして、やっぱりレオルドはすぐに反応して私を見上げた。


「おかえり」
「ただいま。片づけてくれたんだ。ありがとう」
「どういたしまして。そのうえ林檎もあるよ」


ワインを取り出したときのように魔法で林檎を取り出したレオルドはにっこりと微笑む。てっきりそのまま投げ渡してくれると思ったのに見せびらかすだけで──ああ、なんだろうな。めんどくさいような馬鹿らしいような、むずがゆいような、妙な気持ちになる。手を伸ばせばレオルドは林檎の代わりに顔を寄せてきて、隣に座ったら幸せそうに眼を細めた。


「嬉しいよ。ありがとう」


頭を撫でれば、私の手に熱い体温と林檎の感触。そのまま押し倒してことを進めようとしないだけ偉いけど、口づけてきた男は私の感情を乱してきて、迷惑極まりない。
厄介な空気は早く壊すに限る。
魔法を林檎でカットしたあと必要なものを取り出して朝ごはんを食べることにした。やっぱり人間、ご飯を食べなきゃなにも始まらない。
いただきます。
手を合わせて、最初に林檎を手に取る。



「リーシェ姉ちゃん!ねえねえ、ここどうやって入るの??」



そしてそう遠くないところから私に向かって話しかけるリヒトくんを見つけた。ん?んん??リヒトくんは何かに阻まれているのか、なにもない場所を叩いている。

ああ、この村にシールドが張ってるんだった。ってそうなるとレオルドが住んでた場所って本当に村の隅っこだったんだな。それはそれでなんか腹立つ……というか、リヒトくんが現れたのって、もしかして私が考えたせいだろうか。それならイメラも来る?ああでもリヒトくんがいるのならイメラは絶対に現れないようになってるみたいだし──たくさんのことを一気に考えてしまったのは、嫌な予感がしたからだろう。


「これは何事か……っ」


この状況を誰かに見られることは避けたかったのに、間の悪いことにゴルドさんが現れた。リヒトくんがシールドに触れたことが攻撃判定となって異変を感じたのだろうか。
そしてゴルドさんは私たちを見たあと、私たちが見ていた方を見て声を失う。ゴルドさんからすれば存在しない者として長く扱ってきたレオルドとその連れである私が村に居るだけでも大きな事件だろうに、村のシールドの向こう側に、魔の森に子供が1人でいるのだ。

リヒトくんを旅人と判断するのか、サバッドとするのか、魔物とするのか読めなくて、奇妙な光景を傍観者になりたい一心で眺める。リヒトくんが私に「リーシェ姉ちゃん」と話しかけてくるから知り合いだということもバレている。これはどういう判断材料になるだろう。


「こ、子供……?」
「あ、こんにちはー!」


場にそぐわない明るい声を聞きながら、今しかないと気がついて林檎を口に入れる。
あ、美味しい。








  
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